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星と羽虫  作者: 病気
第一章・異能の女たち
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3. セリトの身の上



「…どう考えてもこっちじゃない。そろそろ認めたらどうだ」


「よかろう、よかろう。認めよう。私たちは道に迷った。だが間違ったのは私じゃない。悪いのはさっき私たちに道を教えたあの挨拶を返すことすら知らないひどいマヌケで田舎者の薄らハゲた百姓と、それを鵜呑みにしてなんの疑問も抱かなかった同じほどのクソマヌケである貴様だ」


「じゃあそう言うことでいい。また目印の一本松まで引き返そう」


 道中、農作業をしていた村人に尋ねたところ、村で消費する酒の大半を醸造しているオーリスと言う者の所在を聞き出すことが出来たので、そこへ足を運ぶこととなったのだが、セリトの先導に任せたのは間違いだった。彼は講義や愚痴に忙しく、周囲をまるで見ていなかったようだ。私たちは何度も同じ場所をぐるぐると回ることになった。


「疲れたな」


「ああ、僕のせいだな」


 そう言うとセリトは何か言葉を挟もうとしたが、私は続けて言った。


「疲れたなら帰って寝ていた方がいいんじゃないのか…?一昨日の疲労もまだ残っているだろう」


「けっ!あの程度どうということはない。本来はテンベナまで走り続けるつもりだったのだからな!」


 彼は語気を荒げた。私はしまったと思った。彼の機嫌を損ねるとろくなことにならない。


「ところで君はあの時何故あんな道を通ってたんだ?盗賊が出没する噂くらいは街で聞いていただろう。整備された街道を通れば安全だったじゃないか」


 話題を変えたつもりがあまり変わってないことに、言い切ってから気が付いた。


「いくら無知な貴様でもノンドが大陸を南北へ抜ける近道なのは知っているだろう。街道など通れば二日近くも余計にかかってしまう。賊などに出くわしたところで全員斬り倒して行くつもりだったのだが、僅かばかり私の目論見が外れる事態が起こってしまった」


 彼は言葉を選んで喋っているように見えた。結果として、彼は盗賊たちに負けて身ぐるみを剥がれたのだ。その事実を知っている私に対して、どうすれば最も自身の自尊心を傷つけない説明が出来るかを考えながら話しているのだろう。


 私は彼と目を合わさないように、進行方向を見ながら言葉を返した。


「街道を通った方がずっと早かったみたいだね」


「それ自体は別段大した問題では無い。特に急ぎの旅と言うわけでもないからな」


「ふうん…」


 私が遠くを見たまま気の抜けた相槌を打つと、セリトは唐突に私の正面に回り込み、無理矢理目を合わせてきた。私は少しだけのけぞった。


「なら何故わざわざ危険な道を選んだのか、聞かないのか?」


「…なら何故わざわざ危険を冒したんだ?」


 彼は満足げに鼻を鳴らし、私より半歩ほど斜め前の元の位置取りに戻ってまた歩き始めた。


「言っただろう!賊など斬り倒して進むつもりだったと。私はそれを危険と思わなかったし、思う必要もなかったのだ」


「ふうん…」


 二秒ほど私は沈黙したが、また目の前に回り込まれるのも嫌なので質問を返した。 


「…何人いるかもわからない盗賊を一人で全て倒すつもりだったのか?」


「無論だ!帝都のアカデミーに通っていた頃、剣闘で私を打ち負かした者はただの一人もいなかったのだ。教官でさえもな。剣の基礎も学んでいない野良犬どもなどどれだけ束になろうと相手にはならん。そのはずだった。今回に限ってたまたま状況が悪かった。連中の一人にそこそこ腕の立つ者が居てな。一対一では私には遠く及ばないが、他の賊どもの援護もあり、多勢に無勢で結果として一度退かざるを得なかった」


 彼の話がどこまで真実かはわからないが、少なくとも敵の一人にそれなりの使い手が居たのは事実だろうと私は推測した。彼と初めて会った時に彼が憎悪に満ちた表情と共に口にした『真っ赤なロン毛のクソ野郎』がおそらくその者なのだろう。セリトの性格から考えるに、彼が本来の予定を大幅に伸ばしてまで我々に同行している動機は、奪われた装備を取り返すというのも当然あるだろうが、それ以上に赤毛の盗賊への復讐という目的のほうがより強いと思われた。


「へえ、君は帝都の出身なのかい」


 私は今度こそ話題を変えた。


「うむ、いかにも。ここデウィーバ帝国の首都でありこの世の文明の中枢と呼べる洗練された大都会である帝都デウィノトジグこそが我が故郷だ。…まあ貴様程度になら話してもいいだろう」


 そう前置きをすると彼は初めて自身の旅について語り始めた。


「いくら途方も無い常識知らずで無知蒙昧の極みと言える田舎者の貴様でも全臣民の憧れである誉れ高い帝国騎士団くらいは知っているだろう。騎士団では定期的に団員の募集をしていてな。私はそれに応募するつもりなのだ。極めて狭き門ではあるが、登用されれば栄光への道が開かれる。功を上げればいずれは皇帝陛下や皇太子殿下を守護する親衛隊…即ち聖騎士として取り立てて頂くことも夢ではないのだ!」


「へえ」


 どうでもよかった。


 セリトの顔を見ると、やはり明らかになんらかの反応を待っている様子をしていたので、私は適当に話を広げることにした。


「募集は帝都で行われてるんじゃ?君ははるか南のノギントリ教国の聖都から北へ向かって旅をしていると聞いたけど。帝都出身なのにわざわざ聖都まで行って一体何を?」


 今度は半ば意図的にそうしたのだが、表情の変化を見るに、私の反応は彼の期待したものとは違っていたようだ。


 それでも彼は結局退屈な身の上話の続きを語り始めた。


「極めて狭き門だと言っただろう。いくらアカデミーを首席で卒業したエリート中のエリートの私だからと言っても、それでもまだ確実に登用されるとは限らないのだ。しかし登用試験には特別な評価制度が設けられていてな。単独で帝都を発ち、聖都への巡礼を終え、その証明を持って戻って来た者は優遇されるのだ。今はその帰りと言うわけだ。危険な旅になるため信仰と勇気と忍耐が試される…とのことらしいが、私にしてみればこれしきの旅は少々ヌルすぎたな。今回の一件は、そんな私に神が特別に用意して下さった試練に違いない」


「なるほど。色々と合点がいったよ。…目印の一本松が見えてきたね」


「またここから出直すのか…今日中に帰れるのか?」


「今度は僕が先導していいかい」



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