第50話:殺し屋
「そこのお嬢ちゃん、良いモンあんだけどよぉ、気にならないか?」
「別に」
「そんなこと言うなよ~ほら、ちょっとだけで良いから、俺たちに付いてきてくれないか?」
ここはアズラ王国、いやラストリア帝国の南に隣接して位置するタルタ小王国、その街中でクロハは男二人から声を掛けられていた。
(誘拐でも企んでるのかな……いいや一回ついて行こ)
「分かりました、行きます」
「おおっ! 君なら分かってくれるって信じてたよ! じゃあ早速ついてきてくれ」
男たちの企みが陸なものでないだろうと予想はついていた、しかし彼女はあえて男たちについていくことにした。
◇
(路地裏、やっぱり誘拐か何か、か)
しばらく男たちと歩いていたクロハ、しかしその先には路地裏、どうやら彼女の予想通りのようだ。
「へっへ、こんな簡単に引っかかってくれるとは。お嬢ちゃん、叫ぶなよ?」
そう言って本性を見せた一人の男がクロハにナイフを突き付ける。
「……」
路地裏内の気配を探るクロハ。
(敵は三人、一人隠れてる)
「ククッ、そもそもびびって声も出ねぇか」
「……あなた達は何をするつもりなの? 誘拐?」
「よくわかったね、そうさ。でも今更気づいたところでもう遅いよ」
「そう、誘拐なんだ。じゃあ遠慮なく」
誘拐だという言葉を聞いたクロハはそう言って動き出す。
「ぐっ!? な――」
「は? 一体何――」
まず彼女はナイフを突き付ける男の手を素早く払い、そのまま短剣を取り出してその男の首を刎ねた。その後、何が起きたのか分かっていない男の首も流れるように刎ねる。
「隠れてるあなた。お仲間は呆気なく死んだけど、どうする?」
隠れている、男たちの仲間であろう者にクロハはそう告げる。
「……嬢ちゃん、見かけによらず、相当強いな?」
すると少々驚いた表情をしながら、銀髪黒眼の中年の男が姿を現した。
「そう、どうでも良い。で、あなたはどうするの?」
「ああ、俺はこいつらの仲間なんかじゃない。たまたまここに居合わせただけだ」
(……嘘はなさそう)
銀髪の男の言葉にクロハは嘘は無いと判断する。
「そう、じゃあね」
「ちょっと待ってくれ」
「何?」
男が敵ではないと分かった彼女は、すぐさまその場から去ろうとする、だがそこで男が彼女を呼び止める。
「俺は一流の殺し屋と言われているんだが、嬢ちゃんはそんな俺の潜伏を簡単に見抜いて見せた、更にあの戦い方、やはりただ者じゃない。どうだ嬢ちゃん、殺し屋やってみないか?」
「別に興味ない」
「その全てに絶望した目、隠しきれていないぞ。どうせやることないなら俺のところで働いてみないか?」
「あなたはどこかの殺し屋組織のトップなんだ……」
「ああ、嬢ちゃんみたいな人材は大歓迎だぜ?」
「……」
この男の殺し屋組織で働くという提案。正直、クロハは迷っていた。
ここ数日、タルタ小王国を訪れてからは、魔物を狩ってその素材を換金する、冒険者ギルドの掲示板に貼られている依頼を達成する、など冒険者の活動をして金銭を得ていた。
しかし、この行為はリリア達との思い出を想起させるため、依頼を受けるたびに彼女の心は苦痛を感じていた。
そこでこの誘いだ。
どうせこれからやることも無い、それに金を稼ぐという行為はどんな手段でも良いのではないか。そんなことをクロハは考えていた。
「……どんな依頼があるの?」
「少しは興味持ってくれたか。そうだな、特に貴族の暗殺依頼が多いな。ただ親だとか友だとかの仇を取って欲しい、そんな依頼もある……最近だとそうだ、ラストリア帝国の皇帝がいるだろう?」
「……」
帝国の話が出て、少し憎しみが零れ出るクロハ。
「ゴルム・ラストリア。あの者の暗殺を願う依頼が多数寄せられている」
「!」
"ゴルム・ラストリアの暗殺を願う依頼が多数寄せられている"この言葉を聞き、クロハはハッとする。
(なぜ、私はあいつに復讐しに行かなかったんだろう、今すぐ行かなくちゃ)
彼女の心の中は再び憎悪に塗れる。
「まあ大方、元アズラの民の者達だろうが、流石にあの皇帝となると難易度が高くてな、俺ですら受けていない」
「あなたの元で働く」
「……急にどうした?」
「働くから、その依頼。私に受けさせて」
ゴルムを殺す真っ当な理由ができる。それだけでクロハは殺し屋になる道を選ぶことにした。
実際は殺し屋に入ることで殺す真っ当な理由ができるのかは定かではないが、今の彼女には依頼で、仕事で殺すという行為は殺人をする際の真っ当な理由に当てはまるようだ。
「なるほどな、嬢ちゃんアズラの者だったか。依頼を受けるのは構わないが、嬢ちゃんで敵う相手か?」
「どうでも良い」
「これは酷いな」
勝てるかどうかなんて関係ないと言った様子のクロハを見て、彼女の憎しみが相当なものであると男は察した。
「まあ良い。俺はガント、ボスとでも呼んでくれ。とりあえず俺たちのアジトまで来い、話はそれからだ」
「……わかった」
今すぐにでもゴルムを殺しに向かいたかったクロハだが、銀髪の男、ガントの元でこれから働くため、しぶしぶと彼の言葉に従った。
◇
「ここが俺たちのアジトだ」
「いかにも殺し屋がいそう」
「まあこの国は殺し屋が認められているようなものだからな、こんな見るからに危険そうな建物を遠慮なく作れる」
一日後、二人はタルタ小王国の東側に位置する国、サーズ王国へと来ていた。
サーズ王国は治安が悪いことで有名な国であり、殺し屋が事実上認められている。
そして二人は無事、目的のガントが運営する殺し屋のアジトについていた。
「入るぞ」
「うん」
ガントはアジトの扉を開け、クロハもそれに続く。
「あんま綺麗じゃない」
「言うな」
中はお世辞にも綺麗とは言えなく。クロハは思わずそのことを口に出す。
それを聞いたガントは、入って一言目の感想がそれか、と苦笑する。
「おお、ボス。その女は誰だ? まだ幼く見えるが」
「新入りだ、だが腕は確かだからな、手を出さないほうが良いぞ」
「ボスがそう言うならそうなんだろうな」
クロハを見て近づいてきた男であったが、ガントの言葉を受けたことにより、手を出すようなことはせず、そのままクロハの横を通り過ぎて行った。
「案外物分かりが良いんだね」
「中には忠告を聞かない者も居るが、殺し屋は実力主義だからな、基本的に自分より上の実力の者の言うことは聞くものさ、まああと俺はここを運営してるからな」
「ふーん」
「それよりもだ、契約をするこっちへ来い」
「分かった」
物分かりの良い殺し屋を見て、想像していたものと違い内心驚いていたクロハ。そんな彼女はガントに連れられ、応接室へと入っていった。