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その先は朱か黒か……  作者: ぬい葉
最終章:その先は……
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第38話:逃亡

「ごめん、負けた。皆はサンクラット王国に逃げて、まだ時間はあるはずだ」


 書斎にて、ハンズはその場にいる者達にそう告げる。

 今回この場に居るのは、クロハ、リリア、アサーク、リコット、カーラ、ホロン、ドーラの七人。


「負けた……」

「そんな……」

「……ハンズ、貴方がここに残るなら、勿論私も残るわよ」


 戦争に負けた事実に皆絶句する中、リコットはハンズが残るなら自分も残ると言う。


「……リコット?」

「王族として責任を取ると言うのなら、それは私も同じなのよ」

「……」

「お母様、お父様やめてください、わたくし、死にたくもありませんし、二人にも死んでほしくないですわ!」

「……そうですよ、父上、母上。皆で生きましょう」


 王族としての経験が短い子供二人からの天使、はたまた悪魔的なその誘い。


「そうね、私は民を大事に思っているけど、それよりも家族の方が大事だと思っているわ、だから私は逃げる選択をしたいわね。それにあっちが勝手に刺客を送って勝手に戦争を始めたんですもの、今回私達に非があるとは思えないわ」


 リコットは子供二人の誘いに同意であった。果たしてそれは王族としてどうなのかと思われるところであるが。


「……これは、国王としての責務なんだ」


 リコットが子供達の誘いに同意であっても彼、ハンズは子供達からの誘いを断る。

 彼はこういう時こそ国王として責任を取らなければならないと思っているのだ。


「……国王として? でも、それでもハンズ様も一人の人間です」

「っ……」


 しかしクロハの放ったその言葉にハンズは微かに動揺する。


「神様でもない。失礼ですが、ただ王族に生まれただけの一人の人間です」

「ちょっと言い過ぎな気もするけど、確かにそうね」

「生まれが王族、そして国王だからなんだ、一人の人間なのは分かっている」

「……たかが生まれです」

「されど生まれだ」

「……」

「……」


 しばらく場を沈黙が支配する。


「……はぁ、もういいです! 早く行きますよ! 早く、私にもう何も失わせないでください!」

「クロハ?」


 唐突に声を荒げて言うクロハ、一同は普段からは考えられないその姿に少々驚く。


「私は、あなたたちに生きてほしいんです! 親も友達も失って、散々痛いことをされて苦しくて、そんな中救ってくれた、あなたたちに!」

「……クロハ」

「ハンズ様、あなたを想う人はいます、死んでしまったら悲しむ人は他にも居ます! だからどうか生きる選択をして……!」


 それはクロハからの切実な願いであった。


「……はは、そう、か」


 ハンズは気づいた、この場にいる皆からの視線に。生きることを望まれていることに。


「……ありがとう、そうだね。国王としては駄目だろうけど、たまには自分のために生きてみるのも良いかもね」

「それじゃあっ……!」

「うん、皆で逃げよう。急いで必要な物を準備しよう。準備が終わったら玉座の間に集合だ、あそこには裏口がある」


 ハンズはついに逃げる選択をした。彼は王としての自分を切り捨て、ハンズという一人の人間として生きることを望んだのだ。彼の言う通り国を導く国王としては許されないことなのかもしれないが。


「では私は近衛騎士団及び近くにいる騎士に伝えてきます、きっと彼らも陛下方の守りに付くことでしょう。アサーク様、しばらくお一人でも大丈夫でしょうか?」

「うん、大丈夫だよ」

「お任せを」

「ありがとう、ホロン」


 そうしてクロハ達はサンクラット王国へ逃げるための準備を始め、ホロンはその護衛集めに出る。


「私はソラーヌへの手紙を送らないとだね」


 一同が動き始めたころ、ハンズはソラーヌへこの事を知らせるための手紙を急いで書き始めた。



    ◇



「何!? いないだと!?」


 上機嫌でゆっくりとアズラ王国の王城へと向かっていたゴルムであったが、伝令からハンズ達が城に居ないと知らせを受け、声を荒げていた。


「そ、それと同時に二台の馬車が南西方向に向かっていくのを見たという人もおり――」

「それだ! 今すぐ追え!」

「は、はい! 現在、数人が追っています!」

「馬鹿、もっと増やせ! 全力で追え、逃がすな!」

「は、はいいぃ!」


 ゴルムは怒鳴り声で伝令に告げ、それを聞いた伝令は恐怖しながら去っていった。


「チッ、まさかあの者が王の責務を捨てて逃げるとは、一体何があったのだ……早急に帝国へと戻って兵を動かすか」


 ハンズの予想外の行動に苛立ち驚きながらも、ゴルムはハンズ達を確実に追い込むために兵を総出で動かそうと思った、そのため彼は急ぎ帝国へと戻っていった。



    ◇



「すまない、泊めて貰えるか?」

「事態は把握しております、勿論ですよ」

「感謝する」


 道中帝国の追手に気づいた騎士たちがその追手と交戦し、数人の騎士が怪我や死亡したが、ハンズ達は傷一つなくロナール伯爵領へ訪れていた。


「本当はナンラム侯爵領からサンクラット王国へ行きたかったけど、仕方ないか」


 サンクラット王国へ向かうならばアズラ王国南西のロナール伯爵領より、西のナンラム侯爵領方面から向かった方が最短である、しかし今回彼らはロナール伯爵領へと来ていた。

 その理由はナンラム侯爵領の一部が既に帝国の手に落ちているからである。ナンラム侯爵領はアズラの西から北西にまで領土が広がっている。ナンラムの北側の一部は帝国に制圧されており、その付近に行くことは非常に危険なのである。

 それに対してロナール伯爵領、ハンズ的にも信頼できる貴族であり、南西に位置するため帝国の手がまだ遠い、そしてサンクラット王国へ行くために通らなければならない魔の森に接している。

 このような点を踏まえた結果、今回彼らはロナール伯爵領を訪れたのである。


「とはいえ、ここから魔の森を進むとなると恐らく馬車では通れないか」


 しかしロナール伯爵領からサンクラット王国へ向かう道は作られておらず、最悪馬車を捨てて徒歩になるであろうと、ハンズは考えていた。


「はぁ……このような不安を感じたのは初めてだ」


 自身の生死に対する不安、これは今までハンズが感じてこなかった感覚であった。


「今日はもう寝よう」


 明日も忙しい、そう思いハンズは目を閉じた。

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