第13話:巨大蛇
「裏通路を作っておいて良かったですね……」
そう呟く博士はクロハを抱えて、研究員達と裏通路を駆けていた。
「ぎゃあっ!」
「や、やめ……」
「貴方達の思いは無駄にしません」
しかし騎士団の足止めの為に放ったキメラの一部は彼らを追っており、追いつかれた研究員から次々と殺されていく。その為、全員死に物狂いで通路の出口を目指して走っていた。
自らが研究していたものに殺される、なんとも皮肉な話である。
「はぁ、はぁ……やっと出れましたね、ここまでで残ったのは貴方達二人だけですか」
「博士、キメラや騎士団はまだ追ってきています、私たちがここで足止めをするので行ってください」
「究極複合生命体製作の悲願、貴方に託しました」
「……わかりました、私に任せてください」
二人の研究員の言葉に博士はそう頷き、念のためにと出口付近に用意してあった馬にクロハを抱えながら乗る。
「行きましょうか、目指すはポレス小国ですね」
そう呟き、彼は近くの森へ馬を走らせた。
ポレス小国はラストリア帝国の南西に位置し、帝国に従属している国だ。
闇取引が盛んなため多くの闇商人が訪れる国であり、違法奴隷の取引も頻繁に行われる国だ。クロハとレオナが過ごしていた違法奴隷組織もその国にある。
「あの研究所が使えなくなるのは本当に痛いですね……ですがこの娘だけでも持ち運べたのは不幸中の幸いでしょうか」
そう言いながら博士は気絶しているクロハを見る。もはや彼にとってクロハの存在無くてはならないものであった。何せクロハだけで食料には困らず、魔法が使用できるため魔物捕獲の為の戦闘もある程度でき、更にキメラ制作に欲しい超再生を持つ。今の博士に必要な物がほとんど詰まっていると言っても過言ではないのだ。
「……兎に角、早く王国を出たいですね」
博士はそう言って思考を戻し、馬の速度を上げて森を駆け抜ける。
「待て!」
しかしその時、博士の遠く後ろからそのような声が響いた。
「なっ、走って追いかけてきてるのですか!? 化け物ですか? ちっ、もっと早く……んなッ!」
声の主はそう、ロナール伯爵領騎士団長のアバートである。
博士は彼を見て、更に速度を上げようと馬を叩く、しかしそこで暴風が吹き荒れ、博士は馬から転落してしまう。
「風魔法……!」
突然の暴風の正体はアバートの風属性の魔法である。
「チィッ!」
「終わりだ!」
博士が転落したのを機に、全速力で彼との距離を詰めるアバート。
「それ以上近づかないでください! この娘がどうなってもいいのですか?」
距離を詰めてくるアバートに博士は懐からナイフを取り出し、クロハの首に当ててそう告げる。
「なっ、人質だと……!」
人質のクロハを見て、アバートはそれ以上近づけなかった。
「魔法も使わないでくださいね、詠唱をした瞬間首を刺しますよ」
博士は先程アバートが魔法を使っていたことを思い出し、彼へそう告げる。
「チッ」
アバートは小声で詠唱をしようとしていたが、博士に釘を刺されたことによって、それを止める。
「さて、どうしましょうかね……」
お互いむやみに動くことができない、その状況に博士はそう言葉を零す。
しかし彼は気づいていなかった、自身に迫る一つの巨大な影に。
◇
(いったい、どうすれば……どうすればあの少女を救出し、あの男を捕らえられる……)
人質を取られている状況でアバートは解決策を練ろうと必死に頭を動かしていた。
(ん? あいつの後ろに何か……あれは蛇型の魔物⁉それも大きい! 森と言えど王国内にこのような魔物が現れるとは……体長は成人男性が五人分程か?)
しかしその時彼は博士の後ろに一匹の巨大蛇が近づいていることに気が付いた。そんな彼は更に思考を巡らせる。
「おい、後ろを見ろ! 魔物が近づいている!」
アバートは魔物を見て、博士へそう呼びかける。
「そんなものに釣られるとでも?」
しかし博士はその言葉を信じず、彼と向き合ったままだ。
「本当だ! 後ろを見ろ!」
「しつこいですよ、次言ったらこの娘の首を刺します」
「っ……」
アバートは博士の言葉によって押し黙る。
その間にも忍び足で徐々に博士へと巨大蛇は近づいていた。
(そりゃ信じないか。くそ、あいつは死んだか、情報を引き出したかったが仕方が無い……逆にこれはチャンスだ、あの蛇に襲われたところを狙って少女を回収するとしよう。だがその後どうするかだな、あれは色合い的にブラッドスネークか? いや、にしては大きい、突然変異かそうならば要警戒……)
博士は助からないと判断し、彼はすぐに思考を切り替え、魔物を分析しながら時が来るまで待つ。
「おや、黙りましたね、それ以外に言うことが思いつかなかったので――うぐっ!?なに、が!?」
(今!)
