表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/38

第23話 弟子の雪かきと、谷に忍ぶ影

夜明けとともに、村は雪かきの音に包まれていた。

 屋根からは固まった雪が落ち、道はすぐに塞がる。子どもたちの笑い声も混ざるが、大人たちにとっては切実な労働だ。雪を放置すれば、食糧庫の扉も閉ざされ、畑への道も断たれてしまう。

 俺も鍬を肩に、外へ出る。すでにセレスとツムギが雪を掻き分けていた。そこへ、不器用な動きで加わろうとする影がある。

「よ、よろしくお願いしますっ!」

 ユーリだった。昨日から半ば強引に俺の“弟子”を名乗った少年だ。

「お前、本当にやる気あるのか?」

「もちろんです! 押すのはもう嫌ですから!」

 言うが早いか、木の板を手に雪を押し始める。だが力加減を間違え、山のように積まれた雪を頭からかぶるはめになった。

「ぶはっ……冷たい……!」

 ツムギがけらけら笑う。

「おにいちゃん、ぜんぜんできてないよ!」

「む、難しいんですって!」

 そのやりとりに思わず俺も笑みを漏らす。まだまだ役には立たないが、真剣にやろうとしているのは伝わる。

 昼。雪かきを終えた俺たちは暖炉の前で一息ついた。

 鍋には保存していた干し肉と豆を煮込んだシチュー。ツムギが匙を握りしめ、幸せそうに頬を緩める。

「おじちゃんのごはん、あったかいねぇ」

「そうか。これぐらいしか取り柄はないからな」

「取り柄だらけでしょ」セレスが皮肉まじりに言う。

「畑も守るし、子どもたちの面倒も見て、弟子までとって。英雄じゃなくて百姓を名乗る方が無理があります」

「だから俺は……」と言いかけて、諦めて匙を口に運んだ。どうやら“英雄じゃない”と言うほど、彼女たちには面白がられるらしい。

 ユーリは熱い鍋を前に、姿勢を正していた。

「本当にありがとうございます。俺、ここで学びたいんです」

「……何を学ぶ」

「押すんじゃなくて、待つことを。鍬の音で、そういうものがあるんだって気付いたんです」

 その真剣な瞳に、俺は思わず言葉を詰まらせた。俺はただ、畑を守るために鍬を振ってきただけなのだが……誰かにとっては、それが道を変えるほどの音に聞こえたらしい。

 その日の午後、谷の外れで異変があった。

 雪に覆われた林の中で、獣の気配が立て続けに消えたのだ。セレスが矢をつがえ、耳を澄ます。

「……静かすぎます」

 普段なら冬でも鳥の声がある。だが今は風が止まり、息が詰まるほどの沈黙が広がっている。

「誰かいるな」俺が鍬を構える。

 木立の間に、黒い影が三つ揺れた。人の形をしているが、目に映る気配は濁っている。押し手――いや、異端に堕ちた者たちだろう。

「ユーリを返せ」

 低い声が雪を震わせた。

 ユーリの肩がびくりと跳ねる。だが、俺の背中を見つめて唇を噛みしめた。

「……俺はもう押さない!」

 その叫びを合図に、影が一斉に襲いかかってきた。

 鍬を一振りした。

 雪を巻き上げるだけのつもりだったが、その衝撃は空気を揺らし、影たちを一気に吹き飛ばした。

 雪煙の中に呻き声が消える。俺が本気を出さずとも、戦いは終わっていた。

「ひ、ひと振りで……」ユーリが唖然とつぶやく。

「見ただろ。これ以上関わるな」

 俺の声に、影たちは怯え、雪原の彼方へと逃げ去っていった。

 静けさが戻る。だがセレスは矢を下ろさず、険しい表情を崩さなかった。

「やはり来ましたね。ユーリが抜けたことを、押し手たちが黙っているはずありません」

 俺は空を仰ぐ。舞い散る雪が、ゆっくりと谷を覆っていく。

「谷は戦場じゃない。守るだけだ」

 そう呟く俺に、ユーリが小さく頷いた。

 彼の目はもう迷っていなかった。

 夜。暖炉の火がぱちぱちと爆ぜる。

 ツムギが毛布にくるまりながら言った。

「ねえ、おじちゃん。学校、もっともっと大きくしようよ」

「……どういう意味だ」

「今日みたいにね、怖い人が来ても、みんなで守れるように。畑の学校は、ただ勉強するだけじゃなくて……強くなる学校にもなるんだよ!」

 その無邪気な言葉に、俺もセレスも思わず笑った。

 けれども心の奥で、俺は確信する。畑を耕すだけでは済まない日々が、これから訪れるのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