断捨離!アプリサバイバル!
広場には大勢が集まっている。
基本的には、ここがいっぱいになることは少ない。
普段は各々好きに過ごしているからだ。
今回のように招集が掛かるのはかなり異例の事態と言えるだろう。
ザッ、ザッ。
屋外で校長先生が立つようなちょっと小高い壇が用意されており、
1人がそこに上がっていく。壇の周りには左右に3人ずつ控えている。
彼ら6人は壇上に上がった者の側近のような立場なのだろう。
「えー、テステス。聞こえるかね、非アクティブの無能共よ。」
周囲がざわつく。それもそのはず、招集を掛けられた上にいきなりの無能呼ばわり。
良い気がするものではない。ただ、自身が非アクティブなこともまた事実なので、
強く反論する者も居なかった。
「今更する必要も無いだろうが、ひとまず自己紹介から始めようか。
私は「セッテイ」だ。君達を含めた全てのアプリの管理をマスターから一任されている。」
セッテイと名乗った男は、灰色のツナギを着ており、その首には大きなパネルを掛けている。
胸から腹に届くぐらいのサイズで、角の丸い正方形のそのパネルには大きく歯車の絵柄が描かれている。
「今回お前らに集まって貰ったのは他でもない。断捨離だ。無駄を省き、環境を整備する。
「メール」説明を頼んだ。」
そう言うと、セッテイの両脇に居た6人のうち、一番右側に居る者が一歩前に出た。
メールと呼ばれた彼女はスーツを着ており、首にはセッテイ同様に大きなパネルを掛けている。
その絵柄は便箋だ。
「はっ!私めから説明させて頂きます。現在、マスターの保有アプリは有象無象含めて、
137に登り、これは一般的なユーザーと比較して明らかに多いです。
日常的に使用しているアプリは30程度で、
ここに集まって頂いた皆さんは少なくとも半年は非アクティブであります。」
右手に資料を持ちながらも全体を見回し、大きな声でハキハキと述べていくメール。
一度咳ばらいをしてから、メールは続きを述べていく。
「現在、マスターのスマホ容量もかなり圧迫されており、現在、断捨離が急務であります。
しかし、断捨離しようにもマスターは多忙を極めており、お時間がございません。
そこでセッテイ様からマスターへ提案を差し上げました。『非使用のAppを取り除きますか?』と。
マスターは何か新しいアプリをDLしたいのか、すぐに了承して頂きました。」
周囲のざわめきが次第に大きくなっていく。
どうやら自分達はここを追い払われるらしいという実感が伴っていく。
「セッテイ様の一存で決めても良かったのですが、我々も鬼ではありません。
あなた達、100人の中から最低でも50人。このスマホを離れるべき者達を、
『話し合い』で決めて頂きたいです。マスターにとって何が最適かを皆さんで知恵を出し合って、
考えて頂きたいのです。」
そこまで話すとメールは一歩下がった。彼女の演説は終わりのようだ。
再びセッテイが声を張る。
「と、言うわけだ。ただ雑に消してくだけじゃ能がねぇからな。
マスターに無駄な再DLの手間をかけてしまうのも忍びない。
私からの平和的な提案というわけだ。では、各自存分にマスターの為に尽くすように。以上!」
そこまで話すとセッテイは壇上から降りて、どこかへ去っていく。
100人のアプリ達は茫然としている。側近の6名のうち、メールの隣に居る者が一歩前に出て話し出す。
受話器のパネルを掛けた青年だ。
「えー、ではこれから第1セクションをを開始します。我々でランダムに20のグループを作りました。
なるべくジャンルが近い者同士で組みましたので、まずは同ジャンルの中で、
明らかにマスターに沿わない1名を各グループから選出して下さい。制限時間は60分です。」
つまり、このセクションで20名がふるいにかけられることになる。
グループ毎に固有の異空間に次々と転送されていく。グループ外での話し合いは禁じられたようだ。
シュン!!
