18. 赤毛の盗賊
彼らはすぐに私に気付いた。二人はまるで息の合ったダンスのように、まったく同時に互いから馬身を引かせ、ふらふらとやって来た私のほうへある程度の注意を向けても、その一瞬の隙に喉笛を斬り裂かれる危険が無い程度の安全な間合いへと脱した。一時的にとは言え、戦いは中断されたのだ。それだけでも私が来た意味はあったようだ。
「ヌビクか!どうして来やがった。邪魔だぞ!」
セリトは体をホルズの方向へ向けたまま、一瞬だけちらりと視線を一瞬こちらへ投げると、苛立たしげに剣で空を一薙ぎして叫んだ。
ホルズもその動作に呼応するように、槍をくるりと一回転させてから言葉を発した。
「なんだあ?さっきのボロ雑巾じゃねーか。てめえヌビ…?ヌビタ?って言うのか?」
「ヌビクだよ」
私がそれだけ答えて黙っていると、数秒間の奇妙な沈黙が場を支配した。
「…で、マジで何しに来たん…」
「さあ…本当になんでなんだろうね。どう思う?」
とりあえず時間稼ぎをするという目的だけを持ってここへやってきたものの、具体的に何をするかは全く考えていなかったため、私は本心からそう問いかけたかったのだが、このような彼らからすると一見意味不明な行動それ自体も時間稼ぎとしては十分効果的だろう。とにかく今は彼らを戦わせなければいいのだ。なんだっていい。今度は私が茶番を演じる役なのだ。
ホルズは黙ったまま目を細めて私を見ていたが、少ししてセリトのほうへ振り向いた。
「なあ…おい、クソ野郎。こいつイカれてんのか?」
「知ったことかよ!馴れ馴れしいぞ猿が!」
ホルズのほうは私という闖入者の登場で戦意がいくらが削がれたように見受けられたが、問題はこのやり取りによってさらに苛々を募らせているらしいセリトのほうだ。私は彼が戦闘を再開させることができないよう、馬身を彼ら二人の間に割り込ませた。
「お…おい、邪魔だと言っただろう!一体全体どういうつもりだ!本気でイカれやがったのか!」
私は怒鳴るセリトを無視し、ホルズに向かって言った。
「おまえこそどうしてここにいるんだよ。峠の村に行ったんじゃなかったのか」
この問いに対するまともな返答は期待していなかったのだが、予想に反してホルズは素直にこれに答えた。
「いや…とりあえず勢いでスッ飛んでったまではよかったんだけどよ。俺、よく考えてみたらその村までの道を知らなかったんだわ。その峠とやらへは行ったことがねーんだ。北の港町からここへやって来た時は街道を通ってきたしな…。しょうがねーから一旦引き返して最初に見つけた野郎に道案内させようと思ったら、それがなんとこいつだったっつー…」
「へぇ…」
「…あんまり面白くなかったか?この話」
「本当になんなんだ貴様ら!いい加減にしろ!今は殺し合いの時間だぞ!」
セリトはそう叫びつつ乱暴に手綱を引くと私とホルズの間に強引に割り込もうとしたのだが、ホルズは馬を退かせ、再び私の後ろに隠れた。
「おっと。まあ、そう死に急ぐんじゃねーよ。おい、ヌブタ!実は俺がここまで戻ってきたのはな、まあ道を知らなかったのは事実だが、それ以前にちゃんとした理由が一個あんだよ。それで丁度てめえに会いたいと思ってたところだったんだ。本当に良いタイミングだぜ。とにかく、ひとつ教えろ」
「ヌビクだよ」
反射的にそう答えつつも、彼のほうから会話を継続させようとすることは想定していなかったため、私は少し驚いてしまった。
「もう改名しろ。おいボロ雑巾、俺はな、こう見えてすげー記憶が良いんだよ。あのヤサ男は俺を軽く見てやがったようだがな、俺は一度見た奴の顔は二度と忘れねーんだ…。てめえ、村の人間じゃねーだろ?あのニワトリ小屋の小倅どもはどれもてめえほどブサイクじゃなかったはずだからよ」
