第23話 弟子の雪かきと、谷に忍ぶ影
夜明けとともに、村は雪かきの音に包まれていた。
屋根からは固まった雪が落ち、道はすぐに塞がる。子どもたちの笑い声も混ざるが、大人たちにとっては切実な労働だ。雪を放置すれば、食糧庫の扉も閉ざされ、畑への道も断たれてしまう。
俺も鍬を肩に、外へ出る。すでにセレスとツムギが雪を掻き分けていた。そこへ、不器用な動きで加わろうとする影がある。
「よ、よろしくお願いしますっ!」
ユーリだった。昨日から半ば強引に俺の“弟子”を名乗った少年だ。
「お前、本当にやる気あるのか?」
「もちろんです! 押すのはもう嫌ですから!」
言うが早いか、木の板を手に雪を押し始める。だが力加減を間違え、山のように積まれた雪を頭からかぶるはめになった。
「ぶはっ……冷たい……!」
ツムギがけらけら笑う。
「おにいちゃん、ぜんぜんできてないよ!」
「む、難しいんですって!」
そのやりとりに思わず俺も笑みを漏らす。まだまだ役には立たないが、真剣にやろうとしているのは伝わる。
昼。雪かきを終えた俺たちは暖炉の前で一息ついた。
鍋には保存していた干し肉と豆を煮込んだシチュー。ツムギが匙を握りしめ、幸せそうに頬を緩める。
「おじちゃんのごはん、あったかいねぇ」
「そうか。これぐらいしか取り柄はないからな」
「取り柄だらけでしょ」セレスが皮肉まじりに言う。
「畑も守るし、子どもたちの面倒も見て、弟子までとって。英雄じゃなくて百姓を名乗る方が無理があります」
「だから俺は……」と言いかけて、諦めて匙を口に運んだ。どうやら“英雄じゃない”と言うほど、彼女たちには面白がられるらしい。
ユーリは熱い鍋を前に、姿勢を正していた。
「本当にありがとうございます。俺、ここで学びたいんです」
「……何を学ぶ」
「押すんじゃなくて、待つことを。鍬の音で、そういうものがあるんだって気付いたんです」
その真剣な瞳に、俺は思わず言葉を詰まらせた。俺はただ、畑を守るために鍬を振ってきただけなのだが……誰かにとっては、それが道を変えるほどの音に聞こえたらしい。
その日の午後、谷の外れで異変があった。
雪に覆われた林の中で、獣の気配が立て続けに消えたのだ。セレスが矢をつがえ、耳を澄ます。
「……静かすぎます」
普段なら冬でも鳥の声がある。だが今は風が止まり、息が詰まるほどの沈黙が広がっている。
「誰かいるな」俺が鍬を構える。
木立の間に、黒い影が三つ揺れた。人の形をしているが、目に映る気配は濁っている。押し手――いや、異端に堕ちた者たちだろう。
「ユーリを返せ」
低い声が雪を震わせた。
ユーリの肩がびくりと跳ねる。だが、俺の背中を見つめて唇を噛みしめた。
「……俺はもう押さない!」
その叫びを合図に、影が一斉に襲いかかってきた。
鍬を一振りした。
雪を巻き上げるだけのつもりだったが、その衝撃は空気を揺らし、影たちを一気に吹き飛ばした。
雪煙の中に呻き声が消える。俺が本気を出さずとも、戦いは終わっていた。
「ひ、ひと振りで……」ユーリが唖然とつぶやく。
「見ただろ。これ以上関わるな」
俺の声に、影たちは怯え、雪原の彼方へと逃げ去っていった。
静けさが戻る。だがセレスは矢を下ろさず、険しい表情を崩さなかった。
「やはり来ましたね。ユーリが抜けたことを、押し手たちが黙っているはずありません」
俺は空を仰ぐ。舞い散る雪が、ゆっくりと谷を覆っていく。
「谷は戦場じゃない。守るだけだ」
そう呟く俺に、ユーリが小さく頷いた。
彼の目はもう迷っていなかった。
夜。暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる。
ツムギが毛布にくるまりながら言った。
「ねえ、おじちゃん。学校、もっともっと大きくしようよ」
「……どういう意味だ」
「今日みたいにね、怖い人が来ても、みんなで守れるように。畑の学校は、ただ勉強するだけじゃなくて……強くなる学校にもなるんだよ!」
その無邪気な言葉に、俺もセレスも思わず笑った。
けれども心の奥で、俺は確信する。畑を耕すだけでは済まない日々が、これから訪れるのだと。




