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94話 シウランVSルァ

 

 ベンガルの首都から離れた草原、陽の光が夜と朝をくぐって、射しだす。



 朝靄が立ちこめる平野でシウランとルァは軽くウォーミングアップをしていた。


 大会まで、残り一週間しかない。

 少ない期間にシウランは特訓に励むことにした。

 船旅の物資の調達や大会の出場者の情報収集はイズモ、ライエル、デーヴァに一任した。


 強くなる必要がある。

 シウランは今までの海賊達との戦いで自身の力量不足を痛感していた。

 今まではなんとか相棒のルァや仲間達の力で切り抜けられた。

 しかしこれから先、さらなる強敵が立ちはだかるかもしれない。

 そもそも今回の大会は大陸中の強者が集う。

 シウランは自分がまだ未熟だとは自覚していた。

 しかし、船旅という条件では鍛錬の場として都合が悪かった。

 そして今回は、一週間という短い期間だ。

 手っ取り早く強くなるために、相棒のルァとの稽古を選択した。


 強くなるには実戦が最適だ。

 そしてルァとの戦績も五分。

 二度戦ったら、一度は負ける。

 単純な体術勝負ならシウランが上だが、ルァは水魔法を自在に操る。

 それに、ルァはシウランと違い、正面からの戦いを避け、頻繁に搦手を駆使した戦術で勝負してくる。

 シウランにとって、共に肩を並べて戦うには頼もしい存在だが、対戦相手としての相性は非常に悪い。

 ルァはシウランの実力をできる限り封じ、自分が本領を発揮できる戦いを持ち込む技量がある。

 今度の大会でもシウランと相性の悪い相手と戦うかもしれない。

 稽古相手としては最適だった。


 シウランはウォーミングアップで身体を柔軟に伸ばし、右脚を垂直に上げて、鍛えた太ももを顔の頬にくっつけていた。

 ルァも両足を開脚させて地面につき、そのまま上半身を寝かせる。

 二人とも体術の使い手だけあって、身体の関節は柔らかい。

 非常にしなやかに柔軟体操をこなす。

 シウランが反対の脚を上げながら呟く。

「お前との乱取り稽古も久々だよな。稽古はいつ始める?」

 ルァが意地が悪い笑顔を浮かべて答える。

「もう始まってるわよ。相変わらず脳筋ね」


 ルァの布告に咄嗟にシウランは臨戦の構えをとって、ルァの正面を見据える。

 ルァはあくびをしながら右手を伸ばして指をパチンと鳴らす。

 するとシウランの足元の地面が水没する。

 いや、シウランが地面と思っていたのがルァがルァの水魔法で精製した水面だったのだ。

 あっさりと水底に沈み込むシウラン。

 すぐに水上に上がろうとするが、身体の自由が効かないことに気付く。

 上手く腕が上がらない。

 それどころか身体中が締め付けられるような感覚に陥った。

 水の中でもがくシウランを騙し打ちしたルァは呆れた声でぼやく。

「油断しすぎ。それと私の水魔法は水圧の調整もできるわよ。シウラン知ってた?人が深く潜れない理由。海には水圧ってものがあるのよ。まずは私の一勝かしら。敗因は油断ね」

 水中でもがきながらもシウランは諦めていなかった。 

 青い瞳に闘志の炎を燃やしている。

 全身の力を振り絞り、この窮地から脱そうと足掻いた。

 そんなシウランを哀れな目で見るような目でルァは見下し、手のひらを握る。

 すると猛烈な水圧がシウランに襲い掛かり、呆気なくシウランは失神してしまう。

 完全にグロッキーになったシウランをルァは水魔法で地面へと引き上げた。

 完全に気絶してるシウランを見て、ルァは嘆息する。

「やれやれ、こんなんで大会に勝てるのかしら……」

 

 シウランとルァの稽古は始まったばかりだ。

 すぐに仕切り直しの稽古が始まった。

 シウランとルァはお互いに構える。

 確認の為にシウランがルァに向かって叫ぶ。

「さっきみてーな、卑怯なマネは今度してねーよな!?」

 その言葉を聞いてルァは溜息を吐く。

「闘いに汚いも何もないわよ。最後に立っていた方が勝ちって、フェイに教わらなかった? まぁいいわ。これから貴方の致命的な弱点を攻めていくから、今回の稽古の目的は弱点克服ね」


