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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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19. ホルズの手下たち



「すげえな。ホントに居たぞ。しかし、さっきのガキに…ああっ、金髪野郎までいやがるぞ!」


「囲め!ホルズが居るから、ビビるこたぁねえ」


 馬を駆ってやってきた彼らはやはり先ほどホルズと共に居た連中だった。味方同士での罵り合いに熱中していた私たちはあっという間に取り囲まれてしまった。


「てめえら一体どういう了見だ!北の峠に行くっつったろーが!」


「それを言うならホルズさんこそでしょ。ホルズさんが引き返したって聞いたから俺たちも戻って来たんスよ」


「デタラメ言うんじゃねー!俺はさっきからこいつら以外誰にも会ってねーんだよ!とにかく邪魔すん…いや…むしろ丁度よかったのか。おいクソども、てめえらどうにかしてこの金髪を足止めしろ。その間に俺はずらかるからよ。どうせてめえらじゃ三人がかりでも全員死ぬから後で俺が金髪野郎と戦えなくなることもねーしな」


 ホルズがそう吐き捨てると、彼の三人の手下どもは今にも反吐を吐き捨てそうな嫌悪の表情を見せた。


「またいつもの病気が始まったか、ホルズ。本気で言ってるのか。テベフだけじゃなく今度は俺たちまで殺すつもりなのか」


 耐えかねたのか、手下の一人が反抗的な言葉を投げた。先程ホルズが去った後、ゼームと最も長く話していた男だ。


 するとホルズは顎を閉じたまま、牙のような鋭い歯だけを剥き出しにして彼らを睨み付けた。それは目の前で命のやり取りをしていたセリトに対するよりもずっと険悪な、憎悪に満ちた顔だった。彼にとって嫌悪と殺意はまったく別の感情らしい。


「あ?ブタはくたばるのが仕事だろ。そもそもあのアホがぶっ殺されたのは一人で勝手に先走りやがったからであって、別に俺のせいじゃねーし。そんなにムカつくんなら偉そうな口を叩く前に俺に頼らずに奴の仇を殺ってみたらどうだっつの、能無しが」


「チッ…」


 彼は舌打ちでささやかな抵抗をしたものの、すごまれるとすぐに黙ってしまった。


「もう怖気づきやがったか。ホントにカスだなてめえら。それに引き換えこっちのボロ雑巾はさっき俺が暴れてたところに丸腰で割り込んできやがったぞ。こいつの鼻くそでも煎じて飲んだらどうだ?」


 ホルズは親指で私を指してそう言った。黙ってしまったさっきの男に代わって、別の男が相槌を打った。


「そいつもなんでここに居るんスか。村のニワトリ小屋の坊主でしたっけ」


 ホルズはにやりと笑った。


「さあ?結局、てめえは何モンだったっけ?」


 面白がるように私にそう問いかけてきたので、私は彼のその様子に少し苛ついた。


「どうでもいいだろ」


「まあ、どうでもいいか」


 くっくっく、とホルズは含み笑いをした。不覚にも私はまたしても彼の望む返答をしてしまったらしい。


「どうでもよくないスよ。丸腰でも、抵抗する意思があるなら縛って転がしときません?もちろん、そっちの女も…。キズつけちまったらもったいねえし」


 賊の一人はそう言いつつ細めた目をオーリスへ向けて投げた。その視線がなにやら下卑た意味を持ったものであることに私はすぐ気付いたが、それはどうやらかなりあからさまなものであったようで、私だけが特別注意深くそれを見つけたわけではなかったらしく、その場に居る者たちは皆感じ取った様子だった。オーリスは身構えて一歩後ろに後ずさり、セリトは賊たちとオーリスとの間に割って入るように立ち位置を移動した。


