第51話:ゴルム・ラストリア
「おい、どうやらサンクラット王国の女王と王女が毒殺されたらしいぞ」
「その話まじなのか?」
「ああ、何でもアズラ王国の王室が殺害されてから様子のおかしい女王を見て、使用人が楽にさせようと食事に毒を入れたとか、母が亡くなると娘の王女も可哀そうだからと王女の食事にも入れたらしいぞ」
「なんだその馬鹿げた動機は、そんなので良く今まで仕えていたな」
「長引く戦争に嫌気でも刺してたんだろ、その後すぐにサンクラット王国は女王代理の宣言で帝国に降伏したらしいしよ」
「その代理が企んでいたとかありそうだな……それにしても帝国、ますます勢力を伸ばしていくな」
「ああ、もはやあれには逆らえない」
「……」
街中でそんな話を聞いたクロハ。しかし、彼女はそれを聞いて気にする様子もなく、歩き始める。
◇
「ここが、奴のいる場所。黒髪でガタイの良い男……情報は少ないけど、黒髪は珍しいからすぐ見つかるはず。私と同じ黒髪なのが気に食わないけど」
現在、クロハはラストリア帝国の、ゴルムがいるとされる城まで来ていた。
あの後、ガントから渡された契約書にサインをするなどして契約を結び、無事に殺し屋となった彼女は、早速ゴルム暗殺の依頼を受けていた。
「影に潜って移動しよう」
クロハは魔法を発動させる。
これは新しく彼女が作った魔法だ。以前リリアの元まで素早く移動するのに使用した魔法を改良したものとなっている。
この魔法はマーキングをしていなくても、影に潜ればそこから一定範囲の別の影に移動できるという魔法だ。
影のある場所にしか移動ができないとはいえ、殺し屋活動では非常に役に立つだろう。
(そういえば、師匠まだ帰ってこないのかな。そろそろ会いたいや……)
クロハが独自の魔法を作ることができるようになったのはラードルの指導のお陰であった。
そのことを思い出し、クロハには彼に会いたいという気持ちが湧きあがってきていた。
もっとも、この時点でラードルは別大陸にて寿命を迎えているのだが、それを彼女が知る術はない。
(見張りが沢山いる)
クロハは影の中から周囲を探る。城内には見張りの騎士が数人おり、正面突破は厳しいだろう。
だが、彼女は影の中で移動しているため、それを容易に突破することができる。
(……いた、あれだ)
しばらく城内を探索していたクロハ、中々見つからないことに少々苛立ちを感じていたが、遂に彼女は玉座の間と思われる場所で、黒髪のガタイの良い男、ゴルムを見つけた。
彼は玉座に座って優雅に本を読んでいる。
(今が好機……!)
そうして彼女は玉座の後ろの影から姿を現し、素早く短剣をゴルムの首目掛けて振るう。
「?……あれ」
しかし肉を切り裂く感触は無く、その場に居たはずのゴルムは姿を消していた。
そのことに疑問を隠せないクロハ。
「後ろだ」
その時、突如として彼女の後方からその野太い声が聞こえた。
「!……ぐッ!」
クロハは咄嗟にその場から離れる、しかし遅く、彼女は背中を斬られてしまう。
「これぐらいは避けてもらわねばな……して貴様、どのようにしてここまで来た、見張りは大勢いたはずだが」
クロハの背中を斬った者はゴルムであった。彼はここまでどうやってこれたのかと彼女に聞く。
(いつの間に後ろに、気づかなかった)
突然視界から消え、気が付いたら後ろにいた。クロハはそのことに驚きを隠せない。
(……噂通り、か)
クロハもゴルムが強いという噂を聞いたことがあった。そして今のゴルムの行動で彼女は彼が噂通り、いや噂以上の実力があるのだと理解した。
「ふっ、答えないか……」
「お前、ゴルム・ラストリアであってるな?」
「ほう? 私の質問に答えずそのくせ自分は質問する、更にその態度、良い度胸だ……良いだろう質問に答えてやる。ああ、そうだ」
「そう、じゃあ死んで」
黒髪の男がゴルムだということが確定し、クロハは彼目掛けて駆け出す。
「はぁ!」
「そこそこの速度だな、あのクラゲーヌというものと同じぐらいか」
クロハの攻撃を剣で受け止めながら彼はそんなことを呟く。
「お前、クラゲーヌさんを知ってるの?」
「ああ、私が殺した」
「そう」
クラゲーヌを殺したのがゴルムだと知り、彼女の中が更に憎悪で染まる。
