第45話:魂の疲労
「う……あ」
「くそッ、なんだこいつ!」
「どれだけ刺しても、切り裂いても傷が塞がるッ!」
(……リリア様達の所に……痛ッ!)
クロハが魔力切れで倒れてからもう既に数十分が経っていた。
その間、クロハは数人の帝国兵から散々切り付けられたり、刺されたりとしていた。
「早く死ね、早く死ねッ1」
帝国兵たちは仲間が一瞬にして消された恐怖により、元々正常な判断ができていなかったが、クロハの傷が塞がったり、腕や足などが再生するのを見て、更に恐怖を感じ、完全に正気を失っていた。故に首を切り落とすというクロハに有効な手段を試すことも無く、ひたすらに彼女に傷をつけるというだけであった。
「あ゛……あ゛あッ」
背中を滅多刺しにされ、呻き声を上げるクロハ。
背中は悲惨なことになっていたが、数秒するとすぐさま元通りとなる。
(……早く、魔力回復して……)
極限まで魔力を使い枯渇していたため、なかなか動けるまで回復せず、生き地獄が続く。
「はぁッ、はぁッ、あああ!」
「ゔ……あ゛ああああッ!」
帝国兵の正気を失った叫び声、四肢を切り落とされ痛みによってクロハが上げる叫び声。
周辺にはクロハの切り落とされた手足が複数散らばっており、血の臭いが充満していた。
血の臭いが漂っているとどうなるか。そう、魔物が寄ってくる。
「グルルル」
「シャアァ」
次第にクロハと帝国兵達の周りには、数々の魔物が近づいてきていた。
「あああああ!」
帝国兵は皆正気を失っており、魔物には気づいていない。
「ガウッ!」
「ぐあああ!」
変な声を上げる帝国兵達を見て、慎重になっていた魔物達だが、そこで我慢できなかった一匹の狼型の魔物が帝国兵へ襲い掛かった。その結果それに感化された魔物達が一気に帝国兵達に襲い掛かる。
「ま、魔物!?」
「あ゛あ゛あああッ!」
「あああ゛、あ゛ああッッ!」
帝国兵達は叫び声を上げながら、魔物達に食されていく。
「た、助、かった?」
帝国兵からの加害行為が収まり、そう呟くクロハ。
「……え?」
しかし首を動かし周りを見ると、そこは魔物だらけ。
その光景に思わず彼女はそんな声を上げる。
「ッ、や、やめ……! あ゛ああッ」
そんなクロハなどお構いなしに、帝国兵を襲っているもの以外の魔物がクロハに食らいつく。
勿論周りに落ちているクロハの四肢もしっかり食べている。
「ゔあ゛あ゛あぐ」
若く新鮮な少女の肉、そして食らった瞬間から体の傷が癒える感覚。おいしかったのだろう、次々とクロハへ魔物が群れていく。
「――ぁ」
クロハはもはやまともに声すら出せない、先程の帝国兵からの傷の再生もあり、再生速度は格段に上がり、次々と彼女の体は再生していく。しかし食される速度も速く、ある時は骨も齧られる。
それは彼女がかつて体験したものよりも苦痛であった。
「モオオォ!」
しかしそこでその大きく野太い鳴き声と共に、辺りの魔物が散らされる。
「ギャアッ!」
「ガガッ!」
魔物達はその鳴き声の主を見て、驚き後ずさる。
それもそうだろう、その鳴き声の主は、超巨大なオークであったのだから。
「ガッ!」
「ギャアァ」
そのオークがクロハを狙っていると分かり、大半の魔物達が彼女を素直にオークに譲っていた。
「モオオォ!」
「キャンッ!」
しかし中には当然譲らないものもおり、その魔物達はオークに挑んでいく。だが極太な腕によってあっけなく払われ、その命を落としていく。
(……そろそろ立てるぐらいには……)
その間に、クロハの肉体は完全に再生し、魔力ももうそろそろ立てるだろうというほどにまで溜まっていた。
「モッ」
「うわぁっ!」
しかし彼女が立てるようになるよりも早くに巨大オークが彼女の足を摘み持ち上げる。
「うくっ……」
「モォ」
「……う、まっ――」
そしてそのままオークはクロハを口の中へと運ぶ。
――ぐしゃり
そんな音がオークの口内で鳴った。
しばらくボリボリと音を鳴らしたあと、ごっくんと効果音が付きそうなくらい、勢いよく口の中の物を欠片も残さず飲み込んだ。
◇
(……気絶してた? あつい、ヒリヒリする……ここは)
クロハは目を覚ます。
しかしそこは真っ暗で何も見えない空間であり、ただ感じるのは暑さと異臭と肌に感じる少しの痛みだけ。
(そうだ、あのオークの口の中に……てことはお腹の中……!)
