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星と羽虫  作者: 病気
序章・虫になる人々
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1. 虫になった友人



 十五歳の頃、島を出た私はごく短い期間ではあったが傭兵団に身を置いていた。


 レニタフは傭兵に似つかわしくない気弱な性格で、私の唯一の友人でもあったのだが、その晩に虫になってしまった。


 それはこの『テンベナ義兵団』での私の最初で最後の任務となる、山賊征伐の行軍のさなかでの出来事だった。団の本拠地である港湾都市テンベナと目的地ノンド樹海の中間の野営地にて、皆が寝静まった後、私の眠るテントでそれは起こった。

 怒号と振動で目覚めた時には、既に犠牲者が出ていた。暗闇で視界ははっきりしなかったが、血の匂いによって私はようやく状況を理解した。レニタフは隣で眠っていたカイノを食い殺し、次なる獲物を求めテントの入り口へと躍り出るところだった。


「誰かが虫になっちまいやがった!畜生、どうして発症を黙っていやがったんだ!」


 外で誰かが叫んでいたが、私はどうすることも出来ず、寝袋から身を起こしてじっとしていた。


 レニタフは駆け付けた副隊長のロウィスによって殺された。


 引き裂かれたテントの隙間から覗くと、私の友人だったものは広場へとおびきだされ、満月の下で矛槍に貫かれて串刺しになっているところだった。

 それはまだ生きているらしく両腕を弱々しく蠢かせていたが、ロウィスが矛を大きく薙ぎ払うと割れた胸の甲殻だけが矛に刺さったまま残り、引きちぎられた体はまっすぐ空を切って岩に叩きつけられた。

 騒ぎを聞きつけたらしく、たった今目覚めたばかりらしい他の傭兵たちが続々とテントから出てきて、その様子を見てなにやら大声を上げていたが、レニタフの全身の殻が砕ける、大木を切り倒したような轟音はそれをかき消すほどの存在感を持って暗闇に響いた。レニタフは完全に動かなくなった。


 いつもひどく疲れたような眼差しの寡黙な大男という印象しか無かった副隊長ロウィスは、鬼神にでも取り憑かれたかのような気迫で、殺意と驚愕に満ちた目を大きく見開いていた。彼はレニタフの傷口から噴き出した体液を浴びて全身を真っ赤に染め、矛を握りしめる力を抜けないままでいた。レニタフの体液がまるで人血のような鮮やかな赤色をしているのは、彼がまだ虫化して間もなかったためだろう。元々人血だったそれは、完全には虫のそれに変化しきっていないのだ。


 副隊長はテントの入口に立っている私を見つけると、やはりまた普段からは想像もつかない力強い声で私を呼んだ。


「ヌビク、無事か」


 虫化した人間を見たのは初めてではなかったが、たった一人でそれを倒してしまう人間を見たのは初めてだったため、私は気圧されてしまい、考えるより先に頓狂な声が出た。


「それ、レニタフです」


 私はレニタフが虫化病に侵されていることを知っていた。


「そうか」


 私の言葉の意味に気付いたか否かは定かではないが、私の間抜けな顔を見てようやく力が抜けたらしく、ロウィスの瞳の炎は急速に熱を失い、眉は垂れ下がり、次に目が合った時には既に、覇気の無い普段の彼の顔になっていた。彼はゆっくりと周囲を見回した後、私に向き直って言った。


「…なんとしたことだ。彼の母親と妹が不憫でならない…」


 彼は巨大な昆虫の死骸に近づき、跪いた。


「レニタフ、すまない」


 彼もまたあまり傭兵向きの性格ではないらしい。


 私と同じテントの者たちの多くは丁度哨戒任務中だったため、犠牲はカイノ一人だけで済んだようだった。ロウィスはテントの中に踏み入ると、ずたずたになったカイノの遺体の前でもまた跪き、弔いを口にした。

 しかし私には言葉が無かった。心には一切の悲しみも無く、あるものはただ悲しみの無い自分に対する嫌悪感だけだった。私はたった一人しかいなかった友人の死を容易く受け入れてしまった。そんな私が彼らの死について言及することは冒涜のように思えたのだ。


 私がロウィスの背中を見つめている間も、外では男どもの荒々しい怒声が絶えなかった。



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