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90話 うらしまたろう

 

 おぼろ月夜がシャイン号を照らし、夜の星空が海面を照らす。


 緩やかな大海の波が黄金のシャイン号を揺り籠のように揺らしていた。


 夜も深まり、シウラン達は一眠りする間のくつろぎの時間をシャイン号の船室の広いダイニングで過ごしている。

 シウランは就寝前に逆立ち腕立て伏せに励み、ルァは薬のレシピを読みながら優雅にハッパを吸う。

 シャイン号を自動航行システムに切り替えたデーヴァはキアに餌をやり、ライエルは古文書の手帳を確認しながら、シャイン号のからくりをこまめにメモしていた。

 イズモは明日の漁のためにと、網の手入れをしている。


 皆が寛いでる様子を見てイズモが話しかける。

「そういや、俺の国には海の中に城があるおとぎ話があるな。このだだっ広い海だ。そういう夢物語もできたんだろう。海の中ってのは神秘的だからな」

 ライエルが反応する。

「海ってそういう話がでてきますよね。セイレーン伝承とか。けど僕は東の国のそういう言い伝えはあまり聞いたことがありませんね」

 腕立てをやめずにシウランがルァに話しかける。

「俺は子供の昔話なんて覚えてねーな。ルァはガキの頃絵本とか読んでたから詳しいだろ」

 ルァが吸い終わったハッパを灰皿に置き、答える。

「私だって眠り姫とかぐらいしか覚えてないわ。だいたいこの手の話はハッピーエンドに終わる子供騙しね。森の中で王子様にエンカウントするなんてどんな確率よ」

 デーヴァが目をぱちくりさせる。

「子供話にフィクションを混ぜる。興味深いです。作り話で子供に幻想を抱かせ、現実逃避させていくのですね」

 イズモがシウランに尋ねる。

「シウラン、今夜の夕飯は何を食べたか覚えてるか?」

「メカジキのステーキだ。たまにゃ魚だけじゃなくて、肉を食いてぇ」

 イズモが網の手入れしてた両手を止め、話出す。

「そんなお前らにいい教訓になる海のおとぎ話しをしてやる。うらしまたろう、だ」

 シウランは腕立てをやめ、床に座り込む。

「イズモの国の話しか。お前あれだろ? 東の果ての黄金の国って成金王国出身なんだろ?」

 ルァが嘆息を吐く。

「んじゃなんで黄金の国から来たイズモが貧乏臭い格好してるのよ。そういうところが御伽話なのよ」

 イズモがタバコに火をつけて、話し出す。

「まぁ聞けよ。昔々あるところに、漁師のうらしまたろうがいた。そいつはボウズで帰った日、浜辺で子供達に虐められてる亀を気まぐれで助けた。亀は助けてくれたお礼に、海中深くにある竜宮城ってところにうらしまたろうを招待した。そこには乙姫って絶世の美姫に、美女達が陸では見たこともないご馳走で歓待してくれた。まぁ酒池肉林の桃源郷だ。うらしまたろうは時が経つのも忘れるぐらいそこで海の贅沢の限りを尽くした。だが、急に陸に残した家族が気がかりになって、乙姫に陸に帰してくれって願ったんだよ。乙姫は名残惜しむも、餞別に玉手箱ってやつを渡すんだ。決して開けてはならないと約束させてな。うらしまたろうは故郷に帰った。しかし不思議なことに、自分の家どころか村も無くなっていた。道ゆく人に聞いたら竜宮城の生活は百年以上もたっていたんだ。途方に暮れたうらしまたろうは開けるなと言われた玉手箱を開けちまう。すると自分の姿がたちまち老人に成り果てた。まぁこんな御伽話だ」


 シウランはつまらなそうな顔をする。

「お前の国じゃ、童話は全部バッドエンドなのか?」

 ルァもあくびしながら文句を言う。

「全く面白味のない話ね。そもそも何を伝えたいのか意味不明だわ」

 ライエルも申し訳なさそうに感想をいう。

「亀を助けたお礼がこのオチってなんか酷くないですか? 親切にしたのに不幸になるって」

 デーヴァは違う方向に関心が向く。

「竜宮城は海中……。しかし人間は肺呼吸のため、海中滞在限界は5分。エラ呼吸に施術されたのでしょうか? それとも竜宮城にだけ特殊なフィールドで海水を阻んだのでしょうか?」


 イズモがタバコをもう一服して、話しを続ける。

「まぁ聞けよ。教訓って言ったろ?」

 シウランが不貞腐れながら答える。

「そういや言ってたな。この話、学ぶことなんて、これっぽっちもないぞ」

 イズモは苦笑しながら尋ねる。

「うらしまたろうの職業はなんだった?」

「漁師だったよな?」

「漁師の仕事は?」

「そりゃ大量の魚を捕まえて、売ったり食ったりすることだろ?」

「じゃあ竜宮城の乙姫や魚達の天敵は漁師のうらしまたろうになる訳だな」

 それを聞いたシウランはドキッとする。


 イズモは続ける。

「亀を助けた? そんなことじゃ償い切れるわけねー。乙姫達は天敵のうらしまたろうが油断するのをずっと待ってたんだ。そして願わくば海の美しさを思い知って、改心することを願ったんだ。だが身勝手な理由でまた漁師の生活に戻ろうとする。だから玉手箱を渡したんだ。呪詛をかけてな。開けてはいけないってな。約束は破りたくなるもんが人の性さ」

 そしてタバコを大きく吸い込み、イズモはしめる。

「これは漁師のうらしまたろうに捕まえられてきた数多の魚の復讐劇なのさ。俺達も今夜メカジキを食べた。魚って生き物には相当恨まれてるだろうな。俺達は多くの命の犠牲の上に生きている。忘れちゃいけねぇ。そういう教訓のおとぎ話しなのさ」


 イズモのタバコの煙が船内に漂う。

 何故か不思議と嫌な空気がシウラン達を包み込んだ。

 イズモはぼやく。

「かつて栄えたと言われるサンハーラって文明もそんな理由で滅んだのかねぇ。今は遺跡の中でしか出てこない。繁栄したと言われる大陸も東の大瀑布の向こう側だ。人間ってのは決して驕っちゃいけねぇ」

 ルァがぎこちなくハッパを吸い出す。

「ふん、イズモの国の昔話はずいぶん辛気臭くて、説教っぽいわね。嫌な国だわ」

 シウランも同意する。

「まったくだぜ。漁師が魚食べたら、魚にリベンジされるなんて、ひでぇ話しだ。とりあえず海の奥には潜らないようにするぜ……。ババァにはなりたくねぇ」

 シウランが乾いた笑いをすると、突如シャインから緊急警報音が響き渡る。

「前方に不審船発見! 数三隻! デーヴァ至急操舵室へ! 乗組員の皆様も警戒態勢をとって下さい!」

 シウランとルァは顔を見合わせて、イズモを糾弾する。

「イズモが辛気臭い話しするから、竜宮城の使いがやってきたぞ!」

「んなわけねーだろ! 海賊どもに決まってんだろーが!」


 シウラン達は操舵室、甲板に分かれて不審船の正体を探る。


 不吉な話しを聞いた直後の突然の警報音に驚くあまりライエルは腰を抜かしていた。


 暗闇で空と海の境が見合ないほどの漆黒に広がる大海。

 

 光の無い世界と静寂な海の静けさに不穏な予感を漂わせていた。

 

 


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