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第16話 魔王、クラウン王国へ

魔王城から遠く離れた南部地方、その更に南の果てにて、魔王は報告にあった巨大な魔物の被害に遭った場所を視察していた。


「ひどいな…」


あまりに荒廃した土地の様子に、彼は思わず言葉を漏らした。報告書で知っていたとはいえ、実際に見るとその酷さが際立つ。彼は側近にすぐさま復興優先の命を出した。しかし、まだ魔物の脅威が去ったわけではない。巨大な魔物は何度か討伐隊が指揮されたとはいえ、未だ倒すに至ってないのだ。


「本当にお一人で行かれるのですか?」


「ああ」


魔物の出現場所を示した地図を覗き込んでいる彼に、側近が声をかけた。


「我々も…」


「必要ない。魔物討伐も魔王の役目。俺1人で十分だよ」


「確かに魔王様はお強いです、歴代最強と言われるほどに。ですが…」


「前に行った討伐隊は全滅したと聞いてる。これ以上、犠牲を出したくない」


魔王の決意は固かった。その覚悟を決めた瞳に、側近も頼もしさを感じ、ようやく引き下がった。こうして、彼は一人で魔物討伐に向かった。果てしない砂の雪原に突如として現れた巨大な魔物。周囲に凄まじい砂嵐を発生させ、近付く者、近くにある物全てを飲み込んでいく。しかし、彼は全く尻込みする様子もなく、魔法で障壁を張りながら近付くと、杖を一振り、攻撃魔法を放った。


(はぁ、さっさと終わらせて、早く会いたい…)


彼はいつも以上に気合の入った魔法で難なく魔物を倒し終えた。


(帰ろう、リリーの元に)


流行る気持ちを抑え、粛々と事後処理を終えた彼はようやく帰路に着いたが、その顔色は優れない。


(おかしい…リリーの気配がない)


城に近付いても、リリーの気配を感じ取ることが全くできないのだ。気配、といってもスピリチュアルなものでなく、術式に基づいた魔法で探っている。そう、リリーに贈ったピアスに、素早く刻み込んだ術式だ。嫌な予感に苛まされた彼は、一刻も早く城に向かった。


「はあ!?リリーがいない!?」


「申し訳ございません…」


そして、嫌な予感は的中した。城のどこにもリリーはいなかった。


「アイシャは何をしている?」


「それが…」


ついでにアイシャもいなくなっていた。


かくして、会議は開かれた。


「まず、南部地方の魔物の件だが、無事討伐した」


「おお…!」

「さすが魔王様…!」


魔王自らの報告に側近たちは喜びの声を上げた。


「まだ被害にあった地域の復興など課題は残っているが、単刀直入に本題に入る」


ここで、魔王の顔つきが一層険しくなった。


「クラウン王国に行こうと思う」


彼の言葉に、議会はざわついた。


「人間の王国に…!?」

「王国攻めですか。腕がなりますな」

「何百年ぶりか!?」


「待て、侵攻するつもりはない」


魔王は誤解に色めき立つ重臣たちに釘を刺した。


「では、どうして…」

「あの、一つよろしいかしら?」


先ほどから何やら深刻な表情で考え込んでいた女幹部が初めて発言した。


「クラウン王国に忍び込ませてる私の間者からの報告で、王国が戦争に向けて部隊を編成している…と」


「戦争?」


「はい。…魔王軍との、戦争に向けて」


彼女は言いづらそうに、しかし、はっきりと言葉にした。


「…わかった。やっぱり、俺が行って真相を確かめてくる。目的はそれだけじゃない。というか、これが本当の目的だけど…城から出て行ったリリアーベルを、連れて帰る。例えリリーが望んでいなくても」


魔王ははっきりと、そう宣言した。


---


来訪者などあまり来ないリリーの離宮に、仕立て屋がきた。王侯貴族に人気の流行りのデザインを生み出しているデザイナーらしいが、普段あまり贅沢を好まず、質素な装いをしているリリーはあまり興味がなさそうだ。彼女はせっせと色とりどりの布を当て、手元にあるノートに何やら熱心に書き込んでいるが、リリーはただそれを見つめているだけだ。アイシャもどこかつまらなそうにしている。


「桃色もよくお似合いですが、空色の生地も瞳の色に似てよくお似合いでございます」


「そうかしら?」


「はい。どちらの色にいたしましょう…」


「あなたに任せるわ」


リリーにとって、ドレスの色などどうでもよかった。


「かしこまりました。必ず、素敵な装いにしてみせます。何せ、殿下の婚約発表の場ですもの!」


そう、リリーがあまり気乗りしない原因は何もドレスに興味がないからではない。そのドレスを着ていく場所が問題なのだ。近々、クラウン王国の建国を祝う節目の式典があり、その晩餐会でリリアーベルとイワン皇太子の婚約発表を行うことになった。リリーの意思などお構いなしに婚約発表の準備は粛々と進んでいる。この衣装の採寸はまさにそうだ。


