第10話 動く事態
「リリー、おやつにしよう」
仕事がひと段落(部下に押し付け)した魔王は、癒しを求めに菓子を片手にリリーの部屋を訪れた。最近、彼は暇さえあればリリーに会いに来る。
「まあ、クナーファじゃない!しかも焼き立て!」
リリーは嬉しそうに駆け寄った。
「この間食べたけどすごく美味しかったわ。特に生地がカリカリで、甘いシロップが染み込んでいて…ありがとう、いただくわ」
彼女はクナーファを一つ摘むと、実に美味しそうに食べた。彼はそんな幸せそうなリリアーベルを、見つめていた。
「ん、美味しいわ…!やっぱりここの料理長は天才ね!」
「そうだね。これからもずっとここで暮らせば、毎日美味しい料理が食べられるよ」
「…そうね」
ふと、リリーの表情が曇った。
「もっと食べていいよ、たくさんあるから」
「で、でも、そんなに食べたら太ってしまうわ!」
彼はおもむろにリリーの腰に手を回した。
「リリーは太っても可愛いよ」
「そ、そう?」
「うん。たとえリリーが太っても、魔法で老婆の姿に変えられても、リリーのこと愛してるよ」
彼はおもむろにリリーの唇にキスをした。途端、彼女の頬は冬のりんごのように真っ赤に染まった。
(最近、事あるごとに可愛いとか愛してるとか…し、心臓が持たないわ)
しかし、リリーが彼の気持ちに応えることは、なかった。表情は何よりも物語っていたが。
「はぁ、そろそろ会議出なきゃ。めんどくさいなー、また中止にしようかな」
「だ、だめよ。仕事しない人は、好きじゃないわ」
「え、じゃあ俺、頑張る」
彼はリリーに嫌われまいと、慌てて仕事に向かった。
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〜会議〜
会議室では、彼の部下が勢揃いして待っていた。中にはもちろん、あの虫男もいる。
「魔王様、なかなかいらっしゃいませんな」
「またあの女に夢中なのでは?」
「あの女?」
部下たちは当事者がいないのをいいことに、噂話に花を咲かせていた。
「お前、知らないのかよ。今魔王様が一番に気に入ってる娘、名前は…ええと、なんだっけ、あの長ったらしい名前」
「リリアーベル」
魔王が突如、姿を現した。
「ま、魔王様!?」
「も、申し訳ありません!」
「リリーがどうした?」
「い、いえ、最近、魔王様が人間の娘を気に入っているというお噂を耳にしまして…」
「あの娘をどうなさるおつもりですか?やはり、側妃に?」
「はぁあ!?側妃!?」
魔王様は激昂した。
「そもそも正妃すらいないのに…てか、俺、リリー以外を妃に据えるつもりはない」
彼の宣言に議会は沸いた。
「あの魔王様がついに妃を…!」
「男気を感じる発言ですわね…!」
「これで一安心ですな」
「いや、まだ決まったわけじゃない。でも、この国も平和になって随分経つ。そろそろ妃を迎えてもいいかな。リリーを名実共に俺のものに…てか、なんでこんな話になってんの?さっさと本題に入って早く会議終わらせよう」
本音はおそらく、こんな会議早く終わらせてリリーとイチャイチャしたい、だろう。
「コホン。そうですな、早速本題に入りましょう。南部地方に出たという巨大な魔物の件ですが…状況があまりよろしくないようです」
司会の男は報告書を読み上げた。
「…なるほど。被害状況を確認するためにも、一度現地に向かった方がいいかもしれない。引き続き情報収集を」
「はい」
「それにしても、南部地方か…」
魔王の国は、実は広大だ。いくつかに分割されているが、その中でも南部地方、特に今回魔物が出現した場所はかなり遠い。向こうで任務を行うことも考えると、かなりの期間、不在になるだろう。
「もう一つ、気になる報告が上がっていますわ。人間の王国のことで」
女幹部が声を上げた。
「王国?」
彼は怪訝そうに眉を顰め、彼女の言葉の続きを待った。
「…はい。最近、クラウン王国を中心にきな臭い動きが見られるそうですわ」
「クラウン王国!?一体、何が起こってる?」
普段は人間の国のことなど微塵も興味がない彼だが、この時は違った。
「調査中ですわ。また、続報が来たら報告します」
「最優先で調査しろ」
「わかりましたわ」
魔王のいつもとは違う様子に、会議に参加している他のメンバーは思わず目を見合わせた。
(王国…普段ならチリほどどうでもよかったけど、リリーが絡んでくるとなると話は別だ)