彼は不敵な薄ら笑いを浮かべながら私の目を見てそう続けた。本当に村人全員の顔を覚えているのか、単にかまをかけて何か別のことを聞き出そうとしているのかはわからないが、どちらにせよ、何か特別な意図があってそう問いかけていることは確かだった。それが一体何であるかはわからないが、ひょっとしたら彼は彼が言う通り、私が第一印象で思い込んだような途方も無いバカではないのかもしれないと思えた。少しおかしいのは確かなようだが。
「だったらなんだい」
私が問い返すと、彼は目元のにやにや笑いはそのままに、口元から鋭い犬歯だけを剥き出しにして、少しだけ私に近付いた。
「てめえ、一体なにもんだ?」
そう続けた彼の声は少し声色が違っていたようだった。
「僕は…」
ただの旅人だ。そう答えようとしたのだが、何故か声が出せなかった。私は少し驚いて、彼の目を見つめ返した。そのまましばらく黙っていたのだが、するとある瞬間に、唐突に、私の背筋に正体不明の悪寒が走った。
殺される。
「…答えたくないね」
私の口から吐き出されたのは奇妙な回答だった。言い切るや否や、ホルズが右手に構えていた槍が急に消えたように感じられたので、私は咄嗟に上体を大きく反らし、勢い余ってそのまま後方へ落馬した。空中でひっくり返りながら、一瞬、槍が空を薙ぐ音をごく間近の位置で聞いた気がした。
「貴様ぁ!!」
私が背中から着地する瞬間にセリトの叫び声が聞こえ、すぐに金属同士がぶつかり合う音が続いた。何故私がほとんど不意打ちに近かったホルズの攻撃を予測できたのかはわからないが、どうやら斬られずに済んだらしく、また落馬によって深刻な痛手を負うことも無かった。
「俺はウソツキが大嫌いなんだ!どいつもこいつも片っ端から挽肉にして足の爪まで丁寧丹念に擂り潰してブタのケツ穴に捻じ込んでやりたくなるほどな!でも今のてめえの答えは、まぁ合格だったぜ。避けなくったって当てやしねーよ。さっき吐きやがったウソの分だけ脅かしてやっただけさ!…それにしても、そろそろウマの上も飽きてきたな!」
返答次第では殺すつもりで私を試していたらしい。狂人の定めた合格の基準とやらはよくわからないが、私が先ほどホルズの殺気を感知していなければ、恐らく回答を間違えていただろう。どうやら本当に間一髪だったのは彼が槍を振るう一瞬前のことだったようだ。
ホルズは馬の背の上に立ち上がるとそのまま飛び跳ね、空中で垂直方向に鮮やかに一回転して地面へと降り立った。そして私の槍をその場の地面に乱暴に突き刺すと、腰に下げた刀を再び抜き取り、だらりと下ろした右手に握った。
「よっしゃ。やっぱ殺し合いはてめえの足で立ってやんなきゃウソだな。大体ウマで矛と剣がぶつかってちゃ勝負になんねーんだよ。本気出してりゃ今の小競り合いの内でもう四度は串刺しに出来てたかんな。おら、てめえもとっとと降りやがれ!」
挑発を真に受けて、セリトもすぐさま馬から飛び降り、右手に騎士剣を構えた。
「けっ、好きなだけほざいていろ!どちらが上かどうせすぐにわかるんだからな!」
ホルズはしばらくぶりに地に着けたらしい足を慣らすように軽く飛び跳ねながら、私に向かって呼びかけた。
「で、さっき峠の入り口まで行った時によ、まだ数日程度しか経っていなさそうな野営の跡を見つけたのさ。人数は十五から二十ってところか。今時ここを通るような頭の悪い隊商なんて居るわけねーし、間違いなく軍隊だ。俺たちを始末しに来やがったんだろう。規模から見て威力偵察か、もしくは街の自警団どもか…おいボロ雑巾、結局てめえの正体はなんなんだ。奴らの尖兵じゃねーのか?本隊はどこにいやがる!この村に大量にある空き家が拠点か!」
やはり思っていたほどのどうしようもないバカではないらしい。もしくは、基本的にバカだが戦いのことに関してはやたら頭が回る類なのだろうか。
私が黙ったまま起き上がり、服のほこりをはたいていると、セリトが大声で叫んだ。
「そこまでわかっているのであればもはや隠す必要もあるまい。どうせ貴様は今ここで死ぬのだからな。冥土の土産に教えてやろう!貴様ら外道どもに正義の裁きを下すのは、この私、敬虔なる神の使徒セリト=リベイマとテンベナ義兵団総勢四十八名だ!殲滅作戦決行は二日後!だが、貴様には特別に一足先に地獄で仲間の歓待の準備をする時間を与えてやるぞ」
