エピローグ
これにて完結です。
最後まで読んでいただいてありがとうございました!
リリアーベルが正式に魔王の妃となり、一年が経った。当初は人間の妃ということでよく思わない者がいたのは否定できない。しかし、孤児院の訪問や魔物の被害に遭った地域の慰問など、慈善活動を通して徐々に認められていったのと、美人なのも相まって人気は鰻登りだ。町では彼女の絵姿が大量に出回っている。
そんな彼女も、今日は孤児院の訪問に来ていた。
「わあ、リリアーベル様だー!」
「本物ー!?」
「お綺麗〜」
リリアーベルは子供たちによる熱烈な歓迎を受けた。彼女もそれに答えるように、子供たちに話しかけ、時には絵本を読んだり、文字を教えたりと、熱心に活動した。ミナとモナ、それにアイシャも、その活動をお付きの人として見守っていた。そう、モナは、クラウン王国の宮殿と魔王城との間にゲートができたことで通勤問題を解決し、一緒に働いている。
「そういえば、あなたたちと初めて出会ったのも孤児院だったわね」
リリーはふと、昔を懐かしむようにどこか遠い目をして言った。頷くミナとモナに対し、アイシャは疑問を投げかけた。
「そうなのですか?」
「ええ。昔、王国にいた頃にこんな風に孤児院を訪問していて、そこでミナとモナ、それにジークと出会ったのよ」
「はい。初めてリリアーベル様をお見かけした日は昨日のことのように覚えています。私たち、下々の者に対してドレスが汚れるのも構わず一緒に遊んでくれました」
ミナの言葉にモナも追従した。
「私も、覚えています。その後も何度も訪問にいらしてくれて、私たちは自然とこの方ともっと一緒にいたい、と思うようになりました。成人したらもう、孤児院を出て二度とリリアーベル様に会う機会はなくなりますから」
「それで、剣が得意だったジークは騎士を目指し、私たちは猛勉強して王宮の侍女になる試験を受けたのです」
「それで今に至るわけですね」
アイシャは感心したように呟いた。
「うん。簡単にはいかなかったけど、でも結局、こうしてリリアーベル様の専属侍女になってお側にいることができた」
「そうね。ジークは騎士として高みを目指すために騎士団に戻ってしまったけど、あなたたちはこんなところまでついてきてくれて、本当に感謝しているわ。あなたたちがいなかったら、私、心細かったわ」
リリーの感謝の言葉にミナとモナは目を潤ませ、今後もずっと、彼女についていくと固く誓った。
「そろそろ戻りましょう」
リリーが馬車の方に向かって歩き出した、その瞬間。
「あ…」
リリーの体がフラつき、咄嗟にアイシャが支えた。
「大丈夫ですか、リリアーベル様!?」
「大丈夫よ。少しクラっとしただけ」
リリーはなんでもないように再び歩き出した。彼女の後ろ姿を侍女たちは心配そうに見ていた。
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夜。いつものようにバシャールはリリーの寝室を訪れていた。
「リリー、体調は大丈夫?」
「え、別になんともないわ」
心配そうに尋ねた彼だったが、リリーはなぜそんなことを聞かれたのかわからない、という風にあっさり答えた。
「ならよかった。今日、孤児院の訪問に行った時に倒れそうになったってアイシャから聞いたから」
「大袈裟ね。少しふらついただけよ」
「でも心配だよ。医者に診てもらったら?」
リリーは彼の過保護ぶりにため息をついた。
「その必要はないわ」
「そう。でもしばらくは、外に出ないで部屋の中で過ごして」
「嫌よ」
リリーは即答し、彼の顔が固まった。
「大したことないって言ってるでしょ?私に指図しないで」
どこかイライラが伝わってくるようなリリーの態度に対し、彼はあくまで沈着冷静に、モラ発言をかました。
「ここは俺の城でリリーは俺の妃だ。この城で生活している限り俺の言うことには従ってもらう」
「そう。じゃあ、この城を出ていくわ」
リリーも負けじと言い返した。
「それは許さない」
「別にあなたの許可なんて求めてないわ!」
憤慨したリリーは本当に扉の方に向かって歩いていき、出て行こうとしたが、扉は開かなかった。
「勝手に出ていくなんて許さないから」
「…そうやって魔法を使ってなんでも思い通りにする気?」
「どうとでも言えばいい」
「私の意思なんてどうでもいいのね。私は、なに?ただの可愛いお人形?お飾りの妃?あなたの思い通りに操られていれば満足?」
「リリー」
彼は焦ったように声を発したが、どんどんヒートアップしていくリリーが止まることはなかった。
「もう、出て行って!私を出したくないならあなたが出て行って!そしてもう二度と入って来ないで!」
リリーは反対側の出口を指し示して喚いた。