彼はしばらく思考に耽っていたが、次の話題に移ったため、頭を切り替えた。
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「リリアーベル様を助けに行こう!」
「王女様を取り返そう!」
「王国はなぜダンマリなのか!?」
王宮の前では今日も今日とて群衆が集まり、デモが行われていた。
「一体、何が起こってるの?」
ミナは建物の窓からデモ隊の様子を見ていた。
「…正直、ここまで大ごとになるとは思わなかった」
モナも外の様子を見ている。まさか、あの新聞記事がきっかけでここまで発展するとは、想定外だった。
「ほら、そこの二人、何をボサっと突っ立ってるの!早く仕事しなさい。これだから身分の低い者は…」
般若のような顔をした先輩侍女に叱られ、二人は仕事を再開した。
「それにしても、最近仕事多くない?食事会とか舞踏会とか〜」
窓を拭きながら愚痴るミナ。
「仕方ないよ。今、ナントカ王国の皇太子が来てるらしいし」
言っておきながらも露ほども興味がなさそうな様子のモナ。
「え、なにそれ」
「知らないの?ミナ。あ、ほら、この記事に載ってるよ!」
モナはたまたま見つけた新聞記事を机に置いた。
「どれどれ…ルースカー王国の皇太子、電撃訪問…って、イワンじゃない!?」
ミナは皇太子の絵姿を見て驚愕した。
「え、まさか、路地裏で出会ったという…」
「そう!なんかオーラが違うなぁとは思ってたけど、まさか王子様だったとは〜」
盛り上がる二人に対し、再び先輩の手厳しいお叱りが降り注いだ。
「こら、何サボってんの!さっさと仕事しなさい仕事!」
「はーい」
今度こそ二人は仕事に集中した。
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騎士の詰め所で、ジークは警備の仕事に当たっていた。
「また訓練かよ〜」
「てか最近多くね?呼集も頻繁にかかるし」
休憩中なのだろう、詰め所にやってきた騎士たちが愚痴っている。
「やっぱあの噂、本当なのかな、お上が魔王軍との戦いに備えてるって」
「は?魔王軍と戦うのか?」
書類に目を通していたジークだったが、思わず会話に割り込んだ。
「あくまで噂ですけど、魔王軍と戦争起こすらしいっすよ!てか、ジーク先輩、実際に魔王と戦ったんすよね?どうだったんですか!?」
(魔王軍と…戦争…?)
「とても叶うような相手じゃない」
「ひぇええ、おそろしー!それにしても、リリアーベル様もお可哀想に。美人だからって魔王に誘拐されて!」
「やっぱ魔王も男だなー」
後輩騎士たちは好き勝手に言い、盛り上がっている。
(そうだ、リリアーベル様…もし、戦争になればどうなるか…)
まずは、ことの真相を確かめなければ。戦争などデマであれば良いが…と、ジークは持てる人脈全てを使い、調査に乗り出した。
「どうやら、本当らしいんだ。実際に王都では鉄が不足しているらしい。リタの情報だから間違いないだろう」
ジークはミナとモナの前で見聞きしたもの全てを話した。
「戦争って…嘘でしょ!?」
「信じられない…」
ミナは思わず大声をだし、モナは口に手を当てて驚いている。
「リリアーベル様はこのことを…?」
「多分、知らないだろう。もしかしたら魔王軍側で動きがあるかもしれないが…リリアーベル様は、人質のようなものだ。情報は掴めないだろう」
「そっか…」
ミナの表情に影が落ちた。
「人質…まずい、もし戦争が始まってしまったら…リリアーベル様は、殺されるかもしれない…」
顔面を蒼白にさせたモナが、震える声で言い絞った。
「どういうことだ!?」
「もし戦いが始まったら、魔王軍はきっと…リリアーベル様を助けて欲しければ降伏しろって、言うと思う。でも、あの王様はきっと…リリアーベル様を助けない」
ジークもようやくその可能性に思い至り、青ざめた。
「確かにあの王様ならあり得る…。大変、なんとかリリアーベル様にこのことを知らせないと!」
「知らせたところで…」
ミナの発言に難色を示すジーク。
「でも、このままじゃ何も知らないリリアーベル様が殺されちゃう!…かもしれない」
「…本当は僕が助けに行ければよかった…けど…!」
ジークは、悔しそうに拳を握りしめた。
「今は、僕ができる…最善を尽くそう」