こいつはどうしようもないバカだな。何から何まで話してしまって、ここで私たちが負けるか、ホルズを取り逃がしたりでもしたら傭兵団の作戦は危うくなる。背水の陣を布くことで自らを鼓舞しているつもりなのかもしれないが、関係無い他の団員にとっては迷惑な話だ。それとも単純に自分が負けることなど本当に微塵にも考えていないのだろうか。
「ふん、てめえはどう見てもウソツキじゃなさそうだし、何から何までその通りなんだろうな。でも、まあ…そんなことは大して重要じゃねーんだ。それよりもう一匹ウソツキ野郎がいやがる。あいつはボロ雑巾みてーに試すまでもねー。見つけ次第心臓を抉り出してやる」
どうやら彼は『ウソツキ野郎』が私を庇うために私の素性を隠そうとしていた点には気が付きつつも、北の峠の村にセリトが居ると聞かされて勢いで飛び出して行った時点では、どうやらまだ、それもまた彼の嘘であると言うことには気が付いていなかったようだ。それは彼が自分に対して嘘をつく動機が不明だったせいだろう。しかし傭兵団の野営の跡を見つけた時点で、それを理解したらしい。
「それがここまで引き返して来た理由ってことかい」
「そうさ!てめえと一緒に居たってことは、兵隊と繋がってやがったんだろ?さんざん俺たちを利用しておいて裏切りやがったんだ!おい、どいつのことを言ってんのかわかってんだろうな!あのいけすかない…性根の腐った…えーと…糞イケメン野郎…。うがー!なんてこった、畜生め!確か、えー…ゼ…ゼ…」
「テーモのことかい」
ここでホルズの口からゼームの名前が出れば、セリトはそれを不審に思うだろう。私は何故だかまたしても咄嗟にゼームを庇った。ウソツキ野郎は殺すとホルズに脅された直後であるにもかかわらずだ。
「あー、そうそう。ゼームな。確かにそんな名前だった」
私の横でセリトが飛び上がった。
「何ぃ!ゼームだと!どうして貴様がその名前を知っている!」
なんだか本当にややこしいことになってきたな。
「はぁ?知ってて当たりめーだろ。俺や他のカスどもを樹海に呼び込みやがった張本人なんだからよ。きっと一月前に俺らが山ん中であの変な石掘り起こした時点で、あいつにとって俺たちは用済みとなったんだろうよ。チッ!くそったれが!やっぱりそうか…やっぱりそうだったんだ…わりかしずっと前からそんな気がしてたんだ。今となっては何から何まで辻褄が合いやがる。あー、クソ。なんか考えたらさらにムカついてきたぜ…。それにしてもあいつ、てめえらにも話してなかったのか?」
「なんだと、まさか、どうしたことだ!ヌビク、貴様は知ってたのか!?」
「ついさっき知ったんだよ」
そもそもゼームと初めて出会ったのがまだ半日も前のことではないのだ。
「何故黙っていやがったんだボケカス!!その話が確かならゼーム殿は我々を欺こうとしていたことになるぞ!クソッ、貴様は本当にどうしようもないバカだな!!」
セリトはついに地団太を踏んで、挙句私に蹴りかかってきた。
「ギャハハ!何してんだ。てめえらバカみてーだぞ!」
仲間割れをする私たちを見てホルズが腹を抱えて笑い出した。セリトはすぐにそちらへ振り向き、またしても地団太を踏んだ。
「笑うんじゃねえ!バカはそっちだろ!殺してやる!」
セリトは怒鳴りながら剣を振り上げ、ホルズの首筋に向けた。しかしホルズは刀を握る右手をだらりと降ろしたままで、構えようともしない。
「へっへっへ…てめえら側に対しても俺らとの繋がりを隠してたってことか…あいつ、なんかろくでもねーこと企んでそうだな。一体何をしやがるつもりだったのか、ぶっ殺す前に聞いといても面白いかもな」
「それは私たちの仕事だ。さあ構えろ。勝負の続きをするぞ!」
