第20話:王都での生活の始まり
「また訓練か? やりすぎだぞ」
「問題、ないです」
クラゲーヌの言葉にそう返すクロハ。
「はぁ、はぁ……」
「無茶するな、君にはまだ時間がある」
どれだけ言っても自身を鍛え続けるクロハを見てクラゲーヌはそう言う。
クロハは正式にリリアの専属護衛となった。
リリアもそのことに喜んでいたが、クロハの頭の中は。
(早く、強くならなきゃ)
という思いだけであった。
それからクロハは運動の邪魔にならないよう、髪を肩辺りで切り揃え、騎士団の訓練場へ行き、毎日こうして死に物狂いで死にそうになるまで訓練をしていた。
その様子を見て、周りの騎士や訓練兵も訓練のやる気が増したのは良いことなのだが。
「……」
「おい、大丈夫か!?」
このように訓練のしすぎでクロハは意識を失うこともある。ただ、これは一時的なものであり。
「――っ、あ……だ、大丈夫です」
すぐに意識を取り戻し、クロハは何事もなかったかのように訓練を再開する。
現在彼女は騎士の基礎的な訓練、体力づくりをしている、彼女は体がまだまだ貧弱であるため、騎士の本格的な訓練には入っていない。
「はぁ、やれやれ。一旦休め、命令だ」
「いや、です」
クラゲーヌの言葉をそう拒否するクロハ。
彼女が訓練を止めないのには理由がある。
まずクロハは近接で戦えるように、遠距離の攻撃を持つために、自身の体と魔法の腕を鍛えるつもりであった。だが、彼女は魔法については何も知らなく、暴走した際の闇球の出し方さえ分からないでいた。そのことをハンズに相談すると、
『凄腕の魔導師に連絡してみる、その人に来てもらおう』
と言われ、現在はその魔導士の返事待ちであり、そのため魔法の訓練はできず、クロハはその間に体を鍛え始めることにしたのである。
彼女の超再生は傷や怪我の再生。そして体力をつける、強くなるためには体を鍛えて筋肉を発達させる必要があり、筋肉の発達は損傷した筋肉が修復されることで行われる。
筋肉の損傷、それは傷であるから、超再生の対象になる。鍛錬してすぐに筋肉痛が治まったクロハはそう考え、彼女はこうして死にかけるまで鍛練をしているのである。
死ににくい彼女だからこそできる鍛錬。これにより彼女は常人の何十倍、何百倍もの速度で成長することができる。
そのため、クロハは鍛錬を止めようとしないのである。
「いや、休んでもらう。まったく、折角将来美人になるのだろうに勿体ない……まあそんなことは置いて……この手紙を読んでおけ、君をここに連れてくるときに世話をしてくれた人からの手紙だ」
「……シンラーンさん、でしたっけ……?」
「ああ、そうだ」
意識の無いクロハを王都まで連れていく際に彼女の世話係として馬車に乗ったシンラーンは、既にロナール領へ帰っていた。
クラゲーヌはクロハが目覚めたことを彼女に手紙で伝えており、その返事と、クロハ宛の手紙が彼女から送られてきていた。
「ほら、ここで鍛錬は一旦終わりだ」
「……分かりました」
世話をしてくれた人からの手紙を出されたことで、しぶしぶと頷くクロハ。
◇
「読んでみよう……」
汗を洗い流したクロハは自身の部屋でそう言って手紙の封筒を開く。
彼女の部屋は以前の客室から変わって、リリアの部屋の近くにある空いていた部屋になっていた。
封筒を開いたクロハは手紙を読み始める。
『はじめまして。シンラーンです』
手紙はそう始まり、その後クロハを王都まで送る際のことや、ロナールへ戻ってからの日常の出来事などが書いてあった。
『今度は目覚めたあなたに会いたいです。是非暇なときにでもロナール領に遊びに来てね、いつでも待ってます』
そして手紙はそこで終わった。