しばらくすると静かに博士に近づいていた巨大蛇は、勢いよく彼の背中に噛みつく。
博士は突然の激痛に混乱しクロハを手放す、それを見たアバートはこの機を逃すまいと走り出し、博士の元へ一気に近づく。
「や、やめ!……ぐああああッ!」
背中を抉られて叫び声を上げている博士を尻目に、アバートはクロハを保護し、すぐにその場から距離を取る。
「無事に保護はできた、が……」
クロハを無事に保護できたことに安堵しながら、アバートはそう言って博士へ目を向ける。
「こん……な、ところ、で…………」
「……あっけなく死んだな」
博士は巨大蛇の奇襲によって呆気なく命を落とした。
あまりの呆気なさに、思わずそう呟くアバート。
「っと次はこちらか」
博士が死んだことを確認した巨大蛇は、アバートの方に視線を向ける。
「この子を守りながら行けるか?」
アバートはクロハを自身の後ろに降ろし、剣を構えて巨大蛇と対峙する。
「いずれにしろ、行くしかない! 先手必勝!」
「ガギャアア!」
彼がそう言って巨大蛇に向かって駆け出したことで戦いの火蓋は切られた。
駆け出したアバートに反応し、巨大蛇もその巨体を動かし、彼へと迫る。
「ギャアア!」
巨大蛇はその巨体を活かして、そのままアバートへ突進する。
「ふっ!」
アバートはその突進をぎりぎりまで引き付けたところで、横へ飛び、躱す。
「ギャ!?」
完全に当たると思っていた巨大蛇に隙が生まれる。
「はぁッ!」
アバートはその隙を突いて剣を振る。
「ギャアアアァァァ!」
彼の剣は巨大蛇の体の奥深くまで沈む。それによって巨大蛇は耳をつんざくような鳴き声を上げる。
「っと」
アバートは暴れる巨大蛇から、飛び退いて離れる。
「ギャアア!」
巨大蛇は彼に怒りを向け、口を開いて赤い液体を彼へ飛ばす。
「当たるか!」
アバートはそれを分かっていたかのように躱す。
「やっぱりブラッドスネークか、ということは大きすぎるからこいつはその変異種か」
アバートは先程の赤い液体を見て、そう確信する。
ブラッドスネークは森によく生息している蛇型の魔物である。
全身が赤黒い色をしており、自身の血を吐いて攻撃をするのが特徴である。ブラッドスネークの吐き出す血には、物を溶かす酸性毒、神経を麻痺させる麻痺毒が含まれており、浴びると浴びた箇所が激痛と共に溶け、麻痺して上手く動かすことができなることで有名である。
普通、ブラッドスネークは大きくても幼い子供一人程の体長の魔物である、しかし今現在アバートが対峙しているものはそれとは比べ物にならない程の大きさだ。
これは突然変異と呼ばれるものであり、このように巨大化する変異もあれば、全く別の攻撃をしてくる、など様々な変異が存在する。そのため突然変異した魔物は特に警戒が必要である。
「何にせよ、早く倒さないとな」
そう言って気絶しているクロハを見る。
(あんな奴らのとこに居たんだ、今までどんな目に合っていたのか……そう考えると胸が引き裂かれそうだ、早いとこ安全な場所へ連れ帰らねば)
「ギャアア!」
そう考えるアバート目掛けてブラッドスネークは自信の尻尾を振る。
「当たるか……っ!」
巨大な尻尾の攻撃を、高く飛んで避けるが、それを狙っていたとばかりに、ブラッドスネークは空中に居るアバートへ血を吐く。
「ぐっ!」
アバートは空中であったため、避けることができず剣で弾いた、しかし弾いた一部が頬に付着し、その箇所が溶け、痛みが彼を襲う。
「剣と鎧が……」
剣で弾いたことにより、直撃は免れ、身に付けている鎧によって、頬以外の体は無傷、だがその代償として剣の半分ほどは溶け、鎧も一部が溶け落ちていた。
「こいつ、溶かす能力が強力だな、これも変異の影響か?」
「ギャアアア!」
「そんなことを考えている余裕は無いな」
ブラッドスネークは動かないアバートを見て、畳み掛けようと再度尻尾を振る。
それを今度は後ろに飛び退いて躱すアバート。
「ギャアア!」
「風よ、敵を斬る刃となれ!」
飛び退いた彼にブラッドスネークは再度血を飛ばす。しかし彼は低く飛んだことによってすぐさま着地し、飛来するそれを難なく躱し、風属性の初級魔法・ウィンドカッターを放つ。
「……あまり効いていないか」
彼の魔法はブラッドスネークに当たったが、体表に浅い傷を付けるだけに終わった。
「なら!『我が風よ、吹き荒れる刃となって、敵を斬れ!』」
アバートは続け様に中級魔法・エアーカッターを放つ。
初級魔法のウィンドカッターよりも魔法が大きく、より切れ味のある魔法。中級であるため、この魔法はそこそこの魔力を要求される。
「ギャアアアアァァ!」
アバートの放った魔法はブラッドスネークを大きく傷つけた。ブラッドスネークは血を撒き散らしながら痛みのあまり大きく叫んだ。
しかし。
「これでも決定打にはならないか……」
大きく傷は付けたものの、まだまだブラッドスネークは生命力に満ち溢れていた。
「魔力ももう少ない……チッ、これは厳しい戦いになりそうだ」
こうして、長く苦しい戦いが始まった、そう思われたが。
「助太刀する!」
その瞬間辺りにその声が響き渡った。