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死神公爵のモノクロな世界は、身代わり令嬢の「おいしい」で色彩に染まる  作者: 宮野夏樹


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第4話 断罪と、極彩の檻


 その日の昼下がり、シュバルツバルト公爵城の静寂を破ったのは、無慈悲な鉄扉を叩く音は、侵入ではなく“襲撃”だった。


「エルナ! そこにいるんだろう! 父親が迎えに来てやったぞ!」


 城門に現れた瞬間、エルナの喉が潰れた。そこにいたのは、人生を食い尽くした三人だった。実父ヨアヒム、後妻ベアトリクス、そして異母姉クラリッサだ。彼らはエルナが「死神」に食い殺されたと信じ込み、その遺産を整理するという名目で乗り込んできたのだ。応接間に通された彼らは、部屋の調度品一つ一つを品定めするように眺め、舌なめずりする獣のような笑みを浮かべていた。


「見てよお母様、あのクズ女が死んだおかげで、この城の富は私たちのものね」

「ああ、クラリッサ。ヨアヒム、公爵には上手く言いなさいよ。あの子は病弱だった、その見舞金として領地の一つも譲れとな」


 彼らがそんな醜悪な皮算用に興じていた、その時。重厚な扉が開き、現れた光景に三人は凍りついた。


 部屋の奥、陽光の差し込む特等席で、この世のものとは思えぬほど美しいドレスを纏ったエルナが、ギルベルトの膝の上に座っていた。それは保護ではない。選ばれた者だけが許される場所だった。彼女はもう、色を失わない。


 ふっくらとした頬、艶やかな髪、そして何より、幸せそうに微笑むその姿は、彼らが知る「屋根裏の奴隷」とは別人のようだった。


「エ、エルナ……!? 生きていたのか!?」


 ヨアヒムが驚愕に声を震わせる。


「……不快だな」


 ギルベルトの低い声が、部屋の温度を数度下げた。銀の瞳は、目の前の三人を人間として見ていなかった。彼の視界では、三人はすでに人ではなかった。色の腐った塊だった。色彩を汚すノイズ。排除すべきゴミ。


「閣下……! ああ、娘が生きていて安心しました!」


 ヨアヒムは即座に卑屈な笑みを貼り付けた。


「しかし、あれは我が家で大切に育てた娘。公爵夫人にまでなったのであれば、ラインハルト家への『養育費』の追加支払いは当然かと。それに、この子が使い込んだ亡き前妻の遺産の補填も……」

「……養育費、だと?」


 ギルベルトが、氷のような笑みを浮かべた。空気が凍った。誰一人、呼吸すら許されない。彼が合図を送ると、ハンスが厚い書類の束を持って前に出た。


「ヨアヒム・フォン・ラインハルト。……君が前妻から奪った財産の目録。愛人ベアトリクスに買い与えた宝石の領収書。そして、実の娘であるエルナ様を冬の屋根裏に閉じ込め、食事を与えなかったという元使用人たちの証言。……すべてここに揃っている」


 三人の顔から血の気が引いていく。


「君たちは、エルナを『身代わり』として売ったつもりだろうが。……私は彼女を買い取ったのではない。君たちが盗み、喰い散らかした彼女の人生を、利子を付けて回収しに来ただけだ」

「な、何よ……! 家族の勝手でしょう! あんな呪われた女の娘、どう扱おうが私たちの自由よ!」


 ベアトリクスが逆上して叫ぶ。


「黙れ。……君たちの瞳には、何の色彩も宿っていない。ただの、欲望の残滓だ」


 ギルベルトの銀の瞳が、絶対零度の宣告を下す。


「ヨアヒム。君の爵位は剥奪。財産は没収。名も血も未来も、今日ここで終わる。君たち三人は、一生をかけて北方鉱山でその罪を雪ぐがいい。……そこには、君たちがエルナに与えたような『凍える寒さ』と『絶望的な空腹』だけが用意されている」

「待て! エルナ! お父様を助けてくれ!」


 引きずり出されようとするヨアヒムが、必死にエルナへ手を伸ばす。エルナは、その手を冷ややかに見つめた。判決は終わっていた。言葉にするまでもなく。


 かつて母の形見を奪い、自分をゴミのように扱った家族。けれど、彼女を抱きしめるギルベルトの腕の温かさが、彼女に告げていた。もう、怯える必要はないのだと。


「……さようなら。お父様。私の居場所は、ここだけです。もう二度と、あなた方の世界には戻りません。」


 その決別の一言に、エルナの瞳から「琥珀色の解放感」が溢れ出した。三人は絶叫を上げながら、騎士たちによって光の届かぬ場所へと連れ去られていった。




 静寂が戻った応接間で、エルナは小さく息を吐いた。 濁った色が消え、世界は再び澄み渡っていく。


「怖かったか、エルナ」


 ギルベルトが、彼女の顎を指先で持ち上げる。


「……いいえ。ただ、あの人たちが、あんなに色のない、暗い存在だったことに驚いただけです」


 エルナは、ギルベルトの胸に顔を寄せた。


「私を、あの地獄から連れ出してくださって……ありがとうございます。閣下」


 その瞬間、視界を焼き尽くすほどの「桃色」が爆ぜた。逃げ場のない幸福だった。ギルベルトはその色彩を浴び、脳が痺れるような快感に身を委ねた。彼はテーブルの上のフォンダンショコラを切り分け、彼女の唇に運ぶ。


「食べろ。君は、甘いものだけを見ていればいい。外の汚れは、私がすべて塗り潰してやった」


 エルナが一口、幸せそうに目を細めて咀嚼する。


「……甘いです。とろけそう」


 瞬間、ギルベルトの世界が弾けた。黄金、琥珀、若草、深紅、そして今まで知らなかった、自分自身の鼓動が刻む「極彩」。色彩はもはや借り物ではなく、彼自身の魂の一部となっていた。


 彼は逃がさぬよう彼女を抱き寄せ、その唇を塞いだ。深く、執拗な口づけ。色彩の徴収。幸福の略奪。そして、永遠の束縛。


「逃げるなよ、エルナ。君は私の世界そのものだ。君なしでは、私は再び灰の中に落ちる」

「逃げません……。ここに、閣下のそばに、一生いさせてください」


 窓の外では、雪がすべてを白く塗り潰し、外界との道を閉ざしている。


 けれど、その死の白に包まれた城の内側では、色彩という名の麻薬に溺れた二人が、互いを永遠の檻の中に閉じ込めていた。


 甘やかされた鳥は、空を知らない。けれど、檻の中が極彩の幸福で満たされているのなら。それを不幸と呼ぶ者は、この色彩の世界には───誰一人として、いなかった。

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