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その先は朱か黒か……  作者: 空葉
一章:地獄へと
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第2話:平穏の崩壊

 夜中、クロハは騒がしい音を聞いて目覚めた。

 どこからか悲鳴や怒号のようなものが聞こえる。


(何が起きてるの?)


 クロハがそう思っていると、イリナとアレクスが焦った様子で部屋に入ってきた。


「良かった、無事だな」

「クロハ、逃げるわよ!」

「え、ちょっ……どうしたの?」

「複数人による謎の襲撃があったんだ! とりあえず村から離れるぞ!」

「う、うん……」


 クロハはまだうまく状況を読み込めていなかったが、焦った二人を見て、ひとまず付いていくことにした。




「え……なに、これ……」


 家から出たクロハは村の状況を嫌でも理解した。

 辺りの家は燃やされ、所々に死体が転がっている。


 なんで、どうして、誰がこんなことを。という言葉が彼女の頭の中で巡回する。


「こっちだ! 早く!」


 呆然としているクロハにアレクスがそう声を掛ける。

 クロハはその声を聞いてハッとし、目の前の光景に背を向けることに抵抗を感じながらもアレクスの方へと走り出した。


「お、いるいる〜……残念だけど逃さないよ〜」


 しかし突然クロハの後ろから男の声が聞こえてきた。

 彼女は恐る恐る振り返る。


「えっ、と……?」


 するとそこには真っ黒なローブを着た男が立っていた。その人物はフードを深く被っていてクロハには顔がよく見えない。


 ――どこかで声を聞いたことがあるような……


 彼女はフードの男の声を聞いてそう思いながら男の顔を覗こうとする。


「クロハ!」


 するとその時アレクスがフードの男からクロハを庇うように立った。


「クロハ、イリナと一緒に逃げなさい」


 アレクスはクロハが何もされていないことに安堵するのと同時にそう告げる。


「お、お父さん……もしかしてこの人は襲撃者?」


 怪しいフードの男、そしてその男から自身を庇うように立つ父を見てクロハはそう尋ねる。


「そういうことだ、早く行きなさい」

「っ……」


(そっか、よくよく考えれば黒いフードの人なんて村に居ないし襲撃者しかいない……)


 クロハは先ほどまで自身に命の危険が迫っていたということに気づき、身震いした。


「……クロハ、ここはお父さんに任せて行きましょう」


 イリナもクロハの安全に安堵しつつ、アレクスの言葉を聞き、僅かに躊躇いながらも彼を信じクロハにそう告げる。


「え、でも……」

「大丈夫よ……アレクスは強いんだから」

「……う、うん」


 クロハも父親一人を置いていくのは気が引けたが、イリナの言う通りアレクスが強いことを思い出し、邪魔にならないようにと素直に逃げることにした。


「アレクス! 死んだりなんかしたら許さないから!」


 イリナはアレクスに対してそう言い、クロハを連れてその場を後にする。


「もちろんだ、死ぬつもりなどない!」


 イリナの言葉にそう答えた彼は、再度フードの男と相対する。



    ◇



「なぜ何もしなかった?」


 ひとまず二人が逃げたことに安堵したアレクスは腰に下げている剣を抜く。そしてその剣先をフードの男に向けながらそう問う。


「どうせ後で追いつくからね」


 あっけらかんとした様子でそう告げるフードの男。


「行かせるわけないだろ! お前らは何で、何が目的なんだ!」


 フードの男の態度と言葉に僅かな苛立ちを感じながらアレクスはまたも問う。


(あの状況ですぐにクロハを殺さなかったのは殺すことが目的ではないから、ではなぜ村を襲った……)


 彼がそう考えていると。


「そうだね~、奴隷の人材確保ってところかな?」


 と、フードの男は告げた。


「奴隷の人材確保だと?……まさか、奴隷狩りか……?」

「ああそうだよ」

「っ……」


 このアストラ大陸にはほとんどの国に奴隷制度がある。

 基本どの国でも奴隷は主に犯罪を犯した者がなるが、この日ヴァエール村を襲ったように、人が住む村や町を襲い、そこに住む何の罪のない人々を奴隷に堕とす『奴隷狩り』と呼ばれている行為をする組織や団体がある。奴隷狩りの被害にあった者は闇商売人に渡ったり、都合よく扱われるなど様々な使い方をされる。

 勿論奴隷狩りを良しとしない国は大多数である、しかし逆に奴隷狩りを認めている国もある、むしろ奴隷狩りを認めている国が直々に他国へ奴隷狩りを行う、ということもある。


(奴隷狩り……冒険者ギルドで多少話を聞いたことがあったが、まさか俺達の村がその対象になるとは……今から村に戻ればある程度は助けられるか? くっ、何にせよ、俺がもっと早くこの事態に気づいていれば村も守れた可能性もあったはずだ……)


「さて、僕達もあんまり時間が無いんだ……手早く終わらせるよ」


 フードの男はそう言い、後ろに飛び退いた。


「炎よ、矢となり、敵を撃て」


 そしてそう唱え、炎の矢を作り出しアレクスに向けて飛ばす。


「チッ、炎属性の魔法使いか」


 アレクスは自身に迫ってくる矢をかわす。


(魔法の速度はなかなか早い、出し惜しみはしないほうがいいな)


 そう考えたアレクスは、詠唱して自身に身体強化の魔法を使い、フードの男との距離を詰めに行く。


 ここで魔法の話をしよう。

 魔法は自身の魔力を消費することで扱うことができる。

 そして魔法には属性がある。属性はそれぞれ、火、水、風、土、氷、雷、光、闇、とあり、人々は適性のある属性のみを扱える。ただ、無属性と呼ばれる魔法があり、それには適性云々は無く、魔力を持ってさえいれば誰でも扱える魔法とされている。ちなみに無属性は主に身体強化などが主流である。

