第2話 護衛騎士ジーク
魔王城にある秘密の地下通路に潜入した、勇者…に着いてきたただの騎士であるジークは、地図を片手にリリアーベルが辿って行ったであろう道を進んでいた。
「ここか…!」
彼はいとも簡単に魔王の居室に辿り着いたが、そこにいるべき主人は不在だった。他に人の気配もない。
(ここじゃなかったか…)
当てが外れたジークは、埒が開かないと、使用人のフリをして城内を探索した。しかし、中々リリアーベルらしき人の姿が見えない。時に城の者に怪しまれながらも彼女を探し続け、とある客室に辿り着いた。サッと周囲を見渡し、人がいないことを確認すると、彼は軽くノックした。
「はーい」
女性の声だ。はやる気持ちを抑え、扉を開いた彼を待ち受けていたのは…
「あっ」
お菓子をつまんでいるリリアーベル。近くにあるテーブルの上には、お菓子がたくさん並んでいた。
「ジーク!?ど、どうしてここへ…!」
「リリアーベル様を迎えに来ました」
「だめよ、危険すぎるわ…!とりあえず、早く中に入って、鍵をかけて」
リリアーベルは慌てて戸締まりをした。幸い、この部屋では1人だった。
「リリアーベル様、この状況は…?魔王討伐はどうなったのですか?」
「実は…」
彼女はここに至るまでの経緯を簡単に説明した。魔王討伐には失敗したものの、命までは取られず、今はこの城に滞在していること。
「つまり、軟禁されているってことですね…。早く脱出しましょう」
「待って、もし魔王に見つかったらタダじゃおかないわ。前回は見逃してくれたけど…今回はどうなるかわからない。こんな危険なことにあなたを巻き込みたくないのよ」
「ですが…」
「脱出は…私1人でどうにかするわ。先にあなただけでも逃げて!」
「リリアーベル様お1人だけでここを脱出できるわけないでしょう!」
「だから…!」
2人はしばらく押し問答を続けた。しかし、途中でふと、ジークが何かに気が付いたように押し黙った。
「ジーク?どうしたの?」
「シッ。…誰かが近付いてきているようです」
彼は声のトーンを落として喋った。リリアーベルは全く気が付かなかったが、どうやら誰かの足音がするらしい。彼女はサッと青ざめ、言葉にするよりも先にジークを掴むと、無理やりキャビネットの中に押し込んだ。
「いきなり何を…!」
「ちょっと我慢して!」
キャビネットの扉を閉め終わると同時に、部屋の扉が開いた。
「リリアーベル、おやつの時間にしよう」
「え、ええ、そうね!」
魔王は部屋の中を見回すと、ズンズンと部屋の中に入っていき、椅子に座った。彼女は内心ヒヤヒヤしながら彼の動向を見守った。なぜ、このタイミングで来たのか…。幸い、異変には気付いていなさそうだ。
「ところでさっき誰かの話し声が聞こえた気がしたけど…」
「き、気のせいよ!この部屋には誰もいないわ!」
「そっか、この部屋に俺とリリアーベル以外の誰かがいるわけないよね」
「ええ!」
彼女は食い気味に断言した。
魔王はテーブルの上にある焼き菓子を摘むと、口に入れた。
「ん、美味しい。リリアーベル、お腹は空いてない?お菓子ちゃんと食べてる?君がお腹を空かせるといけないと思ってお菓子を多めに補充させておいたんだ」
「まあ、そうだったの?お菓子がたくさんあって素敵だと思っていたけど…私のためにわざわざ…。ありがとう、優しいのね」
「ああ」
彼女は優しく微笑んだ。部屋の中に用意されていたお菓子はどれも美味しかった。しかし、よく食べると思われているのも少し恥ずかしいものがある。
「ところで、リリアーベル」
「何かしら?」
魔王は立ち上がると、深刻そうな顔をして言った。
「ここ最近、城の中で害虫が発生していてね」
「まあ、そうなの?それは大変ね。私は虫が苦手だから…」
「そう。それで、この部屋の中にもよくない虫が紛れ込んでいるかもしれないから、駆除しようと思うんだけど」
