表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
13/90

5. 出直し



 セリトは明らかに私に対して腹を立てていた。少女の態度自体にも十分腹が立っただろうが、それよりも自分と連れ立っている者が子供相手に下手に出たということが彼のプライドを傷付けたのだろう。


「手ぶらでは帰れないよ」


 帰り道で私が何を話しかけても返事をしなかった。村の広場に戻った時には、セリトがオーリス家の扉を蹴り飛ばした時点から明らかに四半刻以上経っていたが、彼は何も言わなかったので逆に居心地が悪く感じた。


 私は気が重かった。酒を持って帰れなければリデオはきっと一層怒り狂うだろう。何をされるかわかったものではない。

 私一人ならうまくいったかもしれない。少女を怒らせてしまったとしても、謝罪すれば持ち直せた可能性もあるのだ。セリトは、勝手に付いてきて何の役にも立たないばかりか、道中でさんざん私や世界への悪態をついた上に交渉すらも台無しにしてしまった。そう考えると私も些か腹が立ってきた。


「君はプライドが大事なのかもしれないけど、僕は意地を張って痛い目に遭うのは嫌だ」


 前を歩いていたセリトにぎりぎり聞こえる程度の声で私はそう呟いたが、やはり彼は無言だった。普段なら一言不平を言えば十倍にして返してくるはずなので、どうやら本当に怒っているらしい。怒っているのはこっちである。私はそのことをセリトがわかっているのかどうか確かめずにはいられなくなって、あまり考えもせず咄嗟にもう一言加えた。


「僕一人ならうまくいく。君は先に帰っててくれ」


 彼は両の手をズボンのポケットに突っ込んだまま振り向きもせず、ふてくされた後姿で傭兵たちの住居へ向かって歩いて行った。私は踵を返した。やはりもう一度交渉しに行くしかない。あの少女が取り合ってくれなくとも、家の前で待ち続ければいずれはおそらく外出中であろうオーリス氏が帰宅するはずだ。


 帰り道で、もう一度オーリス家に出向くべきだとは当然考えてはいたものの、私には本来その気は無かった。何もかも投げ出したい気分だったのだ。しかし勢いに任せて、一人で酒を持ち帰ってみせるとセリトに宣言してしまったため後に引けなくなってしまった。私こそがくだらない意地に振り回されてしまったのかもしれない。

 まだ日暮れには時間があったが、私は若干歩みを早めて、再び四半刻と少しの道のりを進んだ。歩きながら、どう交渉すべきか考えていたが、正直に事情を説明して情に訴えるのが一番だろうという結論に達した。見知らぬ人に情に訴えて物をねだることほど卑しい行為は無い。盗んだ方がまだ良心が咎めないかもしれないと少し思ったが、それは単に楽な方に逃げようとする自分の弱さがそう思わせるのだろうと考え直した。


 それに、盗みなど働けばセリトは永久に私と口を聞かないだろう。


 …しかしそれが一体何だというのだ?私はあの傲慢な金髪男と仲良くしたいとでも思ったのだろうか?


 丘の向こうにオーリス家の目印となっている小さな林が見えた時、背後から砂利を踏み鳴らす蹄の音が聞こえたので、私は振り向いた。


「馬の方が早いと言っただろう」


 騎乗したセリトがいた。彼は自分が乗っている馬の他にもう一頭、縄を曳いていた。先ほどまで荷車を曳いていたノラッド小隊の馬である。隣の家へ行くのにすら徒歩では億劫なあの村で、誰も使わずに二頭余っていたのは幸運だったと言えるだろう。


「もう着く。それに急ぐ必要は無いよ。すぐに終わらせる」


「なら歩け。村長からオーリスの居場所を聞いてきた。あの山の裏側にある川を越えてしばらく進んだ先の樹海の奥の洞窟の中だ」


 私は驚いた。オーリスの居場所に関してではなく、セリトがなおも私に協力する気があり、それがちゃんと私の役に立ったということにだ。


 別段ばつが悪そうな顔をしているわけでもなく、彼はただ普段よりも若干落ち付いて見えるだけの、何とも言い難い表情で私の眼を見ていた。その微妙な様子こそが彼なりのばつの悪さの表現だったのかもしれない。どうやら自らの行いを謝罪するつもりはなさそうなものの、一人で冷静に考えた上で、それでもなお私へ対する怒りが理不尽なものだったと自覚できないほど頭の悪い男ではなかったようだ。


 私はセリトが連れていたもう一頭の馬のあぶみに足を掛けながら、努めて何でもない様子を装って訊ねた。


「洞窟?そこで何をしてるんだ?」


「醸造している酒の原料の茸をそこで栽培しているそうだ。私は茸で作った酒なんて貧乏くさいものは飲みたくないがな。そもそも茸なんてカビみたいなものだろう?あんなのは人間の食うものじゃない。だが、貴様は好みそうだな」


「大好物だよ」


「やはりな。ふふふ…」


 些か気が軽くなった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