96話 静烈のゲド
天覧武道大会当日。
天気は快晴、場は、ベンガル王都のコロッセオ。
ベンガル国、いやこの大陸最強の達人を決めるため、大勢の観客が溢れ、嬌声を上げている。
また武を重んじるベンガル国王は貴賓室にて、王女と共に観覧していた。
御前試合なのである。
王女は作り笑顔を引き攣らせていた。
理由は単純である。
「あの馬鹿王女! 対戦カードの組み合わせ間違えやがった! ハーフオークのカードと俺のカードを逆にしやがった! おかしいと思ったんだよ! ハーフオークの初戦の相手が新米ハンターで、なんで俺が火を吐く竜なんかと闘うなんて!」
控室でシウランが啖呵を切る。
ルァも大会の組み合わせ表を見て、頭を抱える。
「……錚々たるメンツね。赤竜の次はルシア帝国の剣聖、元ビガロス聖騎士なんているわ……。ハーフオークとぶつかるのは決勝戦だし、この組み合わせじゃハーフオークと闘う前にシウランの身が持たないわ……」
デーヴァは冷静に状況を分析する。
「一日一試合、順当に勝てれば五日後には決勝戦に出場できます。シウランは試合で怪我しても複体修術が治療できるので、少しは有利かと判断します」
イズモが首を振る。
「いや、例のハーフオークが試合でダメージを負うイメージが湧かない。何度も言ってるだろう、アイツはヤバイ! 人間の勝てる相手じゃねぇ! 今なら間に合う! 棄権しよう、シウラン!」
シウランとルァが怯えるイズモとライエルを見てヤレヤレと言った顔をする。
「何度も聞いたよ、そのわけわかんねー話。なんで大剣で熊が粉砕するんだよ。フカシ話もほどほどにしろよ。てか熊退治になんでベンガル最強の奴が出動してんだよ。そういうのは猟師の仕事だろ。ちゃんと偵察しといてくれよなー」
「まぁ大剣使いの剣士なのはわかったから、対策立てられるわね。多分魔法は使えないわね。こっちが有利よ」
ライエルが全力で首を左右に振る。
「対策とかそういう問題じゃないんです! 戦う次元が違い過ぎます! 初戦のレッドドラゴンなんてかわいいもんですよ!」
シウランが溜息を吐く。
「こういう時は励ましの言葉が欲しいぜ。何、全力でビビらせようとしてんだよ。ってかルァ、変装とかしなくていいのか? 大会の出場者は男限定なんだろ? 覆面とかした方がよくねーか?」
ルァはあっけらかんと答える。
「あら? さっきドリンクに入れた薬の効果が効いてるわね? 大丈夫よ、覆面なんて、いらないわ。なんなら、そのダサい胴着の上着も脱いでいいわよ」
「何言ってやがる。サラシ巻いた身体で闘ったらすぐにバレちまうだろ……。あれ!? 胸がなくなってやがる! ……まさかお前……!」
ルァがうっとりとした表情と熱い眼差しでシウランを見つめて囁く。
「やっぱり素敵……。貴方のその姿……。ああ、目の包容だわ……」
シウランが控室にある鏡を見つめ叫ぶ。
「やっぱり例の薬かーー!!」
再びシウランの性別は男になってしまった……。
シウランの騒がしい控室とは対照的に、赤龍のその部屋は静寂であった。
静かに赤龍は得物の槍の切先を見つめていた。
研ぎすまされた刃、その鋭利な先端には光が反射していた。
その輝きを穏やかな気持ちで赤龍は眺める。
赤龍は背に翼を持っていた。
しかしその毛のない、赤い鱗で覆われた翼で飛翔したことなぞ、15年前の大戦以来、無かった。
空を舞い戦うことは己の種族の誇りでもあったが、一人の武人として恥ずべき行為と自戒した。
相対する相手と同じ土俵で全霊をもって屠ることこそ、その赤龍の個人としての、武人としての誇りであった。
そう、赤龍にはプライドがあり、理性があり、知性があった。
人族の戦士のように胴体を鋼製の鎧に纏い、巨大な脚にまで金属の軍靴を履かせている。
赤龍の皮膚は岩よりも硬い。
しかしこれまでの戦いでその自惚れが仲間の死を招いた。
だから慢心は捨て、頑丈な黒鉄で全身を覆う。
種族の誇りである火炎の息は一息で人間の村なぞ焼き尽くす。
しかし、先の大戦では人間という過弱き種族の結界で何度も防がれ、同胞が命を落とした。
この赤龍はそれを種の驕りと知り、赤く巨大な体躯を鍛え、技を学んだ。
忌むべき人間の剣技、槍術、斧技。
それだけではない、種族として見下していた耳長のエルフという小賢しき種に弓術と魔法の知識を乞うた。
その赤龍は力を求道した。
統一戦争で自分の種族が敗北者となり、種の存続が危ぶまれた時、その赤龍は学んだ。
自分達は弱いと。
だから強くなる必要がある。
再び人族から恐怖される存在にならなければならない。
種の存続の為には、人間から恐れられ、近づくことすら許されない強さが必要だ。
今も同胞は人族のハンターとやらに追われて生きている。
種の矜持として許されることではない。
だからその赤龍は人族の戯れの大会で強さを見せつけてきた。
数多の猛者を屠ってきた。
負けたことはない。
人族の戦い、人間の土俵で人の技で殺めることを縛りとした。
それは戦争で負けた意趣返しであり、自身の磨いた技術の昇華であった。
その赤龍、戦いに於いて縛りを課している。
巨大な翼を封じ、種の誇りでもある灼熱の吐息も使わない。
ただ鍛え上げた体躯と磨き上げた別種の技で、立ちはだかる強者に挑み、ねじ伏せる。
天命の刻が訪れた。
このベンガルの天覧武道大会に先の大戦で同胞を屠った人族の英雄と呼ばれる存在が現れるという噂を耳にした。
猛る血が沸いた。
宿願の忌々しい一族の仇をこの顎で食いちぎる、絶好の機会であった。
その赤龍は自身が持つ槍の切先の光に希望を見つけた。
ついに我が宿願の刻、人が竜を恐れる時代が来るのだ。
我がその先駆者となるのだ。
初戦の対戦相手である赤毛の人間なぞ羽虫程度にしか思っていなかった。
その赤龍の名は、ゲド。
静烈のゲド。
その赤龍、竜の身に生まれながら、人の武技を自在に操り、その技のみで屍の山を築きあげた。
種の誇りとも云える力を禁じ手として。
静寂が支配する控室の中、ゲドは戦いに猛る咆哮を心の内に秘める。
その闘志を纏い、得物の槍を強く握りしめた。
シウランは知らない。
その強者の実力を。