セリトはそう言うと、右手の剣先をホルズの首へ向けたまま、左拳を腰まで上げ、体を全体的にやや左へ向けた。格式高い帝国軍人流の構えである。彼は例のごとくまったく落ち着きを欠いてしまっていたが、その構えは一切のぶれの無い完璧なものに思えた。以前宿舎の書庫にあった教練書で見たことがあったが、セリトの姿はそれと寸分違わず同じ姿勢だったのだ。一寸たりとも動くことなく攻撃目標の一点、即ち敵の喉仏を指したまま静止している剣先が、興奮して茹で上がった首から上との対比でなんだかむしろ滑稽に見えた。
「てめえがバカでも話を聞いてりゃ察しがついたと思うけどよ、今はもうてめえとはそんなにやる気じゃなくなっちまったんだ。俺は心の底からぶっ殺したい野郎が一人居るとそいつ以外はどうでもよくなっちまうんでな。心配しねえでもてめえともいずれまた遊んでやるよ、金髪野郎。勝負はおあずけと行こうじゃねーか」
ホルズが思いもよらずそんな言葉を口にした。行き当たりばったりで適当に会話をしていただけでまさかこんな展開になるとは予想だにしていなかったのだが、なにはなくとも助かったようだ。
と、そう思っていた。セリトの反応を見るまでは。
「何ィ!今更何を言っていやがる!逃げるつもりか!おい、命乞いの仕方を知らないようだな!跪いて額を地面に着けるんだ。やってみろよ。殺すがな!」
構えを取ったかと思えばまたすぐ激昂して地団太を踏んだりと、本当に忙しい男だ。やはり盗賊などよりもこの金髪男のほうが数段厄介なのは間違い無い。
しかしホルズはやはり構えようとしない。それどころか、眉を八の字に曲げて肩をすくめて見せた。
「命乞いするのはてめえらのほうじゃねーのか?」
「何!?」
ホルズの言葉に、当然例のごとくセリトは顔を真っ赤にしたが、ホルズの言葉の続きを聞くと彼はさっと青ざめた。
「てめえらの命っつーか、その女の命をよ。まさか騎士様が女を危険に巻き込むわけねーよな」
ホルズは私の背後を指さしてそう言った。私は振り向くのが嫌だったが、指の先へと顔を向けざるを得なかった。
「ああっ、なんてこった!やっぱりバカばかりだ!なんで出てきやがる!」
セリトがそう吐き捨てるのと同時に、こちらへ駆け寄りつつあったオーリスが声を上げた。
「こっちだよー、おーい」
「おーいじゃねえよ!貴様ら揃いも揃ってイカれやがったのか!来るなと言っただろうが!本当に一体何のつもりだ。どいつもこいつも命懸けでまで私に嫌がらせをするのか。楽しいか!」
オーリスはついに私たちのすぐ側まで近付いた。何か考えがあってやって来たのかと一瞬期待したが、きょろきょろと落ち着き無く動く彼女の丸い目と、恐怖と混乱で波打つように歪んだその唇を見るに、そうとも思えない。
ホルズが呆れたように言った。
「ホントに何しに来たんだか。てめえら俺を見てわかんねーわけじゃねーだろ。どっからどう見たって山賊じゃん。山賊が刃物振り回してるとこにガキと女が丸腰でふらふら近づいてくるなんて聞いたことねーぞ。大体てめえも今まで一度も見たことねーツラだな。村人だったらくたばりかけのジジイから赤ん坊まで全部顔知ってっから村の人間じゃねーし、かと言って兵隊にも見えねーし。マジでなんなの」
数秒の間、オーリスは私に視線で合図を送ったように見えたが、すぐにホルズに向き直った。
「あのー、いや、と、とにかく、無益な争いは止めて、今日は何もなかったことにして皆帰らない?」
合図を送ったのが確かだとすると、やはり何か意味があってここへ来たようだったが、言葉を聞く限りはやはり私と同じく完全に行き当たりばったりで何も考えずに物を言っているようにしか見えない。
つまり、ここへ来た理由自体はあるのだが、それに対する解決策は何も思い付いていないということらしい。
「今、そう話してたんだぜ」
「えっ!?」
「あぁ!もう黙ってろ!貴様らは二人並んで座ってそこで見てやがれ!」
「あ、座ってお話しするなら、せめて場所変えない?ほら、ここ暑いしさ。例えばあの林の裏の日陰とか」
