女子高生アルバイターがただまかないを食べるだけ。
クラスメイトが働いている飲食店でバイトを始めて、数日が経ったある日。
その飲食店では接客係として働いている私はついに……今まで働いていた時間帯からして、食べる機会が一切なかったまかないを食べる機会にようやく恵まれた。
「…………おおっ」
従業員用スペースの中にある休憩室。
その机の上に置かれた焼肉丼――大きめのどんぶりに入れたご飯の上に、何枚ものせられていると思われる、タレのついた焼肉、そして焼肉の隅の方にのっている紅しょうがを目にした私は、ついそんな声を出す。
この飲食店の店長の娘さんが食べていたのを見てから……ずっと気になっていたそれが、ついに目の前に来たのだ。というかそれ以前にこれはまかない。雇われているからこそ、普通の客とは違って、金を払わずして食べられるモノ。そしてそれゆえに、優越感のようなものを……どうしても感じずにはいられない。
ていうか匂い……店長によって調理されてた時からずっと漂ってきていた、肉が焼けた匂い、そしてタレの匂いが食欲を駆り立てる。いやそれ以前に空腹だから、いい加減食べたい気持ちが私の中で暴れ回る。
「いただきますッ」
だから私は……めっちゃ働いたから、思わずがっつきそうになるけれど。
その衝動をなんとか抑え込み……なおかつ、休憩時間を意識しながら両手を合わせて、しっかり食前の挨拶をして。一緒に置いてあったレンゲと、割り箸の二つの内、割り箸を選んで手に持って割ると、のっている焼肉を一枚掴んで、口に運ぶ。
掴んだ肉が、思ったより大きい。
他の肉を見ると、一枚一枚が同じ大きさだ。
これは二、三回に分けて噛みちぎらんとダメだわ。
それはともかく。
まずは、ひとくち。
私の口内に肉とタレの旨味が広がったッ!
ていうか肉のかたい部位とやわらかい部位が良いアクセントを生み出していて、いつまでも噛んでいたいくらい心地良い気持ちにさせられるッ!
「…………はっ! いけないいけない。時間考えなきゃ」
おっと、あまりにおいしいから意識がとんでたらしい。
そのせいで休憩時間を大幅にオーバーしていたら店長の雷が落ちてたわ。途中で意識を取り戻せてよかったよかった。
それはともかく。
その肉の旨味を、時間配分を考えてそれなりに早く味わうと、次に肉の下にある物――タレがしみ込んだご飯と、その上にのってる千切りキャベツに目を向ける。
そうか、肉の下はこうなっていたのか。
ふとそう思いつつ、それを箸で掴もうとした……のだが、箸で掴めない。掴んだその瞬間に崩れる。
と同時に私は気づく。
レンゲはこのためにあるのか、と。
私はすぐに、箸からレンゲに持ち替えた。
そして改めて、ご飯とそれにのったキャベツをレンゲにのせ……口へと運ぶ。
ご飯の甘さ、タレの旨味、そしてキャベツのほのかな苦味が口内に広がったッ。
これは……なんてちょうどいい口直しなんだ。
タレのついた焼肉はおいしいけれど、このご飯とキャベツもなければ、この焼肉丼は成立しない……そう思うほど味のバランスが良い。気をしっかり持たないと、味の無限ループの中に引き込まれそうだ。
だけど私に……躊躇っている暇はない。
意を決して、肉、キャベツがのったご飯の順で食べ進める。
ご飯を食べてすぐに働く、なんて、確実に体に悪い事をする羽目にならないように……時間配分を考えて、食べる。
いや、昼休憩は四十分あるけれど。
それでも食べる度に躊躇していたら確実に時間をオーバーする。
私の直感がそう告げている。
だから私は、ただただ食べ進める。
旨味が口内で、まるで絨毯爆撃の如く連続で炸裂する。
まさかこの飲食店で、こんな至福爆弾を受ける機会に恵まれようとはッ。
この飲食店でバイトをして良かったと心から思い。
そしてこのバイトに誘ってくれた……私と同い歳ではあるが、大人顔負けの渋みや貫録を持つクラスメイトには感謝を、心の中で捧げる。
「ッ!? もうここまで食べてしまった」
なんて事をしていたら。
いつの間にか七割食べていた。
あまりに幸せで、時間の感覚がバグったのか。
食べる工程が、私の中からすっぽ抜けたかのような感じがする。
同時に、私の中で切なさがこみ上げ……私は別に肉食系女子というワケではないのに、この肉料理を無限に食べたい欲望が生まれる。
だが欲望に任せてそんな事をすれば、確実に太るし。
それに休憩時間の問題が……もう二十分近くは経っている。
まさかこんなに時間が経っていたとは。
ラストスパートをかけなきゃ店長の雷が落ちるかもしれない。
「…………さらばだ、食友よ」
私は焼肉丼との別れを惜しんだ。
そしてご飯に、今まで残しておいた紅しょうがをちょい足しし、それを食べ……さらなる切なさが胸の内に広がる。
しかし、私はそれをこらえる。
最後までちゃんと責任をもって食べてこそ。
食材にされたすべては報われると思うから。
そして私はついに……最後の肉を箸で掴むと。
それを、ご飯のほぼ半分を、よく噛んだ上で飲み込んだ事でできたスペースへと押し込むッ!
最後はせめて、すべての味を一度に味わうッ!
あまりに強烈な旨味が私の口内で炸裂したッ!!
これぞまさに、味のオールスター。
最後の戦いに相応しい……最後のひとくちだった。
私は、数分かけてじっくりと……それを味わった。
本当はもっとじっくりと味わいたいけど、時間がそれを許してくれない。
だけど私は、なんとかその数分で……味わえるだけ味わい尽くし。
少しずつ少しずつ、口内の、焼肉丼のなれの果てを飲み込んでいった。
舌だけでなく、喉も歓喜を上げる。
これが最後かと思うと、さらなる切なさが私を襲うが……私はそれを素直に受け入れた。
これが最後じゃ、ないんだから。
この飲食店でアルバイトをしている限り。
またこの焼肉丼を食べる機会は訪れるのだから。
「…………………………ふぅ。ごちそうさまでした」
正直にいえば、喪失感はある。
だけどそれ以上に……私は満たされていた。
あれだけおいしい焼肉丼が私の血肉になったかと思うと、なんだか誇らしくて。
さらにいえば、切なさはあるけれど……だからこそ私は、焼肉丼の犠牲を無駄にしないためにも、これから先、清く正しく生きなければいけないとも思えて。
「…………………………休んだら、また頑張ろっと」
私は決意を新たにしたのだった。




