第44話:親として
「最近のクロハはとても強くなってると……クラゲーヌが言っていたからね、大丈夫さ」
あの場をクロハに任せ、サンクラット王国方面へと向かっていたハンズ達。そこでハンズはリリアを安心させようとそう言う。
「……そうですわね」
「そうよ」
「……でも、ここまでして生きる必要があったのか」
思わずそう呟くハンズ。
彼は段々と、他人を犠牲にしてまで生を求める必要は無かったのでは? と思ってきていた。
「……」
「……」
「そんなことは無いですよ」
「皆、あなた様方が生きることを望んでおります」
リコット、アサーク、リリアがハンズの言葉に沈黙していたが、近衛騎士やカーラがそれを否定する。
「そうです」
「あなた方を慕う者は沢山おります」
「民に尽くしてくれた恩返しを、私達が行うのです」
どうやら他の者も、ハンズたちが生きることを、望んでいるようだ。
「そうか、そう思ってくれているなんて嬉しいね……これだけで、私は幸せだ」
◇
「まだ捕らえられないのか!?」
「はっ、はいぃ! 目撃情報はいくつか確認はされていますが!」
まだハンズ達を捕らえるどころか殺すこともできていないことにゴルムは激しく怒っていた。
「他の部隊は?」
「す、すみません、魔の森は広く、どの部隊がどこに居るかは……」
「チッ、下がれ」
「し、失礼しましたぁ!」
下がるように言われた伝令は、逃げるようにゴルムの前から去っていく。
「……チッ、一つ大きな部隊を送ったが、奴らは何をしているのだろうか、伝令すら寄越さない」
大きな部隊とは、オミナスがいた部隊である。
しかしその部隊は現在クロハによって壊滅状態なのだが、彼はそれをまだ知らない。
◇
「なるほど、ハンズは今こちらに向かっているということか……数十人の軍を結成しろ、アズラの王室を迎えに行ってくれ」
「承知しました!」
同時刻、アズラからの伝令が届いたソラーヌは、ハンズたちを迎えに行くために即興で軍を結成させ、魔の森へと向かわせていた。
「通りで帝国の勢いが落ちているわけか……ちょうどお前達が掻き乱してくれたお陰で有利に進んでいる、絶対に死なないでくれ」
そう、帝国はハンズたちを追うことに過半数の兵を費やしており、そのお陰でサンクラット王国は次々と帝国との戦に勝利を挙げていた。
それに気がついたソラーヌはハンズたちに深く感謝していた、しかしそれだけ彼らを追う敵が多いということであるため、同時に彼女は心配でたまらないという思いでもあった。
◇
「まだ、いるのか」
しばらく進んだところで、またもや居る帝国軍、その数は十数人だが今のハンズ達に対処できる数ではなかった。
「遠回りをしたら気づかれないでしょうか?」
「そうだね」
しかし幸いなことに帝国軍には気づかれていなかった。
故に安堵していた、その時。
「っ! 皆様下がってください!」
突然近衛騎士の一人がそう叫ぶ。
「っ」
全員が咄嗟に下がることができ、近衛騎士が前に出る。
「はあ!」
すると近衛騎士はそこで何かを斬る。
「魔物……」
斬ったものは魔物であった。
忘れてはいけない、ここは魔の森だと言うことを。
魔物はアズラ側、帝国側のどちらにも敵対する。故に双方とも必然的に魔物の数を減らして進むことになる、そのため魔物の数は減り、遭遇する頻度も下がってきていた。
しかし、ハンズは現在も足から少量の血を流していおり、その血の臭いに連れられ魔物が寄ってきていた、そのため。
「魔物はまだ近くに居ますね」
ハンズ達を狙っている魔物がまだ近くに数匹程は潜んでいた。
「ああ、こっちを見られた」
更に神はハンズたちを見捨てる。
魔物との戦闘の際に生じた音によって、ハンズ達は帝国兵に気づかれることとなった。
「ここまで、でしょうか……」
「……」
その状況に、絶望する一同。
「……ここはお任せを」
数人の近衛騎士が剣を構え、ハンズたちへそう告げる。
「……いや、もう私は走れない、私はここまでだ、もしかしたら私の首を差し出せば奴らは満足するかもしれない、それに魔物は私の血の臭いで集まっている。私を置いて逃げるんだ」
しかし、そこでハンズがそう言う。
「お父様!」
「何を言っておられるのですか!」
その言葉に勿論一同は反対する。
「落ち着いて……私はやはり責任を取るべきだったんだ。それになにも無駄死にするわけじゃない、皆を死なせないために時間稼ぎもするさ」
「そういうことではないのです!」
「そうです!」
「お父様まで死んでしまったらわたくし……!」
「大丈夫リリアにはクロハが居る」
「それでも、掛け替えのない大切な家族ですわ……!」
「……」
リリアの言葉に少々決意が揺らされるハンズ。しかし、彼はもう決めたのだ。
「貴方が残るなら勿論私も残るわよ?」
「お母様!」
「母上!」
「うん、君ならそう言うと思った」
そこで当然のように自分も残ると言うリコット。リリアとアサークは悲痛な声で彼女を呼び、ハンズは予想通りだと言う。
「狙うとするなら国王もそうだけど王妃も狙うわ」
「そうかもしれないが、君も逃げてくれ……言ったって無駄なのかもしれないけど」
「そうよ?」
「……やっぱりね」
「だって、誓ったじゃない、ずっと一緒に居るって」
◇
