12. 作戦会議
「作戦決行にはまだ二日あるが、全員集まった今のうちに説明しておこう。明後日の昼までにはニーギン小隊が到着する。その日のうちに、我々は彼らと入れ替わる形でこの村を発ち、ゼームと連れ立って先行して目的地までのルートと迎撃地点を確保し、罠を張る」
「迎撃…?罠、ですか…?」
ざわつく隊員たちの中でずっと黙って煙草を吸っていたロウィスが、ノラッドの説明に疑問で相槌を打った。彼はすっかり短くなった煙草の火を足で踏み消すと、ゆっくりとした動作で顎に指を置き、返答を興味深げに伺った。
「そう、盗賊どもから地の利を盗み取ってやるんだ。我々は奴らが森の外との行き来に使う道を迂回し、連中の斥候を回避した上で可能な限り要塞を包囲する。そしてあらかじめ決め分けた強襲部隊でわざと無策を装って突撃する」
今度はリデオが相槌を打った。
「ほどほどに暴れて成り行き通りに劣勢になったらとんずらして、追撃に出てきたところを俺たち待ち伏せ部隊が一網打尽ってわけだな」
「それだけで一網打尽はさすがに無理だろうが、二度目に襲撃する別働隊がさほど労せず殲滅できる程度には減らしたい。より多くの敵を陽動するなら囮もそれなりの数が必要だ。ベナラハタ小隊まるごと全員がそれに当たることになっている」
「二度目の襲撃ねえ。どう考えてもそこが一番美味しいな。俺たちの役がネズミ捕りってことは、残ってるのは…今回の主役はニーギン小隊の連中だってことかよ。くじ引きで負けたのか?ノラッド」
「最後の殲滅部隊の主力は確かにニーギン小隊だが、我々やベナラハタ小隊の者たちも外の敵を片付け次第続いて突入する。無論、動ける者だけだがな。大詰めに参加したいのなら迎撃任務でつまらんヘマをしないことだ」
ノラッドは口の端に小さな笑いを浮かべると、両腕を組んだまま、右手の人差し指だけを軽く上げてリデオを指差した。この仕草は以前にも見た気がする。古い仲らしい隊長と副隊長の恒例のやり取りなのかもしれない。
「おいおい、誰に向かって言ってんだ?武闘派で鳴らした俺たちノラッド小隊だぜ。ゴボウ頭のニーギン爺とその手下のオカマどもに良いカッコなんてさせやしねえさ」
「その意気だ。しかし我々の任務にはゼームの存在が不可欠だ。ゼーム、やれそうか?」
隊長のすぐ脇でその言葉一つ一つに頷いていたゼームは、名を呼ばれると私たち全員の顔をゆっくりと眺め回しながらはっきり答えた。
「もちろん。そのために来たんです。任務に関する話は三日前にここに来た時、ベナラハタさんから既に聞いています。それで、ここ二日の間、きこりの仕事は休みにしてこんなものを作ってみたんですよ。お役に立てば良いのですが…」
そう言って彼は腰に下げてあった袋の中から巻物を取り出し、それを地面の上に広げて見せた。セリトの一件やゼームの登場によって混乱し、ばらばらの位置に散らばって立っていた隊員たちは、作戦の話を始めてからは再び扇形の並びに戻っていたが、全員その巻物を覗き込もうと扇の端をさらに広げたため、私たちはゼームとノラッドを中心とした円陣を組む形となった。
「これは?」
「樹海の地図です。ここから要塞までのですね。短い道ではないのでなるべく重要な部分だけを選んで描いたのですが、それでも結構な大きさになってしまいました。丸く囲んだ部分が皆さんが罠を仕掛けるのに適した地点です。そして赤い線が山賊の通り道で、青い線が我々が辿るべき迂回路ですね。もっと近い道は他にありますが、皆さんの装備量を考慮して、やや遠回りですがなるべく平坦な道を選びました。もちろん決められた日数以内に到着できる程度の遠回りです。しかし皆さんの同意が得られれば別の道を示すことも出来ますよ。当日もペンと墨を持参して行きますので、もし急な作戦の変更があった場合は状況に応じて最も適したルートや迎撃地点を再指定します」
「この迎撃地点の傍にある星型の印はなんの意味だ?」
「そこには罠の設置に使ういくらかの木材や荒縄、あと予備の矢となるべく硬い石を選んで一山ほど集めてあらかじめ隠しておきました。石をより効果的に投擲するため、当日には個人で使用する投石器、動物の革で作った軽量のもの、いわゆるスリングですね、それをいくつか持って行くつもりでいます。矢もスリングも私の手製ですのでごく簡素なものですが…。迎撃地点は高低差を利用できそうな地形を選びましたので、不意を突いた先制攻撃で飛び道具を使えば低リスクで効率的に敵を減らせるはずです。スリングは振り回して使う必要がありますし、石は跳ね返りますので、敵が狭い木々の間に逃げ込んでしまえばその時点で無用となってしまいますが、むしろそこからが皆さんの腕の見せ所です。敵が逃げ込むであろう場所は予測出来ていますので、皆さんの中でも腕利きの方々が予めそこに潜んでおき、逃げ惑う山賊たちを白兵で………おや、どうしましたか、皆さん?私は出過ぎた真似をしてしまったでしょうか…?」
