第4話:奴隷
「陛下! オダール領の一部村が何者かに襲撃を受けたとのこと!」
「なに!?」
アズラ王国、十代目国王、ハンズ・アズラは自身の書斎にて宰相の、ビルデン・ランドールからそう報告を受けていた。
「詳細を」
「はい、襲撃にあった村はヴァエール村という小さな村であります。今朝にはすでに襲撃の跡があり、恐らく昨夜にあったのかと。現在オダールの兵士らが詳しく調査中であります」
「なるほど、ご苦労だったビルデン……襲撃、か。ビルデン、君はこの件についてどう考えている?」
ハンズはビルデンにそう問う。
ビルデンは考える素振りを見せ、やがて口を開いた。
「小規模の村への襲撃、奴隷狩りの可能性があると考えられます」
「私もそう思うな……だがそうすると場所的にも帝国が関わっている可能性があるか」
帝国、ラストリア帝国というアズラ王国の北に位置する国のことである。
帝国は奴隷制度を認めており、奴隷狩りと違法奴隷――奴隷狩りによって奴隷に落ちた者――での商売を認めている。そのためハンズは帝国が関わっているのではと睨んだ。
「ええ、近頃我が国との対立がより深まっていることを考えると帝国側が仕掛けた可能性が高いかと、まだ断定はできませんが」
「そうだな……ではオダールの者へ引き続き調査を続けるよう伝えよ。他の領にも、警戒を怠るなと」
「承知しました」
「……もっと警備体制を強化するよう指示しておくべきだったか……ヴァエールの者達よ、すまない」
ビルデンが去った後、ハンズは一人そう呟いていた。
◇
(どこ……ここ)
クロハは目を覚ました。
辺りは薄暗く一面が石造りの床と壁。そしてクロハは檻のようなものに閉じ込められていた。
あれから彼女は気を失い、奴隷狩りによって奴隷に堕ちた者を扱う組織、の一つに運ばれていた。
(服……臭い、他にも人がいる)
いつの間にか服はボロ布だけになっており、辺りには様々な悪臭が漂っていた。周りを見回すとクロハと同じように檻に入れられている人が、彼女の見える範囲だけでも十数人いる。
(まあ、いいや……)
しかし今の彼女にはもう気力が残っていなかった。
「おい、お前ら仕事だ、出ろ!」
クロハが再び目を閉じようとしたところで突如どこからから現れた大柄な男がそう言って全員の檻を開け始めた。
「……おい、お前も早く出ろ!」
クロハの居る檻も開けられたが彼女は動かなかった。
「ちっ……どうやら痛い目にあいたいようだ、なッ」
「い、ッ痛」
男は一切動かない彼女を鞭で何回も叩いて強引に檻から出す。
「う……」
「そうだ動けば良い、おら、さっさと作業場に行って仕事しろ」
男はやっと動く気になったクロハを見て満足そうにしながらそう告げる。
対するクロハは若干涙目になりながらも、痛みから逃れるべく、同じく檻に入れられてた人達が向かっていく方へ行く。
◇
クロハは作業場に着くと、商人の荷物とだけ呼ばれている物を荷馬車まで運ぶ作業をさせられることとなった。
「あ」
「おい、落とすんじゃねぇ!」
しかし荷物は重く、非力なクロハはよく荷物を落としてしまう。
「ケケッ、やっぱこうして新入りを虐める時が一番の娯楽だな」
「同感だ……おっ、あいつまた落としたぞ、ハハハ! 何回落とすんだよ、これは躾が必要だな!」
荷物を落とすと監視の男たちに罰として鞭で叩かれ、痛がっていると監視人らに笑い者にされる。
そんな環境でクロハは更に追い詰められていた。
(反抗しても無駄、それにこれは私への罰なんだ……)
しかしクロハはそう考え、その状態に必死に耐えていた。
「おいお前、もう何回目だ、どれだけ落とせば気が済むんだ?」
鞭で何度も叩かれ、力が入らなくなり、またもや荷物を落としてしまうクロハ。そしてまた鞭で叩かれる。
