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88話 デーヴァと海鳥

 潮風が夜の冷たい空気を運び込む。

 シウランの過去に皆が驚愕し、ドン引きしていた。

 

 そんな中で、シウランとルァの昔話を聞いても、あまり関心が持てない人物がいた。


 デーヴァだ。

 デーヴァには過去がない。

 そもそも自分がいつ生まれてきたかも知らない。


 この、デーヴァ、という名前もこのシャイン号こと、コード515が再起動された時、生体用バイオコアの中で目覚めた瞬間、組体用認識コードのデーヴァ236型として与えられたものなのだ。

 銀色の仮面の男が名前は大切だからと、

「貴方のことはデーヴァと呼びましょう。貴方の役割はこのコード515の航海ナビゲーションロイドです。素敵な船旅で私達を楽しませて下さい」

 銀色の仮面は丁重にデーヴァを扱った。

 しかし、デーヴァは見てしまったのだ。


 瞬く光る銀仮面と側にいる男達の足元で血塗れで倒れる人間の亡骸を。


 今思い出せば、それはルシア帝国軍の兵隊達だった。

 銀仮面の傍らにいたのは、今シウラン達を狙っている海賊達だった。

 僕が、シャインが目覚めた時に、何があったのか?


 あの時僕は怖くて、海賊達の隙を見てニュークの街に逃げ出してしまった。

 気付けば、ニュークのスラム街を彷徨い、目に入ったセキュリティが無いに等しいボロ屋で身を隠していた。

 それからシウラン達が現れて、銀仮面や海賊に追われ、船旅が始まり、シウランが目指すサンハーラ大陸まで、航海のナビゲーション操作をしている。

 シウランの過去を聞いていた、ライエル、イズモさんは驚嘆していたが、僕にはそれが理解できなかった。


 そうか、人間にとってそれは比較的驚くものなのか。


 人間。


 シウランやルァに僕は人間じゃなくてナビゲーションロイドといくら説明しても理解してくれなかった。

 シウランは、

「そういう種族なんだろ? 見た目は俺と変わらねーし、俺は差別主義者じゃないから気にしなくていーぜ」

 いくら事の経緯を説明してもルァは、

「よくわかんないけど、記憶喪失って設定なわけね。まぁ船の操作ができるのはありがたいわ。私は師範の追っ手や海賊の手先じゃない限り、邪険にしたりはしないわ」

 