「……どんな人なんだろう、いつか会いに行きたいな」
クロハはすっかりシンラーンに興味を持っていた。
「でもまずは強くならないと」
しかし彼女には強くなるという目標があるため、興味の気持ちを抑えて、そう呟く。
「クロハぁ! どこですー?」
「呼ばれてる……行こ」
自身を呼ぶリリアの声を聞き、クロハは手紙を机にしまってリリアの元へ行く。
◇
「王女なんて辞めてしまいたいですわ」
「大変そう、ですね……」
「二人の時ぐらい敬語は要らないって何度言えば……」
「ご、ごめんなさい」
「敬語を止めてくれればいいのですわ」
「わ、わかり……わかっ、た」
「そうそう」
クロハとリリアは二人で王城の庭でティータイムを楽しみながら、そのような会話をしていた。
実際は二人きりではなく、少し離れたところで近衛兵が待機している。
尋問によりリリアを襲撃した人物は素人の殺し屋であることが判明し、王家に仕えている一人のメイドが招いたと分かった。即刻騎士団はそのメイドを捕らえに向かったが時すでに遅し、そのメイドは王城から姿を消していた。それと同時に、捕らえた殺し屋も檻の中で殺されており、それによって何処の殺し屋組織かも分からずであった。そのため騎士や近衛兵はメイドの行方を追うとともに、現在警戒を強めている。
「それで、もっとわたくしといる時間を増やしてくれないのですか? わたくしは寂しいですわ!」
そんな事は露知らず、リリアはクロハをこうしてお茶会に誘ってそう言っていた。
クロハは鍛錬のために騎士団の訓練場に長時間居るため、リリアはクロハと過ごす時間に物足りなさを感じていた。
「……ごめんなさい、鍛錬があるので、でもできるだけそうする」
「……無理はしなくていいですわ」
しかしリリアも自身を守るためにクロハが毎日必死に鍛錬をしていると知っているため、強要はできなかった。
「無理じゃない、私も、その……リリア様と一緒に居たい」
「……んもう、照れますわ! それと様付けも今は要らないですわ! よろしければリリアお姉ちゃんかお姉様で呼んでくださいまし」
クロハの言葉に照れながらもリリアは自らの願望を口にする。
「ご、ごめん。それと多分私は同い年、だよ」
「え、九歳ですの!?」
「うん」
クロハからの衝撃的な(リリアにとって)告白にリリアは目を見開いて驚く。
「う、生まれはいつ頃? わたくしは春頃ですわ」
「私は、冬頃」
「……ならわたくしが年上なのは変わりがないですわね! てことでよろしければリリアお姉ちゃんと呼んでくださいまし!」
生まれた季節の確認で変わらず自分が年上と確認したリリアはそう言ってまたも願望を口にする。
「えっと、今は……恥ずかしいから」
そう言って彼女の頼みをクロハはやんわりと断る。
「む~、仕方が無いですわね……ただし、いずれ呼んでもらいますわ!」
あくまで無理強いしないのがリリアのスタンス。クロハが恥ずかしいと言うなら、と自身の欲望を押しとどめる。
「それと、そろそろ鍛錬するね」
するとクロハはそう言って席を立つ。
「……分かりましたわ、わたくしもそろそろお作法のお勉強がありますし。怪我が無いようにね?」
リリアは少々不服そうにしながらも、そう告げた。
「うん、ありがとう」
そうして二人のティータイムは呆気なく終わり、クロハは鍛錬のために訓練場へ、リリアは作法の勉強のためにその教師がいる所へ向かった。
◇
「はぁ、またあの子は……」
クラゲーヌは訓練場に戻ってきたクロハを見てそう呟く。
「まあ、休憩も取れただろうし、一先ずは良いか。全く、私も励まねばな」
多少の呆れを感じながらも、彼もそう言って自身の体を鍛え始めた。