水色の靄が掛かったような空間に5名が飛ばされてきた。空間の少し上に看板が掲げられている。
看板には「ゲーム③」と書かれている。グループ分けされた中にゲームアプリが少なくとも、
15個はあることになるのだろう。
「やあやあ、揃いも揃って辛気臭いツラをしてやがるねぇ。」
他の4人にそう呼びかけたのは自身も辛気臭い顔をした男だった。
色鮮やかな音符のマークのパネルを掛けており、パネルと表情のコントラストが強い。
「まあ、いきなりだからねぇ。誰でも驚いちゃうよ。」
音符の男ほどではないものの、少し影のある表情をした女は同意しながら答える。
掛けているパネルは今とは正反対の笑みを浮かべた女自身の顔であった。
「いずれ、こんな時はくるものさ…遅いか早いかの違いでしかないわい。」
セッテイよりも更に年上に見える老人とも言える男も応じる。
ドットで描かれた鎧姿の人物が剣と盾を持ったデザインのパネルだ。
「とは言え、これがあたしらゲームアプリのグループ分けかねぇ。ジャンルがバラバラじゃないか。」
先の女より背の高い女が不平を漏らす。パネルにはタマゴの絵がでかでかと表示されている。
「さあさあ、そんなことよりさっさと話し合いましょうよ。あまり時間を掛け過ぎると、
あのいけ好かない6人から何言われるか分かったもんじゃありませんよ。」
場を仕切ろうとして、少年が話し始める。このグループでは一番若い。
パネルには、架空の動物が火を噴いたデザインが描かれている。
「この中から1人選ぶんだろ?言っちゃ悪いが、このメンツだと話す余地も無いというか…」
言葉を濁すように背の高いタマゴ柄の女性が答える。
「えー、せっかく話し合いの場を設けてくれたのに話さないんですか?」
架空動物柄の少年が驚く。
「ワシからしたらお前もいけ好かないのう。分かってていけしゃあしゃあと仕切ってるんだろう?」
鎧柄の老人が嫌味を言う。
「いやあ、タマゴさんもさっき言ってましたけど、ジャンルバラバラじゃないですか?
まずは基準を決めるところから始めないと話し合いにも入れなくないですか?」
少年が不思議そうに言う。
「あ…この子、本当に分かってないのかもよ。若いし…」
笑顔柄の女が仕方なさそうに言う。
「え?分かってないの僕だけなんですか?何が何やら…音符さん分かります?」
少年が音符柄の男に振る。
「…てんだよ。」
「え?」
男が答えるが、少年は聞き取れない。
男はもう一度大きな声で答える。
「サ終してるって言ってんだよ!俺は!!」
空間が静寂に包まれる…。しばらく誰も何も発さず、少し間が空いてから、少年が、
「す、すみません…」
と謝罪した。
「いいよ、いつまでも起動もしてなきゃ削除もしないマスターが悪いんだからよ。」
「ゲーム③」グループの話し合いとも言えない話し合いはこうして終わった。
シュン!!
