97話 シウランVS赤竜のゲド
ベンガル王宮天覧武道会の会場の観客が湧く。
この大会では出場者は賭けの対象となっているため、熱狂するように観客は歓声を上げた。
不穏な単語をコールされ、出場者に大勢の観客が盲目的に叫び上げる。
「「殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」
命を奪うことに躊躇うことを知らない狂信者達の中にルァ、デーヴァ、ライエル、イズモはいた。
この国の死生観と倫理を疑いたくなるような気持ちでいっぱいだった。
震えるイズモが言葉を漏らす。
「これがベンガルの国民が熱狂する御前試合か……」
身震いするライエルは怯えながら周りを見て呟く。
「ルシア帝国が長年手を焼いてる理由がわかりました……。国民からしておかしい……。隣を見て下さい。こんな小ちゃな少年少女達が竹槍やナイフを持って、殺せコールを絶叫してますよ……。……この国はイカれてます」
デーヴァはいつも通り無表情に淡々とその場の感想を述べる。
「なるほど、この国の人達は金貨よりも血を見ることに欲求するのですね。人は育った国により性格が大きく変化するわけですか。まるで植物のようですね。以前に訪れた国は金銭欲、この国の人達は闘争心が心を支配しているのでしょうか。興味深いです」
ルァは嘆息しながらハッパを吸う。
「こんな国だから海賊も手出ししないし、マフィアも大人しいのよね……。何でも泥棒捕まえたら警備隊に通報しないらしいわ。通報すると牢屋に入れられるからだって。この国だと泥棒を捕まえたら、街や村の人達がリンチするらしいわ。おかげで治安はいいそうよ」
イズモがタバコに火をつけながら試合会場を見る。
「スゲェな、会場に大結界が施されてるぜ。あれじゃ、極大魔法がぶち込まれても防げるぜ」
「ええ、凄い精度の術式の結界よ。魔法だけじゃなく、ほぼ全ての物理攻撃も吸収できるわね……。ティラノサウルスがどんなに暴れても会場の観客は無事よ。てかそんな精度の防御結界生み出せるら、なんで軍事転用しよう思わないのかしら……。多分戦争よりこの試合に本気出してるわよ、この国……」
縮こまるライエルが会場を見下ろす。
「あ、シウランだ! いやぁ赤髪のハンサムイケメンになっちゃってますね。背なんて僕よりずっと高いし、体格も男らしいですよ。気のせいかな? 黄色い歓声が聞こえるぞ?」
ルァがうっとりした顔でシウランの横顔を見つめる。
甘い吐息を吐いてしまう。
「ああぁ……。待ってたわ……。愛しの我が君……。どうかその姿で存分にその力を魅せて……」
男になったシウランは戦いの場へと歩んでいた。
試合会場といっても、会場にリングはなく、床が石畳でできているだけだ。
広い会場には人の背丈程の塀が円形に会場を囲み、並んでいる。
確かに戦う場として広いが観客に被害がないかと不安になったが、すぐに途轍もない防御結界が試合会場を覆っていることを理解した。
結界の向こう側にはルァやデーヴァ、皆んながいた。
見えているかと両手を振ると黄色い歓声が会場に響き渡り、ルァも何故が叫んでるような顔をしていて、シウランは一瞬動揺した。
「臆したか、人間め」
シウランの向かい側に低い嘲りが響いた。
相棒の普段見たことのないような取り乱しかたにヒイていただけなのにと、シウランは抗議しようと思ったがやめた。
相対する相手を真っ直ぐ見つめ、無言で睨み返す。
赤く巨大な体躯を黒光りする鎧で覆い、右手に槍、左手に鉈のような大剣を持つ、二足歩行の竜。
その眼光は鋭いが、どこか見覚えがある。
そう、猫が捕らえた鼠に向けるような視線だ。
シウランは自分は舐められている、そう判断し、自身の何倍も、おそらく8メートルはあろうかという赤竜を見上げ、軽口を返す。
「ああ、ビビったぜ。肉食竜が人間の言葉で話しかけてきたからな。それにしても細っちいガタイだな。レッドドラゴンって、イグアノドンより全然小さいんだな。お前あれだろ? 草食竜が群れになって襲ってきたら逃げ出すようなハイエナみたいな奴だろ? 楽しみにしてたのにガッカリだぜ。対戦相手がサバンナの雑魚で……。あ、言葉わかるかー? 赤トカゲ。」
シウランの挑発は赤竜ゲドへの侮辱として的確に突いていた。
ゲドは目の前の矮小な生き物の言霊で気高き誇りを汚され、理性の糸がプツンと切れたのを感じた。
それが試合の始まりであった。
一瞬で巨大な大剣が石床に突き刺さり、石畳が轟音と共に石の飛礫となって破散する。
地鳴りと共に大地が砕ける。
観客達は何が起きたのかわからなかった。
恐らく赤竜ゲドがその自慢の大剣を振り下ろしたのだろう。
もしくは巨大な尾で目の前の対戦者を地面ごと叩きつけたのだろう。
攻撃したのは間違いなく赤竜のはず。
しかし理解できなかった。
攻撃したはずの赤竜が仰向けになって倒れ伏しているのを。
観客だけではない、大剣を振り下ろしたゲドさえ何が自身に起きたのか理解できなかった。
ゲドの揺れる視界には赤髪の人間の顔が映っていた。
それが言葉を放つ。
「まるで何が起きたかわかんねぇって面だな、トカゲ野朗。その薄汚ぇ種族の生き残りをここで絶やしてやるよ。弱肉強食が自然界の掟だ。今夜のディナーはお前のステーキだ。ありがたく味わうぜ……」
ゲドの赤竜としての生存本能が働いた。
このままでは赤髪の小僧に喰われる!
