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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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16. 探知された者




「こっちこっち」


 けもの道を外れてやや小高い丘の上へと馬を歩かせて行ったオーリスに追いつくと、彼女は片手を上げて前方を指さした。


「ほらね」


 頂上から見下ろすと、日除け笠を目深にかぶったセリトが丘を迂回してオーリスの家の方角へ向かって歩いているのを見つけた。おそらく顔を隠す目的で首を申し訳無さそうに大きくもたげている反面、背筋だけは相変わらず普段どおりに、全身に染み付いた自信を見せつけるかのようにしゃんと伸びて、歩く速度は速く歩幅も大きかった。それはなんとも奇妙な矛盾に満ちた姿だった。


「確かに僕の知らない人ですね」


「セリトさんだよ!」


 距離はややあったが、たまたま周囲の虫の鳴き声が止んでいたため、オーリスのその声は大きく響いたようだった。自慢の頭髪を隠した金髪男はそれで私たちの存在に気付いたらしく、まるで猛獣に出くわしたかのように腰を落として身構え、片手で笠を持ち上げてこちらへ視線を向けた。


「なんだ貴様らか。いつからそこにいた」


 セリトがその場に立ち止まって声を上げた。歩みを再開する様子は無いので私たちのほうが近くへ来いという意味だろう。オーリスがセリトの元まで馬を歩かせたので私もそれに付いて行った。


「オーリス=エジヤ…、昨日はご馳走になったな。感謝している…。それに…私は昨晩のことはまったく、全然、なんにも覚えていないのだが…そいつがどうやら何かをやらかしたようで、悪かった。私に免じて許してやってくれ」


 セリトは片手で笠を取り、もう片方の手で顔の傷を撫でながら言った。笠の下にあった頭髪はいつもどおりのツンツンに逆立った形を崩していない。一体どんな器用なかぶり方をしていたのか。


「許すも何も、私も何も覚えてないからね。でもこれからはいくらか節度を持って飲んだほうがいいと思うよ!」


 言い終えると同時にオーリスが噴出したので、釣られたのかセリトも笑い出した。


「私はともかくだな…いや…、まあ、それもそうか。はっはっは…」


「ははは…」


 つい先ほども似たような光景を見た気がする。


「はぁ…。ところでゼーム殿は一緒じゃないのか」


 そう言った彼は既に俯くどころか、むしろ私たちを見下ろすように顎をやや反らしてその傷だらけの顔を露わにしていた。私がある種の先入観を持って見ているせいでそう錯覚するだけなのかもしれないが、彼はゼームがこの場に居ないことでいくらか調子を取り戻したように見受けられた。あの色男がこの場に居れば、少なくともきっと青あざや羞恥で歪んだ顔を隠すためにすぐに笠を深くかぶり直したことだろう。


「あ…先に帰ったよ。ちょっと色々あって…」


 オーリスは面食らったらしくしどろもどろだった。

 セリトに対して含みのある物言いは禁物だ。何か事件があったのだと知れば、彼は必ずそれを問いただして来ることだろう。鬱陶しいことこの上ない。


「うん。これからベナラハタ小隊の連中と打ち合わせがあるんだってさ」


 私が念のためそう釘を刺すと、オーリスの顔がにわかに明るくなった。


「あ!そうそう。それで先に帰ったんだよ」


 例のごとく忘れていたらしい。


「ほう?そうか。ならここへ来る途中ですれ違いそうなものだが、見なかったな」


 やはり実際は打ち合わせの予定などなかったのだろう。村の中心を通らずにそのまま南下して直接樹海へ戻ったに違いない。この時点では私はそう考えた。


「で、貴様らは一体どこへ行くのだ。なにやら目的がありそうな様子だが」


 どうやら彼はゼームの動向よりも、私たちが二人で連れ立ってどこかへ行こうとしていることにより強い興味を持ったらしく、幸運にも私たちは先ほどの事件を彼に説明する義務を回避できた。金髪男は不機嫌そうに厳しく釣り上げた眉は普段どおりに、口元にだけうっすらと、どことなく楽しげな様子すら伺えるような、不敵な嘲笑の色を浮かべていた。恐らくだが、彼は私がオーリスと二人で並んで歩いていることが気に入らなく、そしてそれをどうにか邪魔してやろうと目論んでいるらしかった。