「あなたの顔なんて、もう見たくないわ!」
「…」
バシャールは、初めて聞くリリーの強い拒絶の言葉に深く傷付いた顔をした。リリーの胸に一瞬、針が刺さったような痛みが走った。
「わかった」
彼は一言そう呟くと、静かに部屋を出て行った。
(流石に言い過ぎたわ。こんな、初めてよ…)
リリーはコントロールできない感情の波に戸惑い、静かになった部屋で一人涙を流した。
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あれから彼は全く来なくなった。
(どうしよう…)
後から冷静になって考えると、あの時は言い過ぎていた。何かコントロールできない感情に囚われ、必要のないことまで言ってしまった。彼と会ってきちんと謝るべきか、でも、彼の方も全く悪くないわけじゃない。そもそもの原因は彼の発言にあるわけで…
「リリアーベル様?」
ミナに声をかけられ、リリーはふと我に帰った。気がつくと思考に耽っていたようだ。
「何かしら?」
「焼きたてのスコーンをお持ちしました」
「まあ、ありがとう」
ミナが持ってきたスコーンをモナが素早くテーブルに配膳していく。焼きたてのスコーン特有のいい匂いがリリーの鼻を掠めた。いつもなら嬉しそうに手を伸ばすリリーだったが…突然、胃がムカムカし、吐き気を誤魔化すように手で口を押さえた。
「ごめんなさい、今はスコーンの気分じゃないから下げてくれるかしら」
「は、はい」
リリーは席を立つと部屋を出て行った。突然のリリーの不可解な行動にミナとモナ、アイシャも思わず顔を見合わせた。
「何か、ダメだったかな…」
ミナはスコーンを回収しながら落ち込んだような声色で言った。
「ううん、どこか体調がお悪そうだった」
モナが否定するように言った。
「そういえば、この前も倒れそうになって…」
アイシャの言葉にモナはハッと顔を上げた。
「なに、モナ?」
「ねぇ、リリアーベル様が最後に月のものが来たのって、いつだった?」
「えっと…いつだったっけ?」
ミナはしばらく考え込んだが、すぐには出て来なかった。そう、つまり、相当前なのだ。
「まさか」
その事に思い至ったミナもハッと顔を上げた。一方、アイシャは怪訝な顔で二人を見ていた。
「何か気付いたことがあるなら魔王様にも報告を…」
「まずその前にお医者様を呼んだ方がいいと思う。だって、リリアーベル様は…妊娠しているかもしれないのだから」
モナの言葉にアイシャは目から鱗が落ちたような表情をした。
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「ご懐妊おめでとうございます、お妃様」
渋るリリーを説得し、医者を呼び寄せたところ、あっさりと妊娠が判明した。
「ついに身籠ったのね、よかったわ」
リリーは自身のまだ薄い腹を見て安堵のため息を吐いた。
「早速魔王様にも報告しましょう。さぞお喜びに…」
「待って。魔王様には私から報告するわ。だからまだ、黙っていて。…あなたたちも」
リリーは医師だけでなく、ミナとモナ、アイシャに向かっても言った。
しかし、彼は忙しいのか、中々報告するタイミングが掴めずにいた。それだけではない。やはり喧嘩してしまった手前、どう切り出せばいいのかわからず、気まずいというのもあった。そうこうしているうちに、つわりがひどくなっていき、ベッドに伏せっている時間が多くなった。
「リリアーベル様、差し出がましいとは存じますが…そろそろ、魔王様に報告した方がいいのではないでしょうか」
モナはベッドに伏せっているリリーに語りかけた。
「わかってるわ、でも…」
モナは、二人の間に何があったのかは知らない。でも、何かあったのは察していた。
「私も子を産んだ経験がありますが…たまに、訳もわからず不安になったり、夫に辛く当たったり、そういったことが何度かありました。原因はわかりませんが…子を身籠るとは、そういうものなのです」
モナの言葉にリリーは顔を上げた。
「まあ、そうなの?私…彼に、ひどいことを言ってしまったわ」
「きっと、あの方も話せば分かってくれるはずです」
モナの言葉に後押しされ、リリーはようやく、バシャールと向き合う決意を固めた。
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夜。ゆったりとしたネグリジェ姿のリリーは、緊張した面持ちでバシャールの寝室へと続く仕掛け扉を開けた。しかし、まだ彼はいなかった。きっと、仕事が忙しいのだろう。彼が戻ってくるまで、ベッドに座って待つことにした。
「はぁ、やっと終わった」
欠伸をしながら寝室に入ってきたバシャールは、すぐさま部屋の異変に気付いた。
(…誰だ?)
