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第22話 雪の学校と、風をやめた弟子

翌朝。谷は夜の間に降った雪で、さらに白さを増していた。

 屋根の上には分厚い雪が積もり、畑の畝もすっかり眠っている。人々は毛皮を着込み、家畜の世話や雪かきに追われていた。

 俺は鍬を担ぎながら、白一色の景色を見渡す。

 冬至市の喧騒が遠い昔のようだ。昨日までの音楽や焚き火の匂いが嘘みたいに消え去り、代わりにあるのは静けさだけ。

 そんなとき、背後から声が飛んできた。

「おじちゃん! 学校ごっこしよ!」

 ツムギが駆け寄ってくる。両腕に小枝を抱え、息を白く弾ませている。

「……学校ごっこ?」

「うん! 子どもたちで相談したの。英雄さまに勉強を教えてもらおうって!」

 セレスが苦笑を浮かべて後ろからやってきた。

「畑の学校、だそうですよ。ツムギちゃん、見事に先生役を押し付けられたみたいです」

「俺が先生……? いや、俺はただの百姓だぞ」

 そう否定しても、二人の視線はきらきらと輝いたままだった。結局、流されるのが俺の役目らしい。

 広場に子どもたちが集まった。

 雪の上に板を並べて即席の机を作り、みんな厚着のまま腰を下ろす。寒さに頬を赤くしながらも、期待に胸を膨らませていた。

「英雄さま! 勉強教えて!」

「だから英雄じゃない。ただの百姓だ」

「えー!」

 子どもたちは笑い転げる。どうやら俺の否定は、すっかり彼らにとってはお約束の冗談になってしまったらしい。

 仕方なく鍬を掲げて言う。

「畑にとって大事なのは、土と水と日だ。どれも欠けちゃいけない。揃えば芽は必ず出る。だから焦るな、待つことも大事だ」

 子どもたちは真剣に頷く。

 だが横からクロが雪玉を転がして遊び始め、授業はあっという間に崩壊。雪合戦になり、最後は大はしゃぎで終わった。

 それでも冬の谷に笑い声が響いたことが、何よりの収穫だった。

 午後。村外れで見知らぬ若者が待っていた。

 まだ少年と呼べる年頃で、震える声で第一声を放った。

「弟子にしてください!」

 俺は思わず目を瞬かせる。

「……誰だお前」

「俺、ユーリっていいます! 押し手の集団にいました。でも間違ってると思って抜けてきたんです!」

 セレスがすぐに警戒し、弓に手をかける。

 しかしユーリは慌てて両手を広げ、必死に叫んだ。

「俺はもう押しません! 世界を速めるのは怖い! 英雄さまの鍬の音を聞いて……止まりたいって思ったんです!」

「英雄じゃない。ただの百姓だ」

「それでも弟子にしてください!」

 話を聞けば、ユーリは押し手の中でも下っ端で、風や星に祈る役を任されていたらしい。

 だがずっと疑問を抱き続け、冬至市で俺の鍬の音を耳にしたとき、それを“やめる力”だと感じたという。

 セレスはなおも目を細めている。

「利用される危険もあります」

「分かってる」

 俺はユーリを見た。

 寒さに赤く染まった頬、震える体、それでもまっすぐな目。そこに偽りは見えなかった。

「……じゃあ雪かきを手伝え。畑を守れるようになったら考える」

「はいっ!」

 こうして“風をやめた弟子”が、俺たちに加わることになった。

 夕暮れ時。

 ツムギが満面の笑みで言う。

「ねえねえ、学校の生徒が増えたね!」

「……弟子と生徒は違う」

「でもおじちゃん、先生っぽいよ!」

 セレスまで珍しく声を立てて笑った。

 暖炉の火が揺れる家の中、雪の夜に小さな笑い声が灯る。

 だが心の奥では、押し手を抜けた若者がいるという事実が仲間を刺激するだろうと理解していた。

 谷に波が寄せてくるのは、これからなのだ。

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