「え!そうね、早く駆除してくれると助かるわ」
「もちろん。それで、駆除する時にとある薬剤を焚くんだけど、それが強力でね。薬剤が焚かれた部屋に人がいると死んでしまうんだ。だから、その間は別の部屋に避難しなければならない」
リリアーベルの顔が不安げに曇った。
「それって、そんなに強いの…?」
「ああ。ただ、その分効き目は十分にあるから、例えキャビネットに潜んでいる虫1匹逃さないよ」
魔王は意味ありげにチラとキャビネットに視線を寄越した。
「も、もし、例えばそう、かくれんぼとかしてて、それでキャビネットに人が隠れているのに気が付かないまま、その薬を使ったら…」
「もちろん中にいる人は息絶える。それも苦しみもがきながらね」
リリアーベルはサッと青ざめた。
「まあ、この部屋には俺と君しかいないから大丈夫だよ。じゃあ、早速始めようか」
「まって!」
歩き出そうとする魔王を、彼女は止めた。
「どうしたの?リリアーベル。顔色が真っ青だ」
「き、気のせいよ。…ね、ねぇ、後にしない?その薬使うの。わ、私、ちょうどこれから昼寝をしようと思っていたのよ。この部屋のベッドで」
「ああ、それなら問題ない。俺の部屋のベッドを使えばいい」
彼女は慌てて首を振った。
「も、問題大有りよ!そんな、魔王のベッドで寝るだなんて…」
「この間も寝たじゃん」
彼女は一瞬混乱したが、すぐに初対面で気絶した時のことだと思い至った。
「あ、あの時は…意識が無かったし…」
「他に何もないなら始めるよ」
「だめ…!」
再び歩き出そうとした魔王を、彼女はまたもや止めた。
もう、これ以上誤魔化せない。このままキャビネットの中にいるジークを炙り殺すより、潔く真実を打ち明けよう。そう、覚悟を決めたリリアーベル。
「じ、実は…」
「もういい、我慢できない!」
しかし、彼女の覚悟を砕くように、キャビネットの中から颯爽とジークが飛び出してきた。魔王は驚きもせずに彼の方を向いた。
「デタラメな嘘で彼女を惑わすな!」
「嘘…?」
「そもそも害虫駆除に人が死ぬような強力な薬を使うわけがないでしょう!」
「確かに、言われてみればそうね…。もしかして、騙したのね?ジークがこの部屋にいることをわかっていて、わざとそんな嘘をついたのね…!最低!」
「そんな簡単な嘘に騙される方も…ゲフン」
ジークは小声で呟いた。
「いいや、最低なのはリリアーベルの方だよ。俺がいない間にこっそり他の男を連れ込んで…。どういうこと?」
それまで黙ってジークとリリアーベルのやり取りを見守っていた魔王が、口を開いた。まるで、浮気をしていた妻を問い詰めるような口調だ。
「ご、誤解よ、ジークはただの旅の仲間で…私を、迎えに来てくれたの」
彼女まで魔王につられて浮気を疑われた妻のようなことを言っている。
「そうだ、俺は極悪非道な魔王からリリアーベル様をお救いするためにやってきた!」
「ちょっと、ジーク…!」
彼女は小声で彼を非難した。何より大切なのはこの場を穏便に切り抜けることであり、間違っても魔王を逆撫でするようなことを言ってはいけない。
「まるで悪い魔王に囚われた姫を救い出す勇者のようだね」
「まるでも何も、その通りじゃないか」
「まあ、姫の方から襲ってきたんだけどね…」
魔王は苦笑し、結局、未遂に終わったけど…と付け加えた。
「とにかく、もうこうなったら僕が代わりに魔王を倒す!」
ジークの宣言に、リリアーベルは目を見開いた。
「ちょっと、何言ってるのよジーク!」
「僕が魔王を倒せば、2人で王国に帰れる」
「待って、だめよ、勇者に選ばれたのは私なのよ。私が、魔王を倒さないと…」
「いいえ、その必要はありません。実は、発つ前に王様と約束したんです。もし、リリアーベル様が魔王討伐に失敗した場合、僕が代わりに魔王を倒せと。そして、魔王を倒したら褒美に…」