「どこへも何も、君の出迎えだよ」


「そいつは感心だな。で、本当はどこへ行くところだったのだ」


 やはり鬱陶しい反応が返ってきた。別に秘密にする理由は無いのだが、何故かこの男は除け者にしてやりたくなる欲求に駆られる。


「ははは、実際セリトさんの出迎えだよ。昨日話した私の力をヌビクリヒュくんがあんまり疑うからさ。証拠を見せてあげようって事で、今セリトさんを探知して見せたんだ」


「楽しそうな遊びだな。おめでたい奴らだ」


「大人の君は遊びなんかに付き合ってらんないだろうね。先に帰ったらどうだい」


 買い言葉で冗談めかした言い方をしたのは失敗だったと後になって思った。私はこの時点で本気で彼を追い返しておくべきだった。先ほどオーリスの家を発つ際に感じた漠然とした不安はこの時にも依然として私の中に在り続けていた。それを信じるべきだったのだ。


「こら、そんな意地悪言わないの。セリトさんも一緒に来てよ。最初にまずセリトさんと合流したのはそのためでもあったんだしさ。どうせちっとも信じてないんでしょう!」


「おまえのその超能力とやらが、仮に手品や占いなどではない本物だとすれば、それはかなり興味深いことではあるな。繰り返すが、あくまで本当にそうだとすればの話だが」


「ほーら。ほぅーら。やっぱり信じてない」


「それはそうだろう。だがこれからそれを確実に証明すると言うのなら、私も付き合ってやらんでもないぞ」


 どうせこいつも暇なのだろう。しかもこいつは私と違って活動的な性格だから、宿舎でごろごろしているよりもオーリスと遊んだほうがよっぽど楽しいと感じるに違いない。


 オーリスはセリトの真似をするかのように顎を反らして胸を張り、得意げな様子を見せた。


「よーし。そう来ると思ってたよ。おあつらえ向きに一人、別の人も探知してるんだ。先回りしてこの人を見つけたら信じてくれるかな。でも、この人は隠れて遠くから見るだけで近付いちゃ駄目だよ。理由はすぐにわかるよ」


 オーリスの言葉に見え隠れする不穏さは私の中の不安感を強めていった。これから会うことになるその人物が誰なのか、私には心当たりがある。それがセリトと共に行きたくない最大の理由だ。私の嫌な予感は大抵的中するのだ。これから見つけようとしている者が『奴』であったなら、この男は決して遠くから黙って見ているだけというわけにはいかないだろう。


「いや…もういいでしょう。今セリトを発見した時点で僕はもう信じましたよ…本当です。彼が来ること自体は勘で予想できる範囲だったとしても、丘の手前で見えない位置に居る彼を…確信を持ってそこに居ると言い当てることは、普通では不可能ですからね。もう十分ですよ。…帰りませんか…」


 セリトを発見する前の段階なら、正直なところをオーリスに打ち明けることができたかもしれないが、後の祭りだ。今、わけを話せばセリトにも聞かれてしまう。


「えー、なにそれ。そんなこと言ってホントは信じてないんでしょう。今だってヌビクリヒュくん全然びっくりしてなかったし!」


 私の提案はやや唐突過ぎたようだった。私は自分の無感動な性格を呪った。そもそもオーリスの力のことは、先ほど私の心情を完璧に見抜かれていたことを自覚させれた時点でもうほとんど信じかけていたため、それが逆に災いし、証拠を見せ付けられたところで驚きはごく小さなものだったのだ。


 この時点で私の中に本当の危機感が芽生えていたなら、オーリスは言葉ではなくその気持ちを感じ取ることで異変を察知したかもしれない。しかし私は心のどこかで、予感などというものは一種の空想に過ぎないと考えていた部分もあり、それを差し迫った恐怖として感じることが出来なかった。私は危険を予測していたにもかかわらず、ひどく落ち着いており、皮肉にもそれがその危険を呼び込む要因となった。


「ふん、大方疲れたから宿舎に戻ってごろごろしたくなったってところだろう。駄目だ駄目だ、気の抜けた奴め!どうせ戻って訓練するわけもないだろうし、実戦に備えてせめて日暮れまでは体を動かせ。おい、馬を降りろ。私が替わりに乗るから貴様は走れ」


