91話 不審船
闇夜の大海原を裂く船首の前へ、シウラン達が緊張感を走らせながら前方の水平線の端かにある小さな光に警戒する。
張り詰めた空気が走っていった。
シウランがイズモに尋ねる。
「この暗さじゃ、何も見えねーよ。また海賊か?」
遠眼鏡の筒を覗きながらイズモは答える。
「この距離、この視界じゃ判断できんな。単なる商船や漁船の可能性もある。多分向こうはこっちの存在に気づいてないようだ。ただ迂闊に近づくのは危険だな」
それを聞いたシウランがシャインに呼びかける。
「シャイン、前に近づいてくる船から距離を離せるか? 進路変更だ」
甲板からシャインの声が響く。
「了解しました。不審船に察知されないように、微速で北北西に舵を切ります。皆様は引き続き、不審船の警戒をお願いします」
進路変更したシャイン号は不審船との距離を離していく。
甲板で警戒していたルァがぼやく。
「こんなに暗くちゃ、船の形どころか、旗も見えないわ。燕の海賊なら水魔法で海に大渦作って沈没させてあげるのに」
その言葉にイズモが注意をする。
「海賊の連中が燕みたいなドンパチ大好きな奴らばっかじゃねぇ。商船や輸送船の護衛とかを生業にしてる海賊だっているんだ。幇の海賊がいい例だな。お前ら、海賊だからって無差別に攻撃するんじゃねぇぞ。海を敵に回すことになる」
シウランが首を傾げる。
「海賊って、海の山賊じゃねーのか?」
「確かにそういう側面もある。けど、中には国や街から認可を受けてる海賊もいる。海域の水先案内人としてな。国に直接雇われてる海賊だっているんだ」
するとシャインから再び警報音が響く。
「予定航路先に再び不審船を捕捉しました! 数五隻! 至急目視確認して下さい!」
シウラン達は再び船首に走り、前方の警戒に当たる。
ライエルが狼狽える。
「こちらの姿がバレてるのでしょうか!? このままじゃ囲まれます」
シウランが冷静に双眼鏡を見つめながら呟く。
「落ち着けよライエル。こんだけ離れてるんだ小さな光しか見えねー。多分こっちも俺達に気付いてないはずだぜ」
イズモが冷静に分析する。
「ふむ、俺達が最初に逃げた南南東にいる艦影、今目の前の不審船、このままだと会敵するな。燕の海賊達なら、挟み撃ちを狙うだろうが、商船同士の偶然という線もあるな。なにしろ月明かりしかない闇夜だ。視界が悪い。この船の能力ならこの程度での包囲網は振り抜けるはずだ」
イズモの判断を聞き、シウランは決断した。
「シャイン、北に進路を取れ。不審船と一定の距離も取って、海賊船だと分かったら、すぐにトンズラできるようにできるか?」
シウランの呼びかけにシャインは答える。
「了解しました。北に進路を取ります。目視限界までの距離を保ちます。敵戦と判断したなら、合図を下さい。最大全速で海域を離脱します」
シウランが指を鳴らす。
「さて、鬼が出るか蛇がでるか。楽しみだぜ」
先ほど進路を変更した先に姿をあらわしたのはシウランが見たこともない巨大な帆船であった。
その姿にイズモは驚き、はしゃぎだす。
「最新鋭のガレオン船じゃないか! 五本マストに、大きな船首楼と船尾楼! 十門も在る砲列! それが五隻だと!? こりゃ海賊の船じゃない! ベンガル王朝の海軍だ! 流石大国ベンガル! 船のスケールが違うぜ! 貧乏臭ぇ海賊とはわけが違う!」
そんなイズモにルァが頬を抓る。
「浮かれてじゃないわよ。見つかったら私達だって捕まるかもしれないわよ!? シウラン、反対側の不審船の様子はどう? どこの船?」
シウランが空笑いして返す。
「喜べ、ルァ。旗に燕ってマークがあるぜ……。アイツら俺達が大好きみたいだな……」
シウランの言葉に皆が燕の海賊戦に注視する。
するとイズモは訝しげなしながら言葉を発した。
「妙だな。左右の船は旗印を持っているが、真ん中で前進してるキャレオン船にはそういう装備はないぞ。それに、もう俺達の姿は眩ましてるのに、海賊の奴らはベンガルの船に向かってきてるぞ。数も装備も向こうの方が上なんだから、普通は撤退するはずなんだが……」
イズモの言葉の途中で爆音が鳴り響く。
それと同時に海上では巨大な水柱が幾重にも発生する。
ベンガルの艦隊が海賊船に向かって艦砲射撃を行ったのだ。
鼓膜が破れるような衝撃音が走り続けた。
海面からは何本もの水柱が出来上がり、もはや水の壁が形成されていた。
しかし海賊船は怯むどころか、航行速度を緩めず、ベンガル艦隊に向かって、全力で船足を進める。
双眼鏡を眺めていたシウランがぼやく。
「おい、イズモ。例の大砲ってヤツ、全然当たんねーぞ。ベンガルの国の奴らは射的が苦手なのか?」
「動く標的に大砲の弾なんか当たるか! 大砲ってのは城塞とか砦を破壊するためにあるんだ。今も威嚇射撃なんだろう。それより海賊の奴ら全くビビらねぇな。このまま船に突っ込む気か? 大量の弓矢や火縄銃の的になるぞ」
ベンガルの容赦ない銃と弓矢の雨に、海賊の船は突進を敢行していた。
シウラン達がよく見ると、先頭を走る海賊船が炎に包まれていた。
それを見てイズモは驚きを隠せなかった。
「海賊の奴ら! 大型の火船でベンガルの艦隊燃やそうとしてやがる!」
ルァが首を傾げ、イズモに尋ねる。
「火船?」
「無人の船に火をつけて突っ込ませるんだ。船の中には油や火薬が大量に詰まってやがる。えげつないことしやがるぜ……」
イズモの予測は的中した。
燃える船にぶつかった巨大なガレオン船は耳が裂けるような音共に、木の破片を撒き散らしながら爆散する。
そして隊列を組んでいたベンガル艦隊は次々炎に巻き込まれていく。
その隙に残りの二隻の燕の海賊船に乗り込まれてしまった。
その様子を見てライエルはシウランに尋ねる。
「どうします? 何も見なかったことにして逃げませんか? 今なら敵の目も誤魔化せますよ」
するとシウランがルァに呼びかける。
「よう、ルァ。久々に波乗りしねぇか? 海賊の連中に一泡ふかせてぇ」
ルァがふっと微笑む。
「波乗りねぇ。どっちが派手に波に走れるか勝負してみる? 私も海賊どもに日頃の鬱憤、晴らしたくなってきたわ」
イズモとライエルは不穏な予感に駆られた。
この二人がニヤニヤと悪い笑顔をしているからだ。
コイツらはロクでもないことを企んでる。
だから、海賊なんかに狙われてんだ。
二人の少女は獲物を見つけた野獣のような眼光を放っていた。