そこで彼は口をつぐんだ。
「いえ、その話は魔王を討ち取ってからゆっくりしましょう」
「そんな話、聞いていないわ…」
ショックを受けるリリアーベルを横目に、ジークは魔王と向き合った。
「魔王、お前だけは絶対に許さない…!」
「え、俺、ジークに何かした?」
魔王は心当たりがないというふうに首を傾げた。
「さっき隠れている時に聞いたんだ。意識を失ってるリリアーベル様を無理やりベッドに連れて行き…手篭めにしたと」
そんな事実はない。一体、何をどう誤解したのか…魔王は会話を思い出し、ああと納得した。確かに、意識を失った彼女をベッドに運んだが、それだけだ。しかし、やたらと好戦的な彼に懇切丁寧に誤解を解く義理もない。
「だからどうしたの?この城の主人は俺だし、別に何をしてもいいでしょ」
「よくない…!女なら他にたくさんいるだろ!なぜ、よりによって彼女を…!」
「てごめって、何?ジーク、何をそんなに怒っているの?」
ただ1人、男同士の会話についていけていないリリアーベルは、不思議そうな顔をしていた。
「手篭めっていうのはね」
「もういい、お前は黙ってろ!」
ジークはついに剣を抜き去った。途端、魔王の顔つきも険しくなり、纏う雰囲気が変わった。
いきなり変わった空気に、リリアーベルは言葉も出せずにいた。
「やる気?俺、お前には手加減しないよ」
いつの間にか魔王の手には杖が握られていた。
「望むところだ!」
言い終わるか否か、ジークは素早く地面を蹴って魔王に斬りかかった。しかし、そこにすでに彼はいない。ジークは咄嗟にその場から離れ、彼の気配を探った。次の瞬間、爆発音がし、彼のいた場所が炎に包まれる。
「きゃっ…!」
いきなり目の前が戦場になり、思わず悲鳴をあげたリリアーベル。炎を警戒したが、彼女のいる方には届かず、消えた。
「そこか!」
少し離れた場所に現れた魔王を発見したジークは、再び斬りかかる。が、彼も魔法で応戦する。杖の先からは様々な魔術が飛び出し、ジークはそれを剣で無効化する。
息をつく暇もないほど激しい争いが繰り広げられている。リリアーベルは止めることもできず、ただひたすら眺めていた。
「これで終わり」
気がつくと、魔王がジークの首元に杖を突きつけていた。ジークの剣は折れ、遠くに転がっている。
「いや、まだだ…」
「さすが我が城に辿り着いただけのことはある。確かに他の勇者たちと遜色ないくらいは強かった。でも、俺よりは弱い」
「…!」
ジークは悔しそうに唇を噛んでいる。しかし、力を使い果たしたためか、これ以上反撃する様子はなかった。
「安心して、最期は他の勇者たちと同様に直接トドメを刺してあげ…」
「させない!」
リリアーベルは、必死に魔王の手から杖を奪った。
「リリアーベル様、危険すぎます…!」
「いいえ、大切な仲間であるジークが殺されそうになっているのをただ黙って見ているわけにはいかないもの。でも、もう大丈夫よ。杖は私が奪ったから」
「言っておくけど、杖なくても魔法使えるからね」
魔王は奪われた杖を見て呆れたように言った。
「え、そうなの?」
リリアーベルは自分の精一杯の抵抗が不発に終わったことを知った。
「うん。だから、邪魔しないで」
「だ、だめ…!」
彼女は今度は、ジークを守るように彼の前に立ち塞がった。
「ジークを殺さないで!」
「リリアーベル様、僕のことはもう…」
「うーん、でも最初に攻撃してきたのはそっちだし」
リリアーベルは反論できずに言葉に詰まった。
「っ…で、でも、お願い、もうあなたのこと傷付けたりしないから、許して」
「本当?」
「ええ。この杖も返すから…!」
リリアーベルは魔王の手を取ると、杖を返した。
「うーん、でも一度解放した敵に再び襲われるって話もあるし」
