第25話:ロナール伯爵領
「参ったな。すまん、少し離れていたばかりに」
王城の書斎にて申し訳なさそうにしてそう言うのはソラーヌだ。
彼女は襲撃が起きた際、ハンズの近くに居なかった。そのため『自分が居れば襲撃者を捕らえられていたかもしれない』と思ってそう言っていた。
ソラーヌは女王であるが、別名として"将軍"とも呼ばれていた。
それは彼女が表だって戦場に赴くからである。
「良いんだよ、ソラーヌは強いけど私達を守る存在じゃない」
「ただ困ったときはお互い様だろう、私が居れば捕らえることができたかもしれん」
彼女は強く、クラゲーヌと互角かそれ以上の強さを誇っている。故に後悔をしていた。
「みんな無事だ、いつもの気の強い君が見たいよ」
「そうよ、これは私達の国の問題だから、あまり気にしすぎないようにね」
少々落ち込んだ様子のソラーヌをハンズとリコットはそう声をかけて励ます。
「……そうだな、だが何かあったらすぐに連絡を寄越せ、いつでも助けになる」
二人の言葉を受けて、いつまでも落ち込んでいては仕方ないと思い、ソラーヌは気持ちを切り替え、そう告げる。
「ああ、その時は頼るさ」
「うむ、それでよし」
「うん、じゃあ今日は解散だね、部屋を用意してあるから今日はそこで泊まっていくと良いよ」
「助かる」
そうして、彼女は城の客室、その中でももっとも豪華な部屋へと案内されて行った。
◇
「ひとまず、みんな無事で良かった」
ソラーヌが部屋から出て行ったのを確認したハンズは、部屋に居る者達にそう告げる。
書斎に居るのは、ハンズ、リコット、アサーク、リリア、クロハだ。
(ここ、リリア様の家族だけなのに私は居ても良いのかな?)
部屋の中に居る人物を見て、クロハはそんなことを思っていた。
「まさか、全員狙われていたとはね」
襲撃は王族を狙ったものであり、城付近にも怪しい人物が居たとハンズは報告を受けていた。その不審者は巡回していた騎士に見つかるとすぐさま逃走したという。
恐らくアサークを狙ったものだろう、とハンズは考えていた。
「本当、なにが起こっているのかしらねぇ……」
続け様に起こる襲撃にリコットはそう言葉を溢す。
「すまない、今騎士団に調査して貰っている、どこかで恨みを買っていたのか、はたまた他国が干渉しているのか……いずれにしろ私がもっと良い政策をできていれば起こらなかった」
そう謝罪するハンズ。
「皆でロナール領へ行く予定だったけど、今回の件についての対処があるから私は行けないね、すまない」
彼は心底残念そうにしながらそう告げる。
「皆も、ロナールへ行かないならそれでも良いけどどうするかい?」
また襲撃がある可能性も考えた彼は、そう聞く。
「どうしましょうかね……道中危険もあるし、行かない方が安全かしらね……」
「お母様わたくしは行きたいですわ!」
危険を考え、行かない方が安全と思ったリコットに、リリアはそう言う。
「リリア、遊びに行く訳じゃないのよ」
リコットはそんな彼女に少々呆れの籠った声で咎めるようにそう告げる。
「まあまあ、折角だし行ってみると良いよ、これから先、視察に行くことはあるだろうし、練習としてさ」
「…………はぁ、なら私はあなたの代理で行くわ」
ハンズの言葉を聞いて、リコットはしばらく思案した後、自身も行くことにし、行くことを承認した。
「ただ、練習と言うならアサークは絶対に連れていくわ」
代わりに、というように彼女はそう告げる。
「ああ勿論、そのつもりだよ」
「僕も?」
「うん、アサークは特に、いずれこの国を背負っていくことになるからね」
「はい、分かっています」
「うん、困ったらいつでも頼ってね良いからね」
王国を背負うという、プレッシャーに耐えようとする心意気を見せるアサークを見て、心が綻んだのか、優しい声色でハンズはそう言う。
「それと、本当に今日は助かったよ、ありがとうクロハ」
話しに一区切りがついたところで、ハンズはクロハの方へ向き、そう告げる。
「あ、えっ、と……えへへ」
クロハは恥ずかしがっていたが、その後少しの笑顔を見せる。
「その笑顔かわいいですわ!」
「うん、君は笑っている方が似合っているよ」
「あ、ありがとう、ございます……」
二人の言葉にクロハは照れた様子でそう返す。
「うん……じゃあ、そうだなロナール領への出発は二日後でどうだい?」
「良いと思う!」
「良いんじゃないかしら」
「良いですわ!」
「良いと思います」
「うん、じゃあ決まりかな、皆それまでに準備をしておいてね、じゃあ今日は解散だ、お疲れ様」
全員からの肯定の返事を聞いたハンズはそう告げその日は解散となった。
――翌日
「もう帰るなんてやっぱ早いなぁ」