「その様子、さては貴様アズラの者だな」
「……」
「アズラにまだこのレベルの実力者がいたとはな」
「一つ聞く。どうしてお前はアズラ王国に戦争を仕掛けた」
「……良いだろう、冥途の土産に教えてやる、それは私が単純にアズラ王国が嫌いだからだ」
◇
「ラストリア帝国は役二百年前、アズラ王国に敗戦し――」
「先生、その話は止めるようにと言ったはずです、我が国を愚弄しているのですか?」
「ゴルム様、これはラストリア帝国の歴史です、愚弄などしておりません」
これはゴルムがまだ幼い時のことである。
彼は祖国、ラストリア帝国を盲目的に愛しており、それは約二百年前に起きたアズラ王国との戦争で帝国が負けたという歴史を聞くだけでも苛立つほどであった。
彼は学院などでその問題が出題される度に苛立ち、その苛立ちは次第にアズラ王国にまで向けられていった。
時は流れゴルムも成長した。彼は生まれつき頭がよく、それが評価され若くして皇帝の座につくこととなった。
しばらく彼なりにラストリア帝国を良い国にしようと尽力はしていた。だが彼にとっての良き国とは二度と戦争に負けない強き国というものであった、そして彼は民も同じ考えなのだと信じて疑わなかった。
彼は昔から少々自己中心的な性格であった、それがこの過ちの始まりであったのだろう。
軍事力に多くの力を入れ、国内の発展は二の次。そのような政策をしていたため、帝国は軍事だけ異様に発展している国となったのであった。
国に尽くしたはずの彼であったが、ある日帝国内を歩いて、ふとこう思ったのだ。
(なぜ、民は皆幸せそうな顔をしていないのだろう)
と。
それもそうだろう、国の軍事力強化のために多くの税を掛けられ、そのくせ国内の発展は遅い。
このような国など出て行ってしまいたくなるだろう。
しかしゴルムは帝国のこととなるとどこまでも盲目になる。帝国から他の国へ移住する者が増えた際には、"帝国を愛していない愚かな民"などと言い、彼は罰則を設けたりと出国の規制もかけていた。
そのような国に、笑顔はそうそう生まれない。
そうしてそのような疑問を持ちながら、ある日ゴルムはアズラ王国を訪問した。
そこで彼は見たのだ。自身の国の何倍も豊かで発展しており、民の表情、空気に幸せが蔓延っている、そのような光景を。
ゴルムは唖然とした、アズラ王国とどこでこんなにも差が出たのか、どこで、間違ったのかと。
彼は帝国がアズラ王国に負けたと感じてしまった。
二度と負けないように、戦争に負けないようにと軍事力を強化したのにも関わらず、戦争以外の所で圧倒的な敗北を味わったのだ。
国に尽くしたはずの自身の努力が踏みにじられている。そんな被害妄想まで感じた。
そこで彼は更に歪んだ。
元々幼いころから持ち続けていたアズラ王国への苛立ちは"自身と帝国に敗北を味わせた、恥をかかせた"として増幅され、いつしか憎しみに変わっていった。
そしてこう思ったのだ、戦争に勝てば全てが我が手に落ちる、豊かな国も全て手に入れれば、全てに勝利したと言えるのではないか、と。
彼は聡明であった、しかし祖国のこととなると、どこまでいっても盲目になってしまう。
これがゴルム・ラストリアという人間であった。
◇
「私は完璧な国を築き上げる、そのために私に、帝国に敗北という文字を刻んだ憎いアズラ共を葬ったのだ」
「自己中心的過ぎる、それだけで私の大切な人を……!」
ゴルムから語られたアズラ王国に戦争を仕掛けた理由に苛立ちが抑えられないクロハ。
「それだけとは、なんだ? 大層な理由だ」
「お前は必ず殺す」
「できるのか? 貴様は先程背中を……なに? 血が止まっているだと?」
「今更気づいたの? これが帝国の皇帝だなんて、そんなのだから帝国はアズラ王国に一度敗北したんだよ」
「ふっ、どうやら殺されたいようだな、良いだろう」
クロハの安い挑発に乗ったゴルム。彼は全力でクロハとの距離を詰め、その首目掛けて剣を振るう。
彼は先程自分の移動にクロハが反応すらできていなかったのを見て、彼女は今回も反応できずに、そのまま死ぬだろうと考えていた。
「『カタストロフ』」
しかしその考えは甘く、そこでクロハは待っていたといった様子で、その魔法を放った。