「ベル、衣装はどんな感じ?」


イワンが部屋にやってきた。


「今、デザインを決めているところよ」


リリーに促され、仕立て屋が改めてデザインの説明をした。


「いいんじゃないかな、ベルは美しいからどんなデザインでもきっと映えるよ」


「ええ、ありがとう」


リリーは愛想笑いを浮かべた。


「君に、これをプレゼントしようと思って来たんだ」


イワンは手に持っていた箱を開け、中身を出した。


「まあ…!」


リリーは驚きに思わず声を上げた。深い海を思わせる色の石は今まで見たことがないような不思議な輝きを放っており、その周りをダイヤモンドが固めている。一瞬で目を奪われるような、豪華で重厚な首飾りだった。


「そんな、高価なもの…頂けないわ」


思わず恐縮するリリー。


「どうか受け取って、ベル。この石はルースカー王国で取れた最高品質のものだ。将来妃となり、国母となる可能性のあるベルこそこれを受け取るのにふさわしい」


「そんな…」


リリーの顔がはっきりと曇った。しかし、イワンはそれに気がついたのか気にしてないのか、リリーの金糸の髪をかき上げると首飾りをつけた。


「やっぱりよく似合っている。今度の晩餐会で美しく着飾ったベルを見るのが楽しみだ」


「…ありがとう、イワン」


リリーは貼り付けたような笑みを浮かべた。


---


イワンが部屋を去り、用事を終えた仕立て屋も帰った頃。リリーは、そっと首飾りを外し、テーブルの上に置いた。

そんなリリーの様子を見ていたアイシャが、躊躇いがちに口を開いた。


「リリアーベル様、あの…」


「なあに、アイシャ」


「イワン皇太子と、本当に…」


意を決したアイシャが問いかけた、その時。


「失礼いたします」


騎士服に身を包んだジークが現れた。


「まあ、ジーク、どうしたの?」


「予定されていた訓練が中止になり、こうしてリリアーベル様の護衛騎士の任務に復帰できることになりました」


「訓練が中止に…?」


「はい。臨時に編成されていた部隊も解散されました。一体、何が起こったのか…」


ここ最近聞いたニュースで唯一希望が持てるものだった。リリーに情勢など詳しいことはわからない。ただ、このタイミングでの撤退は、イワンの提言が何かしら功を奏した可能性が高い。戦争が遠のいたのかもしれない。


「良い知らせね」


---


ジークが部屋を去り、2人きりになったタイミングで、アイシャは再び口を開いた。


「リリアーベル様、本当にイワン皇太子と結婚するつもり?」


「ええ」


リリーの迷いのない返答にアイシャは言葉に詰まった。


「そんな…魔王様のことは、もう…」


リリーは魔王様、というワードに少し反応したものの、特に言い返すことはなかった。


「もうクナーファも食べられなくなるけど、それでも?」


「あのクナーファが食べられなくなるのは寂しいわ…それでも、よ」


重たい沈黙が辺りを包み込む。リリーは無意識にイワンに贈られた宝石を見て、呟いた。


「だって、仕方ないじゃない。平和を保つ方法がこれしか…なかったのだから」


「でも…イワン王子と結婚するために城を出て王国に戻ってきたの?」


「もちろん違うわ!」


「じゃあ、どうして?」


「戦争を止めるためよ。そのためには、私がイワンに…嫁ぐしかないの」


だが、アイシャはリリーの言葉に納得がいかないという風に首を傾げた。


「戦争を止めることとイワン王子と結婚することに何の因果関係が?」


「彼が、王様に進言してくれたのよ。私の言うことには耳を貸さなかったけど…イワンの言うことはよく聞いてくれたみたいね」


「でもまだ撤退したと確定したわけでは…」


アイシャは密かに思っていた疑念を呟いた。


「確かにそうね。でも、近付いたはずよ」


アイシャはこれ以上返す言葉もなく、沈黙した。リリーも苦痛そうな表情を浮かべている。彼女が望んでいないことは、明らかだった。


「でも…他の男に嫁いでもう魔王様の元に戻らないのなら、もうリリアーベル様のところにいる理由もなくなる」


「…え?」


考えてみれば、そうだ。元々アイシャは魔王の命令でリリーの面倒を見てきた。でも、魔王の元を永遠に離れるなら、その命令も無効になるのではないか。


「そうね…考えても見なかったわ。アイシャ、ここに…王国に連れてきてくれて、今まで守ってくれて、ありがとう」


アイシャはピクリと眉を動かし、突然扉の方を見つめた。


「アイシャがいなかったら私、どうなっていたかわからないわ。思えばここに来てから休む間もなく仕えてくれたわね」


感慨深く、少し寂しそうな表情をしているリリーに対し、アイシャはどこか険しい表情をしている。まるで気掛かりなことができたかのように。


「ごめんなさい、今まで気がつかなくて。でももう…あなたをここに縛り付けておくわけにはいかないわ。そうよね?」


「…え?う、うん。あの、リリアーベル様、少し退出しても?」


「ええ、もちろんよ」


リリーの許可を得たアイシャはすぐさま部屋を飛び出し、しばらく帰ってくることはなかった。

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