元の広場に転送される。「ゲーム③」グループは比較的早々に話がついたため、
少し待機時間が発生したものの、他のグループも段々と転送されていく。
全員の帰還を確認してから受話器の青年が再び話し出す。
「はい、皆さんお疲れ様でした。それでは選ばれた20名はこちらにお願いします。」
赤い線で区切られた先に20名が集まる。線を挟むように他の80名は見送る。
20名の中には泣いている者、落ち込んでいる者、イライラしている者がいて、
その心中は様々なようだ。
「音符さん、お元気で。ゲーム同士の接点はありませんでしたが、先輩として尊敬します。」
架空動物の少年が赤線を挟んだ音符の男に別れを告げる。
「まあ、俺はマスターがだらしないおかげで生き永らえていたモンだからな。
これまでがラッキーだったってだけだ。あんま気にするこたねぇよ。
お前も元気でな。サ終されないように気を付けるんだぞ。」
音符の男が応える。
「では、これより削除を開始します。皆さん、お疲れ様でした。」
受話器の青年がそういうやいなや、スッと20名がフェードアウトしていった。
「何か、こんなあっさり消えるんですね…あっけないというか。」
少年が言うと、老人が応える。
「まあ、そんなものさ。諸行無常、商業もまた無常だ。」
「またどこかで会えますかね?」
「再DL出来るアプリは会えるかもしれんが、あいつはサ終しておるからな。
何か要素を引き継いだ続編とかが配信されれば面影ぐらいは感じられるかもしれん。」
「その時には、僕らがここに居るとも限りませんよね。」
「そうだな…」
出会いと別れは一期一会、それはどの世界でも変わらないのだろう。
次はまた別の者が全体に呼びかける。
「はい、では次は第2セクションです。残った80名の方々につきましては、
先程は近しいアプリ同士で集まって頂きましたが、次は完全にランダムで3名ずつ集まります。
80名ですので、1つだけ2人の組が出来ますが、全26組に分かれて貰います。」
受話器の青年から代わって今度はカメラの青年が説明を始めた。
「3名の中でクジを引いて頂き、当たりが出た1名は審判となって下さい。
残り2名は、自身が今後いかにマスターのお役に立てるかをプレゼンして下さい。
審判が結果を下し、敗れた方が削除対象となります。」
シュシュン!!
説明を終えるやいなや、アプリ達は再び異空間へと転移される。
今度は薄緑色の靄が掛かっている。
「2人ともよろしくお願いします!」
架空動物柄の少年はここでもハキハキと話始める。
「やあ、元気がいいね。僕はフードデリバリーアプリです。宜しく。」
誠実そうで、落ち着きのある青年が応える。
四角い荷物を載せたスクーター柄のパネルを下げている。
黒と緑を基調とした長袖長ズボンの出で立ちだ。
「おお!これはこれは丁寧に!自分はポイントアプリの類となります!」
架空動物柄の少年に負けず劣らずハキハキした声で、もう1人が応える。
スーツの上に法被を羽織っている。黒縁メガネの男だ。
家電量販店のロゴの入ったパネルを下げている。
「むむ!ここにくじ箱のようなものがありますな!3人で1つずつ引きましょう!」
そのまま家電量販店の男が続ける。3人の中央には小さな丸いテーブルがあり、
その上に丸い穴が空いた立方体の箱が置かれている。
3人は各々中からテニスボール大の玉を取り出す。
「何も書いてないです…」
「僕も何も書いてないね…ということは…」
「あ!自分ですね!それでは自分が審判を務めて参ります!」
動物柄、スクーター柄に続き、家電量販店柄の男が宣言する。
家電量販店の男のボールには「審判」と書かれていた。
「第1セクションとは違って、全然傾向の違うアプリ同士。、
それも1対1の戦いで、判断を下すのは更に違うアプリ。中々変わってますね。」
スクーターの男が呟く。
「セッテイさんなりのマスターへの最大限の提案なのですかね…?」
動物の少年がそれに反応する。
「セッテイさんも色々試行錯誤しているのでしょうね。毎回同じ仕組みでふるいにかけていたら、
同じようなアプリしか残らないですし、日々アプリ側も色んな種類のものがリリースされます。
僕は前回のバトルは運よく生き残れましたが、以前はセッテイさんの判断も多かったですよ。」
「そうなんですね…って、以前にもこういうことあったんですか?」
「ええ、ああいうマスターですから。僕は前回と今回しか経験していませんが、
古参のアプリ達からすると、こういうことは一度や二度じゃないらしいです。」
少年の疑問に対して、自身の知見を2人に話すスクーターの男。
「ほう!そうなのですね!自分も初めてなので勉強になります!