 嫌悪と警戒を顕わにした者は我々三人だけではなく、その場にもう一人居た。ホルズだ。


「だから俺はてめえらのことが大嫌いなんだ!」


 彼はまるで勢いよくくしゃみでもするように大袈裟に頭を振って唾を吐き捨てると、賊たちを睨みつけて言った。


「てめえらカスどもの考えてることなんざお見通しなんだよ!いつもいつもゼーモに騙されただの、シギなんたらの野望に巻き込まれただの愚痴りやがる割にはやるこたやるんじゃねーか。てめえらが自分で気付けねーなら教えてやるが、てめえらが嫌々なフリしながらもこのお勤めを辞めようとしねーのは結局楽なほうに逃げたいだけなのさ。それを認めたくねーから、いつもいつも、誰かのせいにすることで目を逸らしてんだ。あのアホがこの金髪にぶっ殺された時もそうさ!てめえらこそボサッと突っ立って見殺しにしただけのくせによ」


 そして足元の砂を蹴り上げながら、もう一度同じ台詞を吐き捨てた。


「だから俺はてめえらのことが大嫌いだっつんだよ!」


 三人の男たちは誰も口を開かなかったが、その目に映る憤怒の色はよりぎらつきを増していた。ホルズが言ったことは図星で、彼の協力がなければこの場で無事にセリトを倒し、オーリスを誘拐することは叶わないとわかった上で、反論したい気持ちを抑えているのだろう。


 今まで黙って様子を伺っていたセリトが、ついに一歩踏み出して口を開いた。


「一体何度目だ…?くだらないおしゃべりが次から次へと。いつまで待てばいいのだ?私は貴様らの臭い息よりも血煙の香りのほうが好みなのだが」


 彼は右手に握り締めていた騎士剣を再び持ち上げると、剣先をホルズのほうへと向けた。私はとりあえず格好だけでもオーリスを庇う形で、彼女を間に挟んでセリトと背中合わせに立った。もっとも、どうせ丸腰だったので両手は構えずにだらりと下ろしたままだったが。


 ホルズは急に思いついたように声を上げた。


「おい、ゴミども!挽回のチャンスをやるぞ。三十数えるまで奴を相手に持ちこたえてみろ。そうすりゃ俺も手伝ってやる」


 そう言うと手下の一人の背後へと隠れてしまった。


「え、え、待ってくださいよホルズさん。遊ぶ余裕のある相手じゃないのはわかってんでしょ。俺たちを囮にして逃げるつもりじゃないでしょうね」


 賊の一人が泣き声を挙げると、横からもう一人が怒鳴り声を上げた。


「ケリドフ、うろたえるな!これ以上コケにされてたまるか!こうなったら俺たちだけで金髪野郎をぶっ殺してやる!こっちは馬に乗ってるんだ。囲んで一斉にかかれば負ける要素は無い!」


 先程からホルズに対し最も強く敵意を表している男だ。彼は翻弄するかのように私たちの周囲を駆り始めた。ケリドフと呼ばれた下卑た男は一瞬躊躇したものの、結局彼の言葉に従い、手綱を振り上げた。


 すると残ったもう一人の男が声を上げた。


「おい、待てよカムロ。同時に斬りかかったりしたら女にまでキズつけちまうかもしれねえぞ。シギミヒとの交渉の材料に使えるはずだ。絶対に生け捕りにしなきゃならねえ」


「くだらんことに拘るな!奴はテベフの仇だぞ!邪魔するようなら女でもまとめて斬り倒せ!」


 二人の賊を先導するカムロと呼ばれた男はまったく冷静ではなくなっているように見えた。そんな彼に不安を覚えたのか、ケリドフの声はさらに弱々しく、今にも泣き出しそうなほどだった。


「囲んで叩くにしろ、金髪の正面から斬り込む役はどいつがやるんだ?俺は御免だぞ…」


 ケリドフの言葉が終わるのを待たず、カムロは唐突に包囲の輪の内側へと飛び出した。彼の狙いはセリトの背後、即ち私だった。つい今しがた彼自身が一斉にかかると宣言していたにもかかわらず、彼が何の合図も無しに単身で突撃してきたことは私にとって予想外だった。しかし意図的に不意を突いてきたとも考えづらい。それはケリドフの言葉によって正面から攻撃する恐怖に気付かされた上で発作的に出た行動だったのだろう。