「そ、そんなことはないわ。お願い、彼を無事に王国に帰して!…そもそも、あなたは強いんだから仮に襲われても返り討ちにするはずだわ」
「ま、確かにそうだけど」
「ええ。…私にできることなら何でもするから、お願いよ」
「そ、それは…!」
ジークは彼女が何気なく切ったカードを止めようとした。が、魔王は逃さなかった。
「そんなにいうなら今回は見逃してあげてもいいかな…何でもするんでしょ?」
「ええ」
リリアーベルは期待に満ちた目で魔王を見つめた。これでようやく、ジークが解放される。
「じゃあ、キスしてよ」
「え」
「…」
短い反応の後、まるで時が止まったかのような沈黙が流れた。
「だめだ!」
ジークの力強い反対の声で再び時が動き出した。
「リリアーベル様、この色欲魔王の言うことなど聞いてはいけません!」
「じゃあ、この話は無かったことにして…」
魔王が杖を構え出す。
「まって!いいわ、キスすればいいんでしょう!?」
「そんな簡単に…」
「キスくらいしたことあるわよ」
「え」
なぜかジークがひどく動揺した。
リリアーベルは意を決したように魔王に近付くと、少し背伸びして彼のほっぺに触れるだけのキスをした。
「だめだよ、リリアーベル、そんな挨拶みたいなキスじゃなくて、もっとこう、恋人同士がするようなやつ」
魔王の要求はどんどんエスカレートしていった。彼女は内心引いていた。
(魔王って、意外とヘンタイなのね…)
「まて、キスなら他の女にしてもらえよ!なぜわざわざリリアーベル様を…!?どうせ魔王なんだから何人も女を侍らせてるんだろう!?」
「心外だなぁ。初めてリリアーベルを見た時から可愛いと思ってたからさ」
「なっ…!」
彼女は突然の告白に頬を赤く染めた。
「リリアーベル、早くしないと魔法使っちゃうよ?」
「わ、わかったわ…。いいの、そういうキスだって、経験がないわけじゃないから…」
彼女は自分に言い聞かせるように言ったが、
「え」
「え」
男性陣は耳ざとく反応した。
「い、いつの間に…!?」
「一体誰と?その男の住所は?」
「…内緒」
リリアーベルは再び背伸びして魔王に顔を近付けると、真っ直ぐ彼の瞳を見つめた。頬を赤く染め、目を潤ませ、まるで恋する乙女のように。
「愛してるわ、バシャール」
彼の首の後ろに手を回すと、そっと唇を近付け、口付けした。
「…!」
ジークは声にならない叫びをあげている。
彼も応えるように手を回し、リリアーベルを抱きしめた。
「んっ…」
彼女は役目を終えたとばかりに離れようとしたが、彼がそれを許さない。ますます強く抱きしめ、さらに深く口付けした。
(ちょっと、いつまで続くの…!?)
リリアーベルは内心戸惑っていたが、不思議と嫌ではなかった。
やがて、満足した魔王によって解放されたが、永遠のようにも感じられた。ジークは目線を逸らしている。
「やばい、たった」
「え?」
リリアーベルは不思議そうに首を傾げているが、意味を理解したジークは彼の方を睨みつけた。
「もう十分だろ。リリアーベル様、早く帰りましょう。こんなところに長居は無用です」
「まて。リリアーベルは行かせない」
「…は?」
「リリアーベルはジークを王国に帰せと言った」
確かに、その通りだった。
「とてもいい案だね、リリアーベル。今すぐジークを王国に丁重に送り返そう」
「ま、まて、リリアーベル様がここに残るなら僕も…!」
「大丈夫よ、ジーク、私1人でも何とかなるわ」
「ですが…!」
リリアーベルはツカツカとジークの方に寄ると、何やらコソッと耳打ちした。彼はしぶしぶ納得したような表情になった。
「何をコソコソ話してるの?」
「え、えっと、王様によろしくねって…」
「なるほど。話はもう済んだ?」
「ええ。さようなら、ジーク」
「リリアーベル様もお元気で…!」
こうして、ジークは強制的に王国に送り返された。




