第28話:サンクラットへ
「それじゃあ行くとしようか」
五日が経ち早朝、遂にハンズ達はサンクラット王国へと出発した。
「今日はどこまで行くのでしょうか?」
「今日は確かナンラム侯爵領までだね」
馬車内で、リリアの疑問にそう答えるアサーク。
一日目はナンラム侯爵領という、アズラ王国最西端に位置する、魔の森に接している侯爵貴族の領地まで行くこととなっていた。
前回のロナール伯爵領も魔の森に接しているが、今回の目的地は西にあるため、南西のロナール伯爵領は通らない予定である。
「遠いですわね、今日中に行けるのでしょうか?」
「この前のロナール伯爵領が二日もかからなかったから、早朝に出発した今回は距離的にぎりぎり行けるって感じだと思うよ」
「確かにそう考えると行けそうですわね!」
アサークの言葉を聞き、ロナールへ行った際の事を思い出して納得するリリア。
「それと、今回の馬車はこのメンバーなんですのね」
馬車内を見渡してそう言うリリア。
今回、リリアが乗っている馬車内には、クロハ、リリア、アサーク、カーラ、ホロンの合計六人が居る。
「で、確かもう一台の馬車には両陛下と師匠、ドーラさんが乗っているんですよね」
クロハがそう言う。
前回のロナール領へ向かった際と同様、大きさは違うが今回も二台の馬車でクロハ達はサンクラット王国へと向かっており、クロハの乗っているものと違うもう一台の馬車には、彼女の言う通り、ハンズ、リコット、ラードル、とドーラという人物が乗っている。
ドーラはリコットの専属侍女であり、銀の短髪にカメリア色の瞳を持つ、老婆侍女である。彼女はリコットの子供の頃からの侍女である、そのためリコットとドーラの信頼関係は計り知れないものとなっているだろう。
クロハはよく城内で彼女と出くわすことがあり、軽く会話を交わす程度の関りを持っていた。
「それにしても、クラゲーヌさんも居るのに師匠が行くとなると魔の森ってそうとう危険なんですね……」
今回サンクラット王国へ行くにあたって、護衛としてクロハとリリアの魔法の師匠であるラードル、更にクラゲーヌと騎士団、近衛騎士団もおり、厳重過ぎる警備となっていた。
クロハの言う通り、それだけ魔の森が危険ということもあるが、ラードルに関しては、サンクラット王国でもクロハとリリアに魔法を教えられるように、という思いのもと、表向きは護衛という形で向かっていた。どうやらラードルの目的の二人はその事に気付いていないようだが……。
◇
「くぅ、ナンラム侯爵領を見て回りたかったですわ!」
「お嬢様、今回はサンクラット王国が目的ですので」
「分かっていますわ!」
あの後、道中盗賊に襲われることもあったが、無事クロハ達はナンラム侯爵領へと着き。翌日またすぐに出発していた。
それに対しリリアは、ナンラム領を楽しめなかったことで愚痴を溢していた。
「それよりも、ここからは魔の森です。何があっても大丈夫なように気を引き締めておいてください」
ナンラム侯爵領から出発し、ここからは魔の森、といったところでカーラは気を引き締めるようにと言う。
「魔の森、実際行くのは初めてですわ、緊張しますわね……」
「うん」
そうして一同は気を引き締め、クロハ達を乗せた馬車は魔の森へと入っていった。
◇
「えっと、いっぱい集まって来てますわね!」
「これ、まずそう」
しばらく馬車で殆ど整備されていない道を走っていたクロハ達であったが、そんな彼女たちに次々と四方八方から魔物が集まってきていた。
「出来る限り進むぞ!」
集まる魔物を見て、クラゲーヌが騎士たちに声高らかにそう告げる。
前方や左右から迫る魔物は並走している騎士団が率先して倒していき、道を切り開く。
「うわっ」
「きゃっ」
細かい凹凸の激しい道を素早く走るため、馬車が盛大に揺れる。
「止まれ! 一度辺りの魔物を一掃するぞ!」
後ろから迫る魔物にそろそろ追い付かれるといったところで、逃げ回るのは無理、と判断したクラゲーヌがそう告げ、馬車は速度を落としていく。
その間に近衛騎士は馬車を守るように広がり。近づいた魔物と交戦を始める。
「騎士の方々はすごいですわね……」
その様子を馬車内から見ていたリリアは感心したようにそう呟く。
「うん、彼らのお陰で僕たちはこうしていられる。感謝しないとね」
「ですわね」
◇
「魔の森で野営、とても怖いですわね」
あの後、騎士と突然参戦したラードルの手によって、集まった魔物は全て打ち倒され、クロハ達は開けた場所へ出た。その場所はサンクラット王国へ行く際に、よく野営場所として使用されている場所であり、その日一同はそこで野営することにし、長い馬車での移動がひと段落した。
そして危険と言われる魔の森での野営、その事実にリリアは身を震わせていた。
「ほっほっほっ、心配せんでもよい。今晩は儂が結界を貼るからの」
怖がるリリアにラードルが優しい声色でそう告げる。
「結界?」
「うむ、儂が創ったものでの、外からの魔物の侵入を防ぐものじゃ。じゃから結界内側に入っていれば安心というもの!」
そう誇らしげにラードルは自身の創った結界の説明する。
「流石師匠」
「もっと褒めても良いんじゃよ?」
「流石ですわ!」
「ほっほっほっ、気持ちいいの!」
「ラードル様、お嬢様、クロハ。明日も早いのでさっさと寝る準備をしてください」
幼女二人に褒められて悦に入っている爺、その様子を見かねたカーラがそう言葉を飛ばす。
「す、すまんのう……」
「カーラ、言われなくとも分かっていますわ!」
「なら行動しろください」
「一瞬お言葉が過激でしたわ!」
「フフフ、そんなことはありませんから、動いてください」
「むぅ、分かりましたわ」
「よろしいです」
そんなやり取りをし、しばらくした後一同は眠りにつき、その日は終わりを迎えた。
◇
「ん? あれは……っ止まれ!」
翌日、サンクラットへ向かっている道中、クラゲーヌはとあるものを見て、そう声を上げた。
「魔物の大群だ! 気を付けろ、こちらに迫ってくるぞ!」
彼が見たもの、それは凄まじい数の魔物の大群であった。魔物の群れは、クラゲーヌらに気づいたようで、前方から迫ってくる。
「なんだ……あの数」
「勝てる、か?」
迫る夥しい数の魔物の群れに、騎士も思わず足が竦んでいた。
「ちっ……怯むな! 私に続け! 騎士として何としても陛下方を――」
「ほっほっほっ、クラゲーヌよ、このような時は儂に任せるがいい」
怯む騎士達を奮い立たせようと言葉を紡いでいたクラゲーヌの言葉を遮って、いつの間にか馬車から出てきていたラードルがそう言う。
「ラ、ラードル様……」
「安心せい、少々地形は変わるかもしれんがのう、下がっておれ」
「わ、分かりました」
前日の魔物との戦いで、ある程度ラードルの実力を知ったクラゲーヌであったが、ラードルが一人で何とかできるとは思っていなかった。しかし、彼の実力をまだ一部しか見ていないと思い、クラゲーヌは一先ず任せてみようと考えて、言われたとおりに大人しく下がる。
この後、一同は思い知ることになる。世界最強の魔導師という存在を。