いるはずのない人の気配に一瞬杖を取り出しそうになったが、ベッドの上で猫のように丸まって寝ているリリーを見つけた瞬間、手を引っ込めた。
「リリー?」
彼がベッドに近付いてきた気配で目を覚ましたリリーは、大きな目を瞬いた。
「私、寝ちゃったのね」
「リリー、どうしたの?」
「バシャール、あなたに大事な話があるの」
いつになく真剣な表情のリリーに、彼はどこか胸騒ぎがした。
「今日はもう遅いから明日に…」
「いいえ、今でなければダメよ」
彼女の、あまりに思い詰めた表情に、彼は恐怖さえ覚えた。離縁を切り出されるのではないかと。
「リリー、実は俺も話がある」
気がつくと彼は口走っていた。
「なにかしら?」
予想外の言葉にリリーの顔にも緊張が走った。
「その…リリーの気持ちに、もっと寄り添うべきだった」
「そうね。私も、あの時は言い過ぎたわ。なぜかはわからないけど、些細なことでイライラしてしまって。ごめんなさい」
素直に謝ったリリーを、彼はたまらず抱きしめた。
「よかった。もう顔も見たくないなんて言われたから、俺もう一生リリーと会えないかと思った」
バツが悪そうに目を泳がせたリリーだったが、慌てて弁解した。
「あ、あれは本心ではないわ!ほ、本当は…」
「本当は?」
「…ずっと一緒にいたい」
俯いたリリーの頬はバラ色に染まっていた。
「リリー、可愛い」
彼はそんなリリーにキスをした。そのまま口付けは深くなり、彼の手がリリーのネグリジェの紐に到達したところで…
「あ、今はダメよ」
リリーは、彼の手をはたき落とした。
「どうして?ここは仲直り…」
「お腹の子によくないわ」
「…え?今、なんて?」
彼は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。
「私、身籠ったのよ」
「…誰の子を?」
彼は混乱し、訳のわからないことを聞いていた。
「あなたの子に決まっているでしょう。あ、あれだけ注がれたのだから…」
ようやく事態を把握した彼は、戸惑いつつも瞳を潤ませ、喜びを露わにした。
「俺と、リリーの子…」
彼は思わずリリーのお腹に手を当てた。
「まだ何もわからないわ」
リリーは呆れたように言った。
それからお腹の子はスクスクと育ち、リリーは無事、女の子を出産した。その数年後には待望の世継ぎである男の子を。
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魔王の娘であるマリアクラリスは、母親譲りの明るい髪と目、父親譲りの濃くエキゾチックな顔立ちで大変な美少女であるが、少々お転婆である。今日も、弟のアシュラフを誘って砂漠に迷宮探索に行こうとしている。
「え?僕は嫌だよ。戦闘あんまり得意じゃないし」
「大丈夫、私が魔法で魔物を蹴散らすから」
父親譲りの膨大な魔力を受け継いだマリアクラリスは、攻撃魔法を得意としている。
「でも今日は新しい結界魔法を分析しようと思って…」
「そんなのつまらないじゃない!さあ、早く行きましょう!日が暮れるまでに帰らないとママうるさいから」
マリアクラリスは渋るアシュラフを無理やり連れて行った。
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「おかえり」
たっぷり迷宮探索を楽しんだ二人をリリーが出迎えた。
「ただいま、ママ」
「今日はどこへ行ってたの?」
「あー…えっと、町を探索してたの」
マリアクラリスは目を泳がせたが、リリーは特に不審に思うこともなかった。
「そう」
その時、バシャールが現れ、口を挟んだ。
「おかえり、二人とも。町は楽しかった?」
「ええ」
「うん」
バシャールは笑みを浮かべると、おかしな指示を出した。
「ちょっと、靴を脱いで」
途端に青ざめた二人だったが、渋々靴を脱いだ。
「…待って。町に行っただけなのに、どうしてこんなに大量に砂が出てくるのかしら?」
二人は正直に砂漠に行ったことを白状せざるを得なかった。
「子供たちだけで砂漠に行っちゃダメって言ってるじゃない!もし魔物に襲われたり、何かあったらどうするの!」
リリーは母親らしく、二人を叱った。
「別に、魔法で倒すだけだけど?」
しかし、マリアクラリスはあまり真剣に受け取っていなかった。
「それでも、強い魔物が現れたらどうするの!?」
「アシュラフは弱いけど私は強いから。大丈夫だよ、ママ」
「俺よりも?」
バシャールは杖をちらつかせた。
「そ、それは…まだ…けど、いつか絶対、パパに勝つから!私が次の魔王になって、クラウン王国も手に入れるわ!」
「ちょっと」
マリアクラリスの宣言にリリーは咎めるような視線を送ったが、本人は気にも留めていない。
「私は、クラウン王家の血を引いた魔王の娘。いつかこの国も、クラウン王国も支配してみせるわ!」
アシュラフは呆れたようにため息をつき、バシャールはニヤニヤと笑い、リリーは非難がましい視線を送り、反応は三者三様だ。
こうして、魔王の娘であるマリアクラリスの、二つの王冠を手に入れる冒険の旅が始まった。
始まりません。
約2年かけて書いたこの物語もついに完結です!
いやあ、長かった〜
途中放置してた時もあったけど、こうして完結まで書くことができてよかったです。
そして、最後まで読んでいただいて、本当にありがとうございました!
次回作にご期待を(未定)