「………」
全員一言も言葉を発することなく黙り込み、何人かの隊員たちは口を半分開けてゼームの顔をぽかんと見つめていた。その中の一人であった私と目が合った途端、ゼームは不安そうな微笑を見せた。
ノラッドが珍しくうろたえた様子で右手を挙げて言った。
「いや、良い意味で驚かされた。たった二日でそこまでやってくれるとは思いもしなかったからな。君はきこり…だったよな?しかしこの地図は随分と細かく描かれているが、測量でもしたのか?」
「空から見て描いたんだろう。妖精さんだからな」
リデオがそう茶化したが、それに笑って応える者たちの顔も引き攣って見えた。ここまで完璧な仕事をされると、本当に妖精の仕業なのかもしれないとすら思えてきてしまう。きっと本人が真顔でそう主張すれば隊員の半分以上は信じてしまうことだろう。
「いえ、もう何年も森の中で暮らしているもので、付近の地形は完全に頭の中に入っています。今朝も確認のためにこの道を通ってここまで来ましたので、少なくとも現段階では土砂崩れなどで地形が変わってしまった可能性もありません。その点はご心配なきよう…」
「文句の付けようがねえ…こりゃほんとに要塞に突入するまでもなく俺らだけで奴らを殲滅出来ちまうかもしれねえな」
「そう出来れば一番良いのですが…さすがに敵の要塞の中にまで仕掛けを準備することは出来ませんでしたからね…。ただ、その要塞内部の地図でよければここにありますよ」
「ええっ!」
一同が一斉にのけぞった。
「ははは、そこまで驚いてくださると嬉しくなりますね!いえ、私は山賊たちがあそこに住み着くよりも前から森に居たんです。遺跡がまだ無人だった頃、あれに興味を持って中を何度も隅々まで探索しましたからね。地図はそのときに描いたものですが、幸いと言うべきかはわかりませんが、中には元々十分な居住空間があります。よって彼らが自分達で大規模な増築工事を行って間取りそのものが変わってしまった可能性は低いでしょう…これがそうです。…が、ここは若干暑いですね。もし良ければ家の中でご覧になりませんか」
ノラッド以下全員がそれに賛同し、すぐ後ろの宿舎の食堂に集まった。ゼームはその手に掴んだ第二の巻物をテーブルの上に広げた。後方の見えづらい位置にいる者たちは椅子の上に立ち上がってそれを覗き込んだが、私は椅子を獲得できなかったため、他の隊員たちの背中の僅かな隙間からちらちらと覗くこととなった。
地図は左下の端の部分に縮尺まで書かれていた。これはどうやら本当に測量して作ったもののようだった。まるで本物の建築技師が描いた正規の設計図のように正確に線が引かれていた。
入り口から辿っていくと、まず最初に一本道の長い通路がしばらく続いている。この通路は天然の洞窟をそのまま利用したものらしく、建築物としては不自然な、要するに本来の意味で自然な形に曲がりくねっていた。その突き当たりにやや広い空間があり、そこから上階へ続く階段とさらに地下へ潜る階段の二つの道に分かれていた。上階には居住区域と書かれた空間が多くあり、地下には牢獄と尋問部屋という文字が見えた。
「この入って最初の広間はなんだ?何か書いてあるみてえだが、わしゃあ、百姓上がりだでな。難しい字は読めんのだ」
先ほどの巨躯の白髭の老隊員が言った。地図には美しい楷書で所々に説明が付けられていた。ゼームはまったく嫌味の無い明るい微笑で応えた。
「失礼しました。では説明していきましょう。これは『詰め所』ですね。この要塞は有史以前から存在していたものだと言われています。私が見たときには家具や調度品の類は石や土で作られた物以外全て朽ちてしまっていましたので、部屋の説明に関しては私の推測が多分に含まれますが…この部屋はおそらく入り口や屋外を警備する兵士達の詰め所だったと思われます。現在でも山賊たちがここを見張り役の待機場所として使っている可能性は高いですね。ここは土を盛って作られた長椅子やテーブルなどが設置されているので食堂のようにも見えますが、食堂らしき部屋は二階の居住スペースの中にもさらに大きなものがありますし、この部屋にはやはり土で作られた簡易寝台らしきものもいくつかあります。また、壁際の地面にはいくらかの朽ちた青銅の破片が寄り集まるように溜まっていました。おそらくここに槍や剣を立て掛けていたのでしょう。以上が私がここを詰め所と判断した理由です。では階段を上って二階の説明に移りましょう…」
