第3話:絶望
クロハとイリナはあの場から逃げた後、オダール領の領都、オダールへと向かって森を駆けていた。領都ならば安全かつ兵士もいるので、村に部隊を派遣して貰えるはずだと考えたのだ。
「っ……」
「クロハ!?」
「うっ……だ、大丈夫、こけただけ」
「……足の傷が深そうね、本当に大丈夫?」
「う、うん大丈夫だから、早く行こう……つっ」
「大丈夫じゃないじゃない……おんぶするから背中に乗りなさい」
「ご、ごめんなさい」
「いいのよ、さ早く乗って」
クロハは足元の枝に引っかかってしまい転倒し、足に怪我を負ってしまった。傷が深く、それを見たイリナは早く領都に行くためにもクロハを背負って行くことにした。
クロハも怪我した足では速く走れないと思い、大人しく背負られる。
◇
(今更だけど他の村の人たちはどうなったんだろう……私、見捨てたようなものだよね……)
「はぁ、はぁ……」
「お母さん、そろそろ自分で歩くよ、お母さんも疲れたでしょ、歩くだけなら大丈夫だから」
イリナはしばらくの間クロハを背負って走っていたため、すでに体力に限界が来ていた。
「っは、はぁ……わ、わかったわ、ごめんなさいね」
「ううん、ありがとう」
イリナはここで自分が倒れてしまったら元も子もないと考え、クロハの言葉に甘えることにした。
そうして彼女がクロハを背中から降ろした、その時。
――ガサ、ガサ
「?」
突如後ろから落ち葉を踏むような音が聞こえ、クロハは振り返る。
「あれは……オミナスさん?」
「お、クロハちゃんじゃん」
振り返ると、数十歩ほど離れた位置にオミナスがいた。彼も今気づいたかのようにクロハ達の所まで歩いてくる。
「……あのロープ……! クロハ、逃げるわよ!」
イリナはオミナスの着ているローブを見て襲撃者だと悟り、逃げようとクロハの手を取る――
「え?」
突然のイリナのその言葉にイリナの方へ振り返るクロハ。
「あれ?」
しかし、居ると思った視線の先に母は居ない。
辺りを見回して探すがイリナの姿は見当たらない。
「?」
そこでクロハはふと足元に違和感を感じた。違和感の正体を確かめるべく、そこに目を向ける。
「え?」
するとそこには首の無い人間の体が倒れていた。
「……え?」
彼女は思考停止する。
「お~、音を最小限にして首を斬ることができるなんてその図体からは考えられないねダイタン」
「一時期は暗殺者を目指していたからな……それよりなかなかの美貌だったが本当に殺しても良かったのか?」
「一人ぐらい良いよ、それに何よりクロハちゃんの絶望顔を見たいからね。ごめんね僕のわがままを聞いてもらっちゃって」
「……あんたのその『お気に入りの女の子の絶望顔を見ることが好き』っての任務中はどうにかしろよ……」
「これが僕がこの仕事をする理由でもあったりするからねぇ」
「そうかよ、まあ実績を多く持つあんたに俺がとやかく言えるわけじゃねえから良いけどよ、ったく……ああそうだ、この首要るか?」
「うん、貰うよ」
後ろで呑気な話し声が聞こえるが、クロハはそれどころではなかった。
(人が倒れてる? 首がない、お母さんどこ?……あれ? 倒れている人が着ている服、お母さんが着てなかったっけ……え?)
「ねぇねぇ、クロハちゃーん……お母さんはここにいるよ」
声の方に視線を向ける。
「……あ」
クロハの視界には、オミナスがイリナの頭を鷲掴みにして持っている光景が映っていた。
しかし、首から下は無い。
「え……?」
「フフッ、いいねぇ、お父さんもいるよ、はい!」
オミナスはバックパックからアレクスの頭を取り出し、クロハに見せつける。
「え、っあ」
ところどころ酷い怪我を負っていて分かりずらいが、その顔にはアレクスの面影が残っている。
「あ、ああっ」
それを見て、徐々に状況を理解できたクロハ。
「これあげるよ、ほら」
オミナスは二人の頭をクロハに軽く放り投げ、クロハの足元まで転がっていった。
「う、嘘……嘘っ……!あ゙あ゙あああぁ!」
オミナスが襲撃者、父と母は殺された。状況を完全に理解したクロハは二人の頭を抱きしめて泣き叫ぶ。
「良かったね、感動の再会だよ〜」
「……そろそろ行くか」
「そうだね、王国の連中に見つかったら困るし……よし、行こうかクロハちゃん」
「嫌っ!」
「フフッ、良いねぇ……ねぇクロハちゃん、村の人達を殺したのは僕らだけど、僕達をここに連れてきたのはクロハちゃんなんだよ、だから村の人達はクロハちゃんのことを恨んでるかもよ~」
「あ……」
クロハは絶句する。
「わ、私が……連れてきたから……」
──私が今日この人を村に案内しなければこんなことは起きなかった……?
「ち、違う、私はただ……」
──困っている人を助けたかっただけ……
「逃げちゃ駄目だよ、事実だからね~」
「う、あ……」
目眩と吐き気を感じる。
──私のせいで、みんなが……
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
「フフッ、謝っても許されないだろうけどね! 良いよ~!その絶望顔が見たかった!」
「そろそろ行くぞ、他のやつが待ってる」
「そうだね」
「ごめんなさい!ごめんなさい!」
クロハの思考と感情はぐちゃぐちゃになり、それからはただひたすらに謝っているだけだった。