番外編:朱殷のクッキング
「これはモロースという家畜の出汁を使った汁物。こちらはモロースのもも肉を使用した料理です」
「おお! これはうまそうだ」
「素晴らしい」
「試食してみますか?」
「是非お願いします!」
「私も!」
「俺にも!」
ここはリンカ大陸のとある国。この日その国の首都の広場で、一人の有名料理人が、自身の新作料理を宣伝していた。
漂う香りに釣られ、大勢の人々が続々と集まってくる、ちょうど正午であったため、余計に。
「へぇ、私も食べたいなぁ」
そしてその群衆の中に、それはいた。
「ねぇ、私にも食べさせて!」
そう、朱殷である。後方にいた彼女はその馬鹿力で人々を次々と押しのけ、料理人の前へ姿を現した。
「おお、なんて美しいお嬢さんだ。お嬢さん、試食の権利は君に上げよう、こちらをどうぞ」
料理人は朱殷を見て一目惚れ、先程まで誰に試食をさせようかと迷っていた彼だが、あっさりと試食の権利を朱殷に渡してしまった。
だが、彼にとってこの選択は幸いであっただろう、なぜならば断った瞬間にその首が飛ぶのだから。
「わぁい!」
料理人の言葉を聞いて、朱殷は大喜び。渡されたフォークを使って料理を食べていく。それはもはや試食ではなく、食事であった、が料理人は気にしない。
「ちょっと不公平よ!」
「そうだ!」
「落ち着いてください、今日から私の店で食べることができます。初出しということで、価格を割り引いております。ですのでそんなに怒らないでください」
勿論一目惚れなどという理由で試食の権利を奪われた人々は黙っていない。そんな人々に料理人は諭すようにそう言っていく。
たとえ納得しなくても、時間と共に人々は落ち着いていく。
この日の料理人の宣伝は成功とも失敗とも言えない結果で終わったのであった。
◇
「……おや、昨日の美しいお嬢さんではないか、どうしたのですか?」
翌日、店を回していた料理人は店に朱殷が訪れていたのを見て、ふとそう声を掛けた。
「あ、昨日の料理人! ねぇ、私にもあれの作り方を教えてー!」
料理人を見つけた朱殷は笑顔になり、彼にそう告げた。
あれとは彼女が昨日試食した料理のことだろう。
「ほう……つまり弟子入りしたいという訳ですか」
「……うーん、まあそういうこと!」
弟子入り、料理人より自分の立場が下になるということに少し抵抗を見せた朱殷であったが、どうやらこの日は気分が良いらしく、すぐにその抵抗も消えた。
「良いでしょう、ただし厳しく行きますよ!」
「厳しいの?」
「多少です」
「ふーん」
料理人は朱殷の弟子入りの申し込みを受け入れ、厳しく指導すると宣言。その発言に朱殷の表情が少々硬くなるが、彼女は(うざくなったら殺せばいい)と考え、一先ず指導を受けることにした。
◇
朱殷のために、予定より少し早い時間に店を閉じた料理人は、早速彼女に料理を教えていた。
「ねぇ……料理人。なんでこんなことするの? めんどくさい」
「そんなことを言っては一生この料理を作れませんよ」
「えー……」
しかし案の定、朱殷はすぐにギブアップ。彼女は料理をとても甘く見ていたのだ。
「つまんない」
「……では、焼くだけでもやってみますか? 簡単なところから行きましょう」
「……わかった」
不機嫌になりながらも、料理人から提案された肉を焼くという行為をやろうとする朱殷。
不機嫌な朱殷がすぐに暴れない、食べ物のお陰もあるとはいえ、実はこれはとんでもない偉業である、しかしそのことを料理人は知らない。
「熱くないですか?」
「うん♪大丈夫!」
焼くというだけの行為であるが、"料理っぽいこと"をしてる実感が湧いてきた朱殷はすぐに上機嫌。料理人からの心配の声にも明るい声で返事をした。
「できたよ、料理人!」
「お見事です」
火を扱うというのは朱殷にとっては朝飯前であった。
裏表どちらの面もきれいに焼くことができ、朱殷は喜び料理人へとそれを見せる。料理人はそれを見て褒める。なんてことないことだが、彼は褒める、それが朱殷にとってもっとも有効な接し方であると、彼はこの短時間で気づいていた。
「うーん、料理人が作ったものよりおいしくないけど、不味くもないね!」
「それは良かったです」
普段、朱殷はなんでも生で食べることが多く、そのためただ焼いただけの肉でも彼女にとってはおいしく感じていた。
朱殷は上機嫌。
しかし、彼女はクロハの負の感情によって成長し生まれた、狂気の化身である。故に普通思い浮かばないことも簡単に思い浮かんでしまう。
(人間って料理したらおいしいかな?)
