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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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7. 馬上での会話



「この茸はこの地方じゃ本来栽培はまるで無理なんだけど、あの洞窟の中だけは栽培できるんだ。テンベナ近辺で作ってるのはうちだけだから町に持って行けば高く売れるんだよ」


「洞窟なんてそこらにもあるだろう」


「あそこは特別でね。深さも十分で温度や湿度の条件が完璧だし。あと地下水も湧いてる。巣食ってた蝙蝠どもを追い出すのにも苦労したしね!」


「ほう。全部酒にして売るのか?」


「収穫後は日持ちが悪いからね。大抵家でお酒か干物に加工してから、村に来る行商人に引き取ってもらってるよ。まあ、あんまりお金があってもしょうがないし、実際売るのは少ないかな。大体は村で消費してるね」


「良い心がけだな。その気になればなかなかの商売になりそうなものだが。…いや、こんな発想は下卑たものだが!」


「私は余所者だから、控えめに暮らした方がいいんだ」


「ふん、なるほど余所から来たのか。村の連中より良い暮らしをしたら、睨まれて逆にやりづらくなりかねんからな。しかし、随分遠くから来たんだろうな」


「どうしてわかるの?」


「元々故郷では家業は醸造士だったんじゃないのか?その地方では普通にその茸が採れていたから栽培条件や加工方法を熟知してるんだろう」


「よくわかるね!すごい!」


「大体そんなものだ。…人の生業なんてものは…生まれた時に決まってしまうんだ。ほら、後ろの陰気な小僧もとても傭兵には見えないだろう?奴の生まれは知らんがせいぜい羊飼いか死体の掃除屋あたりだろうな。それ以外の仕事は無理なのさ!」


「ヌビクリヒュくんは若いしこれから実力をつければいずれ英雄にでもなれるよ」


 オーリスが私の方へ振り向いて言った。当たり前のように屈託の無い笑顔だった。

 私は上の空で話を聞きながら呆っと樹海の木々を眺めていたので、咄嗟に視線を合わせはしたものの返事が思いつかなかった。


「おめでたいな」


 セリトは私の方を振り向きもせずにそう切り捨てると、一瞬の沈黙の後、「チッ」と小さく舌打ちまでして追い打ちをかけた。離島出身の田舎者が英雄になると言うことがそんなにも気に入らなかったのだろうか。


「と、ところでさ」


 空気がやや重たくなったのを敏感に感じ取ったらしいオーリスが焦ったような声を出した。


「ところで…私の家にはもう行った?」


 無表情で遠くを見ていたセリトが、その話題に変わると今度はあからさまに不愉快そうな顔を見せた。


「ああ」


 彼は言葉短くそう吐き捨てた。


「…誰か居た?」


 オーリスは少し躊躇うような仕草で上目遣いにセリトを見ながらそう訊ねた。


「ガキが居た。覗き窓越しに対応されたぞ。アレは何なんだ?一体」


 あの訝しげな視線の少女のことは私もすぐに思い出した。オーリスの家にいたことから考えて彼女の身内の誰かだろう。セリトにもそのくらいの察しはつくと思うが、彼は知った上でわざと言葉を選んでガキ呼ばわりなどしたのだろうか。…まあ、恐らくそうだろう。これはそういう男なのだ。


「あ、出たんだ。誰が来ても居留守しろって言いつけてあるんだけどね…」


「なんだと?」


 女性に対しては比較的優しいと思われるセリトだが、その鋭い目を見開き怒りを露わにした。


「ごめんね。悪く思わないで。何と言っても今は…」


 セリトは何かを思い出したように前方に向き直ると、オーリスが言いかけた言葉を急いで遮った。


「わかっている。わかっているとも。賊どもがうろついているのだ。用心に越したことは無い!…だがな、最低限の教育ぐらいはしておくべきだろうよ。アレは何だ?おまえの妹か?それとも娘か?近所のクソガキか?家に取り憑いた貧乏神か?」


「や、やだなあ、あんな大きい娘がいるような歳じゃないよ…」


 オーリスは恐る恐るそう返し、セリトの顔色を窺ってから言葉を続けた。


「それは妹のアイリスだよ。両親が死んでからずっと私が親代わりをしてきたんだけど、可哀想な子だから、つい甘やかしすぎちゃって…。本当はとっても良い子なんだよ。でも、ちょっと人見知りがひどくてね…」


「そいつは大変だな。人見知りが激しい割にはいきなりケンカ売られてたけどな」


「えっ!そんなことする子じゃないんだけど、本当にごめんね。何されたの?」


「私じゃない。後ろの小僧だ。言葉遣いが悪いと因縁を付けられていた。同族嫌悪か?」


「ごめんなさい。それでどうなったの?」


 彼女は振り向いて一言私に謝るとすぐにセリトに向き直った。心配しているのは私が何を言われたかではなく、妹がこの短気な金髪男に何かされてはいないか、だろう。彼女は優しい女性ではあるが、優しい故に、さっき出会ったばかりのただの傭兵に過ぎない私よりも自分が親として育てた妹の方がよっぽど大事で、妹の安否を心配するあまり私のことなど今はどうでもよくなっているのだ。

 わかっていてもあまり良い気分はしない。


「玄関の扉は良い木材を使ってるな。蹴りには自信があるんだが破れなかったぞ」


「…どうか許してあげて。あの子には言い聞かせておくから」


 オーリスは私の方を振り向くと、しょげ返った顔でそう言った。私が黙って頷くと、セリトが軽く肘を曲げて手のひらを天に向けながら、何故か妙に得意げな様子で言った。


「それが賢明だろう。この件はもういいさ。おまえは悪い奴ではないようだからな。妹の躾ができないこと以外は」


 思いもよらず彼の怒りは早く静まった。この男は大体いつも一言多いが、それを抜きにすれば彼にしては随分と寛大だ。今のやたらと得意げな仕草は、自らの寛大さを誇って出たものらしい。そもそも些細なことでわざわざ怒る時点で寛大とは言い難いのだが、残念なことにそれには気付かないようだ。

 セリトの気分が治まったことに安心したのか、オーリスの表情も徐々に和らいだ。


 その後、我々がオーリスの家に到着するまでの間、彼らはそれなりに和やかな様子で他愛無い会話をしながら馬を歩かせた。相変わらず私には口を挟む機会が無かったが。


 陽はまだ完全には落ちておらず、空には若干の濃紫の明かりが残っていたものの、私が黙ってずっと見つめていた馬のたてがみについた蚤が視認できなくなる程度には暗くなっていた。しかし顔を上げてオーリスの家の窓を見ると、そこに明かりが灯っているのは見えなかった。


「ちょっとだけ、ここで待ってね」


 オーリスは家からそれなりに離れた場所で私たちを足止めすると、一人で自宅へ向かっていった。彼女が玄関先まで到着するとすぐに扉の覗き窓が開くのが見えたが、その中の様子までは距離と暗さのため見ることができない。


 彼女は恐らく妹のアイリスと思われる室内の人物と扉越しに何やら話している様子だったが、少しすると私たちを手招きして呼び寄せたので、私とセリトは一瞬顔を見合せた後、それに従った。



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