第8話 一輪道の開通
祭りの翌朝、酒の匂いの残る広場で、男たちが重い石を前に腕を組んでいた。
「道を広げたいんだが、岩がなあ」
市場との往復が増え、荷車がすれ違える“踊り場”が必要になった。俺は畑仕事の前に現地を見に行く。
「ここ、斜度が悪い。水が逃げにくいのも問題だ」
「どうする?」
「“一輪道”を開く」
一輪道――一輪車が安全に通れる幅と勾配に整えた山道。荷車用の広道とは違い、必要最小の切り通しとカーブで、森林と土を大きく傷めない。
ツムギが目を輝かせる。
「名前からして好き!」
「名前から?」
「大事だよ、名前は」
まずは“水”。道は水に負けるとすぐ崩れる。斜面の上で湧きの位置を探り、枯れ枝と石で簡易の沈砂池を作り、逃げ道を刻む。土が飲み、道は長持ちする。
次に“角”。急すぎるカーブは運ぶ人の足を削る。落葉を掃いて地肌を出し、鍬で撫でるようにカーブの肩を丸める。
男たちが唸る。「見てるだけだと何してるかわからねえのに、通ってみると楽だ」
「土の機嫌を取ってるだけだ」
「畑と一緒か」
「一緒だ」
作業の最中、坂の上から旗が現れた。小領主の家紋だ。
「ここは領の道。無断で手を入れるな。通行料の徴収を強化する」
若い領兵が鼻にかかった声で言う。祭りの余韻ごと吹き飛ばす、嫌な調子。
俺は鍬を立てかけ、旗の影に入らない位置で返す。
「通行料は、道の手入れに使われるなら払う。しかし、畝を踏む連中に払うつもりはない」
「ここに畝はない」
「ここから先に、俺の畑がある」
「屁理屈を!」
領兵が馬で寄せる。馬は鼻を鳴らし、足元を不安そうに掻いた。俺は土を指でひとつまみ、ころんと転がす。
道の“肩”がふっと柔らぎ、馬が気持ちよさげにそちらへ足を置く。結果、兵の手綱は勝手に安全側へ引かれる。
「……何をした」
「馬が歩きたい道を教えただけだ。通行料を取りたいなら、馬が歩きたい道を作る。手伝う」
「貢献しろ、と?」
「共に、だ」
そのやりとりを見ていた長髭の老兵が前に出た。
「若、話を聞くのが良い。この男の“道普請”は理に適っておる」
「む……」
鼻声の若者が渋い顔をしたが、結果的に共同での道整備が始まった。通行料は“維持費”として帳簿に記載、徴収は“踊り場”の手前で片道一回のみ、村の荷には軽減を。セレスが条項をさらりと書き上げ、領兵が印を押す。
「役所の人?」とツムギ。
「書類が好きなだけ」
「大好きの間違い」と俺。
「……否定しない」
夕刻までに“踊り場”が三つ、崩れやすかった箇所に石の“喉”をかませ、水の逃げを二本通す。
「通ってみろ」
俺が一輪車を押すと、坂が坂じゃなくなったみたいに軽い。領兵たちも荷を乗せ、半信半疑で進むうちに顔が変わる。
「……楽だ」
「人が行き来すれば、盗賊も減る」
「見張りも楽になる」
言葉が具体になる。具体は、信頼に近い。
夜、村に戻ると、守り神が道の砂を舐めて「うん」と頷いた。
「新しい道の匂いはいい。土が前に進みたがってる」
「土が?」
「土も流れたいのさ。ちゃんと流れられる道を作ると、畝が喜ぶ」
セレスが頷く。「物流の増加は里の価格安定に寄与。畑の安定が、ここでも効く」
「明日から市場に行く人が増えるね」とツムギ。
「増えても、畝は一本ずつ」
俺の言葉に、みんなが笑った。一本ずつ、が結局いちばん遠くへ行く。
翌日、王都の報告にはこう添えられる。
――山間の里、独自の道普請により通行安定。盗賊発生率低下の兆し。徴収制度は透明、紛争化の恐れ少。
土で書いた文章みたいだ。読みやすい。