幕間:ロナール領での出来事
「王族たるもの、領の様子を見なければね、というわけで今日はロナール領内を回るわよ」
ロナールに滞在して三日、リコットはクロハ達にそう告げた。
「楽しそうですわね!」
「うん、僕も楽しみ」
「二人とも、これはあくまで視察の一環よ、そこを忘れないようにね」
領内を回るという言葉に、リリアとアサークの二人は目を輝かせていた。しかしそこにリコットがあくまで視察の一環、と釘を刺す。
(まあそう言いつつも、私も楽しみで仕方が無いのだけれど)
自身で釘を刺しておきながらリコットはそんなことを思っていた。
「分かりました母上、準備してきます」
「クロハ、準備しますわよ!」
「はい」
そうして、全員準備を始める。
領内を回るのに、数人の騎士も同行するため、その者達も早急に準備を進めていた。
◇
「ここは以前来た街ですわね」
始めに着いた街の光景を見て、そう呟くリリア。
クロハ達は以前シンラーンの買い出しの際に行った繁華街へと来ていた。
「リリアも来たことがあるの?」
リリアの発言が気になり、そう聞くアサーク。
「ええ、丁度一昨日ぐらいでしょうか、クロハとシンラーンと来ましたわ……それより、も、ということはお兄様も行ったのです?」
「うん、僕もちょうど昨日、ホロンと一緒に街を見て回ったよ」
ホロンとはアサークの専属執事である。白髪で黒眼、右目にモノクルを付けているのが特徴の老齢のほっそりとした体型の男性である。
アサークはこの日の前日、ホロンと二人で街を見て回っており、一度この場所を訪れていた。
「二人だけで行ったのですか?」
「うん、楽しかったよ」
「大丈夫だったんですか?」
執事と二人で行ったという話を聞いたクロハは心配になってそう聞く。
「ああ、クロハは知らなかったね。ホロンは強いんだ、だから護衛としての役割も果たせるんだよ」
クロハの心配の声にそう答えるアサーク。
彼の言う通りホロンは強く、そこらの輩には負けない強さをしている。アサークはそのことを身に染みて分かっているため、彼はホロンと二人で街へ行ったのだ。
それを加味しても護衛を付けずに街へ行くのはどうかと思われるところではあるのだが。
「にしてもやっぱり活気があって良いわね」
「そうですわね」
◇
「すごいお花畑ですわね!」
「綺麗」
「うん、綺麗だ」
あの後、街をある程度見た後、クロハ達はそのままロナール領の有名観光地である『ロナール庭園』という場所へ来ていた。
「ここの景色はやっぱり良いわね」
見渡す限りの色鮮やかな花の景色に、一同は感動していた。
「あ、そうです。お花の冠を作っても良いですか?」
リリアは唐突に思い立ったかのようにそう庭園の管理者に聞く。
「ええ、少量の花を摘むくらいであれば良いですよ」
「感謝いたしますわ! クロハ、作りましょう? お母様もお兄様も良かったら!」
管理者から許可を貰ったリリアはクロハ達をそう誘う。
「そうね、一つ作ってみようかしら」
「僕も、やってみるよ」
「私も、やります」
「それじゃあ始めましょう!」
「出来ましたわ!」
「僕も出来たよ」
「あら、丁度いいわね、私も出来たわよ」
「私も、出来ました」
数分して、それぞれ花冠を完成させた。
「けど、あまり上手く出来ませんでした」
しかしクロハの作った花冠は少々形が崩れ、お世辞にもよく作れているとは言えない。
「良いじゃない、そうですわ、交換しましょう?」
「……これを? こんなに上手く作れていないのに?」
上手く作れていないのにも関わらず交換しようと言うリリアにクロハは困惑を隠せないでいた。
「大事なのは心ですわ、上手く作れなくともそれを最後まで作り上げた心意気が大事なのですわ、なのでもし嫌じゃないのでしたら是非わたくしの物と交換しましょう?」
「あら、リリアにしては珍しく良いことを言うわね」
「お母様、珍しくとはなんですの!」
リコットの言葉に少し腹を立てて問い詰めるリリア。
「ふふっ、そう怒らないの。じゃあ私もアサークと交換しようかしら?」
リリアの言葉を聞いて、じゃあ自分も、と思い、リコットはそう言葉を口にする。
「僕のですか。分かりました良い思い出になりそうですし、交換しましょう、母上」
アサークもそれに対して良いと思い、そうして二人はお互いの花冠を交換する。
「ほら、お母様たちも交換してますわ。ね、交換しましょう?」
「……は、はい」
クロハも、二人が交換しているのを見て、しぶしぶリリアと交換することを決めた。
クロハもリリアの作った花冠が欲しかったのだ。
「不格好な物でごめんなさい」
「だから先程から良いと言っていますわ」
「は、はい……ありがとうございます」
「こちらこそですわ」
◇
「ここがロナール伯爵領騎士団の訓練場なのですのね!」
庭園の後、クロハ達はロナール領騎士団の訓練場へと足を運んでいた。
「皆すごい体力ある。私もあれぐらい体力を付けないと」
「……もしかして君はあの時の黒髪の子か」
クロハが訓練の光景に夢中になっていると、突然声を掛けてくる人物がいた。
「えっと、誰ですか?」
「ああ、すまない。私はアバートと言う者だ」
声の主はロナール領の騎士団長、アバートであった。
「アバートさん……あ、もしかして、その、あの研究所から助けてくれた騎士団長さんでしたっけ?」
クロハはアバートの事を聞いており、助けてくれた人だったかと尋ねる。
「ああ、そうだな。元気そうで何よりだ」
「えっと、その時はありがとうございました」
「気にするな、騎士としての仕事をしただけだ」
アバートはクロハの礼の言葉に当たり前だと言わんばかりにそう返す。
「クロハを助けるとは、わたくしからも感謝ですわ!」
「あ、こ、光栄です…………君は王族の方々と行動を共にしているようだが何かあったのか?」
唐突なリリアからの感謝の言葉に少々狼狽えながらも、クロハにそう聞く。
「えっと、今はリリア様の護衛です」
「護衛?」
「はい、まだまだ未熟ですが」
「そうか、君みたいな幼い子が護衛を……嬉しいやら悲しいやら」
クロハがリリアの護衛をしていると知ったアバートは形容しがたい思いに包まれる。
彼は自分の救った者がまた誰かを救うということに嬉しく思っていたが、同時にクロハの様な幼い子供が護衛をするということに悲しさも感じていた。
「あ、私は自分で望んだので悲しむ必要は無いです」
悲しいと言ったアバートにクロハは自分の意思で護衛をしていると補足する。
「そんなことを言うな、まあただ自ら望んでいるなら、それで良いのかもな」
悲しむ必要は無い、という言葉に反論したが、彼はクロハが自分の意思で護衛を行っていることを聞き、安堵した。
「わたくしは無理やり護衛などさせませんわ!」
「いえ、すみません。そうですね……して本日は何をしにおいでになさられたのですか?」
「今日は視察としてロナール領内を回っているのよ、ここにはその一環として来たの」
アバートの問いにリコットがそう答える。
「そうでしたか」
「ええ、訓練中邪魔して悪かったわね」
「いえ、彼らも励みになるでしょう」
「そう言ってくれると嬉しいわ」
◇
「だいぶ回ったし、そろそろ暗くなるからここまでにしましょうか、帰りましょう」
「色々な人がいて面白かったですわ!」
「良い経験になりました」
「うん」
あの後も様々な場所へと行ったクロハ達は日が傾いていることを確認し、そう満足した様子でロナール邸宅へと戻って行った。