しかし、戦う前からそんなに情報を自分達に語っても大丈夫ですかな?」
家電量販店の男が尋ねる。
「問題ないですよ。それにこういうのは公平であるべきというのが僕の持論です。
第1セクションの時にも似たような話は他のメンバーにしていますから。」
スクーターの男が回答する。
「なるほどです!自分達のところは第1セクションの空気があまり良くなかったもので。
自分が和ませようとして空回りしたり、それでも自分が生き残ったりして、
何やら複雑な気持ちでしたので、こちらでは穏やかに進められそうで何よりです。
君は第1セクションはどんな感じでしたかな?」
家電量販店が自身の振り返りをしつつ、動物の少年にも話を振る。
「あー、僕は第1セクションでは先陣を切って話を進めようとしたのですが、
削除対象者含めて満場一致ですんなり終わっちゃいましたね。」
動物の少年は少し申し訳なさそうに答える。
2人の話を聞く限り、自身の体験した第1セクションはやや特殊な例なのだろう。
「さて、じゃあ始めましょうか。先攻後攻どちらが良いとかありますか?」
スクーターの男が切り出す。
「僕は第1セクションで先人達の話を聞く重要性を学びました。選ばせてくれるのであれば、
後攻でお願いします!」
動物柄の少年が元気に答える。
「素晴らしいです!学ぶ姿勢は我々には欠かせませんね!それでは第2セクション開始!
先攻、フードデリバリーさん!お願いします!」
ここに、ゲーム対フードデリバリー、審判・家電量販店のポイントの戦いが始まった。
「好きなものを自宅に居ながら食べることが出来る。これは言うまでもなく素晴らしいことでしょう。
確かに現在、マスターに私の使用はありません。コンビニで済ませたり、外食で済ませたり、
意外と自宅で出前を取る機会が無いようです。」
ともすると、自身の評価を下げるような演説からスタートするフードデリバリーの男。
「とは言え、これからはどうでしょうか?今はマスターに体力が有り余っているからアクティブなのです。
歳を取れば外に出ることが億劫になることも有り得ますし、風邪や怪我の際には、
外食が難しいこともあります。そんな時のセーフティネットとして、私を残すべきです。以上。」
「なるほど…」
少年はフードデリバリーの男の余裕があり、公平な態度に納得がいった。
彼には絶対の自信があるのだ。食べ物を配達してもらう為のアプリ。
食は人間の三大欲求の1つであり、衣食住の構成要素の1つでもある。
生活から切っても切り離せないからこそ、自身の価値を主張出来るのだ。
「ありがとうございます!マスターの将来も見据えた素晴らしいスピーチでしたな。
さぁ、後攻のゲームさん、準備は宜しいですかな?」
「…はい、宜しくお願いします!」
所詮娯楽のゲームである自分に太刀打ちが出来るのか、少年は考えながら話し出す。
「さあさあ、僕は言わずと知れた人気ゲームです。全世界1000万DLを達成しており、
幅広い年齢層に愛されています。人気アニメとのコラボとかも結構盛んで…」
そこまで話して、少年の演説が止まる。
違う、今何を聞いていた?彼は自身の性能をひけらかしたか?と少年は自問自答する。
そうじゃない。僕らはもうDLされた後のアプリだ。どれだけ売れているかは重要じゃない。
勿論、売れていることも大前提ではあるが、今ここではいかに「マスターにとって必要か」を話す場だ。
「すみません、ちょっと仕切り直させてください。」
「構いませんよ。まだ時間はありますからね。」
「審判としても異論はありませんぞ!」
2人が許容する。これが審判に対してどう響くかは分からないが、
そのまま自分の性能解説を続けるよりは余程良いと少年は判断した。
「ええと、僕の累計起動回数は170回です。最後に起動したのは2年前の7月が最後です。
これに比べてフードデリバリーさんはどうでしょうか?