この疑問が朱殷の脳内にふと浮かび上がったのであった。
「ねぇ、料理人!」
「なんでしょう?」
「人間って料理したらおいしいの?」
「は?」
何気なく聞いてくる朱殷に思考が追いつかない料理人。
「だから、人間って料理したらおいしいの?って。料理人なら知ってるよね!」
それは朱殷からの純粋な問い。純粋であるがゆえに、料理人は恐怖を感じた。
「何を言っているのですか! そんなことはしてはいけません! それに私も知りませんよ」
「んぅぅ……大声、出さないで?」
「っ!」
思わず朱殷に大声で言葉を告げた料理人、朱殷はその大声に不機嫌になり無意識に彼を威圧する。料理人はその突然の威圧に驚き委縮してしまう。
この時、彼は気づいた。この少女は自分の思っているような少女ではないと、少女の皮を被った何か別の存在だと。
「知らないなら試してみても良いよね?」
「っ駄目です! それはやってはいけないことです! 冗談でも言ってはいけません!」
「むぅー!」
この料理人は惜しかった、このまま朱殷の上機嫌が続けば、朱殷は料理人を気に入りしばらく彼の家に住み着く、なんてこともあっただろう。そうして時間を共に過ごしていけば、彼女が善の心を得ることも、あったかもしれない。
しかし不幸なことに彼はここで、彼女が不機嫌になる選択を立て続けにしてしまった。
「料理人なんて、大っ嫌い!」
「あ――があぁぁぁッ!」
故にこうなる。
朱殷は炎の剣を作り出しそれを無造作に振った。すると不幸なことに料理人は首を斬られず、彼は左肩から腕を斬り落とされた。
料理人は激痛を感じ、叫び声を上げる。
「あ、これでやろー」
朱殷は落ちた料理人の左腕を見て、先程から気になっていたこと、『人間は料理したらおいしいのか』という疑問をその左腕で確かめようと考えた。
そのため彼女は早速、その左腕に対して料理と言う名の、焼くという行為を施した。
「あはははっ! 悪く無い匂い♪」
「ひぃッ!」
自身の腕を切り落とされ、そして焼かれ、焼いてる張本人が楽しそうな笑顔を浮かべている。
料理人は人生で最大の恐怖に襲われていた。
朱殷の笑顔、朱殷の笑い声、腕が焼かれている匂い、腕が焼かれている音。そのどれもが今の彼には恐怖でしかない。
「もう、やめてくれッ!」
「? なんで? 知ってるよ、今日料理人と使った肉も元々生きてたんでしょ? 同じことをしてるだけじゃん♪」
「う……あ」
何気ない当たり前の朱殷の一言、しかし今の料理人の心にはその言葉が深く刺さった。
「わ、私は! あ、あぁぁぁッッ!!」
「うるさい……もう黙って!」
酷く錯乱した料理人の叫びに朱殷の機嫌は急降下。彼女は彼の首へと剣を振った。
こうして、最後にとてつもない後悔を残してその料理人はこの世を去ったのであった。
「あ、そろそろ良いかなー!」
「うーん、不味くは無いかな? 腕は食べれる個所が少ないや、太ももとか良さそう♪」
「あ、昨日飲んだ汁物ってものとかも良さそう。でもどうやって作るんだろう? まあいっか」
「顔とかは……うーん、あんまりおいしくなさそうだね」
「うん、生より焼いた方がおいしい♪ でも、狙って食べるほどじゃないかなー」
「バイバイ! 料理人!……の顔とその他、だね!」
こうして、悪魔は去っていった。
【あとがき】
まず、居ないとは思いますが。朱殷のやってること真似しないでくださいね? 普通にやってることやばいので。
これはフィクションなので、実際の味とか私は知りません。
というか今更だけどこの物語グロいですね。
それと、最終章人物紹介で朱殷についてちょっと補足しました。
朱殷はクロハの負の感情と共に成長した、ってやつですね。
ではまた!




