これから千年生きるセフレに別れを告げたら
「もうやめよう、私たち」
一夜を共にしたベッドの上で、私はそう切り出した。
「シエルはずっと格好良い姿であと千年生きるんでしょう?でも私は今年で三十だし、何十年もしないうちにおばあちゃんになって死んじゃうの。だから」
年老いた私に幻滅して離れていかれるのは嫌。
私がすぐに死んでシエルを悲しませるのも嫌。
シエルの笑顔が好きだから。
彼にはずっと幸せでいて欲しいのだ。
「なんで?僕、何かした?」
普段は余裕たっぷりの色っぽい声が若干震えている。
ここで振り返ったらダメだ。
きっと彼の胸に縋り付いて泣いてしまうから。
「私にとってシエルはただ一人の恋人だけど、シエルにとって私は大勢いるセフレの中の一人でしょ。この歪な関係性を終わらせたいだけよ」
全部嘘だ。
シエルは淫魔だから、沢山のセフレがいないと困るのだ。
私が彼に交際を迫った時申し訳なさそうな顔をしてそう説明された。
『僕の欲を満たすために、麻子ちゃんを壊すわけにはいかない。でも、恋人になるのに他に何十人もセフレがいるっていう不誠実なことはしたくないんだ。だから、麻子ちゃんの恋人になるわけにはいかない。ごめんね』
『じゃあ私をシエルのセフレにして』
彼との繋がりが途絶えてしまうのだけは阻止したかった。
渋る彼に頼み込んで小さく頷かれた時は思わず涙が出るくらい嬉しかった。
「わかった」
そう言ってシエルは麻子の顔を見ることもなく、部屋から出ていった。
これで良いのだ。
お互いにとってこれが最善だったはずだ。
そう言い聞かせるのに、溢れる涙は日が落ちるまで止まらなかった。
その一ヶ月後、私は会社の後輩である亮平と付き合っていた。
亮平は以前から私に好意を寄せてくれていた。
シエルが居なくなった今、私はとにかくこの寂しさを紛らわせたかった。
このまま亮平と結婚して、子供を産んで、子育てしながら年老いて、死んでいくのだ。
それが私にとって一番の幸せだと言い聞かせていた。
でも、それは一瞬で崩れてしまった。
「麻子ちゃん」
おそるおそる振り返ると、そこには少し窶れたシエルがいた。
「麻子ちゃんの恋人になるために、セフレ全員と関係を切ってきた。だから、僕と付き合って」
「な、何をやってるの?そんなことしたら、シエルは」
そっとシエルの柔らかい唇が私のものに触れた。
視界が涙で滲んで、せっかくのシエルの顔が見えなくなる。
「セフレしかいない寂しい千年より、とても幸せな数十年を選んだだけだよ。お願いだから、僕を捨てないで」
大きな身体で優しく麻子を抱きしめたシエル。
そんな彼を突き放すことはできなかった。