「新郎ハンズ・アズラ。あなたはここにいるリコット・カローナを、病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も、妻として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦リコット・カローナ。あなたはここにいるハンズ・アズラを、病める時も健やかなる時も富める時も貧しき時も、夫として愛し、敬い、慈しむ事を誓いますか?」
「はい、誓います」
数十年前、アズラ王国で、当時アズラ王国の王子であったハンズと、アズラ王国カローナ伯爵領の長女であったリコットの結婚式が上げられていた。
「では近いのキスを」
神父、もとい先代国王の言葉を聞き、二人は口付けを交わす。
「ずっと一緒にいるって約束して」
「ああ、約束するよ」
その際に二人は約束したのだ、『ずっと一緒に居る』と。
◇
「……」
「まさか、私との約束を破るなんて言わないわよね?」
「……ふっ。ああ、勿論だよ」
『ずっと一緒にいる』という約束を思い出し、ハンズはリコットの言葉に頷くしかなかった、彼は妻との約束は破れないようだ。そして何よりも今のリコットには何を言っても無駄なのだと分かっていた。
(それに愛する妻と死ねるならまだ幸せか……もしかしたらリコットも同じ考えなのかもしれないな)
ハンズはそんなことを思う。
「お父様、お母様! 何を言っているのですか!?」
しかしリリアや他の者はそれに納得できない。
「アサーク、リリア、逃げてくれ、お父さん達が時間を稼ぐさ、もしかしたら私達を殺せば引き上げるかもしれないからね」
「陛下!」
「皆、頼む。私の最期のお願いだ、聞いてくれないか?」
「私からもお願いするわ」
そう皆に頭を下げるハンズとリコット。
「……」
「こんな父ですまない。二人が私達の生きた証だ」
「……リリア、逃げるよ」
リリアにそう言うのはアサーク。彼はこの状況を理解していた。
今の人数の近衛騎士だけでは、足止めに帝国軍と交戦してもすぐに追い付かれ、全滅する、更に魔物も寄ってきているのだ。なら、ハンズの言う通りに動いて、少しでもハンズたちの望みを叶えられるように動くべきだと思ったのだ。
「お兄様はそれで良いのですか!?」
そう言うリリア。
「……良いわけない!……けど今この状況、父上達の望みを叶える以外無い!」
「っ」
アサークの叫びに言葉が出ないリリア。
「……分かりました、陛下。私達も王子殿下と王女殿下のために敵を足止めさせていただきます」
近衛騎士達は渋々と頷き、ハンズと共にリリアとアサークが逃げるための時間稼ぎをすると決めた。
「ありがとう、そしてすまない」
「いえ、これが騎士の務めです」
足止めということは実質近衛騎士達にここで一緒に死ね、と言っているようなものであり、それに対しハンズが謝罪するも、彼らは何でもないようにそう返す。
「……さあ、お嬢様方、早く行きますよ」
「行こう……」
「……はい」
カーラの言葉にそう返事をするアサークとリリア。
カーラやホロンは二人の専属従者であるため、勿論二人に付いていく。
「アズラの王室共、ここまでだ!」
「急げ!」
帝国軍がすぐ近くまで来ているため焦った様子でそう言うハンズ。
「愛してるわ」
「私達の代わりに生きてくれ」
「っ! わたくしもですわ……!」
「何が何でも、生き残ってみせます、父上母上、ありがとうございました……!」
そうして、リリア、アサーク、カーラ、ホロンの四人はその場から逃げる。
「やっぱりドーラは行かないのね……」
四人は行ったが、リコットの侍女であるドーラはその場に留まっており、そのことにリコットは(やっぱりね)と思ってそう言う。
「勿論です、私はいつまでも貴女様の侍女ですよ」
それにもう年ですからね、と最後にそう言って彼女も帝国兵や魔物に向かって魔法を放てるよう構える。
「そうね……」
少し嬉しいような悲しいような思いを抱きながらリコットも魔法を放てるよう準備した。
「ハンズ・アズラにリコット・アズラだな、大人しく投降しろ」
遂に軍がハンズ達の前に訪れ、その部隊の隊長のような人物が前に出てきてそう告げる。
「大人しく投降したら、子供たちは見逃してくれるかい?」
「それはできない相談だな」
「そうか、なら最後まで抗うさ」
子供達が見逃されないと分かったハンズは、そう言って剣を構える。
「ふん、碌に戦えもしない者が何を」
「いや、最近は鍛えているからね、ある程度は戦えるさ」
剣を構えるハンズを侮って言うその部隊の部隊長に、ハンズはそう返す。
彼は四年前から"自分だけでももっと戦えるように"と思い。それまでやっていた鍛錬の時間を少しづつ増やしていた。
その結果、並の刺客相手なら一人で対応できる程には成長していた。
この帝国軍の部隊長である彼は、ゴルムからの"ハンズ・アズラは戦いが得意ではない"という情報しか知らず、ハンズが戦えるとは微塵も思っていなかった。
「まあいい、どちらにしろお前たちの首を持っていくだけだ」
しかし、相手が勘違いしているとしても、それはこの状況を打破できる程の力を持っていない。
ハンズもそれを分かっている。
「それでもね、あの子たちの親として、私は時間を稼がないといけないんだ」
向かってくる帝国兵たちと、近くに潜む数匹の魔物を見据えながら、彼がそう言葉を零した次の瞬間、そこには戦闘の音が響き渡っていた。