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第4話 アイシャ

朝、リリアーベルは若干残る気だるさと共に目覚めた。まだ、体がヒリヒリと痛む気がする。


「おはようございます、リリアーベル様」


リリアーベルの起床を察知したのか、まだ少女ともいえるような見た目の女がやってきた。


「…ん、おはよう。えっと、あなたは…」


「初めまして。私はアイシャと申します。魔王様からリリアーベル様のお世話をする役目を仰せつけられています」


「…そうなの。私はリリアーベルよ、よろしくね」


彼女はベッドから身を起こすと、アイシャに向かって微笑んだ。


「はい。よろしくお願い申し上げます」


「早速だけど…その…服を、着たいわ」


リリアーベルは恥ずかしそうに俯いた。シーツを体に巻き付けているが、彼女が裸でいる理由など明らかだった。


「わかりました」


しかし、アイシャは顔色一つ変えずにキャビネットの中から彼女に似合うドレスを見繕った。


「そう、それでいいわ、動きやすそうなやつ」


「これですか?」


「ええ」


リリアーベルは軽い素材でできた桃色の質素なワンピースを指定した。


「あとは自分でやるわ」


彼女は王族だが、前国王の末姫という微妙な立場のため放任されており、最低限の侍女しかおらず、身の回りの支度などは全て自分で行なっていた。


「ところで、魔王様はどこに行ったのかしら」


「魔王様は朝から執務を行なっています」


「…そう。そうよね、王なのだから忙しいわよね」


「ご心配なさらずともお手が空いたらリリアーベル様のところにいらっしゃるかと」


アイシャの言葉にリリアーベルは動揺した。


「な、別に心配なんかしてないわ…!」


「そうですか」


「そうよ、そもそも、きっと人間の女が珍しいから私に手を出しただけで、すぐに飽きるわ…いえ、もう二度と来ない可能性だってあるわ。魔王は、たくさん女を侍らせてるって聞いたことあるし…。もしかして、あなたも魔王と…?」


