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呼ばれた声の向こう  作者: サク


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4/7

4 家の中に入るとは


衣装合わせが行われたのは、昼の光がよく入る小広間だった。


高い窓の前に布地がいくつも広げられ、白や象牙色が光を受けて静かに揺れていた。綺麗な布ばかりだったが、話されているのは色そのものより、それがどう見えるかということだった。


クラリスは中央に立ち、仕立て役の女に布を肩へ当てられていた。

いつもより言葉数は少ないが、落ち着いて見える。


母は少し離れたところに座り、クラリスを見ていた。

布地ではなく、立った姿ごと見ている目だった。


「その首元だと、少し若く見えすぎるわね」


仕立て役の女が手を止める。

母は穏やかな声のまま続けた。


「可愛らしいお顔立ちだから、なおさら形は落ち着かせたほうがよろしいわ」


クラリスは素直にうなずいた。


「次期当主の横に立つのですもの」と母は言った。

「可憐さを前に出しすぎるより、落ち着きのある線を選んだほうがよいの。華やかさはもう十分にあるわ。だから、形まで賑やかにする必要はないでしょう」


別の仮留めが持ち出され、首元の線が少し変えられる。肩から裾へ落ちる布の流れが、さっきより静かになる。派手さは減ったはずなのに、かえってクラリスの顔立ちがよく見えた。


「こちらのほうがいいでしょう?」


母にそう言われて、クラリスは鏡の中をじっと見た。

それから、ゆっくりと笑う。


「ええ。さっきより、ずっと」


「家を支える女の装いは、可憐さだけでは足りないのよ」


母の声はやわらかかった。

諭すようでもなく、ただ知っていることを静かに渡しているだけだった。


その言葉が、小広間の空気の中へ落ちる。

仕立て役は慣れた手つきで布を押さえ直し、侍女は次の見本を広げる準備をしている。誰の顔色も変わらない。そこに引っかかるものがあるとすれば、それはエリンの胸の内だけだった。


母は、自分にこういうふうに話したことがあっただろうか。

似合う色や袖丈のことなら言われた覚えがある。けれど、どんな女として立つべきか、この家の名の横でどう見えるべきか、そういう言葉を向けられたことはほとんどなかった。


愛情が薄かったからではないのだろう。娘はいずれ嫁ぐものとして、この家の奥を背負わせるつもりがなかっただけだ。

ただ、その違いが今ここではっきり見えてしまう。


クラリスには渡される。

この家を支える女として。


「エリンはどう思う?」


不意にクラリスが振り向いた。

その声音は親しいままで、昔とほとんど変わらなかった。


エリンは一瞬だけ言葉を探し、それから布の線を見た。


「こちらのほうが、きれいだと思うわ」


それは本心だった。

さきほどの形より、今のほうがずっとクラリスを引き立てている。言葉に嘘はない。嘘はないのに、自分の返事が少し遅れたことだけが、胸の奥に残った。


母は満足そうにうなずいた。


「ええ。あなたの華やかさは、こういうふうに落ち着かせたほうが品になるの。覚えておくとよろしいわ。次期当主の横に立つなら、装いにも静かな強さがいるのよ」


その「覚えておくとよろしいわ」は、まっすぐクラリスへ向けられていた。

当たり前のことなのだと思う。けれどエリンは、その当たり前が、思った以上に自分の立つ場所を細くしていくのを感じていた。


自分はこの家で育った娘なのに、その言葉は今、外から来たクラリスへ渡されている。

理屈はわかる。わかるからこそ、なおさら言葉にできなかった。


それ以上、エリンが口を挟む余地はなかった。


だからエリンは、小卓の上に置かれた白手袋の片方へそっと指先を触れるだけにとどめた。

ここにいてもよい。けれど、ここでいちばん必要とされるわけではない。


衣装合わせが終わるころ、窓の外の光は少し傾いていた。

仕立て役たちが布をたたみ、侍女が鏡の前を片づける。クラリスは母に礼を言い、母は「まだこれからよ」と穏やかに返した。


そのやり取りを見ているうちに、エリンは思った。

婚約とは、ただ約束が決まることではない。人が少しずつ別の場所へ移っていくことなのだと。

静かなぶん、気づいたときにはもう戻れない。


「今日はありがとう」


部屋を出る前に、クラリスがそう言った。

エリンへ向けた笑顔は、やはり昔のままだった。


「わたし一人では、きっと選べなかったわ」


エリンは小さく首を振った。


「そんなことはないわ」


「あるわよ」


クラリスはそれだけ言って、また笑った。

その笑顔を見ながら、エリンも少し笑う。


たぶん本当に、クラリスはそう思っているのだろう。

けれど、今日いちばん大切なことを渡したのは母で、自分ではなかった。その事実もまた、たしかにそこにある。


部屋を出て、扉が静かに閉まる。

廊下は明るく、窓の外の庭はよく整って見えた。何ひとつ乱れていない午後だった。


それなのにエリンは、自分の足音だけが、少し遅れてついてくるような気がした。

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