クロハはそこで自身が食べられたことを思いだし、その際の記憶がちらついて恐怖に体を震わせる。
(……それよりも早く、リリア様達のところへ行かないと)
いつものようにあっという間に恐怖心は落ち着き、冷静さを取り戻したクロハは、そうして何とかこの場から出ようと足掻く。
「……ぬるぬるして上には登れない」
お腹の壁、もとい胃の壁を登ることはできず、違う方法を考える。
「っ、短剣は……無い、外に、あるよね?」
彼女はリリアから貰った短剣が無いことに気づき焦るも、外にあると信じることにした。
「こうしてるうちにも魔力は回復してる、初級魔法なら一回ぐらい打てる……」
既に動けるレベルまで魔力が回復し、魔法も初級魔法を打てるぐらいには魔力が溜まっていた。
「内側から攻撃すれば吐き出してくれるかも……魔力はできるだけ最小限に。『闇よ、球となり、敵を撃て』」
クロハは自分を、オークが吐き出してくれる望みに賭けて、闇属性初級魔法・ダークボールを、胃の壁に――魔力を最小限にして扱う繊細な操作をするために詠唱をして――放つ。
「上がっていく…………うわッ」
すると徐々に上がっていく胃液、少しして勢いよくクロハは吐き出された。
「モォ……」
「……服がぼろぼろ」
オークはクロハを吐き出した後も気分が悪そうにしており、クロハは吐き出されてすぐに体勢を立て直すが、そこで着ていた服の大半が破れていることに気がついた。帝国兵から滅多刺しにされ、魔物に体中を食べられ、胃液で溶かされていたため当然だろう。
「短剣は……あった、良かった」
彼女はすぐさま短剣を探し、見つけて安堵する。もはや先程まで食べられていたことなど気にしていない様子であり、これを見た者は彼女の頭のネジが外れていると思うだろう、実際そうだ。
「ギャギャッ!」
周りの魔物たちは、クロハが出てきたことに気づき、オークが未だ項垂れているのを確認すると、一目散に彼女へと襲いかかった。
「私は、早くリリア様のところに行くの……邪魔、しないで」
短剣を手に取り、そう呟いて魔物たちを迎え撃つクロハ。
「ギャアッ!」
「ゴッ……」
魔物は一瞬で切り刻まれていく。
「はぁ、はぁ……っ」
しかし、クロハも魔力不足や度重なる苦痛と戦闘により疲労しており、本調子でない彼女は、魔物からの反撃をいつもよりも多く受けながら戦っていた。
「そういえば、再生するんだった……」
クロハにより切り刻まれた一部の魔物は、彼女を食べた際に得た天賦能力の効果によって傷が再生する。
「とりあえず、もう一回切ろう」
自身の天賦に対する対処法など知らないクロハは、ひたすらに切り刻み続ける。
「……はぁ、はぁ……」
(複数回切り刻めば個体にもよるけど再生しない。あとは首を切れば再生しない?)
しばらく魔物を切り刻んだところでクロハはその対処法に気づく。
「モオオオォッ!!」
「っ……うるさ」
そこで、どうやら気分の悪さが消えた超巨大オークが、怒っていると分かるような鳴き声と共にクロハの前に立った。
「っ……!」
異常な速度で振られる極太の腕を、クロハは後ろに後退して躱す。
「ギャッ!」
「ガッ!」
彼女が躱したことで、代わりにその周辺にいた魔物達がその腕によって払われる。
「一撃でも受けたら不味い」
腕に払われる魔物たちの様子を見た彼女は、オークの攻撃を徹底して躱すことを心掛ける。
「まずは、あなた」
この状況ではまず一番厄介なものを殺すべきだと考え、クロハはオークへ向かって走り出す。
「モォ!」
「ふっ!」
彼女は振るわれたオークの腕に乗り、その腕を駆け上がる。
「モ!」
オークは逆の手でクロハを掴もうとするが、それを間一髪でクロハは避け、顔付近へと進む。
「はぁ!」
「モオオオッ!!」
そこで空いているオークの顔面向けて跳び、短剣をオークの目に刺す。
「くっ」
暴れるオークに振り落とされそうになるも、彼女は必死に鼻にしがみつき耐える。
その際目を押さえるオークの手に足が潰されるも、気にせず耐える。
「首は太いから、頭を狙う!」
少し暴れが収まったころに彼女は頭へと登っていく。
「これで、死んで!」
そうしてクロハはオークの頭に、短剣を何回も素早く刺す。
短剣はオークの頭の奥深くまでは沈まないものの、それは有効打となっていた。
「モオオオッ!」
声を枯らしながらオークが絶叫する。クロハを食い、少量の再生能力が発動するも、繊細な場所の再生には時間が掛かるようだ。
「っ……うあっ」
しばらく何度も何度もオークの頭を滅多刺しにしていたクロハだが、暴れるオークに遂に頭から振り落とされる。
「っ……きつい」
上手く着地はできたが、疲労により彼女はふらつく。
魔物たちは暴れたオークによって半分近くが死に、中にはその場から立ち去る魔物も居たため、残っている魔物は少ない、しかし変わらずクロハを狙うようだが。
「あなたたちも、邪魔。これ以上私の邪魔をするな……!」
あまりのしつこさに怒りが再発したクロハは、怒りのままに動き、残った魔物たちを殲滅する。
「……大きいオークも死んだ、魔物たちもやっと全部死んだ」
魔物を全て殺し終わったクロハは辺りを見渡してそう呟く。
超巨大オークも、大量にいた魔物たちも全て一人で殺すことができた。しかしその代償に彼女は途轍もない疲労感を感じていた。それは単なる身体の疲労ではなかった。
生命の本質の部分、奥底からの疲労。まるで魂が疲労しているかのような感覚をクロハは感じていた。
「……今、行きます」
しかし、彼女はそう呟いて、震える体にふらつく足取りで、リリア達が向かった方角へ進む。