 シウランとルァの距離は約10メートルほど、シウランなら跳躍一つで肉薄できる距離だ。

 闘いの合図も無しに、シウランはルァ目掛けて一直線に駆け出す。

 シウランは自分の土俵である近接格闘に持ち込むつもりだ。

 あっという間に距離を詰められるルァ。

 バックステップをする顔からは意地悪そうな笑みが浮かんでいた。

 シウランが回し蹴りを放とうとした瞬間、背中から衝撃が走った。

 ルァの水弾が後方から無防備な背中に命中したのだ。

 あまりの威力にシウランは態勢を崩してしまった。

 そこに前後左右からルァが放出した水弾が襲いかかってくる。


 まるで鉄球をぶつけられた威力にシウランは驚きを隠せない。

 正直、シウランはルァの水魔法を舐めていた。

 いざとなれば自慢の拳ですぐに弾けると思っていた。

 威力も水鉄炮を大きくしたもの程度と思い込んでいた。

 しかし現実は違った。

 確かに拳や蹴りを放てば、水弾の水は通り抜ける。

 だが、身体に被弾した時に金属の塊のような硬さで容赦なくシウランの身体をうちのめす。

 このままだと負けると判断したシウランは防御から、回避するという選択を選んだ。

 避けながら、ルァに近接戦を仕掛ける。

 しかし、対峙するルァはシウランとの距離を離して、周囲を円を描くように駆け回る。


 それを見てルァに近接戦を仕掛けることが困難だと悟った時、無数の水弾がシウランを囲い、襲い掛かる。

 水弾の数が多すぎて、回避が間に合わず、シウランは何度も被弾した。

 しかし攻撃を受けながらも、シウランは諦めていなかった。

 ルァの動きをよく観察し、その動作を予測する。

 そして破れかぶれで地面に己の拳を叩きこみまくった。


 (タオ)の放出。

 以前ナレスからトレースした技だ。


 シウランから放出された(タオ)が拳の形になって、ルァの全身に襲いかかった。

 しかし余裕な笑みを浮かべるルァは掌印を結びながら小声で呟く。

「正解ね、だけど手は打ってあるわ」

 ルァは水魔法の結界を展開し、シウランの放出した(タオ)|を防ぐ。

 そしてすぐに印を結び直し、シウランに狙いを定めた。


「水柱」


 水弾と比べようのない強烈な水流がシウランに襲い掛かり、咄嗟にシウランは上空へと回避する。

 しかし水流はシウランの後を追うように迫り、シウランの全身に攻城槌を打ち付けられたような衝撃が走った。

 シウランは空中で無防備な体勢をとってしまったため、その攻撃をモロに受けてしまった。

 ルァの水魔法は容赦がない。

 先の水柱の攻撃で意識が朦朧していたシウランの身体を水で縛り上げる。

 空中高くまでシウランの身体は舞い上がってしまう。

 それを見上げたルァは意識を失いかけているシウランに呼びかける。

「貴方の弱点わかった? 貴方は多角的な攻撃に弱いのよ。タイマンばっかりしてきた証拠ね。それと距離を取られると接近するしか選択肢がない。魔法が使えないってだけでこれだけ差がつくのよ。わかった? 貴方は弱いのよ」

 意識が白濁しながらもシウランは相棒に罵られたことは理解した。

 返事代わりに唾を吐きつける。

 その様子を見たルァは顔を引き攣らせた。

「このまま地面に叩きつけてやろうかしら? まだまだ勉強不足みたいね」

 シウランは目に涙を滲ませ、悔しそうに呻く。

「……じゃあどうすりゃいいんだよ……。……お前みたいに魔法が使えりゃ……俺だって……」

 ルァが指を鳴らして水魔法の拘束を解く。

 空から落ちてきたシウランを水の塊が優しく包む。

 そしてルァは決意を込めてシウランに告げた。

「貴方は魔力も練れる。(タオ)の放出もできるわ。貴方にはとっておきの飛び道具を覚えてもらうからね。そうすれば私なんかに遅れをとったりしないわよ」

 水浸しになったシウランが顔を濡らしながらルァに尋ねる。

「俺にできるのか……?」

 ルァは自信を持って答えた。

「貴方、人の技を見て盗むのだけは得意だったじゃない。昔から。シウラン、貴方ならできるわ!」


 シウランは無意識にルァを抱きしめる。

 信頼する相棒の言葉を頼り、今はその存在に依存した。

 ルァは胸元にある濡れた赤髪を優しく撫で続けた。

 そして決心した。

 自分を抱きしめた存在を徹底的にしごくことを。

 心を鬼にして目の前の相棒を強くさせて見せると決心した

 その時泣き崩れるシウランは知らなかった。


 その後、地獄のようなスパルタ修行が始まることを。


 何も知らないシウランは、今はただルァの華奢な身体にしがみついていたかったのだ。


 南国の眩い太陽の陽射しが二人を包み、空は青かった。

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