第39話:生を求めて
「失礼します。北東の平原付近に軍隊を確認、ラストリア帝国です」
「来たか……陛下方に知らせてくれ」
「はっ!」
明け方、ロナール伯爵領の人々は忙しく動いていた。
「すまない、私達が居るばかりに……」
帝国の軍がロナール伯爵領へやって来た理由は勿論ハンズ達を追ってのことである。
そのためハンズはそう懺悔の言葉を告げる。
「いえ、始めから覚悟はしていました。それよりもお早めにお逃げください、ここはお任せを」
「すまない、ありがとう」
◇
「ここまでして逃げて良いのか……?」
ハンズは他人を犠牲にして生きるという行為を行ったことに罪悪感を感じていた。
「……あの人達は大丈夫です」
「そう信じるしかないね」
しかし、ハンズはそれでも皆で生き延びることを選んだ。
ここまですると、生を求めることが惨めに見えるかもしれない。しかし他人を犠牲にしてまで生を求める行為は惨めで情けないことなのであろうか?
「ここからは馬車では通れない、か」
「徒歩ね」
「みんな足元を気をつけて」
馬車で通れるような道が無い魔の森の中をほんの少し進んだところで(もう馬車では通れない)と判断したハンズ達は馬車を乗り捨て、徒歩での移動を始めた。
「少し早歩きで行こう」
◇
「そうか、わざわざ奴らが南西に向かった理由、それはサンクラットへ向かうためだな? 西にまっすぐ進むには我が国の兵が近い、故に遠回りして向かおうと考えたわけか」
帝国へと戻る際に落ち着きを取り戻したゴルムは、兵を動かす前、冷静に状況を分析していた。
そのお陰か、ハンズ達の目的がサンクラット王国に行くことだと予測することができていた。
「大国の国王がそこまで生を求めるとは、なんとも惨めで情けない……目的がサンクラットだと言うのならば魔の森で確実に仕留めねば」
ゴルムは、いずれサンクラット王国も潰すつもりであるが、それは今すぐではなかった。未だサンクラット王国に西側を攻められているとはいえ、彼にとってはハンズ達の処刑、そしてアズラ王国を完全に支配下に置くことが優先であった。もし彼らがサンクラット王国に逃げた場合、ゴルムの楽しみが当分先になってしまうのだ。
故に彼は魔の森で確実に捕らえるか仕留めるかをしたいと思っていた。
「南西に追わせているが、奴らはそのうち必ず魔の森へ向かう……魔物という不確定要素があるが、奴らを包囲するように兵を動かすか、居場所は分からんが、サンクラット側を先回りして探せば見つかるかもしれん。時間はまだある、出せる全てを使って必ず捕えてやる」
ゴルムのその硬い意志の下、ハンズ達を捕らえるために兵達は動かされることとなる。
◇
同日の日が傾き始めた頃。クロハ達はしばらくの間サンクラット王国へ向かって歩みを進めていた。
「あれは……! 後方に数十人程の軍を確認しました! 装備を見るに帝国です!」
「チッ、みんな走るぞ!」
しかし、そこで一人の騎士が後方にラストリア帝国の軍を見た。すぐさま騎士は全員に伝え、その言葉を聞いた一同は、焦りながらも急いで距離を取ろうと駆け出す。
「っ……! はあ!」
しかしそこでクロハが何かに気付き、闇属性初級魔法・ダークボールを無詠唱で放つ。
彼女はこの約四年間の特訓の末、無詠唱魔法を習得しており、簡単な魔法であるならば無詠唱で魔法を扱えるようになっていた。
そして刹那爆発音が辺りに響き渡る。
「っ!……クロハ! 大丈夫ですか!?」
「うん、大丈夫です、急ぎましょう」
爆音の正体は魔法同士の衝突であった。
クロハが気付いたものとは、飛来してきていた火球であった。彼女はそれに魔法を放ち、衝突させて相殺していたのだ。
