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リゼルカ・ベルゼリアの第二の終焉  作者: 夜一


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1.終焉の姫


 赤ん坊ほど暇を持て余す生き物はいない。

そう思えるくらいには幼児でいることが苦痛だった。


 食べて寝て、周囲の話を盗み聞いて寝て、また食べて寝て。

思うように動かない体に苛立ち、早く成長したいと心から願う。

だから日々、過去を思い返し、未来に思いを馳せることしかできない。


 幼児とはいえ、全てを思い返すには時間がかかるほどの長い過去がわたしにはある。

生まれる前の自分をしっかり記憶していたからだ。


 百年前、ベルゼリア国に存在した一人の王女は、今や伝説ともおとぎ話とも言われている。

どんな魔術も自由自在に使えたという王女は、その力をもってあらゆる悪行を犯した。


 身分と能力を驕り、周囲を見下して虐げ、贅の限りを尽くした。

よくいる腐敗した貴族の一人と言えばそれまでだが、王女の能力のせいでその被害は甚大だった。

止められる者が誰もいなかったからだ。


 ただでさえ狙われやすい王女という立場で、悪逆な振舞いを続けていればその存在を邪魔に思う者も面白いほど増えていく。

王女は日々暗殺を仕掛けられていたが、その全てを自身の魔術で防ぎ、鉄壁の防御力と容赦のない仕返しを見せつけていた。


 暗殺者やそれを仕掛けた者だけではなく、王女の気分を損ねた者はすぐに殺される。

損ねなくてもすぐに殺される。

王女の我儘で消えた貴族家もあれば、民ごと消えた村や町もある。

 その振舞いの矛先が国外へ向かい、大きな戦争を引き起こしそうになった時、王女はようやく殺されることになった。

 王女の死を国中の者が喜び、貴族も平民も祝い酒に酔い明かしたという。


 誰からも生を望まれなかった悪逆の王女。死を祝われた終焉の姫。

 それがわたし――リゼルカ・ベルゼリアだ。

そして、その百年後にベルゼリア国セヴラン公爵家に転生した、ソフィア・セヴランだ。


 リゼルカから生まれ変わった後、自分の姿を鏡でしっかり見たことはまだない。

周りが言うには、ソフィアはオリーブの髪、ローズゴールドの瞳で、セヴラン家の特徴を色濃く継いでいるらしい。


 前世での自分がどんな色だったか、興味がないせいかあまり覚えていなかった。

伝記の通りであれば金髪に紫眼だったのだろう。

 そんな曖昧な自分の姿よりも遥かに強く覚えているのは、あの男の髪と瞳。



 生涯でたった一人だけ、アザトという名の従者を信頼し、常に側に置いていた。

最後に聞いた彼の言葉を思い出す。


――申し訳ありません。私もすぐに後を追います。


 わたしに毒を盛ったその顔は、いつもと変わらず無表情で、最後までお前らしいのだなと消えゆく意識の中で思った。


 不思議と、アザト自身に死を望まれたわけではないと信じられた。

あの男がそう判断したのなら、わたしはあの時死ぬ必要があったのだ。

ただ必要で、他に道がなかったから殺した。それだけだろう。


 後を追わずに生きていてほしいと思ったが、あの頑固者は宣言通り自害でもしたのだろうなと、言われずともわかってしまう。



 それにしても、終焉姫のようになってはいけませんよと言いながら、幼児に『リゼルカ・ベルゼリア伝記』を読み聞かせた侍女は職を変えるべきだと思う。

前世の自分がどう語られているのかを知れたのは良かったが、血生臭く物騒な話は普通幼子に聞かせない方が良いのではないだろうか。


 今回の人生では、何の因果かまたもベルゼリア国に生まれ、さらには公爵家の娘という身分も得てしまったおかげで、幼い頃から親だけではなく侍女達に世話をされる環境にいる。


