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第25話 弟子の初授業と、畑を狙う牙

冬の朝は、太陽が昇っても光が弱い。谷はまだ薄暗く、雪の上を渡る風は耳が切れるように冷たい。

 だが俺たちの一日は、やはり畑から始まる。

 雪に埋もれた畝を掘り返し、土の具合を確かめる。冬野菜は凍らないよう藁で覆い、芽吹きを待つ。鍬を振るたびに、凍った大地から鈍い音が響いた。

「さ、今日はお前の初授業だ」

 俺は鍬を肩に担ぎながら、弟子のユーリを見た。

 昨日まで押し手にいた少年。ようやく腹を括ったようで、目は真剣そのものだった。

「は、はいっ! でも、授業って何を……」

「畑仕事だ。まずは土の掘り返しから覚えろ」

 ユーリは慌てて鍬を両手で握る。だが、すぐに重さに振り回され、土の上に尻もちをついた。

「いたた……!」

「おにいちゃん、だめだめー」

 ツムギが笑い、セレスも肩をすくめる。

「英雄さま、弟子にするのはいいですが……これでは畑より先に彼の腰が壊れそうです」

「だから英雄じゃない。……腰を壊す前に慣れればいい」

 俺は苦笑しつつ、ユーリの手を取って鍬の握り方を直した。

 午前のうちに雪かきを終えると、昼食の支度だ。

 暖炉の鍋に豆と干し肉、保存した野菜を入れる。煮立つ音と共に香りが広がり、ツムギが鼻をひくつかせた。

「おじちゃんのごはん、いっつもおいしいね!」

「そりゃ、畑の恵みがあるからな」

 子どもたちの笑い声と共に、鍋はすぐに空になる。

 ユーリは黙々と食べた後、深く頭を下げた。

「俺、本気で畑を学びます。もう二度と押すなんて馬鹿な真似はしません」

「……なら、まずは黙って畑を耕せ。それが全てだ」

 彼の真剣な表情を見て、俺も思わず頷いた。

 午後は谷の見回りだ。雪に沈む小道を歩きながら、セレスが言った。

「白狼を退けても、押し手たちが諦めるとは思えません」

「……だろうな」

 昨日の戦いを思い返す。俺は鍬を振っただけだったが、それでも押し手には“絶望”に映ったはずだ。逆に言えば、奴らは今まで以上に執念を燃やしてくるだろう。

「畑を狙う、ってことですか?」ユーリが小さく問う。

「ああ。だが守るのもまた、畑だ」

 俺は鍬を握り直した。

 その夜。

 雪はさらに深くなり、谷の入り口は半ば塞がれていた。

 村人たちを集め、俺は簡単な鍬の扱いを教えた。

 雪を割るのも、畝を作るのも同じこと。無駄に力を入れず、地面に“流れ”を作ることが大切だ。

「こうやって……土を押すんじゃなく、待つんだ」

 俺が鍬を振ると、土と雪がすっと割れ、谷の子どもたちが歓声を上げた。

「すごい! 雪が逃げていくみたい!」

「魔法みたい!」

「魔法じゃない。ただの畑仕事だ」

 だが、子どもたちの瞳はきらきらと輝いていた。

 気づけば“畑の学校”は、弟子一人どころではなく、谷全体に広がり始めていた。

 深夜。

 ふと目を覚ますと、外から低い唸り声が聞こえた。

 窓を開けると、月明かりの下で黒い影が雪原を渡っている。狼だ。しかも群れ。背には押し手らしき影も見えた。

「……やはり来たか」

 俺は鍬を手に外へ出た。雪の冷気が頬を刺すが、身体はすぐに馴染む。

 群れの先頭が咆哮を上げる。狼たちの瞳は赤く光り、吐息は白い炎に見える。谷を越え、この畑を蹂躙しようとする牙。

「弟子を返せ!」

 押し手の叫びが夜を震わせる。だが背後で、ユーリが必死に声を上げた。

「俺はもう押さない! 畑で生きる!」

 その叫びに応えるように、俺は鍬を振り抜いた。

 轟音が谷に響く。

 雪原が割れ、狼の群れが宙を舞った。押し手たちは悲鳴を上げながら雪に埋まり、動けなくなる。

 俺は鍬を肩に担ぎ、淡々と告げた。

「ここは畑だ。荒らす奴は許さん」

 静寂が戻る。雪煙の中、狼たちは怯えて退き、押し手も呻きながら闇に消えていった。

 やがて村人たちが駆けつけてきた。

 ツムギが駆け寄り、俺の腕にしがみつく。

「おじちゃん、また守ってくれたんだね!」

「守ったのは畑だ」

「違うよ。おじちゃんが、みんなを守ってるんだよ」

 その無邪気な声に、俺は言葉を失った。

 セレスは矢を収め、淡い笑みを浮かべた。

「……百姓だなんて、誰も信じませんよ」

「俺は百姓だ」

 だが、その否定はもう自分でも虚しい。畑を守ることは、結局は人を守ることにつながっているのだから。

 夜空に雪が舞い続ける。

 鍬を握る俺の周りには、村人の笑顔と、弟子の真剣な瞳があった。

 世界がどれほど揺らごうとも、この畑は守り抜く。

 のんびりと、けれど揺るぎなく。

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