93話 二人の軋轢
ベンガル艦隊の救出作業を終えて、大国ベンガルの港街に寄港するシウラン達。
出迎えを祝うように、水平線の先から陽が眩く輝きだし、朝を告げるように鴎の群れが一斉に海の唄を奏でる。
シウラン達は近場で宿を取り、その部屋で話し合いをしていた。
夜は海賊の撃退に、さらに海難救助でろくに眠れず、皆寝不足だ。
だが放置して置けないことがあった。
助けたベンガルの姫君がシウランに抱きついて離さないのだ。
高貴な身でありながら、庶民の宿屋の中まで入り、護衛すら追い払われていた。
そして泣きながらシウランに嘆願する。
「このままだと、私はハーフオークと契りを結ぶ運命なのです! 白馬の王子様とか贅沢は言いません! せめて人間、いえこの際ドワーフとかでもいいです! とにかく助けて下さい!」
シウランは困惑していた。
正直しがみつく姫を自慢の腕力で引き剥がすこともできたが、姫の泣きながらの懇願にひどく同情していたからだ。
無理もない。
かつてシウランも兄弟子の狂気的な思惑により、アウストラロピテクスと交配されそうになったからだ。
しかし、武闘会参加にはどうにも積極的になれなかった。
シウランは船で寝ているネムが気がかりであったからだ。
長い船旅になると予想はしてはいたが、最近どうにも寄り道が多い危惧がある。
できればすぐにでもシャイン号を出航させたいのだ。
悩むシウランにイズモがタバコを吸いながら、声をかける。
「意外だな、俺はお前さんのことだから武闘会とやらに参加したがるもんかと思ったぜ」
ライエルも同意した。
「ええ、僕もどこぞの英雄伝のおてんば姫のように腕試しに躍起になるかと思いましたよ」
シウランが苦い顔をする。
「俺はそんな戦闘民族じゃねぇ。バトルなら海賊連中で懲り懲りだよ。そもそも見せもんになんのはニュークで卒業だ」
ルァが冷やかす。
「あの八百長賭博の闘技場? そういえば一瞬だけ、チャンピオンになったわね。支配人ぶちのめして、すぐに王座失墜したけど」
デーヴァが追撃する。
「聞いていた過去のデータではシウランが初めて殺人を犯したのがニュークの闘技場ですね。犠牲者は飛び入り参加の挑戦者だったとか」
シウランは赤い髪を掻きむしる。
「やめろデーヴァ! 思い出したくねぇ! それにあれはわざとじゃねぇ! 事故だ、事故! うーん、命がけで試合とか正直気が進まねーんだよな……。俺、試合のために殺し合いとか正直どうかと思うだよな……」
ルァが毒を吐く。
「殺し屋シウランさん。今まで何人殺めたのかしら、ニュークで船出した時に死んだ海賊の数は三桁いってるわよ。ときどき私、貴方が怖いわ……。そういえばこないだのオークションでも殺害してたわよね。信じてる相棒の両手が血で染まってるのは、相方として哀しいわ……」
シウランは頭を抱え込んで、座り込んでしまった。
「わざとじゃない……。俺は悪く言わないでくれ……。あの海賊がもっとタフな奴だったら良かったんだ……」
イズモはタバコを灰皿で揉消し、シウランに抱きつくベンガルの姫に尋ねる。
「姫さんや、もうちょっと詳しい事情を教えてくれんかね? 正直ハーフオークの結婚とか武闘会とかよくわからんのだよ」
シウランにしがみつく姫は涙を溢しながら、消え入りそうな声で説明を始めた。
「我が国、ベンガルは武の大国です。長年その武力でルシア帝国や近隣諸国とも争ってきました。種族を問わず、強き者が尊ばれてきました。強さが誉れの国なのです。そんな我が国にも英雄がいます。その者は下賤な生まれの一兵卒でありながら、綺羅星のような軍功と戦歴で今やこの国の将軍です。我が父王も深く信頼し、重用してます。そこまではいいんです……。問題は与える恩賞がもうすでにないんです。国宝の武具や冠位、男は全てを手にしました。そしたらよりにもよって、私の王配に迎えるとか父王は血迷ったことを提案したんです。けど、いくら国の英雄とはいえ、ハーフオークですよ!? こんな成り上がり物語は許してはいけません! 私はハーフオークの子供を産むんですか!?」
ライエルが疑問を口にする。
「あれ? 強い者がモテる国なんですよね? 姫は強い人には惹かれないんですか?」
「私は幼少期からルシア帝国で人質として育ちました。はっきり言います。ルシアに戻りたいです。我が祖国はおかしい! なんであんなハーフオークが国の英雄として賛美されてるんですか!? 私は抵抗するように多種多様な武闘会を開催して、この国一の強さを示すようにと、ハーフオークに無理難題をふっかけました。開催した武闘会にはこの国の精強な猛者や他国から雇った傭兵、ハンター組合から要請した屈強なハンター、果ては闇のアウトローまで送りました。けどハーフオークは全て返り討ちにしたんです! 次の武闘会で優勝してしまえば私はハーフオークを花婿に迎えてしまいます!」