 即ち彼はまったく周りが見えて居ない。それどころか何の考えも持たずに動いているのだ。

 かわせる。

 そう思い腰を落として身構えた時、私はすぐ背後にいるオーリスの存在を思い出した。いけない。私が身をかわせば彼女に危険が及ぶ。

 私は振り向く暇も無いまま、オーリスの手を掴もうと咄嗟に右手を背後に伸ばしたが、その瞬間、すぐ耳元で声が響いた。


「まずは一匹!」


 セリトだった。彼の顔は見えなかったが、声の響きから察するにひょっとして笑っていたのではないだろうか。

 私は伸ばした右手を力強く引っ張られ、何が起こったのかを理解する前に背中から地面へと突っ込んだ。


 馬の悲痛な嘶きが聞こえ、重たいものが地面にぶつかってそのまま土の上を滑る音が続いた。視線を上げると想像通りの光景が目に入った。自らの疾走する速度のまま首で刃を撫ぜた馬は出血だけでも致命傷に見えたが、舌を喉に詰まらせたのか既に絶命していた。


「畜生、てめえ…ホルズ!」


 馬上から吹っ飛んでいたカムロが空中から呪いの言葉を投げかけた相手は、何故か自分を攻撃したセリトではなく、遠くでその光景を眺めていたホルズだった。突進しながら息絶えてしまった馬に跨っていた彼は、当然そこから投げ出され、体を地面に強く打ち付けることになった。そして、気を失っているだけなのか、打ち所が悪く死んだのかはわからないが、とにかく彼はぴくりとも動かなくなってしまった。


「おいおい…何やってんだよカムロ…」


 賊は仲間を心配するというよりは、ほとんど呆れたような声でそう呟いた。


 すぐに視線を戻したが、セリトは右手に剣を構えたまま、もう片方の手で、怯えきってほとんど放心した様子のオーリスの手を握り締めて立っていた。どうやら私を手荒く地面へ引き倒した後で、彼女の手を引いて庇い、さらにそれと同時に馬の首へ一撃したらしい。


「惜しいな!あの不抜けどもが貴様の命令通りに同時にかかってきていれば、こっちのガキくらいは殺せていたかもしれんぞ!」


 他の二人は土壇場で怖気づいたのか、オーリスを無傷で持ち帰ることに腐心して手を出せなかったのか、それともカムロのあまりの唐突な行動に驚いて呆気に取られてしまっていたのか、とにかく最後まで援護に出ることはしなかった。セリトはどうやらそうなることを瞬間的に見抜いた上で、大胆に前に出て間合いを狂わせ、敵の攻撃を封じたらしい。


「君は実際結構すごいのかい」


 私は死んでしまった哀れな馬を一瞬だけ横目で見た後、すぐに目を逸らしながら呟いた。少し離れた位置に居たホルズがこちらを指さしてげらげら笑っていた。


「ヒャハハ!惜しかねーよ。全然駄目じゃん。つーかお約束過ぎんだろ。盗賊なんかより喜劇役者になったほうが長生きできたんじゃねーのか。とりあえず、てめえの持ち物は金目の物以外はちゃんと死体に添えてやるから安心しろよ」


「けっ!確か制限時間は三十秒だったな…。面白い。乗ってやる。下がってろオーリス」


「う、うん。気をつけて…あいつ…」


「心配するな」


 我に返ったオーリスは続けて何かを言おうとしたようだが、セリトはその言葉の先を遮ってしまった。彼女の不安げな視線の先は、剣を構える騎乗した二人の賊ではなく、ホルズへと向いていた。


 セリトは残る二人の騎乗した賊に視線を向けて一拍置いた後、彼らに向かって真っ直ぐ駆け出した。


「き、来やがった」


 ケリドフが弱々しい声を上げると、ホルズがそちらに向けて怒鳴った。


「おい!言っとくが馬に乗ってっからって逃げ回って時間稼ぎはすんじゃねーぞ!今、カウントは中断してるかんな!」


 セリトはある程度の距離まで詰めると、駆けることをやめ、ゆっくりと歩き始めた。


「お、おい。どうすんだよ。どうすんだよ」


「くっつくんじゃねえ!散開だ、ケリドフ。左右から同時に突撃するぜ」


「突撃だって?テベフもカムロもそれでやられた」


「一人で行ったからだ!」


 彼らは言葉通りに一旦左右に散ってそれぞれセリトから距離を置いた。

 セリトは相手の出方を警戒して立ち止まり、二人の男たちを交互に見やっていたが、彼はずっと弱腰だったケリドフに目標を定め、そちらの方向へ向けて、やはりゆっくりとした速度で歩き出した。するとケリドフはその威圧感によって恐慌状態に陥ったのか、正反対の方向へ馬を転換させ、無言のまま遠くへと逃げ出してしまった。