 悪逆の終焉姫と呼ばれるような人間が、地獄に囚われることもなく再び権力者に生まれ変われたのだ。やはり神などいないのだろう。

それとも、人間が生きるこの世界こそが地獄であり、与えられた人生は罰だというのか。


 この生をどう生きるべきか。

そんなことを考えるだけでろくに行動できなかった毎日は、一歳を迎えた日に大きな変化を迎える。



 何の前触れもなく、突如体の中からぶわりと湧き上がった膨大な魔力を感じて、このままでは体がもたないと急いで制御する。

これまでは魔力を微塵も感じない自分の肉体に、今回は魔力なしで生まれたかと思っていたが、また魔術を使えるのは嬉しい予想外だ。


 大きな魔力を持つ子は早死にしやすいと聞いたことがあったが、その原因を身を以って理解した。

子どもの魔力は揺れやすい。大きな魔力が暴れた時に、冷静にそれを抑えられる幼子は少ないのだろう。

前世では魔力が暴れたことがなかったので、魔力持ち故の苦労を初めて体感した。


「ソフィア! 無事か!?」


 父親のロイド・セヴラン公爵がものすごい剣幕で部屋に駆け込んできた。

なんとなくまずい気がしたので全力で魔力を隠蔽する。


 大きな魔力が漏れると、同じ魔力持ちにはある程度離れた距離でも認識できる。

そのせいで気づかれたのだろうが、夜も更けているというのに何とも近所迷惑な父親である。


「ソフィア様、ご無事でしょうか……!?」


 近くに控えていたであろう侍女や護衛も慌てた様子で入ってきた。

侍女達より早く駆け付けるとは、ロイドは転移でもしたのだろうか。

転移は誰でも使えるような魔術ではない。

普段は娘に甘い腑抜けた表情しか見たことがなかったが、実は結構な実力者なのかもしれない。

 そんなことを考えながら、誰かと目が合う前に寝たふりをする。


「ソフィアは無事ですか?」

「大丈夫か、ソフィア!」


 母親と二人の兄までやって来たようだ。家族全員が集合してしまった。

ちょっとした魔力暴走でここまで騒がせたことに、さすがに多少の申し訳なさを感じる。

 おそらく父親のものであろう手が額に触れ、体のあちこちを触る。


「熱も異常もなさそうだな。魔力暴走かと思ったのだが……今は魔力が少しも感じられない。ソフィアの魔力じゃなかったのか……?」


 その言葉で魔力を隠しすぎたことに気づく。

魔力を一切漏らさないのは一流魔術師の技術だ。

今から少しだけ漏らすのもどうかと思い考えあぐねる。


 生まれつき魔力を持っているのが普通だが、成長後に魔力を発現する場合もある。

子どもの部屋で見知らぬ魔力が突然発生したら、魔力持ちになったか、侵入者がいたかのどちらかだ。


 ロイドは護衛に屋敷の中と周囲を確認し警戒するよう指示を出した。

 今度は母親らしき手が伸びてきて抱き上げられる。優しくぎゅっと抱き締められた。


「こんなにざわついた空気の中眠れるなんて、豪胆なところは父親に似たのかしら。とりあえず、この子が無事なら何でもいいわ」


 次いで撫でてきた手はきっと兄達のものだろうなと思いながら、本当に眠くなってきて意識を手放すことにした。

この体はすぐに眠くなるのがいただけない。



 朝目覚めると、見知らぬ男が目の前にいて驚いた。

周りには家族全員が集まっていたので、この男は不審者ではないらしい。


「おや、起きたかい? はじめまして、ソフィア嬢。私は魔術師のユリウス・ヴィクトールだよ。今は君の魔力を確認してるんだ」


 ロイドと同年代に見える柔和な雰囲気の男が笑いかけてきた。

 ヴィクトールはたしか公爵家の一つではなかったか。

それなりの立場でありながら、他家の娘のために朝から呼びつけられたであろうユリウスに同情する。