「次々と飛んできます、壁で時間を稼ぐので全力で走りましょう!」
クロハはそう言い、闇属性初級魔法・ダークウォールを発動し、目隠しのように相手から自分たちが見えなくなるように展開する。
ダークウォールは相手の視界を遮るだけでなく、飛来する魔法もある程度受け止める。
「っ……前方に帝国軍を確認!」
「そんな……」
「……挟まれたか」
しかし、逃げた先にも帝国軍がおり、彼らもハンズたちを見つけたのかこちらに迫ってくる。
「……先に行ってください。後ろは俺たちが残って足止めします」
「なので前方は他の騎士の方々が道を切り開いてください」
「陛下達を頼んだぞ」
前にも後ろにも帝国の軍が迫っており、そのどちらも自分たちを捉えている、そんな絶望の中そう声を上げたのは、ボロノ、アルー、ラーニの三人であった。
「了解した」
「わかったぞ」
「了解だ、先に行かせてもらう」
「生き延びろよ」
三人の言葉を聞き、騎士たちはすぐさまその提案に乗り、そう言葉を返す。薄情だと思うかもしれないが、今はそれだけ切迫した状況であるのだ。
それに彼ら三人の実力は王都内でも上位に入る強さを誇っている、故に騎士たちは『もしかしたら無事に帰ってくるかもしれない』そう淡い期待を抱いていた。
彼らのような上位の実力を持つ者が何故緊急で集めた騎士たちの中に居るのかと思うかもしれないが、彼らは基本王城内の巡回の役であり、戦時中も常に城の警備係であった。故に戦争に直接的な参加はしておらず、今回の緊急招集にも反応できたわけである。
「ボロノさん、アルーさん、ラーニさん……」
「そう心配するな、俺たち三人は長いことやってきたんだ、連携に関しては自身がある」
「そうよ、だから安心して」
一度リリアを守ってくれた三人が、明らかに数の差がある、それも手慣れた騎士たちの相手をするとなると、クロハは思わず彼らを引き留めようとしてしまう。
「……すまない頼んだ」
「お任せを!」
「サンクラット王国で待っていますわ、どうか無事でいてくださいまし」
「……お三方とも、どうもありがとうございます」
「そちらもご無事で」
ハンズ、リリア、クロハの言葉にそれぞれ返して、ボロノ、アルー、ラーニの三人は後方の敵軍に向かって突撃し始める。
「進め! 陛下達の道を切り開くぞ!」
「おおおッ!」
「皆さん……」
それと同時に周りの騎士達はハンズ達を通すべく、前方の軍と衝突を始める。
前方の敵軍は数十人程であり、周囲の騎士達とその数は互角である。
「陛下方の守りを固めろ!」
前方で戦闘が繰り広げられ、万が一に備えて近衛騎士団がハンズ達の周囲に広がり、更に守りを固める。外は近衛騎士、内側にはクロハやホロンが構え、カーラやドーラもなにが起きても良いようにと、魔法発動の準備をして待機する。
「そこが隙だ!」
「どこが?」
「ぐ……」
森の中なのも相まって、近衛騎士を掻い潜ることができた暗殺者らしい刺客がハンズ達に襲いかかる。しかしクロハがそれを対処する。
彼女は魔法の腕だけでなく、しっかりと体も戦闘技術も鍛えられており、今では総合的な実力ならあのクラゲーヌにも及ぶであろう。
それほど、彼女はこの四年間努力を惜しまなかった。リリア達を守るために。
「邪魔だし捨てとこう」
彼女は刺客を殺さず気絶させ、邪魔にならない場所へ投げ捨てた。
「……クロハったら、どこにそんな筋力があるのかしら」
軽々と成人男性を投げ捨てたクロハ、しかし見た目に関しては依然として華奢なままであり、その力がどこから湧いてくるのか。この切迫した状況でそんなことに疑問に思うリリアであった。