「ケリドフ、どこ行きやがる!戻れバカが!おい!うぐっ…!」


 残った最後の一人は、振り向いたセリトに睨まれるとその場で硬直してしまった。その一瞬の隙に、セリトは矢のような勢いで彼に向けて駆け出した。男は咄嗟に逃げ出そうと試みたのか、手綱を無理に引っ張ってしまい、彼の馬は驚きで制御を失った。


「ぐっ、ぐうっ…!クソが!」


 暴れ馬に見切りをつけた彼が馬上から飛び出し、両足を地に付けると、そこは既にセリトの剣の間合いの中だった。


「うおおおおぉ!!」


 水平に一振り、十字を描くように続けて垂直に一振り、盗賊は刀を振り回したが、セリトは軽く体を仰け反らせるだけで難無くそれを回避した。


「わかった!降参する!」


 そう言いながらも賊は刀を頭上に振りかぶった。しかしセリトも既に剣を持つ手を上げている。


「ははは!死ね」


 その次のセリトの行動は予測出来たので、私は目を逸らそうか迷ったが、結局それを見た。セリトが横一文字に薙いだ剣は男の喉を捉えた。一瞬の奇妙な静寂の後、男は観念したのか、目を固く閉じた。


「今日は特にツいてねえな…」


 彼は小声でそう呟きながら仰向けに倒れた。そして地面に背を打ちつけた瞬間、首筋から激しく出血した。名も知らぬ盗賊は死んだ。


 いつの間にか私のすぐ隣に並んで立っていたホルズが、血の海に浮かぶ男を見ながら、仏頂面で言った。


「おー、また死んだか?ブタだってもうちょっとは学習するぞ」


 その時、私はまたしても背筋が凍るような感覚に囚われた。それは先程ホルズが私に向けて槍を振り回してきた時に覚えた謎の直感と極めて近いものだった。

 彼自身の手下の死体を前にしたホルズの言葉は、相手のちょっとした失敗をからかうかのような、まるでそれがありふれた日常の一コマであるかのような緊迫感の感じられないものだったが、自分がそのことに対して怒りや恐怖を覚えたわけではないのはすぐに理解できた。


 私はホルズの横顔を見ながら後ずさって、彼から距離を置いた。オーリスに視線を移すと、彼女も冷や汗を流しながらホルズを見ていた。


「ふはは!ヌビク、見ていたか!宣言通りだろう?ザコが何匹束になろうと私にかかれば…おい、どうしたってんだ!聞いてんのか」


 人の首を刎ねる瞬間やその直後に高笑いなど出来るセリトの冷酷さに不快感を覚えたのは事実だが、私の顔がおそらく奇妙に歪んでいたであろう事は、それが直接の理由ではない。無論、血を見るのは初めてではないし、眼前で殺しが起きたことそれ自体が理由でもない。


「けっ…まあいい…。さあ、赤毛野郎。続きをやるぞ」


「そうだなあ…うーん。あー…」


 ホルズだ。

 やはり様子がおかしい。

 構え手を下ろしたまま得意げな様子でこちらへ歩いて来るセリトのほうへと吸い寄せられるように、かと言ってそちらへ視線を向けるわけでもなく、ホルズはあさっての方向の空を凝視したまま、まるで取り憑かれたかのようにふらふらと歩き出した。


 私が感じた奇妙な何かは、落馬させられた直後に一瞬で消え去ってしまった先程のものと違い、セリトへ向けて歩みを進めるホルズの背中から継続して放たれている。それが一体何なのか私は既に知っていた。


