第49話:お別れ
――もうこんな世界
クロハの何かが崩れそうになった、その時。
「……ぁ」
「!」
リリアから声が発せられた。
クロハは驚き、急いでリリアの顔を覗き込む。
「クロ、ハ……?」
「リリア様!」
何という奇跡だろうか、未だ瀕死であることには変わりないが、リリアは息を吹き返していた。
――この時、世界は二つに分離した。
「クロハ、良かっ、た。生きて、ますわね」
リリアはクロハを見て、安心したような顔をする。
「リリア様、私は生きています! だからどうかあなたも生きて!!」
「無理、ですわ……今あなたと、こうやって話せるだけで、奇跡…なんですもの……分かり、ますわ……わたくしはもう…長くない」
「そんな……!」
リリアは自分の命が、じきに尽きるということを分かっていた。
クロハはそれを聞いて絶望し、涙を流す。
「っ魔法は! 光属性なら治療が、リリア様!」
そこでクロハはリリアが光属性魔法を扱えること思い出し、そう言う。
光属性には傷を治療する魔法がある、それを使えばまだ助かるのではないか、と彼女は思ったのだ。
「……ごめんなさい、うまく魔力を、操作できませんわ……恐らく、魔力切れ」
「っ……!」
しかしリリアは魔力切れで魔法が使えず、クロハの目論見は打ち砕かれる。
とはいえ、例え魔力切れでなかったとしても、この状態のリリアがしっかり魔力を操作し、自身の体を瀕死から復活させることは、ラードルの教えがあったとしても、至難の業だ。
「……そんなに悲しい顔を、しないで…………わたくしも、死ぬのは、嫌ですわ……クロハともう、会えなくなるなんて嫌、ですわ」
「私も嫌っ……!」
「ですけど、現実は……非情で、わたくしの命は、もう尽きる」
お互い、会えなくなるのは嫌、しかしリリアがここから助かる道は無い。
「ねぇ、クロハ……愛していますわ……始めは一目惚れ、でしたけど……その性格にも、わたくしは惹かれ、ましたわ」
「私も愛しています……! だから、生きてよ……!」
「……ふふっ……ありがとう。クロハ、世界を、憎まないで。私たちの分まで、生きて、くださいまし……最後に、あなたと話せて…良かったですわ……」
どうやら、リリアは言いたいことを言えたようで、満足したような表情をしていた。
「はぁ……あの平和な日々に、戻りたい、ですわ……皆で過ごした、日々……この、思い出は、私の……宝、物、です……わ…………」
最後に目を閉じてそう言い、リリアは動かなくなった。
「リリア様……ねぇ、ねぇ返事してよ……!」
クロハはリリアに呼びかけるが彼女からの反応は無い、クロハももう分かっていた。
「ゔあ゛あ゛あああぁぁぁぁぁ!」
クロハの何かが壊れそうになる。
――世界を、憎まないで。私たちの分まで、生きてくださいまし
しかしそこでリリアの言葉が脳裏に過る。
(もう、嫌だよ)
悲しさは消えずとも、クロハの憎しみはリリアの言葉によって抑えつけられる。そのため彼女の中の何かは寸前で壊れることがなかった。
◇
「ありがとう、ございました……」
リリア、アサーク、ホロン、カーラの遺体を埋め、簡易的な墓を建てたクロハ。彼女は墓に向かってそう告げる。
「ハンズ様たちも、埋めないと……」
一度は気が動転し、ハンズたちだと認めていなかった首の無い遺体。しかし自身でも驚く程冷静になったクロハは、あの遺体がハンズたちだと気づいていた。
「ありがとうございました……」
彼女はハンズとリコットの遺体があった場所へ戻り、二人にも同様に墓を作って感謝の言葉を告げる。
「……………………」
(……そうだ、今まで行けなかったけど、レオナを最後に見た場所にレオナのお墓を作りに行こう……それとヴァエール村の場所にお父さん、お母さんにもお墓を)
しばらく墓を眺めていたクロハ。しかしそこでふと彼女はそう思った。
リリアの護衛で一人で遠出ができなかった彼女だが、もう守る者はいない、そのため今の彼女は一人でどこへでも行ける。
「また……会いに、来ます」
そうしてハンズたちの墓へそう告げた彼女は、四年前に亡くなった、奴隷時に仲良くなったレオナと、ヴァエール村で亡くなった両親の墓を作りに行くことにした。
墓へ背を向け、歩みを進めるクロハ。涙は止まり、酷く落ち着いているように見える。
そんな彼女は一度歩みを止め、数秒天を仰いだ。
「ごめんね……あの後色々あってお墓を立てることもできなかったよ」
数日後、クロハはポレス小国に来ていた。
レオナを最後に見た場所の国名などをはっきりと分かっていたわけではなかったクロハだが、四年前に研究所に連れていかれた際の記憶を辿り、何とかポレス小国まで訪れることができていた。
最後にレオナを見た場所、つまりレオナが殺された場所を探すのにもそこそこの時間が掛かっていたが、クロハは無事にその場所を見つけることができていた。レオナの遺体は見つからなかったが、クロハはその場所に彼女の墓を建てた。
「またね」
そうして彼女は次に、ヴァエール村が存在していた場所へと向かって行く。
「お父さん、お母さん。ただいま」
また数日かけ、彼女はヴァエール村まで来ていた。
ヴァエール村は今はもう廃墟と化しており、建物が少々残っている程度だ。じきに草木に埋まるだろう。
「しばらく来れなくてごめんなさい、そして、あの時必死に私を守ろうとしてくれてありがとう……そう、あの後大切な人も、出来たんだ。今度こそ守ろうと誓ったのに守れなかったけどね……本当に自分が嫌いになるよ」
両親の墓も建て、その墓に向かってクロハは話しかける。
遺体などは埋まっていない、彼女は探したが見つけることができなかった。そのため、話しかけてもそこに居るわけではない。
しかし、思いは届いていることだろう。
彼女はそう信じる。
「とりあえず、適当にこの世界を歩いてみる。また、来るね……」
そうしてクロハはその場から去る。
◇
それからのアストラ大陸について語ろう。
ハンズとリコットの首を取ることに成功し、ゴルムは大喜びであった。アサークとリリアの行方が分からないと聞いて、彼は勿論不満もあったようだが。
ゴルムはハンズたちの首を取ったことを公表し、それを聞いたソラーヌは酷く悲しんだ。
サンクラット王国とラストリア帝国の戦争では、アズラの王国の崩落、アズラの国王、王妃の処刑により、サンクラット王国側の士気が下がり、ラストリア帝国側の士気が上がった。そのためサンクラット王国の勢いも落ちてきており、帝国に追い込まれるのも時間の問題となっていた。
アズラ王国がラストリア帝国に戦争で敗北したという事実は衝撃的であったようで、それからはラストリア帝国と同盟を結ぶ国が増えたようだ。
ただ、勿論それでも帝国と敵対する国はまだまだ多く、アストラ大陸は帝国派とそれ以外で二分されることとなった。