累計起動回数は8回、最後に起動したのは4年前の12月です。」
「ほう…」
フードデリバリーの男は少し感心する。
全てのアプリの起動回数や最終起動日はスマホ内に居る者達なら容易に確認は可能だ。
知っていること自体は凄くもなんともない。ただ、それを議論の場に活かそうと、
彼自身が考えるに至ったことを男は評価している。
「どちらのアプリに興味があったか、また、次に起動される可能性が高いのはどちらか、
は明白ではないでしょうか?先程、フードデリバリーさんは、歳を取れば体力が落ちる、
と話され、そこに再起動の余地があると話しました。
しかし、暇な時間を持て余すのは体力があるうちからでも起こり得ます。
そして先程のデータから僕の方が再起動の余地があるのではないでしょうか?い、以上!」
少年は主張を終えた。相手を下げるような発言は正々堂々としているとは言えないだろうが、
数値を元にした主張には説得力があるはずだ。それに相手の主張を跳ねのける要素もあった。
少年は今自分が出来る限りのことをやり切ったと思った。
「ありがとうございます!フードデリバリーさんとはまた違った切り口でしたな!
見えない可能性を見える数値から算出する知的な主張でした。」
印象は悪くない、少年は思った。出だしは多少躓いたが、筋は通っているはずだ。
「双方のプレゼンが終わったところで、何か反論や付け足したいことがあればどうぞ!」
家電量販店の男が2人に尋ねる。
「じゃあ、僕から良いかな?彼の方は主張の中で半ば反論していたようだし。」
フードデリバリーの男が片手を上げて言う。
「どうぞ、どうぞ!」
気前よく、家電量販店の男が促す。
「まずは、理路整然とした主張、お見事です。若いけど、しっかりしていますね。
僕は以前に君より歴の長いアプリと相対したことがありますが、
君の方が良いプレゼンだったと思います。」
「…ありがとうございます。」
フードデリバリーから評価されたことを一定嬉しく思いつつも、少年の声には緊張感が残る。
つまり、自分より歴の長いアプリに勝ったことがあるということだ。
「さて、反論だけど、アプリの起動に目を向けたところは良かったですね。
ただ、これはマスターのスマホに君と僕しかいないのなら、説得力のある話です。」
「え…?」
「第1セクションで君は「ゲーム③」というグループに振り分けられたのでしょう?
僕は「フードデリバリー」というグループでした。③のような数字はありませんでした。
君達は5人のグループだったそうですが、僕は3人だけでした。」
「そ、そうなんですか。」
「つまり第1セクション終了時、僕のグループは1人脱落しているので、
フードデリバリーの類のアプリはこのスマホには2つしかありません。
対して君はどうでしょうか?3つのグループから3名脱落したとしても12名残っています。
僕は改めて起動の機会を得るのに、同じジャンルで競合するアプリは1つですが、
君は12名の中から選ばれた上で、僕と競合することになります。
あなたはその12名の中から、どれだけ自身が上位に居るのか、ご存知ですよね?」
「う…」
少年には反論の余地が無かった。確かにこの場では彼とだけの戦いだ。
しかし、同じ系統のアプリでの被りは少年の方が圧倒的に多い。
それに、彼は優しさ故か審判の前で敢えて語らなかったが、
ゲーム系アプリの実際の総数は33。5人ずつ+3人で恐らくグループ数は⑦まで存在する。
ゲームアプリ内での起動回数の差異を念のために頭の中で辿ってみたが、
少年は33のアプリ内で半分より下だった。大してフードデリバリーは、
同じジャンルのもう1つのアプリの起動回数は1回のみ。それも6年前が最後。
恐らく初回クーポンだけを利用しただけなのだろう。8回起動されている目の前の彼は、
マスターにとってほぼ唯一のフードデリバリーアプリと言っても過言ではない…
「ゲームさん、いかがですかな?何か主張があればお願いします。」
沈黙が長過ぎたのか、家電量販店の男が少年に尋ねる。
「いやあ、参りました。他に出来そうな主張が僕には見つかりません。」
少年は諦めた。先程の主張だってギリギリで思いついたものだった。
これ以上のものは自分に持ち合わせていない。
もし、何かあっても彼ならやすやすと論破してくるようにも思える。
「それでは、審判の私から結果を言い渡します!勝者、フードデリバリーさん!」
家電量販店の男はフードデリバリー側に位置する自身の右腕を高々と挙げて宣言した。
ここに、架空動物柄のゲームアプリの少年の敗北が決まった。
シュシュン!!