 殺気だ。


「危ない!」


 隣でオーリスが叫んだのと同時に、ホルズがその声に弾かれたかのように、前方へ向けて飛び跳ねた。


 私もほぼ同時に叫んだ。


「避けろ!」


 ホルズは身長の数倍の距離を助走も付けずに一瞬で跳躍すると、セリトの眉間目掛けて刀を振り下ろした。敵を打ち倒し慢心したのか、セリトにはホルズの様子の変化が見抜けなかったらしく、この攻撃は彼にとって不意打ちとなったようだった。彼は驚愕で目を見開きながら反射的に右手を振り上げ、なんとか剣の鍔でこれを受けることに成功したが、バランスを崩し背後へよろめいてしまった。


「けっ!!」


 そのままの勢いでホルズが追撃が出ればそのまま勝負が着いてしまっていたかもしれない。しかし、彼が一瞬動きを止めたため、セリトは体勢を立て直し再び構えを取る機会を得た。


「あぁー!もうあの伊達男のことなんかどうだっていいや。今はとにかく…血だ!てめえの血が見たくなったぜ!」


 ホルズはまるで忘れていた何かを唐突に思い出したかのように喚き立てた。ひょっとしたら彼は何故自分が急にセリトに斬りかかったのか、その瞬間にはまだ自分自身でも理解していなかったのかもしれない。彼は大量の血を流しながら死んでいった賊の姿を見たことで本能に火が点けられ、理性的な考えを何も持たないまま反射的に攻撃に出たのだ。


「クズどものあだ討ちというわけではなさそうだな。やはり戦闘狂だったか。私の思ったとおりだ。楽しめそうだな!」


「あいつ、とうとう本気になっちゃったよ!セリトさん、気をつけて!そいつ今までと全然違うよ!」


「望むところだ!」


 ホルズがさらに一歩大きく踏み込んだ。私が視認することが出来た動作はそこまでで、彼が脇から水平に薙いだらしい刀の一撃は、あまりの速さに目で追うことが出来なかった。セリトはそれもなんとか剣の鍔で弾いたものの、その表情からは余裕の色が完全に消えた。


「ちっ、なんだこの動きは!…これじゃ本当に畜生そのものじゃないか!」


 セリトはさらに大きく一歩後退し、ようやく帝国騎士流の標準の中段の構えを取ることが出来た。


「てめえもそろそろ本気出しな!」


「貴様ごときお遊びで十分だ!」


 まるで大口で唾を吐きかけるかのようにそう怒鳴った彼の表情はやはり必死そのものだったが、彼は果敢にも攻勢に転じた。ホルズの顔は相変わらず笑っていたが、だからと言って余裕があると言うわけでもなさそうだった。

 セリトの攻撃を受け流すと同時にホルズが斬り付け、そしてそれを受け流したセリトがそのままホルズを斬り付ける。ほとんど一太刀ごとに電光石火で攻守が入れ替わる激しい攻防が展開された。


「単調な攻撃だな!そろそろ読めてきたぜ!」


「文字も読めんような山猿に帝国騎士の剣術が読めるか!」


 二人の動きには決定的な違いがあった。それは剣に関しては素人同然の私の目にすら明らかな、歴然とした違いである。


 セリトの剣筋は戦術への深い理解と徹底した反復訓練の上に確立されたものであろう洗練された動きで統一されており、全ての攻撃と防御が美しい軌道に乗って正確に目標の一点を捉えているのがわかる。敵のある動きに対してどう返すことがありとあらゆる動作の中で最も適当なのか、先人たちの研究の積み重ねによってほとんど完全に近い正解までたどり着いた、理論的で実戦的、そして伝統的な帝国軍人流剣術である。一方、ホルズのそれは我流であるらしく、動きに無駄が多い反面、たまに次の一手がまるで予測できなくなるという危険性がある。

 セリトの剣は悪く言えば教科書通りだ。ホルズが過去に同じ剣術を使う相手と戦った経験があったとすれば、セリトの剣筋を読めてきたというのもあながちはったりではないかも知れない。読めたところで都会の学校でわざわざ教えられているような剣術がそうそう簡単に打ち破られるかどうかはまた別問題なのだが、今の相手は得体の知れない戦闘能力を持つこのホルズなのだ。