キアがむせび泣く姫を慰めるように、頬を舐める。
少し思案した後、イズモはタバコに火をつけて、提案する。
「とりあえず、武闘会参加はともかく、ベンガルの首都に行くのは賛成だ。大瀑布の情報と未知の大陸のための装備や備品を仕入れる必要がある。これから先、ベンガルほど発展してる国はないからな。東に行けば行くほど発展途上国ばかりになる。装備を整えるならここだ」
ライエルも恐る恐る手を上げる。
「僕もイズモさんと同じ意見です。何よりベンガルは遺跡発掘を実現した有数の国家です。古代文明の手がかりがあるかもしれません。未知の大陸サンハーラのことについても少しは解明するかもしれません。何も手がかり無しでサンハーラの大陸に行くのは危険だと思います」
デーヴァがルァやシウランの顔色を伺う。
すると、ルァは座っていた椅子から立ち上がり、シウランに呼びかける。
「ちょっとシウラン、外の空気でも吸いましょう。お姫様はキアが相手してあげて」
キアが任されたと言わんばかりに鳴いて答える。
「キューン!」
シウランは抱きついていたベンガル姫の腕を解き、優しく頭を撫でて、耳元で囁く。
「大丈夫だ、なんとかしてやるから、ここで待ってろ」
そして、頬の涙を鍛えられた手で拭っていった。
そして、ルァの後を追い、部屋から出る。
シウランとルァは朝の港街の風景をぼんやりと眺めながら歩く。
行き交う人々や、その街に住む者達の生活してる姿を見つめる。
確かに武の国ということはあって、朝から剣の稽古をする子供が印象的だった。
子供の掛け声の中には物騒な言葉が出て来る。
「打倒帝国! 鬼畜ルシア兵に死の鉄槌を!」
「震える心は強さを持って沈めるべし! 弱肉強食、世の摂理!」
あまりに物騒な掛け声だったので、子供達の方へシウランが目を向けたら、訓練中の少年兵であった。
それを見てルァが呟く。
「私達、戦災孤児だったわよね……」
「って師匠は言ってたな。赤ん坊の頃だから覚えてねーけど……」
「あんまり、口には出さなかったけど……。旅の目的忘れてるわけじゃないわよね? ネムは今も眠ってる、あの金色の船の中で……。私、ネムにもあの広い大海原を見せてあげたいわ。海が好きな子だったから……」
「俺もだよ……。ネムと一緒にイルカとかと泳ぎ回りてぇ……」
「だったら寄り道する暇なんてないんじゃないの? 一刻も早くネムを救うために動くべきよ!」
「わかってるよ! けどよぉ、あの姫さんの気持ちもわかるだろ? 俺達だってフェイの野朗に類人猿と配合されかけたんだぞ!? 流石に見捨てるのはひでぇんじゃねぇのか!?」
「所詮、他人事よ。それに運命なら、自分で切り開くべきだわ」
「そーかよ! 薄情な奴だな! じゃあ向こうにいるガキ共を見てみろよ! 俺らがフェイにしごかれ始めたぐらいのチビ共だ。あのガキ達、剣の稽古してんのは何の為だと思う? 戦場で人を殺す訓練してんだぞ! アイツら大きくなったら、仲間達で自慢し合うんだぜ!? どれだけ人を殺したかって、数を自慢し合うんだ! こういうのも見捨てる気かよ!」
「私達には関係ないじゃない! 他人の尻拭いばっかりしてたら、ネムはいつまで経っても眠ったままよ! わかってるの!? 旅の目的を!」
「俺だって考えてんだよ! 何だよ! ハッパでも吸ってラリってろよ!」
「ハッパは宿屋に忘れてきたわ! もう帰る! 貴方こそ朝食でも食べて落ち着きなさいよ!」
険悪な空気を漂わせながら、二人は宿屋へと足を向ける。
まさに一触即発のところであった。
そして互いに今まで表に出さなかった不安をぶつけ合ったのだ。
長い航海の間、抱えていた歪みをやっと吐き出せたのだ。
仏頂面の二人が部屋に戻ってくると、ライエルが明るい声で出迎える。
「シウラン、ルァ! 聞いて下さいよ! さっき姫様からの申し出で、もし大会に参加してハーフオークを倒したら、王家が遺跡から発掘した古代魔術の秘蔵本を下賜してくれるって! やりましたね! わざわざ遠い東の果てまで行かずにネムを助けられますよ!」
思いもよらぬ言葉に耳を疑い、シウランとルァは互いに顔を見合わせてしまう。
するとベンガルの姫が微笑む。
「貴方達はサンハーラの古代魔術を探してるんですよね。我がベンガルは遺跡発掘実績は大陸でも随一です。それにここには古代文字を解読できるライエルさんがいらっしゃる。安心して、武闘会に参加できますね。私もハーフオークを始末して頂ければウィンウィンです」
刹那、シウランとルァは心が共鳴し、歓喜の声と共に、互いの両手を叩きあった。
離れていた心が今一つとなった。
二人は本来の目的のために、再び絆を深めた。
そして誓う。
ハーフオークの討伐を。