「やっぱり魔力は感じられないね。魔力なしか、完璧に魔力を制御してるかのどちらかだ。いずれにせよ今は問題はないだろう」


「この年齢で魔力を完璧に制御するなんてありえるのか?」


「普通はありえないが、君の子ならありえるんじゃないか」


 どういう意味だと問うロイドを鼻で笑うユリウス。

優しそうな人間に見えたが、ユリウスは結構いい性格をしているのかもしれない。


「君もソフィア嬢を確認したんだろう。それなら俺を呼ぶ必要はなかった。早朝から呼びつけられたのは貸しにしておくぞ」


「けち臭いこと言うな。俺はただの騎士団長だがお前は魔術師団長だろう」


「君は魔術も一流だろうが。それと、国防の頂点である騎士団長に『ただの』なんて言葉を付けるな」


 そんなやり取りを余所に、今の内に多少魔力を漏らしておくべきだろうかとソフィアは悩みに悩んでいた。

魔力なしとして力を隠しておくのもいいが、このままだと家族に無用な心配をかけ続ける。

きっと護衛たちも本来不要な警戒を継続中だろう。


 面倒を避けるなら明かすのが得策かと、少しだけ魔力を解放した。

その瞬間、勢いよくこちらを見たロイドとユリウスが驚いた顔を見せる。

他の家族も目を丸くしていた。


「ロイド、昨夜感じたという魔力と同じか?」


「ああ、同じだ……」


 無事確認してくれたようなので、もう一度魔力漏れを封じる。

息を呑む音がそこかしこで聞こえた。

 そのままにしておく方が自然なのだろうが、少しだけ魔力を漏らし続けるよりも隠蔽した方が楽だ。前世からの癖なので簡単には変えられない。


「……では、やはり問題ないな。ソフィア嬢の魔力だ」


「待て待て! おかしいだろう!」


「知らん。おかしいのは君の娘だ。俺に言うな」


 お腹が空いてきた気がするので、母親であるミリアを見つめて「あうー」と声を掛ける。

一歳になると話し始める子もいるらしいのだが、ソフィアはまだ上手く言葉を離せない。

 ミリアは「ご飯かしら」と言って抱き上げてくれた。さすが母親、以心伝心だ。


「もう魔力制御が完璧なんてソフィアは天才だな」


「すごいね、ソフィア!」


 兄のカルディスとイルヴァが褒めながら撫でてくる。

今はその顔に心配の色はなさそうでほっとする。

これで家族の憂いも晴れただろう。

朝食のために移動する母親の腕に抱かれながら、ソフィアは一人満足していた。



 ソフィア達がいなくなった部屋で、ロイドとユリウスは真剣な顔を突き合わせる。


「どうする気だ。あれはおそらくまずい。寝ていた君が飛び起きるほどの魔力を放ち、すぐさま魔力制御してみせたんだろう。多くの者に狙われるぞ」


「わかっている。できるだけ普通を装うように教育したいが、あの優秀さで成長すれば隠し切れるものではないだろうな」


「魔術の教育係は引き受けてやろう」


「万が一魔力が暴走した時のことを考えても、お前に頼むのが一番なんだろうな。……よろしく頼む」


 不本意そうに頭を下げるロイドに、ユリウスはふっと笑みを返した。


「君に貸しを作るのは気分が良い」


「ソフィアをお前の息子と結婚させて借りを返せとかはナシだぞ」


「ふむ、それは将来に期待しよう。自由恋愛の結果なら否やはないだろう」


「黙れ! 誰の嫁にもやらん!」


「それはソフィア嬢が可哀想だから考え直せ」


 がなるロイドに呆れた視線を向けながら、ユリウスは内心ソフィアを心配していた。

能力を隠しても、遠慮なく誇示しても、ソフィアは人より苦労するだろう。

まだ幼子でしかない彼女の未来が少しでも幸せであるようにと、静かに祈った。



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