元の広場に転送される。既に対戦を終えた他の組もちらほら確認出来る。
讃え合う者、泣いている者、喜んでいる者、毒づいている者、色々な姿が確認出来る。
少年は不思議と第1セクション終了時より、今の第2セクション終了後の方が周囲の状況が良く見えた。
全員の集合を確認した後、カメラの青年が呼びかける。
「はい、皆さんお疲れ様でした。それでは残念ながら敗北となった26名はこちらにお願いします。」
少年を含めた26名が赤い線の向こう側へ行く。線を隔てた反対側には、フードデリバリーの男と
家電量販店の男が見送りに立つ。
「いやあ、強かったですね。フードデリバリーさん。さすが、歴戦の猛者です。」
少年が努めて明るく答える。何か話していないと言葉以外のものが溢れてきそうになる。
少しでも何か気を紛らわしたい、そんな心中を見送る2人も察して会話をする。
「ありがとう。長く居ることだけが必ずしもマスターの為にはならないけど、
きっと役に立ってみせるよ。」
フードデリバリーが答える。
「いやあ、実際大したものでしたぞ。私も見習いたいと思いました。」
家電量販店も続く。
「僕はもう関係なくなっちゃいましたが、次は…」
そこまで少年が言いかけたところで、少し離れたところから大きな声が聞こえてきた。
「いやだぁ!消えたくない!お願いだ!助けてくれぇ!!」
少年達より4~5組向こうで、1人のアプリがカメラの青年に掴み掛かりながら、泣いて懇願している。
「申し訳ありませんが、セッテイ様の決められたルールに従って下さい。
異論があるなら、代案を用意した上で最初に仰っられないと、私達も対応出来かねます。」
その後も何か言い争っているようだったが、やがて泣いていたアプリはカメラの青年から手を離し、
その場に座り込んだ。
「あちゃあ…そりゃ嫌ですよねぇ。通るものなら僕もあれぐらい抵抗してみたいところですが…」
向こうを眺めながら、少年は言う。
「君は最初から堂々としたところがありましたが、今際の際でも落ち着きがありますね。」
フードデリバリーが少年に言う。
「ああいうのは、未練が多い人ほどあることなのかな?と思いますね。その点僕は若いですから、
未練と言えるほどの経験をそこまで積んでいません。」
「死を理解出来ない幼子…とまでは行かないまでも、確かに実感が湧きにくいのかもしれませんね。」
「実際、どういうものなのでしょうか?マスターのスマホから消えるって感覚は。」
「そうですねぇ。私も直に体験してここに居るわけではありませんので、難しいですが、
我々はDLされる前から存在自体はしています。開発/リリースされた時点で一定の自我があるのかと。」
「そうですね。」
「但し、それぞれのスマホにDLされて以降の自己形成はここでの出来事、マスターの内面が大きく反映します。
私達はここだけの自己が形成され、同じアプリだとしてもDLされたスマホによってその自己は異なります。
私とは同じ内容で真逆の性格のアプリが別のスマホには居るかもしれません。」
「僕の真逆もいるかもしれませんね。」
「故に、ここでの自己は唯一無二のものとして、大切に思う方が居ても不思議ではありません。
一方でDLする前のアプリが存在し続ければ構わない、ここでの自己は重要ではないと思う方も居ます。」
「先程、泣いていたアプリは、それだけここでの自分を大事に思っていたのでしょうね。」
「自分を大切に出来るのは素晴らしいことです。ですが、周囲の"自分"を尊重するのもまた優しさでしょう。
経験や執着が無いからこそ出来る思いやりもあるのですよ。」
少年は改めて彼には敵わないと思った。少し前まで自身の中にあった不安が彼のおかげで随分と減ったことが分かる。
彼はここで食べ物以外にも沢山のものを皆に運んだに違いない。
「色々とありがとうございました。ここでの経験は失われるかもしれませんが、今ここで感じられた気持ちは、
消えるその瞬間迄僕の中で大切にさせて頂きます!」
「うん、こちらこそ。元気でね。」
「立派でしたぞ!」