監視人達は気分が高まり、次第に殴る蹴るをし始め、暴力が激化していく。
「うっ、痛っ、う、っうぅ……」
精神的に疲弊している状況で立て続けに激しい痛みに襲われたことにより、クロハは思わず泣き出してしまう。
「ケケッ、こいつ泣きやがった」
「いいな、そそるぜ」
このまま悪化の一途をたどるかと思われたが、それはある少女によって阻止された。
「ち、ちょっと! この子が可哀想じゃない!」
その声と共に、クロハより少し身長が高い、金髪を肩まで伸ばした一人の少女が暴力を振るっていた監視人達からクロハを庇うように立った。しかし少女の足が震えていることが目に見えて分かる。
「あぁ? 邪魔すんなよ、お前も痛い目に合いたいのか? そうか、ならお望み通りにしてやるよ」
「こんなやつのために俺たちの前に出たことを後悔するんだな!」
彼らは邪魔をされたことに腹を立て、金髪の少女にも暴力を振るおうと迫る。
「おい、今は急ぎの案件だ、それにそいつらは商品にもするんだぞ、程々にしろ、目立つ傷が残ると面倒だ」
しかしそこで先ほどから様子を見ていたこの場のリーダーらしき者が暴力を振るっている監視人達にそう告げた。
「確かにな、ちっ……」
「しかたねぇか……お前らさっさと作業に戻れ」
それを聞いた彼らは名残惜しそうにそう言って他の奴隷たちの監視へと戻った。
「こ、怖かったぁ……」
監視人達が離れたて行ったのを確認した金髪の少女は、そう言ってほっと一息つき、クロハに振り返る。
「あなた大丈夫?」
少女はクロハにそう尋ねる。
「……大丈夫です、ありがとうございます……」
それに対して弱々しく返事をするクロハ。
「最近来た人?」
「……うん」
「おい! そこの奴ら働け!」
「あ、そろそろ作業再開しないとだね……そうだ、一緒にやろ! 二人でやった方が効率はいいかも!」
「……うん」
金髪の少女はクロハを放って置けないと思い、クロハに一緒に作業をしようと陽気な様子で提案する。
クロハはその陽気さに押され思わず頷き、二人は一緒に作業をすることとなった。
「そういえば自己紹介しないと、私はレオナ! あなたは?」
作業を再開すると金髪少女レオナがそう言い出した。
「……クロハ」
「クロハちゃんね! これから仲良くしよ!」
「……うん」
あまり乗り気では無いように見えるクロハだが、レオナの明るさは彼女の心を僅かにだが癒していた。
◇
「お前ら仕事はこれで終わりだ、さっさと戻れ!」
しばらくすると作業が終わり、クロハ達は檻へ戻されることとなった。
「やっと終わったね~、そうだ、これからクロハちゃんと一緒の所に居ても良い?」
それぞれ各自の檻へ戻っていく中、レオナは突然クロハにそう問う。
「……良いけど……許されるの?」
気力が籠っていないような声でそう聞くクロハ。彼女の性格は一夜にして正反対になってしまったようだ。
「大丈夫だと思うよ、一つの檻に何人も居るところもあるし」
「そうなんだ……」
「てことで、よろしくね! クロハちゃん!」
これがクロハとレオナの短い付き合いの始まりであった。
◇
檻に戻る前に働いた者全員にパンが配られることとなった。とは言っても奴隷へのパンなど不味いものである。
「相変わらず硬くて不味いね、もうだいぶ慣れたけど」
檻に戻ってそう悪態をつきながらもパンを食べるレオナ。
「……」
クロハは無言でパンを食べている。
「クロハちゃん、ちゃんと食べれてる?」
「……」
「クロハちゃん?」
レオナは返事の無いクロハを訝しみ、クロハの方を見た、すると。
「あ、寝ちゃってる?」
クロハは小さな寝息を立てて眠っていた。しかしその寝顔は穏やかとは言えない表情であった。
「大丈夫かな?……うーん、私も寝よ」
レオナは顔色の悪いクロハを心配に思いつつも、体力の回復のために寝ることにした。