87話 シウランの過去⑤
三日月が空高く上り、その月光がほの暗い夜の海上のシャイン号を照らす。
月のスポットライトにさらされた舩の周りには静寂が包んでいた。
瑞々しい緑色のリンゴにかぶりつきながらシウランは話を続けていた。
いつの間にかライエル達はシウランの話す言葉に夢中になっていることに気付いた。
シウランの壮絶な過去に固唾を飲んでいたのだ。
その後どうしかって?
自由を掴み、ニュークで楽しく暮らしたんだろうって?
ライエル、お前、流石坊ちゃん育ちだな。
現実は甘くねーんだぞ。
考えてもみろ。
所持金もねー、転移した先も最初はどこかもわからねー街角だったんだ。
賑やかな歓楽街だったな。
そこがニュークの街の中心だと知ったのは後からだったよ。
身なりのいい奴らが歩いてて、上品な店が並んでやがった。
文無しで、雑巾みてーな稽古着着てた俺とルァには眩しかったぜ。
しばらくは追っ手に怯えながら物乞いみたいな生活してた。
飲食店の残飯を巡って他の物乞いと争ってたぜ。
何しろ、金もない、職につく当てもない、縁もゆかりもない土地だったからな。
そんなある日、街の荒くれが俺とルァに話しかけてきたんだよ。
「ありがたく思え薄汚い小娘共、お前らを色町のババアに売ってやるよ。せいぜい男を悦ばせる女になれや」
ラッキーだったぜ。
鴨がネギしょってやってきたんだからな。
俺とルァでその荒くれをボコボコにして、有り金と見ぐるみを剥がしてやった。
そいつらが結構金持ってることを俺とルァは知って、オレ達は街の外れにあるスラムに足を運んだんだ。
そしたら、さっきのカモみてーな、みてくれの野朗共がゴロゴロいやがる。
コイツはついてると思ったぜ。
俺達はスラムにいる荒くれどもを片っ端からカツアゲしまくった。
スラムの治安に貢献してやったぜ。
何故かアイツらいくらぶん殴っても警備隊の連中は見て見ぬフリしてくれた。
それにスラムのガキどもは俺とルァに羨望の眼差しを向けてくれたよ。
チンピラをボコして、金巻き上げただけで英雄扱いだ。
そんな時に声をかけてくれたのが、今船室の奥で眠ってるネムだ。
アイツは俺達に街の知識とスラムの生き方を教えてくれた上に、借家まで紹介してくれた。
なんでもあんまりチンピラ狩りをやり過ぎると、ギャングに目をつけられるから、別の仕事をした方がいいって言われたな。
それでルァは薬の知識があったから、薬師の商売を始めた。
俺はぶん殴ることしか能がねーから、困ったよ。
いっそのことギャングの用心棒でもやろうかと思った時に、派手な格好した鎧野朗がスラムに乗り込んできやがった。
「この街に蔓延る悪鬼共! 成敗してやる!」
明らかなカモだった。
迷わずボコボコにしてやったぜ。
そいつを拉致して、スラム流にネムとルァで取り調べたら、そいつ、洗いざらい話してくれたぜ。
「私は帝国貴族の子息だ。もうこのスラムには近づきません。命だけは助けて下さい。お金は払います。もう酷いことしないでください」
ネムとルァはコイツを人質にして身代金を貰おうと話してたら、貴族野朗がこう抜かすんだよ。
「私は闘技場の出場者で、オーナーともコネを持ってます! 貴方の腕なら闘技場のチャンピオンも十分狙える。貴方こそニューク一番の強者に相応しい。推薦しますから、もう勘弁して下さい」
俺は強い奴と闘いたかったし、これで定職に就けるからラッキーぐらいだったんだけど、ネムは目を輝かせてたな。
なんでも闘技場でのし上がるのがスラムのガキの憧れなんだと。
まぁルァはそんなのに興味なくて、最後まで身代金搾り取ろうと訴えてたな。
ん?
そいつが公爵の身分の馬鹿息子だったって?
よく覚えてんな、だけどよ、流石に誘拐身代金は犯罪だぜ。
よくねーよ。
あ?
お前がしたことも大して変わらないだって?
んなことねーよ、あの野朗をちゃんとニュークの貴族街まで送ってやったんだから。
まぁ身ぐるみは剥いで、素っ裸で帰ってもらったけどな。
傷も複体修術で治したし、俺は優しいんだよ。
まぁんな訳で、ニュークのスラムで俺は闘技場の戦士として、ルァは薬師として自由で平穏な日常を手に入れた訳だよ。
流石に港で師匠に再会した時はビビったぜ。
また、あの地獄が始まるのかってな。
今はこうしてみんなと海の上でイズモの郷土料理を食べて幸せだぜ。
航海の旅は楽しいけど、俺達にはネムを、眠り姫を起こさなきゃならない使命がある。
絶対に助けてやるからな。
サンハーラの大陸まで必ず辿りついてみせるぜ!
けどどうする、ルァ?
ネムを助けたら師匠に確実に拉致されて、また修行の日々だぞ?
フェイのクソ野朗、まだ根に持ってるかな?
あ、なるほど、ネムを助けたら、このままこの船でバックレればいい訳か!
ナイスアイディアだ!
ネムにもこんな夜の海の景色を見せてやりてぇ。
この一面に広がる星空をよ。
もっと色んな、見たことのねー海を渡ってやるぜ。
シウランは屈託ない無邪気な笑顔をしていたが、その壮絶な過去を聞いたライエルとイズモはドン引きして、料理がすっかり冷めてしまっていた。
デーヴァは何事もなかったかのように無表情に後片付けを始める。
そして忌々しい過去を思い出したルァは青い長髪を掻きむしり、震えながらハッパを吸っていた。
シウランはご機嫌そうにリンゴをかじりついていた。
例え、どんな嵐の夜が訪れても、やがて朝はやってくる。
どんなに厳しい真冬の吹雪が引き荒れても、必ず雪解けの小春日和の風は舞ってくる。
シウランはいつだってまだ見ぬ朝日と季節に青い瞳を輝かせているのだ。