「山賊と仲良く木陰に並んで座ってお話なんかするかよ!このバカが!本当にバカ!」
彼女はどうやらどうしてもこの場所から移動したいようだ。その唐突過ぎるオーリスの提案にホルズは首を傾げていたが、私はその意図を理解した。最初は、じきにやってくるらしい援軍とやらが、ここからは死角となっているその林の裏へと進路を向けているのかと思ったのだが、ホルズが戦う意志が無いことを示してもなお移動を強く勧めようとすると言うことは、そうではないようだ。おそらく今私たちがいるこの場所に、私たちにとって不利益となる何者かがやって来るのだろう。
「てめえも全然意味わかんねーな…。何だか知んねーけど、誰が行くかよ。俺は今、金髪野郎よりも先に、今すぐ真っ先にぶっ殺したい奴が一人居るんだ。てめえらみたく暇じゃねーし。んじゃ、あばよ」
ホルズは自らの馬のほうへと駆け寄ろうとしたが、セリトはそれを許さなかった。
「待ちやがれ!」
セリトは容赦無くホルズの背後に斬りかかったが、ホルズはセリトの剣を目視せず、背を向けたまま大きく踏み込みそれを回避し、向き直りつつ安全な距離へと後ずさった。
「しつけえ野郎だ!女に嫌われるぞ!なぁ、しつこい男は好きか!」
「そうだよ!しつこいよセリトさん。やめなよ」
「うるせえ!私が一体何のためにこんな辺鄙な貧乏村に留まってると思っていやがる!貴様を殺すためだ!逃がすものか!」
「そんなに俺と殺り合うのが楽しみならそれこそ取っときやがれ!今やったって俺は楽しめそうな気分じゃねーんだ」
「知ったことかよ!」
セリトはさらに踏み込んでホルズの心臓目掛けて剣を突き出したので、ホルズは刀を握る右手を上げざるを得なかった。
「はッ!」
刃と刃がぶつかる音が高々と響き、そのまま斬り合いになってしまった。
「畜生が!」
セリトの先制の一撃は払い除けられたものの、それは連続した攻撃の流れに移るための、防御されることを前提としたものだったらしく、彼は臆すことなく次々と攻撃を繋げて行った。ホルズは再び両手をだらりと下げると、全ての攻撃を全身の僅かな動きだけで避け続けていた。
「ひらひら避けるだけの木の葉のような奴だ。これならどうだ?」
セリトは突きを主体とした連続攻撃から、上下左右に大きく剣を振り回す形に転じた。ホルズはその変化に対応するために回避動作を大きくせざるを得なかった。彼は後ろに大きく飛び退いた後、ついに右手の剣を再び持ち上げ、セリトの剣の高さに合わせて構えを取った。
「ようやくやる気になったようだな!」
ホルズは防御のために武器を上げたようにしか見えないのだが、それに気付いてか気付かずか、セリトはにやりと笑ってそう言った。
「いや、全然」
ホルズが仏頂面でそう答えるのには耳を貸さず、セリトは再び大きく前に踏み込み剣を突き出した。彼が連続攻撃の最初に行った突きと同じ太刀筋である。ホルズは構えた剣でこれをはじき返したが、不意打ち同然で先制攻撃を受けた先程とは違い、その防御姿勢はより安定していた。セリトもそれを感じ取ったらしく、踏み込みの大きな攻撃に対するカウンターを警戒したのか、今度は彼のほうが一歩後ずさり、連続攻撃を停止した。
黙ったまま、今度はホルズが刀を突き出した。セリトがそれを回避すると、先程とは立場が逆転し、ホルズのほうが次々と連続で攻撃を繋げて行った。彼の太刀筋は極めて素早く、また不規則だったが、セリトは臆することなく全ての攻撃を回避、または受け流していた。
両者の刃が一際大きな音を立ててぶつかり合った瞬間、彼らはまったく同時に、不敵ににやりと笑った。剣を構え向き合う二人の見せた表情はとても似通って見えた。どうやら彼らは喜びを持って命のやり取りをすることができる類の人間だという共通点があるようだった。
ついにホルズは本当にやる気になってしまったように見える。とにかく、せっかく彼の戦意を喪失させることに成功したというのに、セリトのせいですべて台無しである。
オーリスが例の頼りない表情のままこちらへ駆け寄ると、私の肩を揺すった。
