95話 ライガー=ウルバルト
それから五日後
昼下がりの草原の畦道を黒髪を靡かせながら少女は走る。
シウランの武道会のトーナメントの対戦相手が決まり、それを知らせるために黒髪の少女、デーヴァはシウラン達の鍛錬場所まで駆けつけて来た。
デーヴァが広い草原から二人の少女達の姿を見て、追いかける。
しかし、その光景にギョッとしてしまう。
草原に広がる草木が生い茂る大地、それがまるで火山の噴火でもあったかのように黒ずみ、激しく抉られていたのだ。
いったい何が!?
デーヴァが足を止めていると、逆にデーヴァに気付いたシウランが声をかける。
「デーヴァじゃねぇか! なんだ、差し入れでも持ってきたのか?」
デーヴァはシウランの方を見ると再びギョッとしてしまう。
シウランは水浸しで道着の下の身体は傷塗れになっていて、血がところどころ滲んでいた。
さらにシウランの右手は炎にでも焼けたかのような焦げた跡が黒ずんだ火傷で傷んでいる。
しかし肝心のシウランは痛がる素ぶりもなく、久しぶりに来訪してきた仲間に無邪気な笑顔を向けていた。
デーヴァはその姿に戸惑いながらも、伝えるべきことを伝える。
「シウランの好きな鶏のコンガリ肉を用意しています。それより大会の初戦の対戦相手が決まりました」
目の前の焼き鳥の塊に涎を垂らすシウラン。
それを他所にルァはデーヴァに問いかける。
「初戦のカードはどんな奴なの? 対策とかしておかないといけないわね。デーヴァ、詳しく教えてくれる?」
デーヴァは汗を掻いていたルァに水筒を手渡し、ルァの問いに静かに答える。
「レッドドラゴンです」
すでに肉に囓りついていたシウランがデーヴァの言葉に反応する。
「ずいぶんとまぁ派手な二つ名だな」
シウランの感想にルァも嘆息する。
「ネームドにこだわり持つ奴に限って、大したことないのよね。二つ名からして火炎魔法でも使うのかしら? それとも肉食竜でも倒してきたハンターとかなの?」
ルァの言葉にデーヴァは首を左右に振り、はっきりと答える。
「だからレッドドラゴンです。二つ名なんかではありません。赤竜が初戦の相手です。火炎魔法を使うかは見ていないからわかりませんが、イズモさんから聞くに統一戦争の生き残りの猛者だそうです。多分火を吐く生命体と推察します」
予想を超える相手を告げられ、シウランとルァは思わず目を合わせた。
デーヴァが続ける。
「どうも例の王女様はこの大会でどうしてもハーフオークを倒す為に、大陸中の猛者を集めているようです」
ハーフオークより厄介な相手と闘うことが決まり、シウランとルァはウォーミングアップを始める。
「さてと特訓再開よ、さっきは照準と収束が拙かったわ。まだまだ未完成ね。シウラン、覚悟はいい?」
シウランは肩を回して、屈伸をして軽快に答える。
「おう、何度でもやってやるぜ! 対戦相手が人間相手じゃなくて良かったぜ。遠慮なく殺せるぜ!」
特訓を始める前にシウランはデーヴァに呼びかける。
「デーヴァ、危ねぇから、もっと離れてるか、街に戻ってくれ。怪我するかもしれねぇ。街に戻るならハーフオークがどんな奴かも調べてくれ」
この場にいるのは危険と察したデーヴァは手早く身支度を済ませて、足早にその場を後にする。
二人の少女の姿が見えなくなったところ、地面から衝撃振動が走り、鼓膜に爆音が鳴り響く。
揺れる草木を見ながらデーヴァは疑問に思う。
海で首長竜すら屠ったシウランがこれ以上強くなる必要はあるのだろうか……。
デーヴァは空を見上げて雲に問いかけた。
そして別の空の彼方をイズモとライエルは唖然と眺め、立ち尽くしていた。
シウランの大会のライバルであるハーフオークの偵察をしていた二人だった。
しかし予想を斜め上に行く展開に思考が停止していた。
ハーフオーク、鉄製の兜で顔は覆われていて素顔は見れなかったが、一目でその異様さに気づいた。
何より背が高い。
身長は軽く3メートルは超えている。
しかもその高さ以上に鍛え上げられた巨躯がさらに大きく見せていた。
丸太のような腕、巨大な大樹のような脚、胴体はオークのような身体とは遠く、筋肉で引き締まり、覆うプレートアーマーが裂けるような身体つき。
その巨漢が空中高く飛んだ。
まるで雲に届くような高さまでだ。
そして大地に響くように空から叫び声が上がる。
「我が名はライガー! ライガー=ウルバルト!! この切先に乾坤の一擲を賭せん!!! そして我を刮目せよっ!!!! 我が太刀筋の前に勝てる者無しっっ!!!!!!!!」
そして天空から大剣、いや剣の形はしているが、その大きさはそれを遥かに凌ぐ、長い歳月を生きた大樹のような巨剣であった。
そして巨大な体躯と共に、それが眼下にいるヒグマを粉砕した。
ライエル達の目では目の前の熊が斬られたかもわからなかった。
鼓膜が裂けんばかりの衝撃音と舞い上がる土煙、そして揺れる大地。
何が起きてるかさっぱりわからなかった。
ただ目の前で帆船すら両断しそうな大剣をまるで包丁のように軽く扱う巨漢の男が土煙の向こうに現れた。
そしてそれを振り翳し、静かに呟く。
「我が斬竜剣に断てぬ者無し……!」
まぁその男がそう言ったなら熊は斬られたのだろう。
抉られた大地からは最早、影も形も無かったが。
ライエルが声を震わせながらイズモに囁く。
「おかしいですよ、街外れに出た熊駆除であそこまでやります……!?」
「……獅子白兎って奴だな……。手加減って概念がないんだろうな……」
そして象に跨り、勝鬨を上げる。
「征くぞ、ルドルフ! この国の脅威、我がライガーの目が黒いうちは許さぬ! 城へ凱旋である!」
地鳴りを起こしながら、巨躯が象を走らせる。
その地震に揺られながら、イズモとライエルは立ち尽くす。
「あれが例の王女様が言ってたハーフオークか……」
「人間が勝てる相手じゃないですよ! シウランには棄権させましょう! あんなのと戦ったら殺されますよ……!」
今まで海賊やら、ハンターやら危険な存在には散々出くわしたが、今立ち去った男はそれが可愛く思えるぐらい桁違いの強さを持っていた。
自分が戦うわけでもないのに、イズモもライエルも恐怖で身動きが取れなかった。
ただ痛感した。
勝てる訳がない。
単なるオークかと思っていたら、巨大な肉食竜が矮小に感じるぐらいの強さをシウランの対戦相手は持っていた。
シウランに直ちに伝えようとしなければならなかったが、二人とも恐怖で足が動かなかった。
まだ見ぬ敵の脅威をシウランは知らない。




