第17話:温もり
「……」
あれから翌日、クロハは目を覚ました。
(ここ、は……そうだ、高そうな服を着た人たちが)
彼女には闇魔法で暴れた記憶が残っていた。
「……」
(……あの博士は?)
いつも居る博士の姿を探して辺りを見回すが、誰も居なく、代わりに豪華な装飾の部屋が目に入る。
(首輪も無い……解放、された?)
その様子を見て、彼女はそう思う。
「あ、起きてるわ! カーラ!」
「っ……」
するといつの間にか扉を開けてクロハを見ていた少女、リリアがそう言う。
クロハは急なその声に肩を跳ねさせて驚く。
「はいはい、お嬢様、落ち着いてください、怯えてますよ」
カーラはクロハを見てそう言う。
「いけないわね、ごめんなさい、怖くないわよ?」
「……」
カーラの言葉を聞いて自省し、そう言ってクロハへ近づくリリア。
「……」
「あなたの名前はなんて言うの?」
近づいても特に反応を示さないクロハにそう問いかける。
「ぅ、く、クロハ」
そこで初めてクロハは口を開き、リリアへ自身の名前を告げた。
「カーラ、この子喋ってくれたわ! クロハ、可愛い名前! わたくしはリリア、よろしくですわ!」
リリアはクロハが喋ったことに喜び、そう自己紹介する。
「お嬢様、少し落ち着いてください、困惑しています」
「あ、ご、ごめんなさい」
(リリア……あの暖かさの持ち主)
「えっ?」
「……」
「まあ」
リリアとカーラは驚いた、クロハが自らリリアに近づき彼女の腕に抱きついたからだ。
「あ、えっと?」
「……」
無言で腕に抱きついているクロハをどうするべきかとリリアはカーラに視線を送るが、カーラもどうするのが正解か分からず、首を横に振るだけであった。
「もう少し、こう、させて」
「うん……いいですわよ」
クロハの呟いた言葉を聞いたリリアはそう言って、しばらくそのままの状態で過ごすことにした。
◇
「もう勉強なんて嫌ですわ」
リリアは度重なる勉強に嫌気が差し、カーラが見ていない内に抜け出していた。
「ん……あれは、クラゲーヌ……と女の子?」
そこでリリアは目にした、クラゲーヌと横抱きに抱えられている少女、クロハを。
「珍しい黒髪、それに良く見ると結構可愛いですわね!……ついて行ってみましょう」
リリアはこの時クロハに一目惚れしていた。彼女は可愛いもの好きであり、クロハの容姿が完全に好みであった。
そしてそんなクロハのことが気になった彼女は、こっそりクラゲーヌの後を付けていく。
「私の知る限りでは以上となります」
「そんな……」
ハンズと客室へと入ったクラゲーヌを追って、扉前で中の話を聞いていたリリアは陰鬱な気分でそう言葉を零す。
(でもなおさらあの子が欲しくなったわね、話を聞いてしまったんだもの、放っておけない……早速あの子妹化計画を始めましょう)
「お父様」
一目惚れの相手ということもあったが、彼女にはクロハの境遇を聞いておいて放っておくという選択肢が無かった、そのためハンズにクロハを妹にして欲しいと頼んだ。
「ゔゔぅ゛ゔゔあああ゛!」
「安心、させなきゃ」
妹にするもメイドにするも、本人の意思が大事だと言われ、一先ず欲求が収まったリリアであったが、クラゲーヌが首輪を外したことにより苦しそうに暴走し始めたクロハを見て安心させねばと思い。走り出す。
「っ」
クロハに近づく最中、闇球が彼女へ迫る。避けようにも既に眼前まで迫っていて避けることができない。そんな時、彼女は体の中の何かが動くのを感じた。
そして何かが動くのと同時に、周囲が光りに包まれた。
「えっ?」
光が収まると、付近の闇球が消え去っており、リリアも無傷であった。
(今のは一体……さっきの何かが動く感覚、もしかしてわたくしが? そうだとするなら……これなら行けるわ!)