「あわわ、なんとかして止めないと。あの赤毛の奴、まだ本気じゃない。今なら間に合うかも」
私は予想もしなかった彼女のその言葉に驚いた。
「本気じゃないですって?あの気迫でまだ?」
「あいつまだ遊んでる。多分すぐに決着を付ける気は無いよ」
ならばいざホルズがその気になってしまえば、セリトが勝利する見込みは薄いだろう。セリトもまた力を温存しているならば話は別だが、彼のあの怒り具合から察するにその可能性は低い。
ホルズの本気とやらが一体どの程度のものであるのか、彼女のように超能力があるわけでもなければ、戦いに関してもまったくの素人である私では到底見抜けそうにない。しかしどちらにせよ、このままなりゆきを見守るだけでは最悪の結末に向かう可能性が濃厚であるということには間違い無さそうだ。
「例の援軍とやらは今どのあたりなんです?そこそこ時間は稼ぎましたが…」
「ああっ、そうだよ!時間稼ぎなんかしてる場合じゃないよ!」
オーリスは思い出したように声を上げた。向こうに居たセリトとホルズが訝しげにちらりとこちらを見やった。
案の定、彼女がここへやって来た理由はろくでもないもののようだった。
「…敵がここへ来るんですね?」
私が声を潜めてそう尋ねると、オーリスも小声で答えた。
「そうだよ…!どうしよう…さっき、強い殺意を持った武装した男たち三人がこっちへやって来るのを探知したんだ。例の女の子たちよりずっと早くここに着く…。急いで隠れないと…」
「今度こそホルズの手下どもだ。奴らはどのくらいでここへやってくるんです?」
「すぐだよ!それを急いで知らせるために来たんだ。ああっ、て言うか、まずいよ。もう姿が…」
そう言ってオーリスが見つめる地平の彼方に砂埃が上がっているのが見えた。姿がはっきり見えるわけではないが、その砂塵は駆ける馬が巻き上げるものに違いなかった。
「まさか」
ホルズの追跡をあきらめた彼らがここへ引き返してくることそれ自体はあり得ない話ではないのだが、私は彼らが駆けてここへやって来る事が解せなかった。それは明らかに何かしらの目的を持ってこちらへ向かっているということなのだ。
「奴らは僕らがここに居ることを知っているのか。一体何故」
「どうしよう!どうしよう!」
オーリスはおろおろするばかりだった。ホルズは相変わらず訝しげな様子で、セリトはかなり苛ついた様子で再びこちらを見やった。
先ほどの様子からして、ホルズを説得しこの場を丸く収めることは不可能ではなさそうだが、弟分の仇討ちに燃えるあの三人の盗賊たちがこの場にやってくれば話は変わってしまうだろう。
まだ距離がある。大きく砂埃を立てる彼らの姿をこちらが先に確認することは容易いが、高速で馬を駆る彼らが同じように既にこちらの存在に気が付いている可能性はさほど大きくないだろう。今ならまだ間に合う。
私は思い切って、ホルズのほうへと呼びかけた。
「おい、ホルズ!ここにおまえの手下どもがやって来る」
私の横でオーリスが飛び上がった。
「えええーっ!なんでバラしちゃうのさ!」
私は気にせず続けた。
「砂埃が見えるだろう。複数の馬が駆けてこちらへやって来る」
「確かにな…だけどなんでアレが俺の下僕どもだってわかんだよ」
ホルズは刀をセリトのほうへと構えたまま、細めた目だけをこちらへ向けた。私は親指でオーリスを指した。
「彼女は超能力者だ。姿が見えないほど遠くに居る人物の存在を感知できるんだよ」
今度はセリトが口を挿んだ。
「急にどうしてなんでもかんでもバラしちまうんだ!貴様まさか私たちを裏切ってこの山猿の味方に付きやがるつもりじゃないだろうな!おい、ますます見損なったぞこのクズ野郎!」
つい先ほどなんでもかんでもバラしてしまったのは彼も同じなのだが、私はそれも無視して続けた。