 そして無属性以外の各属性の適性は生まれながらに決まっているもので、アズラ王国では10歳になると各領都の教会で適性属性を調べるようになっている。

 そして魔法の扱い方としては基本、詠唱が必要である。しかし主に詠唱は魔法を行使する際の補強のようなものであり、人によっては無詠唱で使えるという人もいる。ただ詠唱するほうが魔力の消費も少なく、威力も高くなりやすい。更に魔法は初級、中級、上級、と分けられており、威力や基本的な魔力の消費量などによって分別されている。



「魔法使い相手はあまり得意じゃない感じかな?」


 そう言いフードの男はアレクスに向けて炎の矢を次々と放つ。


 フードの男が放っている魔法は炎属性初級魔法・ファイヤーアロー。アロー系の魔法は、威力は低いが、魔力の消費が少なく貫通力があるため、牽制には便利な魔法である。中でもファイヤーアローは刺さった箇所を燃やし、相手に焼ける痛みを与えられるため、より攻撃性が増していると言っても良いだろう。

 そしてフードの男の言う通り、アレクスは魔法使いとの戦いは苦手である。彼は適性の属性が無く、無属性しか扱えない。なので、炎の矢を飛ばすなどの遠距離の攻撃手段がなく、基本遠距離から攻撃する魔法使いとは非常に相性が悪い。


「さあな!」


 アレクスは飛来する矢を弾き飛ばし、更に加速して一気にフードの男に近づく、彼はアレクスが想像以上の速度を出したことに驚いているようだ。


 ──勝った


 アレクスはそう確信し、斬撃を繰り出す。

 だが……


「させねぇよ!」


 そう言いながら突如として剣を持った大柄の男が、アレクスとフードの男の間に割り込んだ。そして大柄の男は剣でアレクスの斬撃を受け止める。


「チッ!」


 アレクスはフードの男を仕留められなかったことを悔やんだが、すぐに大柄な男を仕留めることに思考を切り替える。

 大柄の男の剣を弾き、横薙ぎに剣を振るおうとする……しかし大柄の男の後ろから炎の矢が曲がって飛んでくる。それに反応したアレクスはすぐに後ろへ飛び退くが少し遅く、炎の矢は彼の脇腹に突き刺さった。


「ぐっ」


 アレクスは痛みに僅かに呻き声を上げる。


「いやぁ、助かったよ、ダイタン」

「まったく……お前がやられたら困るんだよオミナス、油断をしないでくれ」

「ごめんごめん」


(この二人相手に今の一撃をくらったのは少しまずいか?)


 呑気に会話している二人に対して警戒しながらアレクスはそう考える。


「いやぁ油断してたとはいえなかなか強いね~! こんな小さな村にここまでの実力者がいるとは……今度は油断せず本気で片付けることにするよ。あ、時間が惜しいからダイタンも手伝ってね」

「了解だ」


(二対一……やれるだろうか)


 脇腹の怪我を負った状況での二対一、その状況に彼の身に緊張が走る。


「オミナスとダイタンと言ったか……二対一は卑怯じゃないか?」


 何の意味のない言葉だと分かっておきながらもそう言うアレクス。


「殺し合いに卑怯も何もねぇよ!」


 そう言って大柄の男、ダイタンはアレクスとの距離を詰める。フードの男、オミナスは魔法を当てやすい位置に移動している。


(どちらにせよ、やるしかないな……覚悟などとうの昔に決まっている)


 そう思い、迫るダイタンの攻撃を受け止めるアレクス。


「くっ」


 しかしダイタンの攻撃は重く、脇腹の傷に響く。


「ほい」

「がぁっ」


 痛みで少し怯んだアレクスにオミナスの追撃の魔法が刺さる。


「おらよ!」


 更にオミナスの攻撃で怯んだところにダイタンの追撃が迫る、アレクスは咄嗟に剣で防御するが、またそのタイミングでオミナスの炎の矢が飛んできてアレクスに傷を与える。


 そしてそれからもその繰り返しだった。





「はぁ、はぁ……」


 あれからしばらくして、アレクスは全身傷だらけで血まみれであった。右目は負傷してもう見えていない、左腕の肘から下は切り落とされており、ここから逆転したとしてもいずれ出血死するだろう。対してオミナスは無傷、ダイタンもかすり傷程度だ。


「しぶといね君……だけどその傷じゃあこれは避けられないね、『我が炎よ、燃え盛る無数の矢となってここに顕現せよ』」


 そう言ってオミナスはアレクスの周りに大量の炎の矢を出現させた。

 中級魔法・ファイヤーミリアロー。

 ファイヤーアローを一斉に召喚する魔法である。


「……始めからそれをすれば良かっただろ」

「これは魔力の消費も激しいし、僕はまだ未熟で奥の手があまり無いんだよね、だから躱されたらまずいんだ、万全の君なら難なく突破しそうだからね……まあてことで、さよなら」


 最後にそれだけ言って、オミナスは全ての矢をアレクスに飛ばす。


 そして飛んでくる矢を見てアレクスは悟った。


 ──あぁ、今の俺にこれは無理だな……死んだか


 時間が遅く進んでいるように感じる、ゆっくりと死が迫ってきている。


 (これが死ぬ瞬間か……)


 死の間際、イリナとクロハとの生活が脳裏に浮かび上がった。そのどれもが幸せの日々であったと改めて彼は感じた。


 ――イリナ、クロハ……ごめんな

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