「いや、僕は…」


「あ、いいよ。セリトさんはこっち乗って。私はヌビクリヒュくんの後ろに乗るから」


「え?何、ちょっと、ええ?」


 私はすごくびっくりした。


「よいしょっと」


 私の返答を待たず、オーリスは私の馬の後方に相乗りしてきたが、十分に安定して座れる空間が無かったため、その身体を使って私を前方へぐいぐい押し出してきた。私は鞍の前部からはみ出しかけることになった。

 わざとか。さっきから本当に。これはもうそういう意味と受け取っていいのだろうか。


「…かなり腹の立つ光景だな…。私が来るまでの間に一体どんな魔法を使いやがったのだ。是非ご教示願いたいものだな…ヌビク先生よ」


 一瞬、背中の感触以外の世界の全てがどうでもよくなりかけたが、冷静に考えると、オーリスと密着しているこの状況は、セリトに聞かれないように真実を打ち明ける絶好の機会でもあった。


「じゃあ私が誘導する通りに歩かせてね。とは言ってもここからそう遠くないよ」


 オーリスはそう言って、草原の前方彼方に見えるなだらかな丘へ登るよう促した。それは先ほどセリトを見つける際に登った丘よりも幾分か大きく、頂上には背の高い草が茂っているのが見えた。


 彼女が私の背後で喋るたびに私の首筋に息がかかり、その甘ったるさで何度も世界がどうでもよくなりかけたが、私は辛うじて正気を守り、口を開くことができた。


「オ、オーリスさん、あの…、あの、あのちょっと真面目な話なんですが、あの丘の…向こうに居るのは、い、一体誰なんですか?…ぼ、僕にだけ…教えてくださいよ。…そいつはひょっとして…危険な奴では…ないんですか?危険と言うのは…その、なんと言うか…二重の意味があります。つまり、その、要するに、つまり、僕が言いたいのは…」


 私は元々ひどく通りの悪い濁った声質だが、前方を向いたまま囁き声で喋ったために、途中から明らかにオーリスにまで届いていないことを自覚した。虫の鳴き声と風の音がうるさく、喋っている私自身ですら途中から自分が何を言っているのか聞き取れないほどだった。


「え?何か言った?独り言?」


 私はいつの間にか私より前方に居たセリトに聞こえない声量を意識しながら、今度は振り向いて同じ事を繰り返そうとした。しかし間近にオーリスの顔を見ると、自分の口臭が気になってしまって、まともに口が開けなかった。


「あ、あ、あの、ちょっ、ちょっと真面目な…」


 こんなことでまごついている場合ではないのだが、どうにもならない。どうにかするチャンスはあったにもかかわらず、私のみみっちい感情のせいで結局それは台無しになった。


「おい!」


 セリトが叫ぶ声で私は前方に向き直った。


「何してるウスノロ!気持ちはわからんでもないがせめて私に遅れを取らない速度を保て!このマヌケが」


 セリトは、私とオーリスがくっ付いている時間を少しでも短くしたいらしく、明らかに普通よりも速く馬を歩かせていた。歩くと言うよりもむしろ若干小走りに近いくらいだ。


「あれ?ヌビクリヒュくん、なんかすごい緊張してる?いや、緊張って変な意味じゃなく」


「気になることがあるんです…。ええと、これから見つけようとしている奴は…」


 私は途中で口をつぐんだ。急に視界にセリトの姿が入ってきたからである。彼はいつの間にか速度を落とし、私たちの真横に付けていた。


「気に入らんな…気に入らん。何をこそこそと話している。この私を除け者にしようとは大した根性だな。え?これから見つけようとしている奴が一体なんだって?」


 先ほどまでは私を茶化す余裕も残っていたようだったが、既に本気でいらいらしかけているようだった。今の彼に刺激を与えるようなことを言うのはまずい。


 そう考えた矢先、オーリスが能天気な声を上げた。


「ははぁ、ヌビクリヒュくんは察しがいいね。きっと心配してるんでしょう。その丘の向こうに居る人ってのが、例の山賊の一味じゃないかって」


 彼女は微笑しながら、セリトにもはっきりと聞こえる大きな声でそう言った。私はその瞬間に馬の背の上で飛び上がりかけたが、その驚きよりさらに早く、セリトがまるで雷に打たれたかのように無言のまま恐ろしく殺気立った。彼を貫いた感情の電撃の余波は振動となって空気を伝ったかのようで、それは私とオーリスを硬直させるには十分な力強さを持っていた。