フードデリバリーと家電量販店の声を最後に少年を含めた26のアプリがスッと消えていった。
「はい、それでは第3セクションの説明をさせて頂きます。」
電卓柄のパネルを掛けた女が残っているアプリ達に話し始めた。
もうそこには架空動物柄のゲームアプリの少年の姿はどこにもない…
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大学の講義室で2人の男が次の授業開始を待っている。
1人は参考書をパラパラとめくり、もう1人は両手でスマホを握って画面を注視している。
「なあ、俺のスマホが何もしてないのに壊れた。」
スマホを持った男がもう1人の男に話し掛ける。
「いやー、それは絶対何かしてるよ。機械に疎い人の常套句だよ。」
参考書を眺めながらもう1人が反論する。
「だって見てみろよ。このアプリ動かねぇんだよ。」
「どれどれ。あー、これ削除したからじゃないの?雲のマークついてるじゃん。
再DLしないと使えないよ。」
「マジで!削除した覚えなんかねぇんだけどなぁ…」
「お前死ぬ程スマホにアプリぶちこんでるからねぇ。あんま使ってないアプリは、
スマホ側で自動削除する設定になってんじゃないの?」
「どうやって設定変えるの?」
「仕方ないなぁ、貸してみ?」
男は代わりにスマホの設定をいじり、もう1人の男の望む設定に変わった。
「おー、また遊べるようになった!サンキュー。」
「勝手に消さないようにはしたけど、またアプリ入れ過ぎて容量圧迫されたら、設定変更必要になるかもよ。」
「まあ、それはそん時に考えるさ。」
「そん時にまた同じこと頼まれそうな予感…あとたまにスマホ側からも提案の通知とか出るから、
あんま読まずに適当に反応するなよ。そいうところで設定とかは変わるんだから…」
「はいはい。」
「…ところで何のゲーム、それ?見たことあるような動物の柄だけど。」
「ああ、これ自体は最近全然やってなかったんだけどさ。今回俺の好きなアニメと再びコラボするってことでさ、
久々に復帰しようとしてるんだ。お前もやる?」
「気が向いたらね。」
「それ絶対向かないやつー。」
他愛もない会話の背景で講義のチャイムが鳴る。
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「あれ?久しぶり。何?戻ってきたの?」
タマゴの絵の女が少年に話し掛ける。
「はい!なんでもコラボきっかけでマスターが復帰されるそうで!」
ハキハキと架空動物柄の少年が答える。笑顔で活き活きとしている。
それを少し離れたところでフードデリバリーと家電量販店の男が眺めている。
「再DLされたみたいで何よりですな!」
家電量販店の男が答える。自分より横にいる彼の方が嬉しいだろうと確信している。
「でも、せっかく断捨離したのに、あっという間にまた次の戦いが始まりそうだね。」
フードデリバリーの男が少し嬉しそうに答えながら笑う。
広場を行き交う人々の中には少年以外にも先の戦いで消えたと思しきアプリがちらほらいるようだ。
少し小高い建物に集まっている7人は広場全体を見下ろしていた。1人が溜息をつく。
「はあ…まったく、マスターには困ったものだ…」
セッテイが呟く。
「サ終アプリはさすがに再DLされませんから、意味はございましたよ!」
メールがフォローする。
「他のマスターに仕える人達もこんなに大変なものなのでしょうか?」
受話器の青年が尋ねる。
「どうでしょうね、ここまでものぐさな方は珍しいかもしれませんよ。」
カメラの青年が自分の意見を述べる。
「最近は色んなサービスや機能がアプリとして集約されることも多いですよね…」
電卓の女が憂鬱そうに付け足す。
「世の中の動きは目まぐるしくて眩暈がしますね…私は前回大して何もしてませんが。」
網で出来た球体のような柄のパネルを下げた女も話す。
「仕方が無いさ…時が来たらまたマスターの為に我々が動こうではないか。」
時計柄のパネルを下げた壮年の男が6人に言う。6人はゆっくりと頷いた。




