第7話 再会
(全く、ひどい目にあったわ)
目が覚めたリリーは、一人心の中で愚痴った。お仕置きが終わったあとも中々解放されず、夜も白んだ頃にようやく眠りにつくことが許された。まるで抱き枕のように腕の中に閉じ込められ、少し眠ると、ようやく彼は執務があるからと帰って行った。その後、再び眠りに落ち、また目が覚めた頃にはすでに太陽はのぼりきっていた。
リリーはよろよろとベッドから起き上がると、無惨に床に打ち捨てられた服を拾い、ポケットの中から一枚の紙を取り出した。
(忘れ物…うまく誤魔化せてよかったわ)
実は、ジークが王国に送り返される直前、リリーはジークに耳打ちした。
“あの宿に手紙を届けてね”、と。
彼女は逸る心を抑え、手紙の内容を読んだ。
(よかった…ジーク、無事に王国に着いたのね)
彼女はホッとすると、キョロキョロと周りを見回した後、手紙を机の引き出しの中に入れ、鍵をかけた。
(ジーク、今頃どうしてるのかしら…)
クラウン王国・宮殿の離れにて
ジークは、騎士団の仕事を終えた後、ふと離れに寄ってみた。叔父である国王に疎まれたリリアーベルは、宮殿を追い出され、昔の王妃が使っていた離れにある小さな離宮に追いやられたのだ。まあ、本人も国王一家と同じ宮殿で暮らすよりもこじんまりとした離れで暮らす方を望んでいた、というのもあるが。
「ジーク?ジークなの?」
離れの入り口に立つジークに、中にいた女性が声をかけた。
「そうだ」
「おかえり…!」
感極まったような声をあげ、彼女はジークに駆け寄った。
「モナ、ジークが帰ってきたよ!」
「え…ジークが?…本当だ!」
二階にいたもう一人の女性が窓から顔を出すと、ジークの姿を確認し、一目散に一階に駆け降りた。
二人の女性、ミナとモナは、ジークにハグをし、久方ぶりの再会を喜んだ。彼女たちはリリアーベルに仕える侍女であり、護衛騎士であるジークとは同僚のようなものだ。主が不在の時は別の仕事に従事しているが、たまに離れの方の様子も見に行き、いつ主が帰ってきても迎え入れられるように清掃も欠かさず実施している。
「それで、リリアーベル様は?」
「どうして一緒に帰ってきていないの?」
ミナとモナは矢継ぎ早に問いかけた。ジークは非常に言いづらそうな表情をしていた。
「リリアーベル様は…魔王に捕まって、今、魔王城にいる」
女性陣の顔が青ざめた。
「そんな…でも、リリアーベル様はご無事なの?」
「いや…あいつに、ひどい目に遭わされてるかもしれない。でも、お命は無事だ」
実際、ひどい目に遭っていたのだが。
「かわいそう…」
モナは泣きそうな顔になっている。
「でも、どうしてあんただけが無事に帰ってきたわけ?魔王を倒したわけじゃないんでしょ?」
「それが…」
ジークは、最初から経緯を説明した。まず、リリアーベルが一人で魔王城に潜入し、魔王に奇襲を仕掛けたこと。
「まって、リリアーベル様をお一人で行かせたの!?」
驚愕をあらわにし、責めるような口調で弾劾するミナ。
「ああ、俺も最初は反対したけど、リリアーベル様がどうしてもって…」
「そう、なら仕方ないね。それで、続きは?」
あまりに帰りが遅いリリアーベルを心配したジークが、後を追うように魔王城に潜入し、リリアーベルを見つけたものの、魔王に見つかってしまい、戦闘になってしまった。
「…あいつは、強かった。今まで戦ってきたどの敵よりも。悔しいけど、全く歯が立たなかった」
「ジークがそう言うなんて、よっぽど強い敵だったんだね」
悔しそうに俯くジークに同情的な視線を送るモナ。
「ああ。生きて帰って来れただけ奇跡のようだ」
「でもなんでジークだけ帰ってきたの?リリアーベル様は捕まってるんでしょ?」
再び同じ疑問をぶつけるミナ。
「それは…」
言い辛そうに口を開くジークに、二人の視線が刺さる。
「リリアーベル様は、魔王に敗れて殺されそうになっていた僕を救うために…」
口をつぐむジーク。
「なに?早く言ってよ」
「その身を捧げた」
まるで、生贄かなにかである。
「どういうこと?でもお命は無事なんでしょ?」
「体は無事だ…けど」
ジークのはっきりしない物言いにミナは首を傾げていたが、モナは何かに思い至ったように青ざめた。
「ま、まさか…閨を共に?」
「いや、そこまではいってない!あいつは、こともあろうにリリアーベル様にキスを迫った!」
「はぁあ!?」
「…!」
ミナの絶叫が響き渡り、モナも声にならない叫びをあげている。
「ちょっと、どういうこと!?リリアーベル様はあんたを助けるために魔王にキスを強要されたってこと?」
「…そうだ」
「…ありえない。気持ち悪い魔王」
モナはやはりドン引きしている。
「で、あんたは助かって無事王国に辿り着いて、リリアーベル様は未だに囚われの身ってわけ?」
「…ああ」
「あっきれた、護衛対象が捕まって、護衛だけ無事に帰ってくるなんてね」
「全くその通りだ。騎士として情けない」
「…もう私たちだけで魔王を倒しに行きましょう、ミナ」
「は!?」
「そうだねモナ。リリアーベル様を悪き魔王の手から救い出そう」
「うん!」
手と手を取り合い、決意を表明するミナとモナ。
「いや、冗談だよな!?」
ジークのツッコミを無視し、しばらく盛り上がっていた二人だったが…
「まあでも、冷静に考えてジークでも敵わなかった相手を私たちだけで倒せるわけがないか…」
「…そうだね。悔しいけど、私たちにはどうにもできない」
「王様に直訴してみるっていうのは?流石に姪のためなら…」
「もうやった。けど、王様は全然聞く耳をもたなかった」
ミナの提案をぶった斬るジーク。
「ええ!?まさか、見殺しにするつもり?」
「そうみたいだ」
「…ひどい。でも、どうすれば…」
途方にくれるミナとモナはあれこれ意見を出したが、結局、リリアーベルを救いに行くいい手段は見つからなかった。
「ねぇ、モナ、私たちそろそろ行かないと」
時計を見たミナがふと呟いた。
「もうそんな時間」
「ん?二人ともどっか行くのか?」
「うん、このあと久しぶりにリタと会う約束しててねー」
「おお、リタか。懐かしいな、確か新聞社に勤めてるんだっけ?」
「そうそう。今日は非番なんだって」
「そうか」
ミナとジークの会話を黙って聞いていたモナが、突然問いかけた。
「ねぇ、リリアーベル様を助けたいって話は、王様に言っても拒否されたんだよね?」
「うん、だめだった」
「じゃあさ…リタに言って、記事を書いてもらうのは?」
モナの思いつきは実を結び、リリアーベルのニュースは翌日の朝刊の表紙を飾った。
“王女リリアーベル、魔王に誘拐される”
若干事実と異なる形で広まり、事態は思わぬ方向へと動いていくのだった。