「ホルズ、今ならきっとまだ彼らは気付いていない。あの林の裏に隠れよう。おまえはセリトとの一騎討ちを楽しみたいはずだ。違うかい。彼らがここへ来れば、きっと寄ってたかってすぐにでもセリトを殺そうとするだろう。おまえはそれじゃつまらないんじゃないのか?」
ウソツキが大嫌いだと言ったホルズを言い包めるには、下手な茶番を打つよりも正直に話すほうがずっと効果的だと思ったのだ。それに、彼がセリトとの戦いを楽しみたいと思っているはずだという確信もあった。
「てめえは…あー、今度はウソは吐いてなさそうだな…」
視線だけをこちらへ向けて私の話を聞いていたホルズは、そう言うと顔をまっすぐこちらへと向けて私の目をまじまじと見た。
「そういうことか!超能力者とはな!ちっ!それにしたってあのゴミどもがここへ来るのは確かに超ウザいな。おい、てめえを今ここで殺すか、あの伊達男の後にするかは別にして、とりあえず移動すっぞ。あのクズどもはここを素通りしてそのまま森まで突っ走って行っちまえばいいんだ」
ホルズは構えを解くと自らの馬のほうへと向かった。彼が本当にオーリスを超能力者だとこんなにすぐに信じてしまったのかどうかはわからないが、とにかくそれは彼にとってはあまり重要なことではないようだった。
「セリト、君も馬を連れて移動するんだ…って、おいっ!何を…」
馬に乗ろうとしていたホルズの背後から、先ほどと全く同じように、セリトが斬りかかった。ホルズのほうも同じように、その剣を目視することなく踏み込んで身をかわし、大きく飛び退いて振り向きざまに叫んだ。
「またかよ!何しやがんだ!話聞いてなかったのか!」
「話を聞いていないのは貴様らのほうだ!蛆虫どもを根絶やしにするのが私の役目…。逃がすものか…貴様も、あの雑魚どもも皆殺しだ。敵が増えるのは願ったりだ。隠れるなど言語道断!」
「マジでか」
セリトはホルズの馬の前に立ちはだかり、改めて右手に剣を構えた。敵の援軍を回避するために敵を説得できたと言うのに、味方がそれを邪魔するとはわけのわからない話だ。
「セリト、やめろ。仮に君が四人同時に相手できる実力だとしても、無駄に危険に身を晒す事はないだろう。戦うならリスクを抑えるべき…」
私が言い終える前にセリトが叫んだ。
「仮に?仮にだと!?ヌビク、貴様に言ったんだ…!私を甘く見るな!クソッ、とにかく…とにかく、こいつら皆よりオレのほうが強いんだったら強いんだよ!このボンクラ、五人でも十人でもまとめて叩き殺すことなど容易いと先程私が言ったのをもう忘れたらしいな。オレが殺す人数をもう一人増やしたくなければ今すぐ死ぬか黙ってろ!」
聞き分けのならない子供のように同じ事を繰り返すセリトに私もだんだんと苛立ちを覚えてきたため、少しだけ声を荒げた。
「なあ、さっきからいい加減にしろよ。自己満足のために危険を冒すのか。僕やオーリスさんも居るんだぞ。巻き込むつもりか」
「黙れ黙れ!だから向こうで黙って見てろと言ったんだろうが!貴様らが勝手にやって来て勝手に巻き込まれたくせにぐだぐだ恨み言抜かすな!」
「恨み言なんかじゃない。僕は…」
「ひどいよ、ひどいよセリトさん。私たちは君を助けようとしただけなのに…」
私はセリトを口汚く非難する言葉を考えながら喋っていたのだが、隣からオーリスが泣き出しそうな声で割り込んで来たので、吃驚して暴言を飲み込まざるを得なかった。
「ああっ、泣くんじゃない!クソッ、どうしてこんなことに」
「こっちの台詞だよ!」
今度はオーリスがセリトの真似をするように地団太を踏んだ。
先程まで遠くに見えた砂埃は最早かなりの近距離まで迫っており、馬に跨った三人の盗賊の男たちの姿をはっきりと視認することが出来た。恐らく彼らのほうも私たちの存在に気が付いているだろう。
私たちがやけくそになって怒鳴り合っていると、身を隠すことをもうあきらめたらしいホルズが呆れた様子で呟いた。
「あーあ、なんだこりゃひでーな…」
私も含め、どいつもこいつも呑気なものである。少しも経たないうちにみんな死んでいるかもしれないのに。