 セリトの劣勢を危惧し始めた矢先、ホルズの上半身が体制を崩し僅かに揺らいだ。セリトもまた、それを見逃すほど未熟な剣士ではなかった。彼の剣は一瞬ホルズの左肩口を捉えた。


「うがっ!」


 ホルズが即座に身を引いたため、深手には至らなかったようだ。しかしその衣服は裂かれ、僅かに血が滲んでいた。


「何が読めたって?」


「わざとだよ。このくらいのハンデはくれてやらなきゃな」


「強がりもそこまでだ。速さだけは私と互角と認めてやらんでもないが、やはりケダモノはケダモノ。動きが粗すぎるな!最初は確かに驚かされたが、不意打ちで私を仕留め損ねた時点で貴様の負けだ」


「気の早い野郎だぜ!」


 実際にお互い剣を捌く速度が互角であれば、動きに無駄が少ない方が実質的に速いのと変わらないのだが、少なくとも私には彼らの速さが互角には見えなかった。純粋な身体能力では明らかにホルズのほうが上だ。太刀筋を読めてきたという先程のホルズの言がはったりでなかったとすれば、戦いが長引くほどセリトは不利になっていくだろう。


「このままじゃセリトさん負けちゃうよ…」


 隣でオーリスが呟いた。先に一撃を受け、血を流したのがホルズであるにもかかわらず、そのような悲観的な意見を述べると言うことは、やはり彼女もまた、二人の心情の変化を読み取ることで現在どちらが真に有利なのかを理解していると言うことだろう。


「僕もそんな気がします。運命は例の援軍次第ですね…。いつ頃ここにやってくるんですか?」


「ええと…三人…向かって来てるんだけど、あれ…?」


 オーリスが口をつぐんだので私は訝しく思った。また何かろくでもないことが起こっているのだろうか。


「どうしたんです」


「ちょっと様子がおかしいな…。三人のうち二人は変わらず、馬に乗って駆けてくるんだけど、残り一人は…なんだろう、既に馬から降りてるみたいだけど、馬よりもずっと速い速度でこっちに向かってる」


「つまりどういうことです」


「馬より速く…生身で走ってる。数分でここまで来る」


 まったく何がなんだかわからないので、私はそろそろオーリスの精神の健康を疑い始めてきたのだが、深く考える間も無く、セリトらが剣のやり取りを再開したため、そちらへ注意を向けざるを得なくなった。


「人の血を見てやる気になったと言うのに、自分の血を見たら怖気づいたのか?さあ、かかって来…」


 セリトが挑発の文句を唱え終わる前に既にホルズは無言で飛び掛っていたため、彼の台詞の最後のほうは剣が甲高く鳴いた声によってかき消されていた。


 私はホルズの動きが僅かに緩慢になっていることに気が付いた。先程までは太刀筋を視認できないほどの速さだったにもかかわらず、今ではそれを見ることが出来たからだ。私の目が慣れてきたことでそう錯覚しただけかもしれないと一瞬思ったが、セリトの表情に若干の余裕の色が見え始めたことから察するに、やはり実際の速度に変化があったのは事実のようだ。かと言って、負傷を原因としてそうなったようにも見えない。ホルズは意図的に攻撃を緩めているようだった。


「気をつけろ!何か企んでるぞ!」


「素人は黙ってろ!すぐに決めてやる!」


 セリトは私の忠告には聞く耳を持たず、勝負を決するべく、ホルズの心臓目掛けて渾身の一撃を繰り出した。一際高い金属音が鳴り響き、一撃を防いだホルズの刀はその右手から離れ、大きく宙を舞っていた。


 彼の刀はこのまま、はるか背後の草地に落ちるだろう。しかし、私がその方向へ目をやった一瞬の隙だった。


「勝負あっ…」


「わざとだよ」


 慢心したセリトの勝利宣言はまたしても途中で遮られた。私は視界の端のほうに置いていたホルズがその時一体何をしたのかしっかりと把握することは出来なかった。それはセリトも同じだったようだ。


「ぐああ!目がっ!貴様何をしたぁ!」



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