 セリトの姿が視界に入っていなかったはずのオーリスが急にそちらのほうへと振り向き、大声を上げた。


「な、なに!セリトさん!一体何を急にそんなに怒っ…、えっ、ヌ、ヌビクリヒュくんまでいきなりどうしたの!なんなの!?」


 私の中の嫌な予感は一つずつ確実に実りつつあった。


 不運なことに、オーリスはセリトが何故山賊征伐に同行しているのか、そして彼がどれほどまでに、もうほとんど常軌を逸していると言えるほどの激しい憤懣の情を理由にここノンドに居るのか、それを聞いていないのだ。


 彼女が私に対し察しが良いと言った時点で予感はほとんど確信に変わったが、オーリスが探知したと言うのは先ほど私とゼームを襲撃した赤毛の盗賊ホルズの一味のうちの誰かに違いない。オーリスの口ぶりからして相手が恐らく一人であると思われるのが気にかかるが、先ほど奴らと別れた時の状況から考えると、ある一人だけが集団からはぐれてしまっていたとしても不思議は無いだろう。そのはぐれた一人とは一体誰か。それは当然、会話が終わる前に先走って一目散に駆けていったホルズ、即ちセリトが捜し求める彼の因縁の仇敵だ。彼はゼームに騙されて北の峠へと向かったはずだが、なんらかの理由でそこに敵が居ないということに気が付いて引き返してきたと考えられる。


「詳しく教えろ」


 セリトの声は怒りで震えていた。


「な、何を?」


 オーリスの声も震えているが、セリトとは全く違う理由だろう。


「この先に、その丘の向こうに誰かが居ると言ったな、ええ!?そこに居やがる野郎は一体どいつだ。あのクソ忌々しい蛆虫どもなのか?どうなんだ!おい!」


 セリトの顔面は月のように青ざめたかと思えば今度は恐ろしく紅潮し始めた。次の瞬間には泡を吹いて仰向けにぶっ倒れててもおかしくないほどの興奮が見て取れた。


「落ち着けよ。まだオーリスさんは何も言ってないだろう」


「黙ってろへなちょこ野郎!」


 セリトが大きく拳を突き出して私を威嚇するような仕草を見せた。彼の乗る馬は驚いたのか、急にそわそわと落ち着かなくなり、一回嘶いた。オーリスもまたひどく怯えてしまって、私の両肩を掴んだ手に無遠慮なほどの力を込めていて、少し痛いほどだった。


「い、いや、ううん、ウジムシって、盗賊たちのこと?うーん、ううーん、いや、ちょっとわかんないかな。うん、ちょーっと、わかんないね」


「今更わからんだと?おい、真面目に答えろ!」


 オーリスは台風の中にいるかのように目を瞑って背を丸めてしまった。私の両肩にかかる力はさらに強くなった。明日には肩にあざが増えているかもしれない。


「ううっ、盗賊かどうかは、本当にわかんないよ…。私にわかるのは、彼が強い殺意を持った人物だって事。でも明確な対象のいない、持て余した殺意。彼がこれまでにもきっとたくさんの人を殺してるような奴だってのはわかる…近付いちゃ駄目って言ったのはそういう事…危ないからね。そこはかとなく盗賊っぽい感じではあるけど…そうでない可能性も…無きにしも非ず…みたいな…」


「けっ、それだけ聞けば十分だ!ぶっ殺…いや、いや待て、おい、奴は一人なのか?いや、何人いたって同じことだが、確認しておきたい。赤い髪の野郎か?」


「容姿まではわかんないよ。でも一人だけだね…。馬に乗ってる。そんなに急ぐ様子も無くゆっくりと村の中心に向けて移動してる…」


「ちっ!」


 舌打ちで返事をした彼はそのまま丘の頂上へ向けて馬を走らせた。


「ああっ、待って!待ってよ!やめて、殺されるよ!」


 私の耳元で泣き声を上げるオーリスに、セリトは馬を駆りながら振り向いて叫んだ。


「なめんじゃねえ!死ぬのはヤツのほうだ!畜生!」


 彼は振り向きざまに、その手に握り締めていた日除け笠を無造作に放り投げた。笠は風に乗って飛び、離れた草の上に落ちた。




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