ゼームはその後も一つ一つの部屋を丁寧に説明していった。しかし説明には戦略的にさほど重要でない情報も多々有り、話を聞いている隊員たちの大半が集中力を持ってその詳細を聞き続けることが出来なかったようだ。
「…以上です。肝要なのはやはり最初の通路と詰め所までの部分ですね。最も激戦が予想されるのはここです。特に詰め所の入り口のところには人一人分の段差があるので、ここから弓矢で援護射撃を受ける可能性があります。くれぐれも気をつけてください」
「ふむ、大体解った。それで一つ質問なんだが、この地下の『祭殿』という部屋はなんだ?この部屋だけ説明が無かったんだが」
既に大半の者が他事を考えて目を逸らしていた中、始終感心した様子で頷いて聞いていたノラッドが質問した。立ったまま船を漕ごうとしている前の者の背中が邪魔で私にはよく見えないが、どうやらそのような部屋が存在するようだ。
「ああ、それですか。…すみません…皆さん長旅でお疲れのところだと言うのに、ついつい調子に乗って要らぬことまで話し過ぎてしまいましたので、重要性の低い箇所は説明を省略すべきかと思ったのです」
どうやら多くの者が話を理解しておらず、また理解する気も無さそうであることには彼も気が付いていたらしい。周囲を確認すると、話を真面目に聞いていたのは隊長と二人の副隊長以外は私も含めてほんの三、四人ほどだけだった。セリトも腕を組んだまま目を閉じかけている。彼は帝都のアカデミーを出たらしいが、小難しい話は授業で慣れていないのだろうか。むしろ慣れているからこそ眠るものなのか。
「構わない。君の持つ情報は非常に有益だ。さあ、みんな起きろ。続けてくれゼーム」
ノラッドがよく通る声でそう言って、手をぱんぱんと叩いた。数人は実際に眠っていたらしく、中にはびくりと身を震わせて何事かときょろきょろしている者も居た。
ゼームは淡々と続ける。
「はい。そこは部屋の中央に宗教的なオブジェと祭壇らしきものが置かれているだけでした。おそらく古代人たちが信仰していた神への祈祷かなにかに使っていたのだと思われます。他の部屋から離れていますし、袋小路ですから重要性は無いと判断しました。しかし逃げ出した敵の隠れ場所くらいにはなるかもしれませんね」
「なるほど、よくわかった」
「他にご質問は?」
「宝物庫は」
リデオがだしぬけにそう言うと、静まり返っていた場にどっと笑い声が響いた。性格上真っ先に眠りそうなものなのだが、彼は意外にも真剣な様子でゼームの話をずっと聞いていた。それはこの事を聞きたかったがためだけとは思えないが、この事が最大の関心事だったのも間違いではないだろう。
「二階の居住区の廊下の突き当たりのやや広い部屋が、先ほど言ったように山賊たちの長の部屋となっている可能性が高いです。もしそうだとすれば、その奥にもう一つ続いている小さな部屋をきっと宝物庫として利用するでしょうね」
「ふーん、そうかあ…賊が旅人や貧乏村からかっぱらった財宝なんて高が知れてんなぁ…。俺は地下に金鉱か銀鉱か何かがあるような気がしてたんだが。発掘場らしき場所は無いみてえだな…。なぁ、おい、この祭壇って部屋を掘ってみたら下から財宝が出てきたりするんじゃねえのか。配置的に随分と不自然に離れていやがるしな。元々ここに何かがあってその上に部屋を作ったって感じだぜ!」
隊員たちは笑っていたが、ゼームは真面目な顔を作り、しばらく考えを巡らせる様子を見せていた。やがて顔を上げてリデオのほうを向くとやはり真面目な表情を崩さないまま言った。
「有り得ないことではありません。ここは要塞の構造の一部として化石化した木をそのまま利用して造られている部分が多々ありますので、おそらく建造された当時よりさらにずっと昔からこの周辺は深い樹海だったと推測されます。だとすれば何故そんな場所に砦を建てる必要があったのか、私も疑問に思っていました。その疑問に対する答えの一つとして天然の財宝が埋蔵されていると考えるのは道理ですね。ただ、もしそうだとすれば山賊たちがどうしてそれを知り得たのかが謎です」
「理由はどうでもいいさ。ただ、現に連中はこんな何も無い山ん中に篭っている。それが財宝の存在を証明するなによりの証拠だと思わねえかよ!なあ、みんな!」
茶化そうとしているのか、わざと必死さを強調して振舞っている様子のリデオに対し、皆は笑い声を荒げた。ノラッドも笑いながら言う。
「ああ、その通りだリデオ。間違いなく宝はあるさ。まだ発掘されていなかったら俺たちが掘り起こすだけだからな!」
ゼームはやはり何か要塞について思うことがあるらしかったが、周囲の笑い声がどんどん高まっていくとやがてそれに飲まれ、ついに彼も声を上げて笑い出した。