リリアは自分の行ったことだと信じ、再びクロハへと近づいていく。
「何とかなるのですわ!」
再び迫る闇球にそう言いながら先程感じた感覚を再現する。
「な、なんとかなりましたわ……」
すると同じように周囲が光りに包まれ、闇球が消え去り、リリアは自身の力だと確信した。
(この力は何か気になるけど、今はあの子を)
そうして着々と近づき、彼女は遂にクロハを捕まえる。
「大丈夫ですわ、ほら、大丈夫大丈夫」
(この子は酷い目にあったのだから、こうしてあやさないと……悲しい時、お母様がしてくれたように)
そう思いながら彼女はクロハをあやしていく。
(泣いちゃいましたわ! えーと、こういう時はどうすれば良いのでしょうか)
四苦八苦しながらも宥め続け、徐々に大人しくなっていくクロハ。
(あら、寝ちゃいましたわ、お父様にでも頼んでベッドに運んでもらいましょうか)
◇
(可愛いですわね、ますます欲しいですわ)
そして現在、腕に抱きついているクロハを見てリリアはそんなことを考えていた。
「お嬢様、顔がニヤけてますよ、ちょっとキモいです」
そんなリリアを見て、そう言うカーラ。
「カーラあなたそんなことを言う人でしたっけ!?」
「いえすみません、思わず」
リリアはカーラの発言に驚き、カーラ自身も思わず呟いてしまったことに驚いていた。
それほど、今のリリアの顔は崩れていた。
「もうすぐ十歳になるような幼いわたくしに言うことですの!?」
「自分で言わないでください」
そう、リリアはあと一月程で十歳となる歳でありクロハと同い年である。しかしクロハの身長が九歳にしては低いため、リリアは完全に彼女のことを年下と勘違いしていた。数か月ほど年下であるのは間違いではないのだが。
「あり、がと」
リリアとカーラの二人で会話をしていると、クロハがそう言い、リリアから少し離れた。
「あら、もういいのです?」
「……うん」
「そう、もっと甘えても良いのよ?」
「大丈夫……です」
リリア的には、もっと抱き着いていてほしいと思っており、もっと抱き着いていても良いとクロハに告げるが、クロハはそれを断る。
(やっぱり、暖かかった)
クロハは抱き着いた際のことを思い出し、そう思う。
彼女がそう感じる理由はリリアに光属性の適性があるからである。
クロハを寝台へ寝かせた後、リリアはハンズに呼ばれ魔法適性と天賦を調べられた。その結果、天賦の存在は確認できなかったが、リリアは光属性の適性があることが判明した。
人の魔力はそれぞれ微かに違い、そして各適性ごとに魔力に癖が出る。その中で光属性適性者の魔力はほんのりと暖かさを持ち、穏やかであることが多い。そのため光属性者の魔力は他者の精神状態を改善させる効果があると言われている。事実その効果はある。
光属性の適性を持つリリアの魔力にもそのような効果があり、そのため精神が疲弊していたクロハは、彼女と密着しその魔力を感じた際に、精神が微かに癒されることとなり、その冷え切った心に優しい抱擁のような暖かみを感じることとなったのだ。
「うーん、そうですわ、この城を案内しますわ! 気分転換にどうです?」
「……いい」
「良かったですわ! さあ早速行きましょう」
「え、ち、ちが……」
「さあさあ、行きますわよ!」
クロハは誘いを断ったつもりであったが、リリアには了承に聞こえ、クロハの腕を取って連れて行こうとする。
「……うん」
クロハはそんな様子のリリアを見て、しぶしぶと付いていくことにした。
「カーラ、行ってきますわ!」
「はいはい、行ってらっしゃいませ」
カーラはその様子に、彼女たちを微笑ましく見送る。