咄嗟に禁じ手とした灼熱のブレスを吐き、封印した翼で空中に避難する。
空を舞うゲドの背筋は凍っていた。
先ほどの赤髪の矮小な人間。
だが、その気配は巨大な肉食竜捕食者、雄大なティラノサウルスそのものであった。
ゲドは生まれて初めて痛感した。
肉食動物に追われる草食動物の必死さを。
迫りくる死の恐怖を。
ゲドはそれまで矜持としていたもの、誇りを捨て、一匹の赤竜と成り下がりながらも、生きる道を選択した。
赤い影の恐怖に身が凍りつきながらも空へ逃れた。
しかし、現実は常に無情である。
ゲドの長く、大きな首に死神の鎌が振り下ろされた。
シウランの強烈な回し蹴りが無防備なゲドの首に炸裂したのだ。
その蹴りの威力は凄まじかった。
その蹴打には膨大な気と魔力が宿っていた。
その解き放たれた力は大岩すら粉砕する。
骨を砕き、肉をも断つ。
ゲドの首はありえない方向へと捻り曲がり、事切れた意識は巨大な体躯と共に石畳へと落ちる。
そして轟音と共に石畳の会場へ落下する瞬間、既に戦えるような状態ではないゲドにシウランは追い討ちをかけた。
空中を激しく回転し落下すると同時にゲドの頸椎に蹴りを的確に叩き込む。
ただの蹴りではない。
それは人が地面に落ちている硬い物を踏み砕くような容赦のない踏み付けであった。
ゲドの首の骨、神経は断裂し、大戦の生き残りの赤竜はその命の灯火を絶やした。
もしゲドが赤竜という容姿でなかったら、シウランはここまで容赦なくやらなかったであろう。
人の姿をしていればどこかで力のセーブをして、攻撃箇所もこのような無慈悲なものにならなかったかもしれない。
しかし運の悪いことに、ゲドは赤竜の姿であったのが災難であった。
シウランの中では殺人は御法度、ただし肉食獣は幼い頃から技の実験体であったのだ。
シウランは憎き兄弟子の教えに忠実であった。
首を狙え、首さえ落とせば大抵の生き物はくたばる。
歴戦の闘士、静烈のゲドの惨い死に様を目の当たりにし、観客席には沈黙が走り、会場は彼の二つ名の通り、静寂に包まれる。
無音の会場でシウランは天空高く拳を突き上げる。
勝利のガッツポーズだ。
そのパフォーマンスに観客達はキョトンとしながらも、すぐに我に返り、激しい歓声を上げる。
「あのレッドドラゴンを瞬殺だ!!」
「静烈のゲドが何もできなかったぞ!!」
「あの赤髪の兄ちゃんがこの大会のダークホースだ!」
「キャアアアアァァアっっ!! シウラン様っ!!!」
第一試合勝者、武神流魔術士シウラン。
極め技、踏みつけ。
シウランは勝利の余韻に浸りながらも、倒れ伏したゲドを見据え、右拳を構え、左腕を腰に引き、半身の構えで、その身に隙を見せない態勢を取る。
その構えを残心と呼ぶ。
シウランは心の中で呟く。
俺には隙はない。
勝負は対峙した瞬間から決まっていた。
ゲドが相対する相手をみくびってしまったこと。
そしてシウランの安い挑発に乗ってしまったことだ。
もし赤竜ゲドが最初から自らが禁じ手としていたレッドドラゴン最大の武器。
その巨体を本能のままに操り、自慢のブレスを放ち、赤竜の最大の利点である翼で空を自在舞い、闘えば勝敗は違うものになってしまったかもしれない。
哀れな戦士、静烈のゲド。
彼の身はシウランのディナーのメインディッシュにされる運命にあった。
まだまだ天覧武道会は初戦が始まったばかりだ。
シウランはまだ見ぬ強者に備え、その身に刻まれた技を磨く。
もっと強くなるために。