「最近我が国では行方不明事件が多数起きていてな、あまりこちらに長居できないんだ、すまんな。今度また会える時を楽しみにしているぞ」
ソラーヌは早くもサンクラット王国へ帰ることになっていた。
見送りにはハンズとリコットが来ており、最後に軽く雑談をしていた。
「行方不明か……お互い大変だね、近いうちに会いに行くよ」
「元気でね」
「ああ、お前達もな」
そうして最後にそう言葉を交わして、ソラーヌを乗せた馬車は去っていった。
「こちらが襲撃を特に受けるようになった同時期にあちらでは行方不明事件が起きていると……偶然か?」
「考えすぎじゃないかしら?」
「……そうかもね」
馬車を見送りながら二人はそんな話をしていた。
◇
「さぁ行きますわよ~!」
「お嬢様、少々声量を抑えてください、煩いです」
更に翌日、クロハ達を乗せた二つの馬車はロナール伯爵領へと出発した。
一つはクロハ、リリア、カーラが乗っている馬車。もう一つはアサーク、リコット、それに加えてリコット専属の侍女とアサーク専属の執事が乗っている馬車であり、クロハ達の馬車の前方を走っている。
「そういえば、馬車に乗る時、リコット様とアサーク様の護衛は乗っていませんでしたよね、あの二人には私みたいな専属の護衛は居ないんですか?」
クロハは馬車に乗る際のことを思い出し、リリアに問いかける。
「侍女や執事などであれば専属の、というのはあります……あ、ちなみに陛下には専属侍女も執事も本人が望まないので居ないのですがね。それで専属護衛の話でしたが、侍女や執事なら基本ありますが、護衛は基本ありません。王族を守る役割の近衛騎士が複数人居ますから強いて言うならそれが専属護衛になるかと。ですが王族一人ひとりの護衛は居ません」
クロハの疑問にカーラがそう答える。
「え……じゃあ私は?」
彼女の返答に、クロハは自分はどうなのかと思いそう聞く。
「例外ですね、お嬢様の貴女を近くに置きたいという思いを汲み取って、陛下は貴女をお嬢様の専属護衛という形にしたのでしょう。まあ恐らくまだ貴女が幼いからという理由もあるだと思いますが」
ハンズがクロハをリリアの専属護衛とした理由は他にもあり、クロハの安心できる場所にリリアがなってくれると考えての事でもあった。
始めから、ハンズにとってクロハは無視できない存在であった。そして彼は今では殆ど彼女を家族のように扱っている。
「そうなんですか……」
「お父様はお優しいのですわ」
◇
「ここがロナール伯爵の邸宅なのですね!」
あれから一日後、無事クロハ達はロナールへと着き、領主の邸宅まで訪れていた。
リコットが門兵に用件を伝えたところ、『伯爵様に伝えます』と言って慌てた様子で邸宅へ入っていき、現在は戻ってくるのを待っている状態である。
「本当に久しぶりだわ」
「来た事あるんですか?」
久しぶり、というリコットの発言を聞いて気になったクロハは彼女にそう尋ねる。
「ええ、何回か私も視察に行ったことがあるのだけど、その時にここで泊まらせて貰ったわ」
リコットはクロハの問いに屋敷を眺めながらそう返す。
「あ、来たわね」
「ん……」
リコットの呟きにクロハは彼女の視線の先を見る。
するとそこには門兵とブロンドヘアに葵色の瞳を持つ、少し年老いた男性がクロハ達の方へと向かってきていた。領主のシャンラズ・ロナールである。
「こんにちは、今回はこの地へと訪れてくれたことに、深く感謝を申し上げます」
シャンラズは出会い頭に、クロハ達を見回して、そう挨拶をする。
「こちらこそ、この子、クロハについてと例の調査についても伺っております、この件は国を統べる者としての我々の失態であります、申し訳ありませんでした」
「い、いえ! この地を任された者である私の失態であります、ですからどうか頭をお上げください」
頭を下げるリコットに対して、王族に頭を下げさせることに恐れを抱き、自分に非があると思っていたシャンラズは慌ててそう言う。
お互いに研究所を早期に発見できなかったことに負い目を感じているようだ。
「いえ、本当に……」
「……そうです、このまま話しても埒が明きません、どうぞ私の邸宅へ……悪いのは私ですがね」
「ありがとうございます、私達の失態ですが……」
「いえ」
「いえ……」
「えっと、早く入りましょ?」
「母上、早く入りますよ」
「伯爵様、それよりもお客をもてなす方が先かと」
いつまでも自分らが悪い、と言っている二人に周りにいる者は段々うんざりして、各々そう告げる。
「そうですね、失礼しました」
「こちらこそ申し訳ありません、優先すべき順序を間違えていました」
周りの言葉で二人はやっと落ち着き、そうしてクロハ達はロナール邸宅へと入っていく。