 どうやら僕のことを理解してくれてないみたいだ。

 というか、興味がないのだろうか。


 確かにシウラン達は僕を大切に扱ってくれる。

 いつか時化で海が激しく荒れた時、船体操作をしている僕を、みんながまるで神のように祈り縋っていたのが印象的だった。

 嵐の夜が明けて、夜明けの空が青だった時、シウランは強く僕を抱きしめてくれた。


 そのとき何かが胸の中でざわついた。

 それが何かはわからない。

 けど、その感情が僕を強く動かしてるものだ。

 大切にしたい。


 大切にしてることといえば、僕にもコード515の船体操作の他にも嗜みがある。

 ずいぶん前にオスマンに寄った頃から、小さな海鳥が僕に懐いていた。

 心優しいシウランはその小さな海鳥のために、小さな家を作ってくれたのだ。

 見かけによらず器用なものだと関心した。

 ルァはそれを鳥籠と教えてくれて、鳥の世話の仕方や、餌のあげ方を解説してくれた。

 ルァが親切だと、何故か不安な気持ちになる。

 大切な僕の友達を夕飯の食材にする気じゃないかと疑ってしまうのは、悪いことだろうか。

 僕は仕事上、操舵室にいることが多いため、鳥籠を操舵室に置いてくれないかシウランに願い出たら、あっさり許可が出た。


 この子も、僕と同じだ。

 この広い海を彷徨い、自分が誰かもわからず、仮宿で暮らす日々。

 けどその鳴き声はとても心地良かった。


 今夜はイズモの郷土料理を堪能したし、シャインに航路設定をして、自動航行モードに切り替え、航行速度は天候に合わせて安全な速度に合わせよう。

 そう思って、操舵室に入った時、僕の心は真っ白になった。


 鳥籠の扉が開いてる。

 中にここまで航海を共にしていた友達の姿はなかった。


 代わりにシウランが世話している子猫のキアが呆然としてる僕の足元を通り抜けた。

 何が起きたか理解した時、胸の中のざわつきが爆発する。

 僕は自分にこんなにも大きな声が出るのかというぐらい、乱れる感情のあらん限りを吐き出した。

 どういう訳か涙が溢れて止まらない。

 立っていられなかった。

 自分の中の何かが壊れて、膝が崩れてしまう。

 床に座り込み、声にならない叫びを上げる僕の様子を心配して、皆んなが操舵室に駆けつけてきた。

 シウランが迷わず僕の肩を掴み、険しい表情をしながら涙でぐしゃぐしゃの僕の顔を覗きこんだ。

「デーヴァ! 何があった!?」

 その逞しい両手の温もりに安心感を覚えたが、それが一気に醒める。

 僕の友達をデザートにした犯人がふざけた海賊コスチュームでシウランの肩に座っていたからだ。

「キューン」

 初めて覚えたこの衝動、多分これは殺意と呼ぶものだ。

 僕は涙を拭い、毅然とした表情でその猫を睨みつけ、通告する。

「シウラン、容疑者の連行を要求します。キアの身柄を僕に引き渡して下さい……」

 僕の突然の言葉にシウランは戸惑っている。

 しかし、察しのいいルァは鳥籠の様子を見て、状況を理解した。

「デーヴァの飼ってた海鳥がいないわ。キアが犯人? シウランどうするのよ? デーヴァのこの剣幕だと貴方の大事な猫は……」

 僕は強い意志で混乱するシウランに告げる。

「目には目を! シウランには僕と同じ気持ちになってもらいます! さぁキアを引き渡して下さい!」

 僕の友達をつまみ食いした犯人はさも自分が被害者かのように震え、シウランに庇われるように抱かれていた。

 僕はそれを糾弾する。

「キア、貴方の旅はここで終わりです。僕が終わらせてあげます」

 僕の激しい剣幕に、ふざけた犯人を抱えるシウランも怯んで及び腰になっている。

「まぁまぁ、猫がすることなんですし、勘弁してあげて下さいよ」

 ニヤついた顔でライエルは仲裁しようとした。

 その顔と聞き捨てならない言葉に衝動が走る。

 気付いた時にはライエルの首を絞めていた。

 ライエルは見苦しい顔をしながら呻く。

 もうこうなっては後戻りできない。

 僕は告げた。

「僕はキアを引き渡さない限り、シャインの航行の操作を放棄します。いえ、この船体のプログラムを自爆モードに切り替えます。脅しじゃありません」

 僕は自分の長い黒髪が逆立っているのがわかる。

 そして皆が震えているのも理解できた。

 普段無表情の僕が感情を露わにしたからだ。


 だが一人だけ例外がいた。

 後から現れてきたイズモさんだ。

 何が起きたかという顔をしている。

 しかし、その頭の上には僕のかけがえのない友達がいた。

「ピー、ピー、ピー」

 その囀りに乱れた僕の心は鎮まっていく。

 果てしない安堵と共に目から涙が溢れてきた。

 何が起きたかわからないイズモさんは頭を掻ことすると、僕の友達が我が家へと、鳥籠へと戻っていった。

「デーヴァ、お前の飼ってる海鳥が俺の大事な髪の毛引っ込抜きやがったぞ……。ん? みんなどうした? なんか様子がおかしいぞ?」


 僕は満面の笑顔を込めてイズモさんに報告する。

「いいえ、警戒勤務中、異常有りません。引き継ぎ、航行操舵を続けます」

 僕は何事も無かったかのように、シャインの航行システムを起動させる。

 僕の大事な海鳥の囀りを聞きながら、船旅続けていくんだ。


 だけど困った。

 シウラン達が僕の意外な一面を見てすっかり怯えてしまった。


 なお、操舵室には猫入室禁止のルールが定められた。

 シウランも素直に従った。


 今日も海鳥の囀りが僕の心を穏やかに和ませてくれる。


 この航海で僕は色んな感情を学習した。


 次はどんな気持ちを覚えるのだろうか。

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