アイシャは全力で首を振って否定した。


「ありえません!大体、そんな噂どこで聞いたんですか…?」


「えっと、ジークが言っていたわ…」


「その、ジークという方はよく知りませんが、事実ではありません。魔王様はそのようなお方ではないのです。今は、リリアーベル様以外に特定の方もおられません」


「そうなの…?誤解していたわ」


しかし、特定の人はいない、ということは、特定じゃない人はいる可能性があるわけで…


「まあいいわ、考えてもわからないのだし。ところで、あなたは魔王に仕えて長いのかしら?…いえ、私より若いし、まだ登城したばかりなのかしら…?」


「魔王様に仕え始めたのは割と最近ですよ、それまでは少し違う仕事をしていました。ああ、それと」


ここで、アイシャから衝撃の発言が飛び出す。


「私はこのような見た目なのでよく誤解されますが、実年齢は30を超えていますよ」


「ええ…!」


リリアーベルの驚きの声が響き渡った。


「全然そんなふうに見えないわ…」


「そのような種族ですので」


「へえ、色々な種族がいるのね…!」


リリアーベルは感心したように頷いた。アイシャは、とある理由で少女のような見た目の年齢で一旦成長がストップし、それから長く生きる種族なのだ。


「そういえば、私の荷物はどこに行ったのかしら」


それは、何気なく思いついて聞いたことだった。


「リリアーベル様のお荷物、ですか?」


「ええ。ここに来る時に持ってきた、地図とか、銃とか」


途端、アイシャの纏う雰囲気が変わった。蛇のように鋭い目つきでリリアーベルを見抜いた。


「それを取り戻してどうなさるおつもりですか?」


「いえ、ただ気になっただけよ」


「そうですか」


気がつくと、アイシャの手には杖が握られており、彼女はそれを扉の方に向けた。


ガチャ、という音がし、ひとりでに鍵がかかった。


「え?」


リリアーベルが驚き、瞬きをしている間に、アイシャは彼女の背後に回り込み、杖を突きつけた。


「な、なに?いきなりどうしたの?」


戸惑うリリアーベルに、アイシャは冷たく言った。


「私が少しでもその気になれば1秒もしないうちにあんたの命を刈り取ることができる」


「そんな…」


「本当のことを言って。リリアーベル様は勇者で、魔王様を倒しにきた。激しい戦闘の末、敗れたけれど今も魔王様を倒す機会を伺っている…と、私は聞いたのだけど」


アイシャの手に力がこもった。


「まって!色々間違ってるわ!…確かに、私は勇者で魔王を倒しにきた。でも、結局戦いにすらならなかった」


「いや、そんなはずはない。私は確かに魔王様の魔力を感知したし、争いの形跡も残っている」


「それは、ジークよ。…えっと、私の護衛騎士が、私を助けにきてくれて、その時に戦闘になったの。結局、彼は負けて王国に帰ったわ」


「そう。それで、あんたはどうするの?」


「もう、あの時にすでに決着はついてる。私の力じゃ到底魔王に及ばないわ。それに…彼、思っていたほど悪い人じゃなかった。だからもう、彼は倒さない」


「…魔王様に抱かれて情が移ったってわけ?」


「っ…そうね」


彼女は否定しようとしたが、結局肯定した。


「…無礼な真似をいたしました。お許しください、リリアーベル様」


アイシャはようやく、杖を下ろした。


「私は許しても、彼は許すかどうかわからないわ。あなたの独断でやったのでしょう?アイシャ」


「どうか、それだけはお許しください。魔王様には…」


「言わないわ。そもそも、彼に対する高い忠誠心があったからこそやったのでしょう?それだけ慕われているのも羨ましいわ」


「…はい」


「でも、そうね。私から一つ、お願いがあるの」


「なんでしょうか?」


「…私の、友だちになってほしいのよ」


アイシャの目がポカンと見開かれた。


「…友だち、ですか?」


「そう。たまにお茶を飲んだり、お菓子を食べたり。…私、ここでは1人だから…」


「魔王様がいらっしゃるのでは…」


「きっといつか相手にされなくなるわ。だから…」


「わかりました、私なんかでよければ…」


「嬉しい。喋り方もさっきのでいいわ」


「ですが…」


「もちろん彼がいる時は戻す必要があるけど…二人きりの時は、ね?」


「…わかった。でも、いいの?リリアーベル様は未来のお妃様になるかもしれないのに」


「…いいえ、あり得ないわ、私はただの人間の娘だもの」


「ああ、知らないの?初代魔王のお妃様は人間だよ」


「ええっ、そうなの?」


それから、2人はよくお茶をし、美味しいお菓子を食べ、たくさん話をした。


---


あれから魔王は忙しいらしく、しばらく訪れはなかった。


「もう私のことなんて忘れたのかと思ったわ」


「そんなことないよ、リリー。ごめん、仕事が忙しくて…」


彼は言い訳しながらリリーの腰に手を回した。


「いいのよ、私の相手だけではないのでしょうし…」


「もしかして、嫉妬してるの?」


「な、そんなわけないじゃない!」


魔王の指摘にリリーは慌てて首を振った。


「安心して、今はリリーだけだよ」


彼はリリーを抱き寄せ、キスをした。彼女は若干モヤモヤした気持ちが残ったが、気が付かないふりをした。


「…ところで、ジークは無事かしら」


気持ちを逸らすかのように、話題を変えた。


「ジーク?」


「ええ」


「まだあいつの心配してるの?」


彼はどこか不機嫌そうに言った。


「そうよ、だって大切な旅の仲間だもの」


「本当に?」


なぜ懐疑的な目を向けるのか。


「本当よ!1年も一緒に旅をしていたのよ」


「ふーん。ただ一緒に旅をしていただけ?旅の間に何もなかったの?」


リリーは彼がなぜそのようなことを聞くのか見当もつかなかったが、普通に答えた。


「それは色々あったわ。食糧が尽きて空腹で倒れそうになったり…」


「違うよ、俺が聞きたいのはそういうことじゃない」


彼女は、彼の質問の意図を履き違えていた。本当に意図を理解できていなかったのか、それとも無意識だったのかはわからない。しかし、彼に指摘された今、そこに隠された意図を無視することはできなかった。


「…ジークは、旅の仲間。それだけよ」


「そう思ってるのはリリーだけだよ」


「…さっきから何が言いたいの?」


肝心な言葉を口にしない彼の煮え切らない態度にリリーはモヤモヤした。


「バカなリリー、1年も一緒に旅をして本当に気がつかなかったの?」


「何の話?」


彼は呆れたようにため息をついた。


「ジークはね、リリーのことが好きなんだよ」


「ええ、それはそうね。もし私のことが嫌いならこんなところまで着いてこないと思うわ」


「…はぁ。ジークはね、リリーに…」


それから、彼は聞くに耐えない卑猥な言葉を放った。真っ青になるリリー。


「そ、そんなわけないわ!ジークは私を守ってくれる騎士なのよ、そんなこと考えるわけないわ!」


「じゃあ、なんで魔王を倒すという無謀で危険な旅に着いてきた?」


「私が心配だったからよ」


「それはリリーを守る騎士だから?」


「そうよ」


「騎士はジークだけじゃないはず」


「でも、彼は志願したのよ」


「そういえば、褒美がどうとか言っていたね。本来リリーが倒すはずの魔王を代わりに倒してでも手に入れたかった褒美って、何だろうね?」


「それはわからないわ。…でも、出世を望んだのかもしれないわね。ジークが私の護衛騎士なんて、どう考えても役不足だもの」


「本当に何もわかっていないな…。もし仮にそうだとしても、手柄を立てたいなら他にもっと安全で確実な方法もあるでしょ」


「ええ」


「例えば褒美に王女を望むとしたら?王族でもない彼には相当の手柄が必要になるはずだ」


「それはないわ。お姉様たちはもうとっくにお嫁に行ってるもの」


魔王は再度ため息を吐いた。


「リリアーベル、君のことだよ」


「私?ジークが、褒美に私を…?」


「そう」


リリーは、しばらく考え込んだ。


「ありえないわ。私にとってジークは、大切な旅の仲間で、信頼できる騎士。今までも、これからも変わることはないわ。それに、私はもう…」


彼女は視線を落とし、言葉を止めた。

リリーの答えに魔王は納得したような表情を浮かべた。


「わかった。ジークは多分無事だよ、一月ほどで王国に着く秘密のルートも教えたし」


「一月!?早いわね。私たちが来た時は一年くらいかかったのに…」


実際、道中で魔物を狩ったり、路銀を調達したりしていて時間がかかったというのもあったが。


「十分な餞別も渡したし、あと少しで到着するはずだよ」


「そう、あと少しで…」


「だからもう、ジークのことは考えないで」


「ええ、わかったわ」


リリアーベルは故郷の方角を見つめるように、遠い目をしながら返事をした。

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